※単独でも読めますが「万事屋にいる時との違いを指摘されて焦る土方さん」の数日後の話です。
後戻りもたまにはいいかもしれない
ある日の夕方、普段より早めに仕事を終えた土方は恋人の家である万事屋を訪れた。
「邪魔するぜ」
「あっ、土方さんいらっしゃい」
「トッシー、酢こんぶ買って来たアルか?」
「ちょっと神楽ちゃん!いきなりそんな…」
「構わねェよ。…ほらよ」
「きゃっほーぅ、ありがとうネ」
「いつも、すみません」
「ああ…」
土方が銀時と付き合うようになって大分経つ。
初めはぎくしゃくしていた新八と神楽も土方に慣れ、むしろ来るのを楽しみに待つようになっていた。
土方もそんな子どもたちに最初は戸惑っていたものの、次第に穏やかな表情で接するようになった。
仕事が忙しく、子どもたちが起きている時間に万事屋を訪れることは滅多にないし、銀時と外で会うことも多い。
だが今日のように仕事が早く終わった日は、たいてい手土産を持って子どもたちのいる万事屋へ行くようになった。
子どもたちに物を強請られているわけでも、裕福とはいえない万事屋の懐事情に同情したわけでもない。
ただ単に土方が子どもたちを喜ばせたいだけなのだ。
「おーう、いらっしゃい」
「ああ」
子ども二人と一緒に事務所兼居間になっている部屋へ入ると、台所からエプロン姿の銀時が出てきた。
ピンク色でフリルの付いたエプロン―胸元にイチゴの刺繍付き―最初にそれを着た銀時を見た時はぎょっとしたが
今はもう慣れたものだ。土方は持っていた袋を銀時に手渡す。
「柿、買ってきた」
「いつも悪いね。…手ぶらで来てもいいんだぜ?」
「ここでメシ食うのに、手ぶらってワケにもいかねェだろーが」
「ホント律儀だよね、お前」
「テメーがちゃらんぽらんすぎるんだよ」
「はいはい…。メシはあとちょっとで出来るから座って待ってろよ」
「分かった」
土方からもらった柿を持って台所へ戻った銀時は胸をなで下ろしていた。
(あんなことがあった後だから、変に意識しちゃってるかと思ったけど大丈夫そうだな)
銀時の言う「あんなこと」とは先日、近藤、沖田ら真選組メンバーの前で神楽が「土方は普段、銀時と呼んでいる」と
バラしてしまったことである。土方は銀時のことを、万事屋メンバーの前では「銀時」、それ以外の時は「万事屋」と呼んでいる。
そのことを知らない神楽が呼び方の違いを指摘したことで、その日土方は真っ赤になってその場から立ち去ってしまったのだ。
そもそも「銀時」と呼ぶのも、銀時が呼んでほしいと言って漸く呼ぶようになったのだ。
付き合うようになっても相変わらず「万事屋」と呼ぶ土方に対して銀時が「恋人同士なんだし、名前で呼んでくれない?」と言い
銀時呼びが始まったのだった。
それでも初めのうちは土方が照れてなかなか呼べず、数か月かけて二人の時だけは呼べるようになった。
そして更に数か月の時を経て、万事屋メンバーの前で呼べるようになったのだった。
(また一から、どころかマイナスからやり直しかと思ったけど安心したぜ。まあ、もともと人の名前とか
頻繁に呼ぶヤツじゃねェから、そんなに気にしてねェのかもな)
「万事屋」と呼んでいた時も「銀時」と呼ぶようになってからも、基本的に土方は「お前」や「テメー」などと呼ぶことが多い。
「おい」なんていう時もある。
(どこの関白亭主だっつーの。まあ、俺も人のこと言えねェけどよ…)
* * * * *
「おーい、メシできたぞー。テーブル片付けろー」
「はい」
「了解ネ」
居間でトランプをしていた土方、新八、神楽の三人は、銀時の号令とともにトランプを片付け立ち上がる。
「あー、いいって。お前は座ってろよ」
「でもよ…」
土方も手伝おうと立ち上がったのを見て、銀時が元の場所に座らせる。
「柿持って来てくれたから、手伝いは免除。なっ?」
「そういうわけには…」
「じゃあ…これから料理を運ぶから、神楽がつまみ食いしねェように見張っててくれよ」
「わ、分かった…」
納得はいっていないが、とりあえず役割を与えられたので土方は渋々ソファに座り直す。
その前で新八がテーブルを拭き、神楽が箸や皿を並べ、銀時が料理を運んでいた。
「「「「いただきます」」」」
四人揃っての食事が始まった。片方のソファに新八と神楽が座り、その向かいに銀時と土方が座っている。
今夜のメニューは鶏のから揚げとキャベツの千切りにポテトサラダ、ご飯とみそ汁、それに土方が持ってきた柿である。
「おい、マヨネーズ取ってくれ」
「へっ?」
「だからマヨネーズだよ」
「えっ、何にかけんの?」
「これに決まってんだろ…」
土方の料理は「いただきます」の直前に銀時がマヨネーズをかけた。
ご飯にも唐揚げにもキャベツにも、みそ汁にまでマヨネーズが入っている。
だが土方は「これ」と言ってポテトサラダを指したのだ。銀時は心底呆れたような貌をする。
「あのよー…これは既にマヨネーズが入ってんの。お前と一般人が一緒に食べられる数少ない料理の一つだよ?
