「今日の江戸は一日中、どんよりとした雲に覆われ、雨は降りませんが、湿度が高く
洗濯物は乾きにくいでしょう」

「分かりました結野アナ。洗濯は明日にしまーす!」

すっかりお馴染みになった朝の風景。
テレビに話し掛ける銀時へ冷ややかな視線を送りつつも、新八と神楽は何も言わない。
……言っても無駄だということが分かっているからだ。
そうこうしているうちにテレビでは天気予報が終わり、星座占いが始まった。

「今日最もラッキーなのは、牡牛座のアナタ!恋愛運が最高です!特に、マヨラーで
瞳孔開き気味で今タバコを吸っている方……」

「おっ、これは遠回しに俺にいいことあると言いたいんですね?」

元々乗り出していた身を更に乗り出して銀時はテレビに齧り付く。
恋人がいるというのに何故ここまでのめり込むのかと不思議に思った神楽が以前、
どちらが好きなのかと聞いてみたことがあった。その時は「これはこれ、それはそれ」と、
神楽には意味不明な答えしか返ってこなかった。

「……今日は運命の出会いがあるでしょう!」
「え゛……」
「長年連れ添ったパートナーと別れて人生をやり直すチャンスです!」
「待っ……」
「ニートで借家住まいの恋人なんてさっさと捨てて、仕事も家もある素敵な恋人と
新たな交際を始めてください!」

「…………」
「気にすることないですよ、銀さん」
「そうネ。今までお付き合いできただけで奇跡アル」
「ふざけんなァァァァァ!!」

子ども達が急に優しくなり、しかも占いが当たることを前提に慰めだしたものだから、
銀時は大声で反論した。

「まだ終わってねーよ!ていうか終わりなんて来ねェ!俺と土方くんは深〜く愛し合ってんだ!」
「でも結野アナが別れるって言ったアル」
「天才陰陽師の占いには逆らえませんって」
「人間、諦めが肝心ヨ」
「るせェ!右手は添えるだけなんだよ!」
「は?」
「もしかして、諦めたら試合終了って言いたいんですか?ていうか左手だし……何もかも
間違ってますよ」
「安東せんせェェェェェェ……」
「あっ!」

子ども達の慰めを振り切り、銀時は叫びながら家を出ていった。

「暗くなる前に帰っておいで〜」
「安西先生ですよー……」

新八と神楽がすぐに追いかけたが銀時はもう通りを走っていて、二人は玄関の上から声だけ
かけて部屋の中へと戻った。
銀時はかなり不安になっているようであったが、二人は銀時が本当に恋人にフラれるなどとは
思っていなかった。真面目な土方が恋人のいる身で他の人に靡くはずがないのだから。



いいむせん〜当たるも八卦当たらぬも八卦〜



「旦那、困りますって!」
「頼む!一目でいい!土方に……土方に会わせてくれェェェェ!」

全力疾走で真選組の屯所まで駆けてきた銀時は門番に行く手を阻まれてしまった。強行突破を
試みたものの、門番は即座に応援を呼び、数で対抗していた。
隊士達が銀時を敵だと思っているわけではない。二人の関係はほとんどの隊士達が知るところと
なっている。けれども、今日は彼らの上司である土方が凡そ一ヶ月ぶりに休める日で、小姓すら
部屋に入ることは許されず泥のように眠っているのだ。
緊急事態以外で土方を起こすことはしたくない。というか、もしもそんなことをすれば、
疲労でいつも以上にキレやすくなった土方から切腹を言い渡されかねない。
余計なお叱りを受けないために、隊士達は銀時を排除しようとしていたのだった。

「副長は今、誰とも会えないんです!」
「俺をその他大勢と一緒にするな!」
「無理なものは無理なんです!」
「お引き取り下さい!」
「まさかオメーらが運命の出会いか!?そうはいかねェ……土方ァァァァァ!!」
「ちょっと旦那!」
「やめて下さいよ!」
「土方ァァァァァァ!!」

何とか建物内への侵入は阻んでいるものの、玄関先で喚き立てていれば副長室へも声が届く。
しかも自分の名を叫ばれているとあれば出て来ないわけにはいかず、土方は枕元の愛刀を手に
起き上がった。



「……に騒いでやがる」

疲れと眩しさに目を細め、眉間に深く皺を刻んだ土方が寝間着のまま出てきた。おそらく声で
誰が来たのかは分かっていたのだろう。

「土方!」
「ふっ副長……」

土方の登場で銀時の顔はパッと明るく、隊士達の顔はサッと暗くなった。

「土方、逢いたかったァァァァ!」
「何の用だよ……」

飛びつかんばかりに駆け寄る恋人へ、ぶっきらぼうな物言いながらも土方の頬は薄らと紅い。
隊士達は、土方が照れている隙にと散り散りになった。

「今朝のテレビ見て、土方のことが心配で心配で……」
「テレビ?」

最近、自分の仕事関係で何かニュースになるようなことがあっただろうかと考えを巡らせて
みたものの、土方に思い当たる節はなかった。確かにここのところ忙しくて銀時と会う暇も
なかったが、大きな事件があったわけではなく、年度の変わり目で雑務が増えただけであった。

「なあ、何のことだ?」
「今日、牡牛座の人に運命の出会いがあるって結野アナが……」
「……は?」
「新しい恋が始まるって……でも俺、土方と別れたくないんだ!」
「テメーは……」

