※冒頭部分は「春の息吹」と全く同じです。





人ひとりが抱え込める幸せの大きさというのはきっと決まっていて、幸せは大きすぎると
抱えきれなくなって指の隙間からぼろぼろと零れ落ちてゆく。
幸せが大きければ大きい程、失った苦しみが耐え難いものである事を知ってしまっている俺は
無意識のうちに今以上の幸せを手にすることから必死で逃げていた。
俺は幸せというものにどこか恐怖を感じながら生きている。

そんな冬のある日、俺は土方に公園へ呼び出された。

土方が何を言い出すかなんて解かっていて、俺の返す答えも決まっていて、それでも俺は土方の
言葉を確認せずには居られなかった。

「万事屋、俺はてめぇが……てめぇの事が、―……」

確認して、確信して、怖くなって、逃げた。咄嗟に出て来た言い訳は「新台入替え」。
我ながら酷い理由を付けて、俺は土方の元から逃げた。
でもこれでいい。これでいいんだ。もうこれ以上は抱えきれない。


その後、真選組が江戸を離れ、相当危険な任務に赴くという話を新八伝てに聞いた。
真選組と過激派攘夷志士グループとの激しい抗争の様子は、ニュースでも大きく報道された。

事態を何とか終息させ、真選組は江戸へ戻って来た。
土方も戻って来た。意識不明の重体で。

沖田くんに頼まれて行った病院には、色んな管で医療機器に繋がれた土方が眠っていた。
病室の扉には「面会謝絶」の文字。

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……

静まり返った薄暗い病室に心電図モニターの電子音が響く。
もって一週間。近藤が医者からそう言われたらしい。

「頼む万事屋。少しでいい、トシの傍にいてやってくれ。」

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……

近藤が病室から出ると堰を切ったように涙が零れ落ちた。

あぁ、本当に……手に入れなくてよかった。



もう一つのくむつせん



病室の扉が閉まるのとほぼ同時に土方は目を開けた。

「えっ?えっ?えぇっ!?」

そして体を起こしながら辺りをキョロキョロ見回して、そして自ら酸素マスクを外し、
満面の笑みで俺に抱き付いて来た!

「坂田氏ィ〜、お久しぶりでござるぅ〜。」
「おまっ……トッシー〜!?」

俺の腰に纏わり付くコイツは、土方であって土方でない。妖刀・村麻紗に取り憑いたヘタレたオタク 。

「拙者のこと、覚えていてくれたナリか?トッシー、感激☆」

顔の前に横向きでピースサインをし、目尻方向へスライドさせてウインク。……ウザい。
満身創痍のくせにハイテンションなのが余計にウザい。何なのコイツ?

「お前、体は大丈夫なのか?」
「拙者のこと、心配してくれるナリか?トッシー、かんげ「もういい。大丈夫なんだな?」

懲りずにピースウインクを繰り出そうとするトッシーの言葉を遮って、怪我の具合を確認する。
余命一週間だと近藤は言っていた。なのにコイツの明るさったら……。まさか、土方の魂が
なくなったからコイツが出て来たのか!?

「どうなんだよ、オイ!」
「坂田氏……何を怒っているんだい?久しぶりに会えたのだから楽しくお話ししようよ。」
「っざけんな!テメー、その体の傷が見えねェのか!?土方はどうした!戻ってくるんだろうな!?」

トッシーの胸倉を掴みギリギリと締め上げる。

「さ、坂田氏……苦しいナリ……。拙者、重症患者だからして……」
「チッ……」

仕方なく手は離してやったが、まだ何の答ももらっていない。事と次第によっちゃあ、コイツを
ぶっ殺してやる!
トッシーは喉押さえて咳きこんでいた。

「ケホッ、ケホッ……いや〜、今回は本当に酷い怪我ナリ。十四郎、大分無茶をしたでござるな。」
「……他の隊士を庇ったんだと。」
「フフフ……十四郎らしいな。」
「それで、土方は?」
「眠っているでござる。……体と同じで、大分弱っていたから。」

まだ辛うじて土方は「そこ」にいるようだけど、やっぱり……

「もう、戻って来れねェのか?ちょっとだけでいいから、アイツと話してェんだ……」

あの日、公園で聞けなかったこと、言えなかったこと、せめてそれだけでも……

「なあ、頼むよ……。一分……三十秒でもいいんだ。土方と話をさせてくれよ。」

トッシー出現の衝撃で止まっていた涙がまた頬を伝う。トッシーは真っ直ぐに俺を見て、
そして首を傾げた。

「十四郎と交代するのはいつでもできるけれど……」
「本当か!?今すぐ代わってくれ!!」
「嫌ナリ。せっかく出て来れたんだから、坂田氏とお話しを……」
「そんなの後でいいだろ!土方には時間がねェんだ!」
「縁起でもないこと言わないでほしいな。まるで十四郎が死んじゃうみたいに聞こえるナリ。」
「みたい、じゃねェ!本当に、もって、一週間だって……」
「そんなことないでござる。」
「……へっ?」

