幸福な天邪鬼
〜十月十日の天邪鬼〜
「……なにやってんだ?」
まぎらわしい説明をしたヅラが悪いのか、のせられた自分が悪いのか。いやいややっぱりヅラが悪いよね、ひでぇよあいつ男の子の純情もてあそびやがって。うなだれたままぐるぐるそんなことを考えていたら、頭の上から声がした。
「…なんですか。おまわりさんが不法侵入ですかコノヤロー」
驚きよりもなによりも、身に付いた習性でほとんど反射のように憎まれ口をたたいていた。八つ当たりも少々、いや多分にあったかもしれない。
「何回もチャイム押したってぇの。返事はねぇが、明かりがついてたんでな。…つーかじ○りって…男一人でずいぶんと渋いもん見てんなお前…」
神隠しもいいが、俺ぁ飛行艇にのった豚の方が好きだ。ゆらりと口に咥えた煙草を揺らす土方の視線を追って、銀時もテレビに目を向ける。
画面ではカラフルな異国情緒漂う街に迷いこんでしまった少女が困惑顔で右往左往する様が映し出されているところだった。
―のっぴきならない事情から風呂屋で働くことになった少女が人でなしどもに無体な要求を強いられながらも健気にがんばる―
確かに桂の説明はどこも間違ってはいない。風呂屋は間違いなく文字通りに風呂屋だし、人ならざるものどもに振り回され驚かされ、時には命の危険にさらされながらも千は健気にがんばるだろう。桂の天然っぷりを誰よりもよく知っているはずなのに、その言葉を真にうけた自分がアホなのだ。
なんだか急にバカバカしくなってきて、銀時は上げていた腰をソファに下ろした。そんなことよりも、目の前のこの男がなぜ今日ここにやってきたのか。その真意を確かめることの方がよっぽど重要だ。
改めて見やれば、土方は見慣れた私服姿で両手にはいくつも大きな袋を提げている。下がりに下がっていたテンションが急激に浮上するのを感じた。
「…で?どうしたの、こんな時間に」
にやけそうになる口元を懸命に引き締めて、いかにもどうでもいいというような体を装って話しかける。だが、土方から返ってきたのはまったくもって予想外の一言だった。
「マヨネーズケーキ、作れ」
「……………………あぁ?」
怪訝そうな顔をした銀時の目の前に、マヨネーズに始まりバター、卵、牛乳、小麦粉と菓子作りに必要と思われるものが次々に並べられていく。なんだなんだと大人しく成り行きを見守っていたが、チョコレートに引き続き季節はずれのイチゴのパックまでが出てきた時点で、あることに思い至り愕然と顎を落とした。
チョコチップはなかなかいけたが、イチゴはどうにも駄目だった。ホイップした生クリームとマヨを混ぜる際の黄金比を発見した時は、俺ってやっぱり菓子作りの天才じゃねーのとおおいに自画自賛したものだ。だけどそんなあれやこれやを土方が知っているわけはもちろんないはずなのに。知っているとしたらそれは。
―新八ィ、神楽ァァ。あいつら、ばらしやがったなァァア…!!!
