※「純情な二人と実況中継」、「純情な二人と年賀状」の続きです。





「えー…今日から一週間限定だが、泊まり込みの雑用係が入ることになった。」
「は?近藤さん、そんな話聞いてねぇよ。」

真選組屯所。朝の申し送りの最後に局長の近藤が言ったことは、土方にとって寝耳に水であった。

「お前を驚かそうと思って黙ってたんだ。…なっ、総悟。」
「そうでさァ。…それに土方さんはどーせ『そんなもんいらねぇ』と反対すると思いやして。」
「人手不足なのは分かってるから反対はしねーよ。…ただ、身元はちゃんとしてんだろうな?」
「その点は安心してくれ。…おーい、入っていいぞー!」
「…なっ!?」

近藤に呼ばれ会議室へ入って来た三人組を見て、土方は仰天した。

「よろしくお願いします。」
「よろしくアル。…ほら、早く入るネ!」
「ででででも…」

最初に入って来たのは新八。次に神楽。そして神楽に腕を引かれて半ば強制的に部屋へ入れられたのは
銀時であった。
近藤は三人の横に立ち、隊士達へ向き直る。

「まあ、改めて紹介するまでもないと思うが…万事屋の三人だ。新八くんとチャイナさんには屯所内の
掃除や洗濯などを、銀時にはトシの秘書的な役割を担ってもらう予定だ。」
「「はあ!?」」
「あっ、それと定春くんは既に門番をしてくれている。」

土方と銀時が揃って声を上げたのにも構わず、近藤は説明を続けた。

「待ってくれ近藤さん!近藤さんを差し置いて、俺に秘書なんて必要ねぇよ!」
「何言ってるんだトシ。ウチで一番働いてるのはお前だぞ?俺にも部下達にもフォロー三昧のお前には
秘書が必要だろうと、総悟と話して決めたんだ。」
「じっじゃあ、必要があれば呼ぶから、それまではメガネ達と一緒に掃除とか…」
「ダメだ。そしたらお前、結局一人で全部やってしまうだろ?だから銀時はお前専用にする。
トシが仕事を頼まなければ一日中ボーっと過ごすことになる。…恋人を退屈させたくなければ、
ちゃんと秘書の仕事を与えることだ。」
「ちょっ…」

大勢の前で「恋人」と言われ、恥ずかしさのあまり土方の顔は真っ赤になり、思考は一時停止する。
銀時も詳しいことは聞かずに連れて来られたようで、顔を赤くして口をパクパクさせていた。

「それから、三人には仕事の間ウチの制服を着てもらう。新八くんは山崎の予備を借りてくれ。」
「分かりました。」
「チャイナさんは、お通ちゃんが一日局長した時の予備があるからそれで。」
「了解ネ。」
「銀時はトシのでいいよな。」
「「えぇっ!!」」
「話は以上だ。…それでは今日も頑張ろう!」
「「おー!」」

赤くなって慌てる銀時と土方を残し、他のメンバー達は各々の持ち場へ向かって行った。



純情な二人と共同生活



「上手くいきましたね、山崎さん。」
「そうだね。…はい、これ。」
「ありがとうございます。」

山崎から制服を受け取り、新八はそれに着替える。

「安心するのはまだ早いネ。」
「そうでィ。」

そこへ沖田と、着替えを終えた神楽も合流した。
今回の件はこの四人による「銀時と土方を大人の恋人にする作戦」の一環であった。
付き合って一年以上経過したにも関わらず、あまりの進展のなさに呆れかえった四人は、二人を一緒に
生活させようと決めたのである。

「油断しちゃダメアル。」
「あの二人のことだ…。放っておいたら、例え一緒に暮らしてたって進展するどころかむしろ後退するぜ。 」
「それもそうですね。」
「旦那が来て副長の仕事が滞ったら、真選組全体が大変ですからね。」
「つーことで山崎、あの二人の様子を見に行け。…三十分後に。」
「えっ?今すぐじゃないんですか?」
「ついさっき、会議室で呆然としていた二人を俺とチャイナで土方さんの部屋に押し込んだところだ。」
「まだ固まってたんですか…」
「じゃあ、三十分したらお茶でも持って行きますよ。」
「頼んだぜィ。」


