ひよむひよむ〜ひとりの夜〜
かぶき町の表通りから一本奥に位置する歴史ある、というよりは単に古い、愛し合うための宿。
知人の経営するその宿に、銀時は恋人の土方とやって来ていた。
焼鳥屋で一杯ひっかけたこともあり、二人ともいい塩梅に身体が火照っている。
「風呂なんか後でいいじゃねーか」
「ダメだ」
風呂が先だと言う土方と今すぐヤりたい銀時との一悶着も毎度のこと。
「銀さん、土方くんの汗でもウンコでも愛せるから安心して」
「…………」
コイツの辞書にはデリカシーという言葉がないらしい――長年の付き合いで何度も感じてきたこと
だが溜息が漏れる。鍛練を積めばこんな言い回しも「お前の全てを愛してる」などと脳内変換され
喜べるようになるのだろうか……
まあ、そんな修行をする気は毛頭ないが。
「お前の前では、いつもキレイでいたいんだ……」
「っ――」
伏し目がちに発せられた台詞で銀時は言葉に詰まった。
これが土方の作戦だというのは分かっている。銀時が「仕方ないな」と折れることを狙って
可愛いことを言っているのだ。
フッ……甘いな土方。結局お前は風呂に入りたいだけなんだろ?その手には乗らねーよ。
俺だって一刻も早くヤりたいんだ!
「土方、俺はっ――」
「銀時……」
「うっ!」
滅多に呼ばない名前を呼んで顔を上げた土方。見詰められた銀時はまた言葉を詰まらせた。
今夜の土方はいつにもまして可愛い。とても可愛い。どんな我が儘も許してしまえる程に可愛い。
「くっそォォォォォォ!!」
「なあ銀と……」
「分かったよコンチクショー!風呂でも何でも好きにしやがれ!」
「おう」
今宵の勝負は土方の完全勝利。
銀時が悔しげにベッドへ向かうのを見届けて土方は、一人悠々と浴室へ足を踏み入れ、
浴槽の蛇口を捻ってから脱衣所に戻り着物を脱いだ。
こういう時に使えるから普段は「万事屋呼び」に徹している。
口が達者な銀時を言い負かすことは、口下手を自覚している土方には困難なことで、
色々試してみた結果、可愛くおねだりするのが一番効果的だと判明した。だがもちろん常に
上手くいくわけではない。この作戦は下手をすれば、銀時の欲を煽ってその場で押し倒される
危険性も孕んでいるのだ。
前回の逢瀬との間隔や直前の酒の量、ここへ来るまでの会話の内容などを総合的に判断し、
尚且つ「今」の銀時の様子も具に観察して、股間を刺激しない程度に心を刺激するギリギリの
ラインを見極めなくてはならない。
尤も、本当に銀時が切羽詰まっている時には、風呂どころか宿にも入らせてもらえず、会った瞬間
人目のつかない路地に引き込まれてしまうのだけれど。
何はともあれ今日はゆっくりと風呂に浸かれる――屯所の共同風呂が嫌なわけではないが、
たまには誰にも気兼ねすることなく一日の疲れを癒したい。
「あ〜……」
シャワーで掛け湯をして湯舟に入ると、熱めの湯が肌にぴりりと心地好い。
しかし、ここはハート型の浴槽。一人で浸かるのは何だか空しくも感じる。銀時を呼んで
やろうか……どうせアダルトチャンネルでも見ながら今夜はどうしてやろうとか、碌でもない
ことを考えているに違いない。
浴室へ誘ったら十中八九ここで一発キメることになるだろうが、体を洗うという最低限の目的は
果たせたし、自分だってヤるつもりではいるのだし……
ビーッビーッビーッ――
脱衣所から響いた音に土方は湯舟を飛び出した。これは緊急連絡用の着信音。
「俺だ」
何事かと様子を見に来た銀時は、体も拭かず通話する土方の姿で全てを悟った。
電話の邪魔にならないよう気をつけながら腰にバスタオルを巻いてやり、別のタオルで髪や
背中の水分を拭ってやる。
「ああ、ああ……」
電話の相手に相槌を打ちつつちらりと銀時を見遣る土方。俺に構わずいっておいでという
気持ちを込めて笑顔で手を降れば、顔の前で片手を上げて謝罪のポーズ。
すぐに行くと告げて土方は通話を終えた。
「すまない万事屋」
謝りながら身支度を整えていく土方の姿を、銀時は何処か他人事のように眺めていた。
