新訳紅桜篇(笑)
報 告 書
攘夷活動とか
旦那はしてないと思います。
それは女の子がやっていない
と言っていたからです。
あの娘の笑顔が見たかったん
だろうなと思いました。
山崎 退
「作文んん!?」
山崎から提出された報告書を、土方は定食屋のテーブルに叩きつけた。
桂・高杉という、攘夷浪士の中でも大物同士の戦いに万事屋一行が関わっていたとの情報を得て
監察の山崎を使って調べた結果が先の報告書という名の作文である。
だが文章の書き方はどうであれ、山崎が調べたところ旦那―つまり坂田銀時はシロだということは分かり
土方は安堵の胸を撫で下ろす。穏健派だろうが過激派だろうが攘夷浪士は斬れ、そう山崎に言ったのは土方であったが
本心では、恋人である銀時が己の敵だったなどと思いたくなかったのだ。
周囲に内緒ではあるが、土方と銀時は少し前から交際している。
改めて報告書を読み返してみると、銀時が敵か否か以上に気になる記述があることに気付く。
(女の子って…誰だ?報告書を見る限り、アイツはこの「女の子」のために高杉たちと戦ったってことだろ?
メガネの姉貴かチャイナか?…どちらかが高杉一派に捕まって助けに行った、とか?
…いや、違うな。その二人だったら山崎は「あの娘」なんて書かねェよ。…ってことは山崎が知らない女だよな)
書類をいくら睨んでも「女の子」の謎は解けそうにない。
土方は山崎に詳しい話を聞くことにした。
* * * * *
「山崎、ちょっと来い」
「はい」
屯所に戻った土方は、庭でミントンをしていた山崎を一発殴ってから副長室に呼んだ。
「何ですか?」
「報告書の件だ」
「えっ、あれダメでした?」
「何だよあの作文は…。とりあえず野郎がシロだっつーのは分かったが、もっと詳しく書けよ」
「詳しく、ですか?」
「そうだ。例えば…野郎が攘夷活動に関わっていないことを証言した女の子ってのは誰なんだ?」
「俺が調べに行った日に旦那を訪ねて来た娘です」
「…で、どこの誰なんだ?」
「さあ、そこまでは…」
「テメーはどこの誰かも分からねェヤツの証言を鵜呑みにしたってのか?」
土方のこめかみにピキリと青筋が浮かぶ。
「べ、別に怪しい人じゃないですよ!『色々あったけど今は元気にやってます。本当にありがとう』って
言いに来ただけみたいだったから」
「…色々あった?」
「まあその辺は若い娘なんであまりツッコみませんでしたけどね…。
とにかく、わざわざ恒道館道場までお礼を言いに来たんですから、余程旦那に会いたかったんでしょうね」
「恒道館?万事屋じゃねェのか?」
「あれっ、言いませんでしたっけ?旦那は怪我の療養とかで志村家にいたんですよ。
チャイナさんにジャンプ読んでもらったり、お妙さんにお粥作ってもらったりしてましたよ。
あっ、忍者のストーカーも来てましたね…ナース服着て看病するんだって言ってました」
「…メガネはどうした?」
「新八くんですか?新八くんはお妙さんの手伝いをしていたような…」
「そうか…」
「あっ、それから局長もいたんですよ」
「近藤さんが?そうか、じゃあ近藤さんも何か知ってるかもしれねェな」
「局長はお妙さんのことしか見てないんじゃないですか?」
「それもそうだが一応聞いてみる…もう下がっていいぞ」
「はい」
山崎を仕事に戻らせ、土方は局長室に向かった。
「近藤さん、ちょっと聞きたいことがあるんだが…」
「どうしたトシ、改まって…」
「実は山崎から聞いたんだが、この前志村家に行ったって…」
「お妙さんのトコならいつも行っているが…あぁ!確かにこないだ山崎と会ったな。万事屋を調べてたんだって?」
「あ、ああ…」
「あの時は、万事屋の野郎が一つ屋根の下、お妙さんと寝泊まりしてるって聞いてカーッとなってしまってな。