目の前のコイツはいたって真顔で死ぬ程の怪我ではないと言った。

「テキトーなこと言うなよ。医者がそう言ってたんだぞ!」
「ヤブ医者ナリな……。ギリギリで致命傷は免れてるでござる。」
「テメーに何でそんなことが分かるんだよ。」
「そこまで重傷だったら、いくら拙者みたいに元気な魂が入ったって、喋ることもできないナリ。」
「で、でも……土方は『中』で眠ってるんだろ?」
「これだけ大怪我をすれば休息が必要だよ。その隙に拙者が体を借りているんでござるが……
体も休めないといけないから、そう長くは出ていられないナリ。だから、時間がないのは拙者の
方でござるよ、坂田氏。」

嘘を言っているようには見えないけれどそれでも信じ難いのは、沖田くんが土方のために態々
俺を呼びに来て、近藤があんなにも肩を落としていたからで……俺には何が何だかサッパリ……

「なあ……本当に土方は大丈夫なのか?」
「大丈夫でござるよ。」
「医者が間違ってるって……土方は死なないって、確信があるのか?」
「あるナリ。」
「何で?」
「経験者だから分かるナリ。」
「経験者?」
「そう。拙者は『死』の経験者ナリ。」
「あっ……」

そうか……。コイツは妖刀の亡霊で一回死んでるんだったな。
ってことは、本当の本当に土方は大丈夫なのか!?

「で、でもよ……それなら何で医者は『もって一週間』なんて言ったんだ?役人の土方を
診察するんだから、ヤブじゃねェと思うぜ。」
「う〜ん……もしかしたら、交代に手間取ったからかもしれないなぁ。」
「は?」
「十四郎の精神は今、眠っているでござるが……少し前まで辛うじて起きていて、拙者が外に
出るのを拒んでいたんだ。」
「……それで?」
「内側で拙者と十四郎が話している時、外から見ると意識がないように見えるような……」
「つまり……テメーが出しゃばったせいってことかァァァァ!!」
「違う!十四郎が速やかに体を明け渡さなかったせいナリ!!」
「どっちでもいい!大丈夫なら俺ァ帰るからな!!」
「あ〜、待ってほしいナリ!」

踵を返した俺の着物をトッシーが掴んで止める。

「拙者、坂田氏にお伝えしたいことが……」
「ンだよ!」
「好きですっ!」
「……は?」

俺が思い切り顔を顰めて聞き返したにもかかわらず、トッシーは両手で顔を覆って
「きゃっ、言っちゃった」とか言って妙に楽しそうで……そして、急にベッドへ倒れ込んだ。

「おっおい!どうし……うおっ!」
「くっそ〜……トッシーの野郎!!」

今度は急に起き上がり怒り出した。っていうかコイツ……

「土方?」
「万事屋!久しぶりだな!元気だったか?」
「あ、うん……」

やっぱり土方だ。戻ったんだ……。なるほど……さっきの、急に倒れたのが交代中ってことか。
確かに、失神したように見えるな……。

「トッシーの野郎!俺より先に言いやがって!マジで許さねェ!!」
「あのさ、土方……」
「万事屋好きだ!付き合ってくれ!」
「……はい?」
「そうか!ありがとう!」
「いやいやいや……はい?」

土方は俺の手を両手で握ってブンブン振って喜んでいる。

「ありがとう!今日は最高の日だぜ!」
「いや、ちょっと……俺の話、聞こう?ねっ?」
「トシぃぃぃぃ!目覚めたのかァァァァ!?」
「近藤さん……」

涙目の近藤が入ってきて、土方は俺の手を離した。

「良かった……本当に良かった!万事屋の愛の力のおかげだな!!」
「いや、違うから。そもそも診断が間違っててよー……」
「その通りだ!大きな愛の前では、医学などちっぽけなものだ!うんうん……」
「おい、お前も話を聞けよ。」
「近藤さん、改めて紹介しよう!恋人の銀時だ!」
「はああああ!?ふざけんなよ!俺がいつ付き合うって言った?」
「照れるなって……。俺の告白に『はい』と言ってくれたじゃねーか。」
「ちっげぇよ!『はい?』だ。疑問文!分かる!?」
「分かった分かった……。近藤さん、他の隊士には内緒にしといてくれ。銀時のヤツ、
恥ずかしいらしい。」
「おお、分かった。」
「だーかーらー!」
「悪ィ、体が辛くなってきたから横にならせてもらう。」
「お、おう……」

スチャッと片手を上げてから土方はベッドに寝て、近藤が布団を掛けてやる。

「傷が癒えるまで、ゆっくり休んでくれ。」
「すまない近藤さん……」
「気にするな!トシの分まで頑張るからな!」
「ありがとよ……」

そう言って土方は目を閉じる。

致命傷には至らなかったが結構な怪我であることは確かで、そんな状態でトッシーとも
色々やってりゃ、疲れるか……
近藤は他の隊士に知らせると言って病室を出て、俺もその少し後に家路に着いた。


寒風吹きすさぶ冬の町、何故か俺の周りだけはポカポカ温かかった。


(11.09.11)


断わっておきますが、SO様の描かれた漫画の土方さんはこんな能天気キャラではありません。目覚めたら銀さんがお見舞いに来ていて、

嬉しくなってテンション上がっておかしくなったってことで一つ・・・^^; 余りの申し訳なさから、最後にちょっとだけいい話に持っていこうとしました。

リクエスト下さったSO様、こんなんでよろしければもらってやって下さいませ。もちろん、本編(前後編)のみでも構いませんので〜。

このたびはキリリク&リンクありがとうございました!そして、ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございます。

 

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