土方は刀を持つ手にギリギリと力を込め、それを鞘ごと振り上げた。

「ンなくだらねー用件で来やがったのかァァァァァ!」
「ちょっ……」

振り下ろされた刀は反射的に躱し、銀時はくだらなくないと反論する。

「くだらねーだろーが!!占いなんぞで俺の安眠を妨害しやがって!!」
「あ、休んでたの?それは悪ィ。でも結野アナだぞ!結野アナの占いは当たるんだ!」
「知るかっ!」

会話の最中も容赦なく刀は振り下ろされるが、銀時はそれを悉く避けるため鞘の先で地面が
抉れていった。そこそこ本気で当てにいっているのに躱され、銀時の口からは結野アナが
如何に優れているかを聞かされて、元々悪かった土方の機嫌は更に悪化する。

「避けるなクソ天パ!」
「いやちょ……俺の話聞いてる?結野アナがね……」
「るせェ!」
「ぐほっ……!」

刀を避けた銀時に蹴りを入れ、土方はくるりと踵を返した。

「待てよ!」
「入ってきたら別れる」
「え……」

そこまで言われて引き止める術はなく、屯所の中へ引き返していく土方の背中を銀時は
ただただ黙って見詰めていた。



「くそっ……」

自室に戻った土方は乱暴に襖を閉め、箪笥から手拭を引っ張り出して鞘の汚れを拭った。

「チッ……」

拭いている際、鞘に小さなひび割れが入っているのを見付け、土方は手拭と共に刀を布団の
脇へ転がして自身も布団に潜り込んだ。
鞘は修理に出さなくてはならないが、今すぐに出たら銀時と鉢合わせるかもしれない。
別れると言ってまで引き上げて来たのにそれでは気まずい……。だったら、当初の予定通り
まずは体を休めようと思ったのだ。暫く寝て、それから職人に刀を見てもらおう。
アイツさえ来なければ、今日は何処へも出かけずゆっくり過ごせたのにと、ここにはいない
銀髪天然パーマの男を頭の中で睨みつけて土方は目を閉じた。


*  *  *  *  *


太陽がてっぺんを通り過ぎた頃、土方は着替えて外へ出た。
念のため、屯所の周りを軽く調べてみたけれど銀時の姿はない。あれから数時間経っているし、
自分が冷たい態度を取って帰るよう仕向けたのだから当然ではあるのだが、いなければいないで
寂しく感じてしまう。
心配だと言って来たくせにと理不尽なことを思いつつ、土方は鞘を修理に出すべく店へ向かった。

気配を絶った銀時に尾行されているとは気付かずに。



(土方、何処行くんだ?……ああっ!そっちに行ったら運命の出会いが……)

人混みを歩く土方を心配そうに見詰める銀時。土方が誰かとすれ違うたび、これが運命の出会い
ではないかと気が気でない。
そんなこととはつゆ知らず、土方は一軒の鍛冶屋へ入っていった。

(そうか……刀の手入れに来たんだな。土方ってば真面目だなァ……)

恋愛事など到底起こりえない場所が土方の目的地であったと判り安心したのも束の間、

(ここって、鉄子の店だ!)

銀時もよく知る若い女性が営む鍛冶屋であったため、途端に焦りの色を濃くした。運命の出会い
といっても、土方が今まで全く知らなかった人にいきなり恋愛感情を抱くのは難しい。
となればおそらく、元々の知り合いが何かの切欠で好きになるというようなことだろうと
銀時は考えていた。
まさか鉄子が運命の相手なのか?彼女なら確かに仕事も家も持っているけれど……

(俺のバカ!!)

そもそも二人を出会わせたのは銀時であった。以前、土方がオタク化した原因を探るため、
刀鍛冶である鉄子に土方の刀を見てもらったのだ。それがこんなことになるなんて……
そういえばあの時、土方(トッシー)が近付いて鉄子は頬を染めていなかっただろうか?
中身はヘタレたオタクだったが外見は土方のままだ。カッコイイと思っていたのかもしれない。
トッシーが成仏して本格的に惚れたのかもしれない……

(でっでも、銀さんだって恩人だし、その辺は弁えてくれるよな……)

例えその気があったとしても、恩人から恋人を奪うようなことはやるまいと銀時は気を持ち直す。
だがすぐに、彼女は土方と銀時の関係を知らないはずだと落ち込んだ。

(まだ、鉄子と決まったわけじゃ……それに運命の出会いがあっても、土方が俺と別れるって
選択をするとも決まってねェ)

全幅の信頼を寄せる結野アナの占いは当たることを前提に、それでも銀時は土方と別れずに
済む道を探していた。

(土方は敢えて茨の道を歩んでいくようなヤツだ。何てったってバラガキのトシだから!
……って、俺は茨かァァァァァ!!違う違う……土方だって俺といて幸せなはずだ。結婚して
家庭を持つなんてことは望んでいない、はず……。だから女なんて……)

その時ふと、半年ほど前の逢瀬でのやりとりが銀時の脳裏を過ぎった。

 『なあ、上ヤってみてぇんだけど』
 『え?土方は下の方が向いてると思うよ』
 『何だよ向いてるって……』
 『気持ちいいでしょ?大丈夫、土方は下に向いてる!』
 『つーか、お前が嫌なんだろ……』
 『嫌ってわけじゃないけどまぁ……』

(あの時、ヤらせてあげれば良かったかな?これがあって女に走ったら……)

土方が鍛冶屋から出てくるまでの間、銀時はこれまでの付き合いの反省を繰り返していた。

(12.03.13)


116000HITキリリクより「銀さんが土方とある女性との仲を誤解して悶々とするお話」です。女性キャラはお任せだったので、あまり見たことがないけれど

原作で多少は関わりのある相手にしようと色々考えた結果、鉄子になりました^^

後編はこちら