思わず斬りかかったんだが、ストーカー女に邪魔されるわ、お妙さんとチャイナさんも出てくるわで大変だったんだ」
「そ、そうだったのか…」
「ああ…だが俺はこのくらいじゃ諦めんよ!これからもお妙さんにアタックし続けるさ。
…万事屋も自分の家に戻ったみたいだしなっ」
「そうか…ほどほどにしろよ」
自室に戻った土方は人知れず溜息を吐いた。
銀時は志村宅で女たちに看病されていたらしい。何やら色々あった若い女も訪ねてきたらしい。
それなのに自分は、銀時が怪我をしていることすら知らされていない。
怪我の原因は攘夷浪士との戦いによるものなのかもしれない。
ここまで考えて土方は、銀時がどうして自分と付き合っているのか分からなくなっていた。
* * * * *
それから土方は銀時との連絡を絶った。
携帯電話が鳴っても出ず、かぶき町の巡回も避けて直接会わないようにした。
そんなことが十日も続いたある日、屯所の電話が鳴った。
電話に出た平隊士が副長室へやって来る。
「副長、お電話です」
「…誰からだ?」
「それが…万事屋の旦那からなんです。用件を聞いたのですが、自分からだと言えば分かるとしか…」
「…分かった」
隊士に銀時との関係を悟られぬよう、できる限り平静を装って土方は電話に出る。
「…俺だ」
『あっ土方?今忙しい?』
「…ああ」
ガチャッ――ほとんど会話もせずに土方は受話器を置き、自室へ引き返していく。
その場にいた隊士たちも、一瞬で終了した通話に若干戸惑っているようだったが無視して帰った。
部屋に戻った土方は、携帯電話を取り出して番号を押していく。
かける先は万事屋。二人の関係を隠しているため、用心して番号は登録していないし、履歴も消している。
だが頭の中にはしっかりとその番号が刻み込まれているのだ。
数度のコールの後に銀時が出た。
『はい万事屋銀ちゃん』
「…俺だ」
『あっ土方?良かったー話せて。屯所にかけちまってゴメンな』
「…用件は何だ?」
『あのさァー、今夜、会えねェ?』
「…仕事だ」
『遅くなってもいいから。ちょっとだけでも…なっ?』
「…分かった」
『サンキュー。じゃ、いつもの宿でな』
* * * * *
その日の夜、土方が約束の場所に着くと既に銀時の姿があった。
だが銀時は一人ではない。
「おい、いい加減に帰れよ!ガキがこんなトコ来ていいと思ってんのか?」
「じゃあ銀ちゃんも一緒に帰るネ」
「そうですよ。まだ傷も完全には治ってないんだし…姉上からも見張ってるよう言われてるんですからね!」
「大丈夫だって!ちょっとダチと会って飲むだけだって言ってんだろ?別に危険なことはしねェよ」
「そうよ!分かったら子どもは帰りなさい。銀さん、後は私と二人で…」
「お前も帰れ、ストーカー」
銀時と新八・神楽・あやめのやりとりを、土方は路地に隠れて見ていた。
結局、銀時は一時間もの間三人から逃げ回り、何とか眼を盗んで土方と約束した宿に入ることができた。
それを見届けてから、土方も宿に入った。
「よ〜、久しぶり」
「ああ…」
「ゴメンねー、忙しいところ呼び出して」
「ああ…」
「…何か機嫌悪い?仕事、大変なの?」
「ああ大変だな。…大物攘夷浪士である桂と高杉たちの衝突があってな…」
「あっ…あー、そうなんだ…」
「………」
「あの…もしかして、気付いてる?」
「何をだ?」
「その…えっとー」
「…ハッキリ言え。桂側に、妙なガキを二人連れた白髪頭の侍がいたって情報は入ってきてんだよ」
「あ、やっぱりィ?」
銀時はバツが悪そうにポリポリと頬を掻いた。
「随分と大怪我をしたらしいじゃねーか」
「あ、うん…。でも、もう平気だから」
「そうだな…女どもに看病してもらったみてェだしな」
「へっ?女ってお妙のこと?」