*  *  *  *  *


三十分後。山崎は二人分の湯呑を盆に乗せて副長室へ向かった。
沖田達三人もその後を付いて行く。こっそり二人の様子を伺うつもりなのだ。

「失礼します。お茶をお持ちし……何してんですか?」
「えっ…」
「や、やまざき…」

山崎が副長室に入ると、二人は入口に背を向けて立ち尽くしていた。
おそらく、沖田と神楽に押し込まれたまま何もできずにいたのだろう。
振り向いた二人は山崎に縋るような視線を送った。誰でもいいからこの状況を打破してほしい…
そんな思いを感じ取り、山崎は溜息を吐きながら盆を文机に置いた。

「旦那、まだ着替えてなかったんですか?新八くん達はとっくに着替えて仕事してますよ。」
「あ、う…」
「副長、旦那に予備の制服を渡して下さい。」
「お、おう…」

山崎の指示で漸く土方は箪笥に向かうが、引き出しを開けたところで再び手が止まる。

(これを…俺の服を、坂田が着るのか?汚くねぇかな…)
「何やってるんですか?」
「そ、その…一番、キレイなのをと…」
「どれもキレイですって。…これでいいでしょ。」
「そそそそんなテキトーじゃ…」
「さっさと決めないと、いつまで経ったって仕事ができませんよ。…はい、次はスカーフ。」
「え、えっと…」
「これでいいですね?」

土方がスカーフの引き出しを開けたそばから、山崎は一枚を抜き取る。

「他はこっちに吊るしてありますよね?」
「あ、ああ…」

山崎が引出しの隣の観音扉を開けると、そこには土方の制服が上下セットで一つのハンガーに掛っていた。

「副長、ここに吊ってあるの、全部洗濯済みですか?」
「あ、ああ…」
「じゃあ旦那、隣でこれに着替えて下さい。」
「おう…」

副長執務室から襖を隔てた隣の部屋は土方の私室である。
おろおろするばかりの二人を後目に山崎はテキパキと襖を開け、銀時を招き入れて制服一式を手渡す。
それから山崎は執務室側から襖を閉めて、土方に向き直った。

「山崎、お前…」
「出過ぎた真似をしてすみません。でもこれくらいしないと、永久に動かない気がして…」
「そんなこと、ねぇょ…」

語尾が不明瞭で視線を逸らしがちな土方は、山崎が来るまで何もできなかったという自覚はあるようだ。

「それで?旦那にはまず、何をしてもらうんですか?」
「な、何って別に…」
「じゃあここでずっと、副長が仕事してるところを見ててもらうんですか?」
「そそそそんな…」

隣の部屋に銀時がいる現状でも全く仕事が手に付かないというのに…このままではマズイ。
土方の中の「副長」部分が警鐘を鳴らす。

「そ、そうだ!近藤さんの所に書類を持って行ってもらう…」
「いいと思いますよ。…旦那の準備が終わるまでに、局長に見せる書類を完成させなきゃですね。」
「分かってる…」

深呼吸して文机に座った土方の顔は未だ若干赤みがかっているものの、辛うじて「副長」らしい表情に
見えて、山崎はとりあえず部屋を出ても大丈夫だと判断した。



「お疲れ様でした、山崎さん。」
「いやいや…」
「そんじゃあまた三十分くらいしたら、書類届けがてら俺が様子見に行くか…」
「お願いします、沖田さん。」
「それまで私達は何をしてればいいアルか?」
「一応仕事で来たんで、僕らに何かお手伝いできることがあれば…」
「じゃあ、道場の掃除をお願いできる?」
「分かりました。」
「おうネ。」


*  *  *  *  *


三十分後。沖田が副長室書類を届けに行くと、土方は私室との境の襖の前を行ったり来たりしていた。

「…何してるんですかィ。」
「そっ総悟…坂田が、出て来なくて…」
「は?」
「着替えで、そっちに行ったんだが何の音沙汰もなくて…。もう、何時間も経ってる気がする。」
「…三十分だろィ。」
「何でそんな事が分かるんだ?」
「ただの勘でさァ…。気になるんなら襖を開ければいいでしょう?」
「だ、だって…坂田は着替えてるんだぞ?」
「男同士で何言ってやがんでィ。…そもそも土方さん、アンタしょっちゅう旦那ん家に泊まりに
行ってるじゃねーか。着替えくらい、見たことあるでしょ?」
「ああああるわけないだろ!」
「マジでか…。アンタら、本当に恋人同士ですかィ?」
「ま、まあな…」

