※冒頭部分(タイトルの前まで)はキリリク下さったPURPLEKITTYのSO様の描いた「whitebreath」という漫画を
 一部抜粋したものになります。
※当サイトにしてはかなりシリアスな展開になりますが、死ネタ・バッドエンドはありません。
※カップリングは攻受不明(どっちつかず)です。
以上をお読みになり、大丈夫と思われた方のみお進みください。










人ひとりが抱え込める幸せの大きさというのはきっと決まっていて、幸せは大きすぎると
抱えきれなくなって指の隙間からぼろぼろと零れ落ちてゆく。
幸せが大きければ大きい程、失った苦しみが耐え難いものである事を知ってしまっている俺は
無意識のうちに今以上の幸せを手にすることから必死で逃げていた。
俺は幸せというものにどこか恐怖を感じながら生きている。

そんな冬のある日、俺は土方に公園へ呼び出された。

土方が何を言い出すかなんて解かっていて、俺の返す答えも決まっていて、それでも俺は土方の
言葉を確認せずには居られなかった。

「万事屋、俺はてめぇが……てめぇの事が、―……」

確認して、確信して、怖くなって、逃げた。咄嗟に出て来た言い訳は「新台入替え」。
我ながら酷い理由を付けて、俺は土方の元から逃げた。
でもこれでいい。これでいいんだ。もうこれ以上は抱えきれない。


その後、真選組が江戸を離れ、相当危険な任務に赴くという話を新八伝てに聞いた。
真選組と過激派攘夷志士グループとの激しい抗争の様子は、ニュースでも大きく報道された。

事態を何とか終息させ、真選組は江戸へ戻って来た。
土方も戻って来た。意識不明の重体で。

沖田くんに頼まれて行った病院には、色んな管で医療機器に繋がれた土方が眠っていた。
病室の扉には「面会謝絶」の文字。

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……

静まり返った薄暗い病室に心電図モニターの電子音が響く。
もって一週間。近藤が医者からそう言われたらしい。

「頼む万事屋。少しでいい、トシの傍にいてやってくれ。」

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……

近藤が病室から出ると堰を切ったように涙が零れ落ちた。

あぁ、本当に……手に入れなくてよかった。



くむつせん〜春の息吹〜



少しして近藤が病室に戻って来た。
俺は着物の袖で涙を拭い、ベッド脇にあった丸イスに腰掛ける。

「ありがとな、万事屋。……トシもきっと喜んでいると思う。」
「そう……」
「時間がある時だけでいいんだが……明日以降も来てやってくれないか?」
「……ここにいるよ。」
「えっ!」
「……長くて、一週間だろ?だったら、ここに、ずっ、と……」

それ以上は喋れなかった。奥歯を噛み締め、膝の上で両手を握っていねェと、また涙が溢れて
きちまいそうで。

「万事屋、お前……」
「…………」
「そ、そうだったのか!トシは幸せ者だな!本当にありがとう、万事屋!」
「…………」

近藤の言葉には応えず、ただ黙ってベッドに視線を貼りつかせる。

「トシは立派だったぞ。トシのおかげで多くの隊士が救われた。」
「…………」
「局長、すみません……」
「ああ、今行く。」

見たことあるけど名前は知らない平隊士に呼ばれ、近藤は「よろしく頼む」と言って病室を
後にした。土方がこんな状態なんだ。仕事が忙しいに違いない。

ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……

「っ……」

下瞼で支えきれなくなった涙が頬を伝う。

「トシは幸せ者だな!」

土方が幸せなはずねェじゃねーか……。告白すらさせてもらえなかったんだぜ?
決死の覚悟で任務に赴くコイツから、俺は逃げたんだ。相手が俺じゃなきゃ、土方は幸せに
なれたかもしれねェのに……

ダンッ!!