「…あと、ストーカーの忍者がナース服着てたって」
「えっ…何でそのことを?」
「…何でだっていいだろ」
「あっ、ゴリラか?お妙のストーカーに来てたもんなー」
「………」
「いや〜、あん時は大変だったぜ。ありゃ看病じゃねェよ。『安静にしてないと殺す』ってどんな脅し文句だよ…」
ハァと銀時は大袈裟に溜息を吐く。
「今日も家から出る時苦労したんだぜ?怪我が完全に治るまで寝てろってうるさくってよー」
「…心配してくれる女がいるんだからいいじゃねェか」
「いや、アイツらのは心配なんてかわいいもんじゃねェよ」
「そうかよ」
宿に来た時からずっとつれない土方に、銀時はいよいよ変だと思い始めた。
仕事中に電話したことを怒っているか、桂と関わったことを責めているのかだと思ったが、それも違うように感じた。
「でもさ、土方に会えて良かった。ずっと連絡も取れねェから怪我でもしたんじゃないかって心配で…」
「…怪我してんのはテメーだろ」
「そうなんだけどさ…会えて良かった。ずっと会いたかったんだ」
「俺に会えなくたって…傍にいてくれる女が何人もいるじゃねェか」
「……もしかして、ヤキモチ?」
「バッ…違ェよ!」
土方の顔がパッと染まるのを見て、銀時は自然と口元が緩んでしまう。
「そうか、そうか〜。それでさっきから女、女って言ってたんだ〜。
いや〜嬉しいな…土方が妬いてくれるなんて。銀さん、意外と愛されてるんだなァ」
「誰がっ!違ェって言ってんだろ!」
「分かった分かった。…不安にさせてゴメンねー。俺、土方一筋だから安心してよ」
「何が一筋だ…何も知らせてこなかったくせに」
「土方…」
銀時は土方を抱き寄せた。
「ごめん…土方にも立場があると思ったら言えなかった」
「お前の活動に俺が邪魔なんだったら…」
「違う!そういう意味じゃない!だいたい活動って…俺は攘夷活動なんかしてないから!」
「だったら、何で言えないんだよ」
「そ、それは…」
「…もういい」
立ち上がり、帰ろうとする土方を銀時は慌てて引き止める。
「待って!全部話すから、なっ?」
「無理しなくていい…」
「無理じゃない!土方に迷惑かかると思って黙ってたけど、それで土方が不安になってるなら全部話すよ」
「………分かった」
土方は銀時の向かいに腰を下ろした。
深呼吸ひとつして銀時が話し始める。
「最初は、刀鍛冶からの依頼だったんだ。盗まれた刀を取り戻してほしいって」
「刀?」
「そう。…で、その刀を辻斬りが持ってて、その辻斬りにヅラがやられて、その辻斬りは高杉の仲間だった」
「………」
「それから、最初に依頼してきた刀鍛冶も実は高杉の仲間で、刀鍛冶の妹から兄貴を救ってくれって頼まれた。
そんで俺はそのコの作った刀を持って戦いに行った。…だから、ヅラとはたまたま敵が一緒だっただけで、
俺が攘夷活動してるワケじゃねェ」
「そうか…」
山崎の報告書にあった「女の子」というのは、銀時の言うところの刀鍛冶の妹のことだろう。
土方は知りたいことが全て知れたような気がした。
「…ついでに、お妙には新八経由で俺の怪我のことが伝わっただけで、俺が知らせたワケじゃねェ。
ストーカー女に至っては、勝手に人のこと調べただけだ」
「…そんなことは聞いてねェ」
「でも気になってたんだろ?」
「ちょっ…抱きつくなっ!」
「えー、ココはそういうコトする所だろー」
「今はそういう気分じゃねェんだよ。だいたい、俺たちが会うのはいつもココじゃねーか!」
「まあね。秘密のお付き合いだから外で食事もできねェしな。…なァ、思ったんだけどさ…俺たちの関係、公表しねェか?」
「えっ!?」
銀時からの思わぬ提案に、土方は目を丸くした。
「もちろん誰でもってワケじゃねェけど…互いに信頼してる相手になら言ってもいいんじゃねェか?
