後編
土方の病室にはもう一つベッドがあるが、それは単なる荷物置きとして使っている。
新八と神楽が持って来てくれたらしい紙袋から寝間着を取り出して着替え、昨日と同じように
土方の腕を抱き、床に座って目を閉じる。
けれど翌朝になるとまた、土方の腕は俺の頭の上にあった。
次の日もその次の日もそのまた次の日も、俺は土方の腕を抱えて眠りに就いたのに、朝起きると
腕は頭の上にある。……何これ?毛布係は腕引き抜き係も兼ねてんの?そんなに副長さんが下に
されてるのが嫌なの?愛されてるねェ……
ピッ…ピッ…ピッ…ピッ……
もうすっかり聞き慣れた電子音をBGMに毛布を畳み、寝巻きから普段着へ着替える。
ピッ…ピッ…ピッ…ピッ……
おかしい……。この音、こんなにゆっくりだったか?最初に来た頃、もっと早くなかったか?
これって脈の音なんだろ?それがゆっくりになったってことは……
バタン!!
病室の扉を開けると、外で待機していた隊士が慌てて立ち上がる。
「な、何かあったんですか!?」
「脈が……ピッピってやつが、遅くなってる!」
「……そうなんですよ。」
「そうなんですじゃね……っ!?」
俺に胸倉掴まれてる隊士はもう、覚悟ができてる顔だった。
「ちゃんと毎日、医者も看護師も見に来てるでしょう?そういう、ことなんです……」
「…………」
隊士を解放し、俺はふらつく足取りで病室に戻って扉を閉めた。
倒れ込むようにして土方の元へ駆け寄り、包帯だらけの手を握る。
初日に枯れたと思っていた涙がまた溢れ出した。
本当に、逝っちまうのかよ……。お前、まだ俺に言いたいことがあるんだろ?新台入替えなんかに
負けたまま逝くなよ。ちゃんと言えよ。そしたら、ちゃんと応えてやるから……。
お前が一番喜ぶ返事、してやるから……だから、だから……
「逝くなよ……っ!」
逝くな、逝くな、逝くな……
無駄だと分かっていても祈らずにはいられなかった。
土方の手を両手で握って目を閉じ、只管逝くなと繰り返す。
逝くな、逝くな、逝くな……
ピッ…ピッ…ピッ…ピッ……
逝くな、逝くな、逝くな……
ピッ…ピッ…ピッ、ピッ……
逝くな、逝くな、逝くな……
ピッ…ピッ、ピッ、ピッ……
逝くな、逝くな、逝くな……
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……
「!?」
手を握り返された気がして祈るのを止め、顔を上げた。
「……ろ、ず……」
そこには薄すらと目を開けた土方。何かを言ったが、酸素マスク越しでよく聞こえない。
「土方!土方!」
土方の目が再び閉じていく。
「土方!土方!」
「どうしたんですか!?」
異常を感じて隊士が入ってくる。
「今、土方が目を開けたんだ!」
「ほっ本当ですか!?」
「ああ!それで、何か言ったんだよ!でも、聞きとれなくて……そしたらまた目が……」
「なっナースコール!」
ベッドに括りつけられたボタンを押すと、すぐに看護婦さんが駆け付けてくる。
「どうしました?」
「副長が、目を開けたそうです。」
「それだけじゃねェ!喋ったんだ!」
「旦那、ちょっと落ち着いて下さい。」
看護婦さんは医者を呼びに行って、医者が来てから俺は病室を追い出された。
それでも土方の傍を離れたくなくて、俺は扉のすぐ前にずっと立っていた。
「土方っ!!」
病室の扉が開き、医者と入れ違いに中へ駆け込む。
「先生、トシの容態は……」
隊士からの連絡を受けてやって来た近藤が、部屋の入口で医者と話をする。
「まだ、予断を許さない状況ではありますが……」
「希望が、出て来たということですか?」
「!?」
土方の手を握りながら、俺は医者の方を振り返った。
「一命は取り留めました。」
「ほっ本当でずがぜんぜぇ〜!」
近藤は目からも鼻からも色んなもん垂れ流して医者の両腕を掴んでいる。
「たっただし、楽観視はできません。いつ目覚めるかは分かりませんし、もしかしたらずっと……」
「でもトシは、トシはまだ、生きられるんですよね!?」
「はい。脈も呼吸も安定してきています。」
「ありがとうございます、先生!」
「私は何も……。奇跡としか言いようがありません。」
