後編
(出て来た!)
店の扉が開き、銀時はその身を素早く路地へ隠した。
「毎度どうも」
「急に悪かったな」
「いつでも構わないよ。妖刀の手入れなんてそうそうできるもんじゃない」
「ハハッ……もう成仏したけどな。また何かあったら頼む」
「ああ」
(また会う約束してる……)
単なる日常会話の範囲でも今の銀時にとってはデートの約束のように思われて……土方の裏切り者、
鉄子のバカ、二人とも早く別れてしまえと、勝手に二人をくっ付けては罵倒していた。
(やべっ!)
一瞬、土方がこちらを振り返った気がして銀時は慌てて身を潜める。それから反対方向に歩き
始めた土方を見て、気付かれてはいないようだと胸を撫で下ろした。
(まだフラフラしてんのかよ……)
鍛冶屋を後にした土方の足は屯所へ向かっていない。もしや、二度目の運命の出会いを探して
いるのではと、既に先程の件は運命の出会いと認定して、また裏切り者だ何だと心の中で罵る。
(なにキョロキョロしてんだ?マジで運命の相手探しか……?)
土方は時折後ろを見るような素振りを見せつつ、何処かへ向かって歩いていった。
* * * * *
「えっ……」
土方の次なる目的地が判明したところで銀時は思わず声を上げた。
そこは銀時が今朝、半泣きになりながら飛び出してきた我が家であった。
土方は真っすぐに二階を目指し、階段を上がっていく。その様子を銀時は相変わらず
物陰に隠れて見詰めていた。
(まっまさか運命の相手って新八!?いや、そんなはずはない。新八は立派な家こそあるが、
大して仕事は……)
その大したことない仕事の元締めが己だと、銀時はまたもや消沈した。
そうこうしてる間に土方は万事屋の呼び鈴を押し、神楽が扉を開けた。普段なら新八が
応対するところであるが、神楽が出たということは買い出しにでも行っているのかもしれない。
土方が途中で寄った和菓子屋の袋を神楽の目線まで上げて示せば、彼女は笑顔で土方を招き入れた。
(土方って……まさかロリコン?警官がそれはマズイだろ……)
「わんわんっ!」
「おわっ!何だ定春か……」
電柱の陰でぶつぶつと独り言ちていた銀時の元へいつの間にか愛犬がやって来ていた。
「定春……信じられるのはお前だけだ……」
最早、人類全てが土方の運命の相手となり得るように思えて、銀時はよよと定春に抱き着く。
「おっおい、どこ行くんだよ!」
銀時を首にぶら下げたまま定春は歩きだした。向かう先はもちろん我が家。
実は、土方を待たせてはいけないと神楽が気を遣い、定春に銀時を探させていたのだ。
「待て、定春!そっちに行くんじゃない!」
「わんわんっ!」
「しっ!静かに!」
「わんわんわんっ!」
「定春ぅ、銀ちゃん見付かったアルか?」
「わうっ!」
鳴き声を聞き付けた神楽が階段下まで出てきて、遂に銀時は自宅へ戻ることになった。
定春にも裏切られた。もう味方はいないのかと、一人悲劇に苛まれながら。
「おまちどおさまネ」
ウエイトレスのような口調で銀時を土方の前のソファへ座らせる神楽。
土方が軽く礼を述べると、神楽は満足そうな顔をして再び玄関へ向かった。
「どこ行くんだよ神楽」
「恋人同士の邪魔はしないヨ」
「悪ぃな、チャイナ」
「最中に免じて許してやるネ」
テーブルの上には八割方空になった最中の詰め合わせ。神楽は定春を連れて外へ出て行った。
「……で、どうだった?」
「な、何が?」
二人きりになったところで土方は懐からタバコを一本取り出して銜え、ライターで火を点しながら
尋ねた。けれど銀時は質問の意図が見えず、聞き返す。
土方はふぅと紫煙を吐き出してから言った。
「運命の出会いとやらだよ」
「!?」
「気付いてないとでも思ったか、アホ」
「い、いつから……?」
「鍛冶屋の周りをあれだけうろつかれれば分かる」
「…………」
確かに、土方が鉄子の店へ入っていた時、落ち着かなくて店の周りをぐるぐる回っていた。
中からは見えないように気を付けていたが、気配を感じ取られてしまったようだ。
「何で、黙ってたんだよ……」
「テメーが隠れてるからじゃねーか……」
「そうだけど……」
「で、運命の出会いとやらはあったのか?」
「いや、出会うのは土方の方で……」
「あるように見えたか?」
「…………」
見えたといえば見えたのだが、何と返せばいいものか分からず銀時は黙っていた。
「……見えたんだな?」
「…………」
「ハァ〜……」
見えたのかと念を押せば無言ながらも銀時はすっと視線を逸らした。これではそうだと
言っているも同然で、土方は大きな溜息を吐いてから「ねぇよ」と言った。
「何を勘違いしたんだか知らねェが、ンなもんなかった」
「じゃあきっとこれから……」
「……占いが外れるって選択肢はねぇのかよ」
「だって、結野アナが言ってたんだぞ!」
「あのなァ、誰にだって失敗の一度や二度……」
「いや、結野アナに限ってそれはない」
どうあっても銀時の中で彼女の占いは絶対のようで、土方にしてみれば面白くなかった。
たまの休みをこうして二人で過ごしているというのに……何が結野アナだ。
「テメーは俺より占いを信じるんだな?」
「だって結野アナが……」
「あ?」
次に結野アナと言ったら一発ぶん殴ろう……土方は決意を込めて銀時を睨み付けた。
「世の中に牡牛座の人間が何人いると思ってんだよ」