握った拳を自分の両膝に打ち下ろす。
俺はバカだ……。手に入れなきゃ、失った悲しみが少なくて済む?そんなことなかったんだ。
手に入れたいと思う存在になっちまった時点で、もうダメだったんだ……。
だったら、ほんの一時でも手に入れちまえばよかった。手に入れてもらえばよかった……

「……じかたァ……」

全身の力が抜けて俺はイスから転げ落ちた。
冷たい床に尻もち付いたまま、ベッドの縁に手を掛けて身体を起こし、包帯だらけの土方の腕に
縋り付く。
土方じゃなかったら……これが他の知り合いだったら……平気ではないにしても「コイツの分まで
頑張って生きよう」なんていいこと言って、悲しみに暮れるヤツらを慰めて、また前を向いて
歩いていけるのに……何で、何で土方なんだよ……



*  *  *  *  *



「ん……」

朝か……。昨日は土方のベッドに突っ伏して泣きながら寝ちまったようだ。
頭が重い……

「えっ!」

俺はがばりと身を起こした。頭の上に、土方の腕が乗っていたから。

「…………」

じっと顔を覗き込んでみるが昨日と変わった様子はない。
朝日が差し込む病室は、土方の傷の状態を昨日より如実に映し出していて、俺の抱いた微かな
希望なんてあっという間に打ち消してくれる。
ふと、床に落ちている毛布の存在に気付いた。

そうか……。きっと、真選組の誰かが様子を見に来て、寝てる俺に毛布を掛けてくれたんだな。
その時に、副長の腕が下敷きにされてたから上にしたんだろう。そういうことか……

のっそりと立ち上がり、軽く伸びをして固まった体を解していると病室の扉が開いた。

「あっ、おはようございます、旦那。」
「よう。」

山崎と一緒に看護婦さんも入って来て、土方の点滴を交換したり、機材のチェックをしたりしている。

「これ、ありがとね。」

床の毛布を拾い上げ、畳みながら礼を言う。自分でも驚くほどに穏やかな気分だった。
昨日ずっと泣いていたからか、喋っていても涙が出そうにはならない。

「朝食、ここで食べますか?」
「うん。」
「何か食べたいものあります?パフェでも団子でも遠慮なく言って下さい。」
「じゃあ……マヨネーズ。」
「えっ?」
「あんだろ?屯所にいっぱい。」
「は、はあ、まあ……」
「持って来てよ。処分すんの、手伝ってやるからさ。」
「……分かりました。すぐ、用意しますね。」

山崎が出て、少し後に看護婦さんも出て、そんでまた、山崎が白い手提げビニール袋を二つ持って
戻って来た。一つには牛丼、もう一つにはマヨネーズ。

「サンキュー。」
「それと、あの、よかったらこれも……」

そう言って山崎は未開封のタバコ一箱とマヨネーズボトル型ライターを差し出す。

「病院内は禁煙だろ。」
「まあ、そうなんですけどね……。ここは個室ですし、窓際でちょっと吸うくらいなら
大目に見てもらえるんじゃないかなって……」
「……そうかもね。」

受け取ったタバコとライターは一先ずその辺に置いて、牛丼を……いや、牛丼土方スペシャルを
食うことにした。丸イスに座り、湯気の上がる牛丼の上にマヨネーズを一本丸ごと絞り出す。
割り箸の片方を歯で咥えて割って、牛丼土方スペシャルをかき込んだ。

ああ、味なんて分かりゃしねェ……。これなら三食土方スペシャルでもいけるな。
そんで、食い終わったら一服するか……


*  *  *  *  *


「やあ、二人とも来てくれたんだね。」

銀時の食事を届け、土方の病室を後にした山崎は病院のロビーで新八と神楽を見付けた。
新八は山崎に紙袋を手渡し、神楽は花束を渡した。

「お見舞いと、銀さんの着替えです。」
「それなら直接渡しなよ。もう、面会謝絶じゃなくなったから。」
「いえ、あの……」
「あんな銀ちゃん、見てられないアル。」

二人が見たくないのは死の淵にいる土方ではなく、銀時だと言う。

「実はここへ来る時に、窓際でタバコ吸ってる銀さんが見えて……」
「泣いてないのに、泣いてる顔してたアル。」
「それで、声掛けられなくて……すいません。山崎さんだって、大変なのに……」
「分かった。これは俺が持って行くよ。……ありがとう。」
「ジミー、元気出せヨ。」
「うん。頑張るよ。」

新八は山崎に頭を下げ、神楽は手を振って出口に向かって行った。

(11.09.10)


96,000HITキリリクで「バッドエンドで終わっている話をハッピーエンドに」というリクエストをいただきました。後編はこちらです