幸福な天邪鬼
〜五月五日の臆病者〜
十月十日はだいたいいつもの年と同じように平和に過ぎていった。数年ぶりに本来の祝日だった体育の日に返り咲いたその日、銀時は近隣の高齢者が参加するスポーツフェスティバルなるものの雑用係りとして仕事をしていた。幸い天候にも恵まれ、日焼けして家に戻れば、予想通り子供達が誕生日のお祝いの準備をして待っていた。
風呂で汗と埃を落とし、クラッカーの音と共に誕生日おめでとうと祝いの言葉を向けられる。子供達が用意した小さなイチゴのケーキには年の数だけ色とりどりのキャンドルがびっしりとたてられ、恥ずかしさから、食うところが無いと文句を言ってみれば、銀ちゃんがオッサンなのが悪いアルと返された。
眼鏡っ子くのいちはいつものごとく天井から乱入してきて、特製さっちゃん1/1スケールフィギュア・大人向け機能付きをもじもじと差し出してきたし(その場で破壊した)、たまが登勢からだと言って立派なお造りを届けてくれたりもした。
桂は例の白い生物を伴って勝手に窓から上がりこみ、誕生日祝いだと言って一本のビデオテープをくれた。真っ白なケースに入ったそれは「のっぴきならない事情から風呂屋で働くことになった少女が人でなしどもに無体な要求を強いられながらも健気にがんばる」という内容らしい。誕生日になんつーもの持ってきてんだお前は。思い切り桂の頭を殴りつけながらも、まぁせっかくのプレゼントだしね、うん、とそっとデスクの引き出しにしまいこんだ。
いつもの年と変わらない、つつがなく幸福な一日だ。
だけど、時折壁の時計に目を向けてはなんとなく気分が盛り下がるのをとめることができない。
―来るわけねぇよなぁ。
そうわかってはいても、きっと今日が完全に終わるまでもしかしたらという期待を捨てきることはできないだろう。
付き合う前だったか付き合ってすぐのころだったかは忘れてしまったが、何気ない会話の流れから銀時は土方と誕生日の話をしたことがある。なんだか似たような日付だねぇという平和な感想に始まり、いやでも俺のはお前の二倍の数字だからねなんか偉いような気がするよねていうか子供の日ってお前プププ、くっだらねぇアホかつーかお前十月十日ってガキのころからかわれたクチじゃねぇのお気の毒だなククク。そしてお決まりの喧嘩に発展した。
そんなことがあったのだから、あの無駄に物覚えのいい男が忘れているわけはないはずだ。
やっぱり誕生日とかそーゆーの気にするタイプじゃねぇんだよなぁ、となぜかいきなり勃発した新八と桂の萌え歌歌合戦なるものを横目に眺めながら銀時は考えた。
だいたい土方という男はこういったイベントだとか行事ごとにはとんと疎い。ほんの一ヶ月前にも、すすきも団子もばっちり用意して月見に誘ってみれば「十五夜ってのは九月だったのか」となんとも肩すかしな感想を述べられたばかりだ。
あ〜やっぱ一人で浮かれてお誕生日祝いなんて言いに行かなくてホントよかった。
一応、曲がりなりにも、付き合ったりなんてしちゃってるわけだから、せめて祝いの言葉の一つくらい言ってやろうなどと意気込んで出かけてみたはいいが、いざ屯所が見える段になったら妙に気後れしてしまって、結局うろうろと周囲をうろついて一日無駄にしてしまった土方の誕生日のことを苦い気持ちで思い出す。
行かなくてよかった。きっとあの男のことだ、わざわざそんなことで仕事の邪魔をしたら「ガキじゃあるまいしくだらねぇこと言ってんじゃねぇ。俺は忙しいんだとっとと帰りやがれ」と目くじらをたてたに違いない。
―よかったよ、本当に。あやうく銀さんのピュアなガラスのハートが傷ついちゃうところだったよね。
「……ちゃん。銀ちゃんってば!」
ばしばしと強く肩を叩かれて、自分が深いもの思いに沈んでいたことに気付いた。
「う、お、おぉ。な、何?」
「だから、私達そろそろ行くからって言ったアル」