並べられた材料を凝視してかたまっている銀時を見下ろしながら土方はゆったりと煙を吐き出している。
猛烈な恥ずかしさと怒りがまずわきおこり、ついでばつの悪さと知られたことへの悔しさが頭をもたげてくる。一気に感情がふくれ上がりすぎて、こめかみがずきずきと痛かった。ふざけるなと怒鳴りちらして恥ずかしさをまぎらわそうか。笑って誤魔化そうか。それともいっそ土方を殴り倒してここから逃げ出してしまおうか。ぐるぐると思考を巡らせ、結局銀時はその選択肢のどれも選ばないことに決めた。
腹は立つし恥ずかしいしものすごく情けない気分だが、それでも、五ヶ月前の銀時の行動を全て承知した上で、今日ここに土方がいるというその意味をまったく理解できないほど人の心の機微に疎くはないつもりだ。
「…なに、それ、ひょっとして甘えてんの?」
「甘えてやってんだよ」
せめてもの抵抗として、せいぜいふてぶてしい態度に見えるよう努力して問いかければ、土方は短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けながらにやりと笑って答えた。怒りと羞恥がない交ぜになった複雑な感情の波間をぬって、じわりと嬉しさがわきおこってくる。
「……おいおいふざけんなよ。なんで俺が自分の誕生日に一方的にてめぇを甘やかしてやんなくちゃなんねぇわけだよ。ギブアンドテイクっつー言葉、まさか知らねぇわけでもねぇだろ。なぁ土方君」
銀時はソファの背に肘をかけてふんぞり返り、足を組みながら、土方がまだ手に提げたままの紙袋を顎でさし示した。土方はふんと鼻で笑って、おもむろに紙袋に手をつっこんで中身をテーブルの上に出した。
「大江戸マート秋の新作、かぼちゃのとろとろ生クリームプリン」
「……お」
「鬼嫁大吟醸」
「おぉ…」
「つまみは料亭のあわび煮をはじめ、甘味辛味各種とりそろえております」
「おぉお?」
「で、ラストはこいつ。この前てめぇがウィンドウにはり付いてよだれたらしてた店の和栗のケーキご予約券」
「うぉ、ぉお!?……ちょ、ま、マジでかッ!!?」
たまらずに立ち上がって、土方の手から小さな紙切れを奪い取った。
「引き取りは、明日の午後二時」
「…マジでか……」
銀時は手にした紙をためつすがめつ眺め回し、しまいには天井の電気にかざしてすかし見たりまでしてみた。超高級洋菓子店の憧れの秋の新作ケーキ。一台一万二千円也。とてもじゃないが銀時の懐具合では手の出ない高嶺の花だ。
「……坂田銀時。マヨネーズケーキ、全力で作らせていただきますっ!」
ぴしりと額に手をあてて敬礼のポーズをとれば、土方はすました顔をして「おぅ」と鷹揚に頷いてみせた。
可愛くねぇ野郎だな、とその顔を見て銀時は苦笑する。その上やることがいちいちまどろっこしいんだよ。お誕生日おめでとう、お祝いしてあげるから来年からは僕のもちゃんと祝ってね。一言そう言やぁいいものを。
なんて、実際に土方が笑顔でそんなことを言ってこようものなら、熱でもあるのかお前と救急車を呼ぶか、気色悪さに手や足が出てしまうのがおちだというのに。
―ほんっと素直じゃねぇんだよなぁ。
それが土方に向けた言葉なのか自分に向けたものなのか、銀時自身よくわからなかった。だが、とりあえず。
「で、お前、飯は?」
「食ってきた」
「んじゃ、早速飲むとしますかね。マヨケーキは明日でいいだろ」
「ああ」
好意には好意をもって。向こうが歩み寄ってくれるというなら、こっちだって距離を縮める努力くらいするさ。人生を円満におもしろおかしくすごすにはギブアンドテイクの精神が重要だ。
壁の時計を見上げると、もうあと一時間とちょっとで十月十日が終わるところだった。あの時計の針が十二時をまわったら、五ヶ月遅れの祝いの言葉を土方に言ってみようかと、そんなことを考える。そうしたらこの可愛げのない男も一日遅れのおめでとうを返してくれたりするのだろうか。
「お、河の神」
土方のつぶやきに振り返ってテレビの画面に目をやれば、丁度翁の面をつけた神様が消え去っていくシーンだった。
『善き哉』
不思議な響きのその声音がしぃんとこだまするように耳の奥へと届いてくる。銀時はそっと口元に笑みを浮かべて、グラスを用意すべく台所へと足を向けた。
―ああ、まったく。よきかなよきかな。
今年の春、日野原さんのサイトで土誕記念のリクエスト企画をしていたので、リクエストさせていただき、
このたびそれを小説にしていただきました!私がしたリクエストは「悩んでいるうちに五月五日が過ぎて
落ち込む銀さんと十月十日が近づいてきて祝われなかったことにやっと気付く土方さん」というものです。
イベント事に疎い土方さんとシャイな銀さんが織りなすラブラブな誕生日^^
でも一番のツボはヅラからの
プレゼントだったりします(笑)。銀誕と土誕がいっぺんに楽しめる素晴らしい小説をいただけて、私は
本当に幸せ者です。日野原様、ありがとうございました!(11.10.11)
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