今日はお前が来るっつーから、わざわざ銀さん、気を利かせてマヨネーズが入ってても大丈夫なメニューを
考えてやったのよ?」
「わざわざ考えなくたって、マヨネーズは何にでも合うだろーが…」
「あーはいはい、そうですねー」
「何でもいいからマヨネーズを早くよこせ」
「だから既に入ってるって…」
「足りねェから言ってんだろーが!もういい、テメーには頼まねェ…」
土方は身を乗り出して銀時の前にあるマヨネーズを取ると、ポテトサラダの上にマヨネーズをぶちゅぶちゅとかけた。
その様子をため息混じりに見ている銀時の茶碗には小豆がてんこ盛りになっており
子ども二人は「どっちもどっちだ」と顔を見合せて笑った。
* * * * *
「「「「ごちそうさまでした」」」」
「おら、とっとと洗え」
「お前ね、何でそんなに偉そうなのよ…」
「テメーが洗って俺が拭くって決めたのはテメーじゃねーか」
「そうだけどよ…」
「だったら口ばっか動かしてねェで洗え」
「はいはい、分かりましたー」
後片付けは銀時と土方で行うことになった。銀時は当番だから一人でいいと言ったのだが
準備も手伝わせてもらえなかった土方が後片付けはやると言って聞かなかった。
そこで、銀時が食器を洗い、土方が拭くという役割分担をした。
言い合いをしながら片付けをする二人の背中に、新八が声をかける。
「じゃあ、僕らそろそろ帰りますね」
「おう、気を付けて帰れよー、新八」
「トッシー、次来た時はウノするアル」
「ああ…悪ィな、チャイナ。ここはお前の家でもあんのに…」
「若い二人に時間を作ってやるのも大切なことネ。
それに、トッシーと二人きりになれないと後で銀ちゃんが拗ねてマジキモイアル」
「神楽てめっ、勝手なこと言うんじゃねーよ!銀さんがいつ拗ねたって…」
「しょっちゅう拗ねてるネ。ワタシとか新八とかがトッシーと偶然会ったってだけでも
『何で俺を呼んでくんないんだよー』とか『近くに来たら寄ってくれてもいいじゃんよー』とかうるさいアル」
「それはマジでキモイな…」
「トッシーもそう思うアルか?」
「ああ…」
「そういうわけで、銀ちゃんがキモくならないようにトッシーと二人きりにしてあげるネ」
「ありがとな」
新八と神楽は万事屋を後にし、志村家へ向かった。
* * * * *
「お前…マジでキモイな」
後片付けが終わった二人は、ソファに並んで座ってぼんやりとテレビを眺めながら会話を楽しんでいる。
子どもたちがいなくなったことで土方は漸く煙草に火をつけながら、先程の神楽の話を持ち出した。
「あ、あれは神楽の創作ですぅ。銀さん大人の男だからちょっと会えなかったくらいで拗ねませんー」
「分かった、分かった…」
「…信じてねェな?」
「テメーの言うことで信じられることなんかあったか?」
「何言ってんの?いつもお前のこと愛してるって言ってんのも信じられないっての?」
「なっ!そういうことを言ってんじゃねェよ!」
土方は真っ赤になって銀時と逆の方を向いた。
銀時は土方の腰を抱き寄せると、耳元で囁くように言う。
「じゃあ『そういうこと』は信じてんの?」
「うううるせェ!」
「ねぇ…俺が土方のこと愛してるって、信じてくれてる?」
「そ、それはもう、分かったからっ!」
「じゃあ、土方は?」
「…っ!お、おれ、も…」
「俺も?」
「あ…ぁぃし、てる」
「…誰を?」
「お…お前に決まってんだろ!」
「へへっ、ありがと」
チュッと土方の頬に口付けを落とす。
しかし滅多に聞けない土方からの愛の言葉を、銀時は素直に喜べないでいた。
(コイツ…やっぱり俺の名前を呼ばねェつもりだ。
会話に不自然なところはねェ…だが、今までならこんだけ話していれば一度や二度は名前で呼ばれるはずだ。
それなのに今日は一度もねェ。二人きりになっても相変わらず「お前」のまま…もしかして、このまま万事屋呼びに戻っちまうのか?)
危惧していたことが起こってしまったと銀時は内心焦っていた。
しかし正面からそれを指摘したところで、ますます呼ばなくなってしまうことは火を見るより明らかだ。
何か良い作戦はないかと思案しながら、銀時は土方に悟られないようにいつも通り振舞った。
(09.11.11)
恥ずかしさのあまり「銀時」と呼べなくなった土方さんです。でも銀さん以外は気付いていません。
後編は銀さんの考えた作戦のせいで18禁となります。その前に、万事屋へ来る前の屯所での会話をどうぞ→★
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