その方が気軽に会えて、色々話すこともできるし。今日だってさ、土方との関係知ってれば
新八と神楽だってすんなり行かせてくれたと思うんだよね…」
「お前…ガキに言うつもりか?」
「えっ、ダメ?つーか、言うとしたらまず万事屋メンバーだと思ってんだけど…」
「お前が…俺なんかと付き合ってるって知ったらショック受けるだろーが」
「そうかなァ…まあ、驚きはするだろうけど、ショックとは違うんじゃねェ?」
「ショックだろーが。男で、しかも俺なんか…」
「そんなことねェって。アイツらだって俺の幸せを祝福してくれると思うぜ」
「………」
土方は銀時の言うように楽観視できなかった。家族同然に慕ってる男に同性の恋人がいるということを
多感な年頃の子どもたちがスンナリ受け入れてくれるだろうか。それに…
「…ガキに言っちまったら、引っ込みつかなくなるじゃねェか」
恋愛に関して全く自信のない土方は、銀時の想いがいつか冷めると信じきっている。
その時が来たら即、関係解消できるようにというのが、二人の関係を秘密にしておきたい一番の理由なのだ。
「引っ込みって…土方は俺との付き合いを一時的なモンだと思ってんの?」
「俺はっ違う、けど…」
「俺だって本気だからね。…決めた。新八と神楽には話す!銀さんには将来を約束した可愛い恋人がいるって…」
「誰が可愛いんだよ!ていうか、将来って何だ!」
「えー、だって一時的な付き合いじゃねェんだろ?ってことはずっと一緒にいるってことだろ?」
「それとこれとは…」
「おんなじ。…じゃあ、公表することに決定ね?他のヤツらにも恋人がいるってことは言うからなっ。
そうすれば土方だってヤキモチ焼かずに済むだろ?」
「だからっ、俺はヤキモチなんか…」
「はいはい。お前も言っていいからな。ゴリラとか…あっ、なんだったら俺が『土方くんをください』って言いに行こうか?」
「何で結婚の挨拶みたいになってんだよ!」
「いいじゃんよー。…よしっ!早速、明日の朝一緒に屯所行って挨拶するから」
「いい!来るんじゃねェ!」
「やだー。お家の人に挨拶したいー」
何かあるとすぐに身を引こうとする土方を繋ぎとめるため、銀時としてはできるだけ公にしたいと思っている。
「お家の人って…屯所は職場だ!」
「でも土方住んでんじゃん。家は家だろ?…ほら、万事屋だって職場で家だもん」
「万事屋と屯所は違うだろ?」
「同じですぅ。規模がちょっと違うだけですぅ」
「…ちょっとどころじゃねェよ」
「あっ、万事屋メンバー全員に言うんだから、真選組も全員に言わなきゃ不公平だよなー」
「なっ!お前、本気か!?」
「…ダメなの?」
「いくらなんでもそれは…」
「じゃあ半分くらいだったら?」
「それでも多いだろ…」
「じゃあ十人ぐらいならどう?」
「それも、ちょっと…」
「じゃあ三人!これ以上はまけられねェよ…お願いっ!」
「…わ、分かった」
まけるとかまけないとかの問題ではないのだが、銀時にお願いされて断れる土方ではなかった。
銀時の貌がパァッと明るくなる
「ありがとー土方。…で、誰と誰と誰にする?」
「えっと…近藤さんと、総悟と……山崎?」
「分かった。じゃあ明日屯所に行ってその三人に…」
「だから屯所に来るんじゃねェって!次に会った時でいいだろ?」
「ちぇー分かったよ…」
渋々ながら銀時は承諾した。
(10.01.13)
宿に来てるけど何もありません^^;続きはこちら
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