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!!」
泣きじゃくりながら近藤は何度も何度も頭を下げていた。
俺はまた、いつものように土方の手を握りベッドにしなだれかかる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……
心電図モニターがいつものリズムを刻む。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……
ああ、今日から土方スペシャルもタバコも無しだな。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……
勝手に使ったことバレたら土方怒るかなァ……。そん時は山崎のせいにでもするか。
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……
その日、久しぶりに食べた宇治銀時丼は、とても甘くて、とても美味かった。
* * * * *
それからも土方は目を開けなかったけれど、酸素マスクは外れ、ちょっとずつ傷も治ってきて
包帯も少なくなっていった。
「いてっ!」
土方が目を開けて数日後の夜、俺は頭の上に何かが落ちてくる衝撃で目が覚めた。
頭の上には土方の腕。
何だよ……今日の毛布係は随分乱暴だな。いつもみたいに起きないようそっとやれよ……。
そう思ったが、部屋には俺と土方以外、誰もいなかった。
俺は頭の上の腕をどかして体を起こす。
「よう。」
「…………」
握った手は確りと握り返されて、俺を見詰める瞳は相変わらず瞳孔開いてて、久しぶりに聞いた
低い声はもう何年も聞いてなかったんじゃないかと思うくらい懐かしくて……俺の両目からは
一気に涙が零れ落ちた。
「万事屋……」
「うっ、くっ……」
色々言いたいことはあるのに、次から次へと涙が出てきて喋れない。
「ごめんな。」
「うあぁぁぁ〜〜!」
俺は初めて、声を上げて泣いた。
そんな俺をあやすように、土方は俺の頭をポンポンと叩いてくれていた。
* * * * *
朝になり、近藤や沖田くん、山崎とその他の隊士達も土方の病室へやって来た。
夜のうちに病院待機の隊士から知らせを受けて来ていたのだが、俺がわんわん泣いていたから
遠慮したらしい。ったく……いるならいるって言ってくれよな。そうでなければ聞かないフリ
しといてくれよ……。
病室入って来た時の沖田くんの第一声が「泣き止んだみたいなんで来やした」だもんなァ。
「いや〜、良かった!本当に良かった!」
「迷惑掛けたな、近藤さん。」
枕を背凭れにしてベッドへ座った土方が近藤に頭を下げる。
「そんなことはない!トシが目覚めてくれて本当に良かった!」
「ケッ……しぶとい野郎でィ。」
「そんなこと言って……沖田隊長、目ェ赤いですよ。」
「うるせェ山崎。」
「痛っ!殴ることないでしょー!」
「ハハハハ……」
和やかムードでベッドを囲む真選組連中を、俺は少し離れたところから傍観していた。
「初めは『一週間の命』って言われてたんだぞ。それが暫くすると『一命を取り留めた』と……」
「そうか……」
近藤が土方にこれまでの経緯を説明している。
「先生も奇跡だと言っていた。俺もそう思う。愛の奇跡だ!……なっ、万事屋!」
「えっ……」
いきなり話を振られて俺は言葉に詰まった。皆の視線が一斉に俺に集まる。
「え、えっとー……」
正直、かなり恥ずかしいところを見られていたと思う。けれど近藤は(おそらく他の隊士も)
俺と土方がデキてると思っているに違いない。だから、死の淵に直面した恋人を前に取り乱すのも
仕方がないことで、それを揶揄しようなどとは微塵も思っていないはずだ。
でもさ……俺達、まだ……
昨夜は俺が泣き疲れて寝て、起きたら近藤達が入って来たから、土方とは告白どころか碌に
話もしていない。土方はまだ、俺がここで何をしてたか知らないんだ。
ど、どうしよう……。近藤達、余計なこと言うなよ。
「万事屋、お前が泊まりがけでトシの傍にいてくれたからトシは回復したんだ。そうだろう?」
「い、いや……医学の進歩のせいじゃね?」
うがぁぁぁぁ〜!いきなり泊まってたのバラされたぁぁぁぁ!!