恋人と言われ、土方は嬉しそうに頬を染める。

「誰も褒めてねーよ。…旦那ァ、開けますぜィ。」
「お、おいっ…」

沖田が襖を開けると同時に土方は両手で自分の目を覆った。

「旦那…何やってんですかィ?」
「お、沖田くん…?」

土方が恐る恐る手を外すと、そこにはいつもの白い着流し姿の銀時がいた。ワイシャツとスカーフは
畳の上に置いてあり、上着等はハンガーに掛ったままである。

「まだ着替えてなかったんで?」
「あ、あの、その…」
「坂田、悪ィ…。俺の服なんて汚くて着られねーよな…」
「ちちち違う!むしろ汚いのは俺だから!だから俺、土方の服が汚れるんじゃないかって…」
「坂田が汚いワケねーだろ。」
「土方…」
「いつまでいちゃついてるんでィ。」
「「あ…」」

いちゃついてるつもりはなかったが、沖田の存在を忘れて二人だけで話をしていたのは事実である。
二人は慌てて距離を取った。

「じ、じゃあ俺、着替えるな。」
「お、おう…」

銀時が私室の奥へ入り、土方が襖を閉めた。

「…勤務時間中は真面目に働きなせェ。」
「お前に言われたくねーよ。…だいたい、何しに来たんだ?」
「俺ァちゃんと仕事してますぜィ。…この前の始末書、持って来やした。」

得意気に笑う沖田に「ちゃんと仕事をしないから始末書書く羽目になるんだ」と言ってやりたかったが
今日は沖田のことをとやかく言える状況ではないと思い、土方は黙って沖田から始末書を受け取った。

「…もう行っていいぞ。」
「土方さんが仕事サボって旦那といちゃつかねェか、暫く見張ってます。」
「誰がいちゃつくかっ!早く戻れ。」

そうは言うものの、銀時と二人きりでは普段の調子が出ないことも確かで、土方はそれ以上強く
沖田を帰そうとはしなかった。



「あの…着替えマシタ。」

おずおずと襖を開け、土方の制服に着替えた銀時が出てくる。

「へぇ…意外と似合うじゃねーですか、旦那。」
「そ、そう?変じゃない?」
「………」
「土方さん、黙ってねェで何か言ったらどうなんでィ。」
「あ、えっと………」
「やっぱ変だよな?俺みたいなちゃらんぽらんがこんなカッチリした服…」
「そんなことねえ!すげぇカッコよくてビック、リし、た…」

黙ったままでは誤解を生みかねないと口を開いた土方であったが、やはり途中で恥ずかしくなり、
だんだんと声が小さくなる。それでも銀時にはその思いが確りと伝わっていて、二人は頬を染めて
俯きつつも幸せそうであった。

(土方からカッコイイって言われちゃった…)
(坂田に、カッコイイって言っちゃった…)
「…いい加減にしろバカップル。」
「「あ…」」

またしても存在を忘れられた沖田は、イラついた様子でフワフワした空気を打ち破った。

「とっとと働けコノヤロー。」
「お、お前も仕事に戻れよ…」
「土方さんが働くのを見届けてから戻ります。」
「チッ…」

土方はそれ以上反論せず文机に向かい、沖田はその場にごろりと寝転がった。
すると銀時は一人取り残されてしまう。

「あの…俺はどうすれば?」
「ほらほら、旦那が困ってますぜ?土方さんの秘書なんだから、旦那に指示出すのもアンタの仕事でしょ? 」
「分かってる。…坂田、あと二、三分待ってくれ。」
「うん…」

そして間もなく土方は書類を完成させ、それを封筒に入れると銀時を呼んだ。

「こっこれを、近藤さんの所に持って行ってくれるか?」

制服姿の銀時を見ると平静を保っていられないため、いつも以上に俯きつつ封筒を差し出す。

「近藤さんは局長室にいるはずだ。…局長室は、この部屋を出て左に行って、突き当りを右に曲がった
ところにあるから…」
「分かった。…土方からって言えば分かる?」
「ああ。…よろしく頼む。」
「任せて。」

銀時は貴重品を扱うように封筒を抱えて部屋を出て行った。


「…総悟、いい加減戻れ。」
「へいへい…」

銀時がいなくなり緊張が解けたのか、土方の声にはいつもの迫力が戻っていた。
沖田はそこで副長室を後にした。


(11.06.05)


およそ五ヶ月ぶりの純情シリーズでした。七万打記念リクでもかなりの方から支持をいただいたにも関わらず、お待たせしてしまいました。

一週間の共同生活、少し長くなりますがお付き合いいただけたらと思います。続きはこちら