「……へ?なに、行くってどこへ?あ、カラオケ?」
「…何寝ぼけてるアルか」
「だから、今日神楽ちゃん道場の方に泊まりますからって、今説明したじゃないですか。全然聞いてなかったんですか?」
「うむ。カラオケか。カラオケもいいな。どうだ、リーダー、新八君。今からカラオケでもう一勝負というのは」
「え、でももうこんな時間ですし…」
「嫌アル。寝不足はお肌の大敵ネ」
「む…そうか。仕方がない。では道場に帰ってパジャマでガールズトーク&ウノ大会を…」
「いや、ガール一人しかいないですから。っていうか桂さんなんで当たり前みたいに家に泊まることになってるんですか。ダメですからね。朝には姉上も帰ってきますし」
銀時はぽかんと口を開けたまま、わいわいと言い合う三人を眺めていた。
「……え、と…何?神楽、これから新八のとこ行くわけ?」
「そうアル」
神楽がにんまりと微笑んで、両脇で新八と桂、ついでにエリザベスまでもが頷いている。その背後でお座りしている定春がわんと吠えた。
「それで、明日は姉御と新八と三人でよつこしに行ってお買い物して、夜は焼肉アル」
「……へ、へぇ〜〜、あぁ〜そうなんだ。…ふぅん…よかったじゃねぇか、楽しそうで」
「だから銀ちゃんは、一人でゆっくりとヅラからもらったビデオでも鑑賞して秋の夜長を過ごすといいネ」
「そういうわけなんで、じゃあ銀さんお休みなさい」
「では、銀時、アデュー」
『ハッピーバースデー』
口々に別れの言葉を告げ去って行く皆の背中を、やっぱりぽかんと口を空けたまま見送った。
見上げれば、時計は最後に見た時から一時間近く針が進んでいたし、いつの間にかテーブルの上は綺麗に片付けられて、隅の方に、残った料理が綺麗に皿に盛りなおされラップがかけられていた。
どうやらずいぶんと長いことぼんやりしてしまっていたらしい。
「いやいや…それにしたってさぁ……」
急に人気の無くなった万事屋は、なんだかいつもよりだだっ広く静かに感じられる。
あれ、何これ、なんか新手のイジメ的な?えぇえ、だって今日俺の誕生日のお祝いだったんじゃねぇの?…いやいや、別に寂しいとかそーゆーんじゃ全然ねぇけど。
しばらくソファに座って一人うだうだしてみたが、まだ寝る時間には早すぎるし大変手持ち無沙汰だ。部屋中を見回し、う〜ん、とひとつ唸って銀時は立ち上がり事務机の方へと足を向けた。二番目の引き出しを開けると、そこには桂がプレゼントだと言ってよこしたビデオテープがどっしりと鎮座ましましている。誰がいるわけでもないとわかりきっているのに、なぜか周囲を見回してから、そっと手にとってみた。
―いやぁ、銀さんはさぁ、乳臭い小娘なんかよりも巨乳ばいんばいんの熟女が好みなんだけどね。うん、そうなんだよ。そうはいってもまぁ、せっかく持ってきてくれたわけだしさぁ……。
やっぱり誰がいるわけでもないのに、そんな言い訳を小声で呟きながらテレビをつけて、テープをビデオデッキにセットした。年代もののデッキがう〜んと不満げな唸り声をあげて、画面にちらちらと砂嵐のようなものが映り始める。
食わず嫌いはいかんよね、うんうん。興味なさげな顔をつくろいながらも、手元にはしっかりとティッシュボックスを装備だ。
やがて画面がぱっと明るくなって、銀時はん?と首を傾げた。ソファから腰を浮かせてじっと画面を凝視する。青い空、柔らかな緑、物が散乱した車内に気だるげに横たわっているのは確かにまだあどけなさの残る少女だ。
―少女っつーか…ガキじゃねぇか…。いやいや、ていうかこれってさぁ………。
「クッソ…!ヅラの野郎……ッッ!!」
テーブルに両手をついてがっくりとうなだれる。なんかちょっと泣きそうだ、と思った。
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