「謙遜することはない。お前の愛の力でトシが目覚めたんだ。……トシもそう思うだろ?」
「そうだな。ありがとよ……銀時。」
「―っ!!」
一度も呼ばれたことのない下の名前で呼ばれて、顔が一気に熱くなる。
「ラブラブですねィ。」
「よしっ、あとは若い二人に任せて、俺達は仕事に戻ろう!」
近藤の一言で真選組の連中はぞろぞろと病室を後にした。
病室には俺と土方の二人きり。
これまでずっとそうだったけど、土方は寝てたし、俺も普通の精神状態じゃなかったし……
でも今は、土方はまだまだ寝そうもないし、俺も冷静になってきちまってるし……
逃げたい。非常に逃げたい。だがきっとまだ外に真選組の連中が残っていて、俺が出て行けば
ここに戻されるような気がする。だからって何を話せばいいんだよ……
そんな風にぐだぐだ考えていると、土方が「銀時」と呼んで手招きした。
「なに気安く呼んでんの?」
可愛げのない言葉を吐いて、土方のベッドの脇にある座り慣れてしまった丸イスに座る。
「ありがとな。」
「……さっき、聞いた。」
「さっきのは看病の礼だ。……夢じゃなかったんだな。」
「夢?」
「お前が、俺の手を握って泣いている夢を見ていた。」
「そっそれは夢だろ。……俺、ここにいただけでそんなことしてねーし。」
「フッ……そうか。」
「信じてねェな?」
「まあともかく、いてくれてありがとう。それからもう一つ……」
「もう一つ?」
「あの時公園で……俺の話を最後まで聞かずにいてくれてありがとよ。」
「……嫌味かよ。」
「違ェよ。本気で感謝している。……あの時お前と想いを通わせていたら、俺は何の未練もなく
この世を去っていたかもしれないからな。」
「あっそ……」
やっぱ、新台入替えに負けたままじゃ悔しくて死にきれなかったか……。うん。計算通り!
「銀時、好きだ。」
俺の手を取って、俺の目を見て土方は簡潔に自分の気持ちを伝えてきた。
「…………」
「おい、何とか言えよ。」
「……言わねェ。」
「あ?テメーまだ訳の分かんねェことごちゃごちゃ考えてやがんのか?」
「だって……言わなかったらまた、何かあっても気になって甦るだろ……」
「お前……」
「だから……お前のその、ムカつくサラサラヘアーが、俺のと同じ色になったら言ってやる。」
「フッ……上等だコラ。」
土方に腕を引かれ、俺達の唇が重なった。
それから俺は家路に着いた。久方ぶりの我が家だ。新八も神楽も元気にしてっかな……
何か買っていってやるかと入った和菓子屋に雛霰が置いてあり、もうそんな季節かと思った。
今年は卵の殻で雛飾りでも作ってやるか……。卵かけご飯好きのアイツにはピッタリだろ。
人ひとりが抱え込める幸せの大きさというのはきっと決まっていて、幸せは大きすぎると
抱えきれなくなって指の隙間からぼろぼろと零れ落ちてゆく。
だからこの幸せは、土方とふたりで抱え込むことにしようと思う。
(11.09.10)
甚だ季節外れではありますが、元のお話の舞台が冬で、そこからハッピーエンドにするには春がいいだろうと思いまして、最後にちょっとだけ雛祭りでした。
今回、初めて漫画の文章化というものに挑戦いたしました。銀さんのモノローグが多かったので思ったほど大変な作業にはなりませんでしたが、
「何だかよく分からなかったぞ」って方はSO様の漫画を読んでいただけたらと思います^^; ここまでどシリアスな話を書いたのは初めてです。
自分で書いているのに、展開が分かっているのに「銀さん可哀想。土方さん目を開けて。」と泣きながら書いていました^^; ギャグ書きが必死こいて書いた
シリアス小説です。そしてですね、リクエスト下さったSO様はサイトをお持ちで当サイトにリンク貼ってくださったとのことでして、そのリンクお礼に「おまけ」を
付けました。といってもこの話の続きではなく、別バージョンです。こちらは完全にいつもの調子で書いていますので、今までのことは全て忘れて
ひろ〜〜い心で読んでいただけるとありがたいです。こちらです。→★