入浴に伴う愛の駆け引きからまだ僅かな時間しか経過しておらず、物騒な理由で緊急出動なのだと
頭では理解していても、心がついていかないのだ。
「事件?」
「ああ。この埋め合わせは必ず」
「いいって」
土方と話していても現実味を感じない。ドラマか何かを見せられているよう。ここは、仕事と自分
どちらが大事なのかと詰め寄る場面だろうか……そんなもの、意味のない問いだ。比べようがない
ではないか。答は時と場合によりけり。
ちょっぴり大人な銀さんは、二つに丸をつけちゃうからね。めちゃくちゃ苦しい壁だってぶち壊す
勇気とパワーが湧いてきちゃうからね。
「怪我しねェようにな」
「本当にすまない」
湿った髪はそのままに刀を握り部屋を出ていく土方を、いってらっしゃ〜いと暢気な声で
見送る銀時であった。
* * * * *
「これかァ……」
一人になった銀時は、ベッドに寝転がりながら、テレビのチャンネルをアダルト番組から
通常の番組へと切り替えた。宿泊代はチェックインの際に払っているから帰る気はない。
予定を変更して放送しているらしいニュース番組では、攘夷浪士による立て篭もり事件を
伝えていた。
しかも現場がスナックすまいるとくれば、土方が呼び出されたことにも納得がいく。
彼らの大将が人質の中にいるのだろう。ついでに警察庁長官も一緒かもしれない。
「おっ……」
画面の端に止まったパトカーから人が下りてくるのを、銀時は目敏く見付けた。今は画面が店の
入口のアップに切り替わり見えなくなったけれど、あれは確かに土方だった。
ここを出てから約十分経過。まだ髪は乾いていないはず。風呂の途中で駆け付けたということは
誰の目にも明らかに違いない。だがしかし、
「ラブホから来たとは思わねェだろーな」
鬼の副長がヤられる気満々でシャワーを浴びる姿など、誰にも想像できないだろう。
もちろん真選組の中には銀時との関係を知る者もいて、デート中だったことに気付く者もいる
かもしれないとは思う。けれど、可愛くおねだりの演技までしてシャワーを勝ち取ったのだと
知っているのは自分だけ。恋人にだけ見せる姿――
物騒な事件の渦中に飛び込んだ姿と宿での様子を対比させると、銀時の下半身が疼き始める。
膠着状態に入ったためか、テレビではCMが流れていた。
「一丁ヤりますか……」
呟きながら銀時は着流しの下に履いているスラックスを脱いでいく。
さてさて、どんなシチュエーションでヌこうか……折角、土方の仕事場が映っているのだから
仕事の最中の土方にいたずらする感じでいくか。何やかんやあって、ローター突っ込まれたまま
攘夷浪士と対峙する土方とか……ありきたり過ぎるか?
ならば事後、俺のザーメンがナカに入ったまま出動する羽目になった土方、なんてのはどうだ?
動くとヌルヌルが逆流してきて、いけないと分かっていても感じちゃうとか……
「あー、ヤりてぇ……」
仕事中の土方で妄想を繰り広げてみたものの、できない虚しさが募る結果となってしまった。
ならばと、次のデートでどう埋め合わせてもらうかに頭を切り替える。
ここはひとつ、普段できないような過激なプレイを……いやしかし、やりすぎて怒らせたら、
その後暫くおあずけなんてことになりかねない。そもそも今回は土方に落ち度があってデートが
中止になったわけではないのだから、余り多くを望まない方が賢明だ。
ちょっと恥ずかしい格好をさせるとか、軽く縛るくらいが限度だろう。
「やっぱりナースか――」
白衣が白いドロドロ塗れになるのを想像するだけでイケる。
だがミニスカポリスも捨て難い。淫乱ポリスを逆に逮捕、とか?むしろ真選組の制服……は
キレられそうだからやめておこう。
ああでもないこうでもないと尽きぬ妄想に股間を膨らませつつ、一人の夜は更けていく。
テレビには、何らかの指示を出しているらしい土方の姿が小さく映っていた。
(13.04.21)
146,146HITキリリクです。カップリング指定は特になかったので銀土にしました。後編ちゃんと(?)18禁になります。アップまで少々お待ち下さいませ。
追記:後編はこちら→★