「いやでも、牡牛座でマヨラーでタバコ吸う人に運命の出会いがあるって結……」
……野アナが言ってた、というのは土方の鋭い眼光に遮られて飲み込んだ。
「マヨネーズはみんな好きだし、タバコ吸うヤツも沢山いるじゃねーか。今日、そいつら全員に
運命の出会いが起こるなんて有り得ねーだろ」
「でも結……」
「あん?」
「いや、その……」
結野アナの名前を出すと土方の機嫌が悪くなるらしいというのは何とか察知した銀時である。
しかしそうなると、あの占いがいかに信憑性の高いものかを説明できなくなってしまう。
黙ってしまった銀時に、土方は肺いっぱいにタバコを吸い込んで吐き出してから、話せと言った。
「その占いで何て言ってたか、正確に話せ」
「え、えっと…………今日最もラッキーなのは、牡牛座のアナタ。恋愛運が最高です」
「それから?」
「特に、マヨラーで瞳孔開き気味で今タバコを吸っている方、今日は運命の出会いがあるでしょう」
睨まれておどおどしながらも淀みなく朝の占いを再現する銀時にまた苛つきつつ、
土方はこの占いを突き崩す方法を探った。
銀時の「占い」は続く。
「長年連れ添ったパートナーと別れて人生をやり直すチャンスです。ニートで借家住まいの
恋人なんてさっさと捨てて、仕事も家もある素敵な恋人と新たな交際を始めてください」
「……それで終わりか?」
「ああ。な?お前に運命の出会いがあるってことだろ?」
「…………」
改めて聞くと自分によく当て嵌まっているように思える。いやいや待て待てそんなはずない……
土方は頭の中で銀時の言葉を反芻してみた。
牡牛座のアナタ……マヨラーで瞳孔開き気味でタバコを吸っている……ん?
「……おい、最初の『マヨラーで……』のところ、もう一度言ってみろ」
「え?いいけど……マヨラーで瞳孔開き気味で今タバコを吸っている方……」
「そこだ!おれはそん時、タバコを吸ってねェ」
「へ?」
「『今』タバコを吸ってるヤツって言ったよな?俺は今日、明け方まで仕事をしていて、
テレビで占いがやる時間には寝てたはずだ」
「あ……」
「つーわけで、その占いは俺のことじゃねェ」
「そう、みたいだね……」
遂にやった!何にかは分からないが土方は達成感を覚えていた。
ソファの背凭れに体を預け、悠々とタバコを燻らせる。
「万事屋」
「はっはい」
対照的に銀時は背筋をピンと伸ばして土方の言葉を待つ。
「俺に運命の出会いはねェが、今日の牡牛座の恋愛運は最高なんだったな?」
「あ、うん」
「だがな……わざわざ付き合ってるヤツの家まで来たってのにいいことが一つも起こらねェ」
「あの……」
「これは、占いが外れたってことか?」
「えっと……」
「当たらねェならウチで寝てりゃよかったなぁ……」
そう言って土方はふっと挑むような目を向けた。
占いを当ててみせろと、最高の恋愛運がもたらすデートにしてみせろと言っているのだ。
銀時もすぐに悟った。
土方の隣に移動し、肩に手を置く。
「あの占いは当たるからさ……これからきっと、いいことあるよ」
「そうか?」
「絶対!」
「そうか」
「うん!……朝まで仕事だったんなら疲れてるよね?横になる?」
「その前にメシ食いてぇ」
「じゃあ作るよ。俺もまだなんだ」
「おう」
「炬燵に入って待ってて。……あ、抱っこして連れていこうか?」
「いい」
なるほど、あの占いは当たるものだなと緩む口元をタバコで隠し、土方は和室へ続く襖を開けた。
台所では早速包丁の音が聞こえてきていて、土方は箪笥の上から灰皿を出してタバコを消し、
炬燵に入った。
運命という言葉はあまり好きではなかった。自分の人生は自分で切り開くものだ。
良い結果は当然自分の努力の成果であるし、悪い結果になってもそれは自分の責任であり
運命―他の誰かが決めたもの―ではない。そう思っていたけれど……
暫くしたら銀時がマヨネーズたっぷりの料理を運んで来ることだろう。食事の後は何を
しようか……そんなことを考えずとも銀時が色々持て成してくれるに違いない。
今日くらいは「運命」に身を委ねてみよう。何せ今日は最高の恋愛運なのだから。
土方は炬燵布団を肩まで引き上げて目を閉じた。
(12.03.13)
なんだか途中から「銀さんが悶々とする話」じゃなく土方さんがイライラする話になってしまったような……^^; この後、銀さんに思う存分持て成された
土方さんは、申し訳ない気分になって「夜は俺がサービスする」とかなるんだきっと*^^* リクエストは「ハッピーエンド」という言葉で締めくくられていまして、
その言葉に「もちろんです!」とこっそり返事をしていました。私にとってハッピーエンドは必須条件です。また、リクエスト下さったkiriya様より当サイトの
銀土について「愛嬌があって男らしい銀さんと、カッコ可愛い土方が大好き」という嬉しいご感想をいただきまして、今回もそのような二人を目指してみました。
……目指しては、みました!楽しんでいただけましたら幸いです。この話はkiriya様のみお持ち帰り可となります。もしサイトをお持ちで載せてやってもいいよ
という時には、拍手からでもお知らせください。飛んでいきます!
それでは、ここまでお読み下さった全ての皆様、ありがとうございました。
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