中編
翌日の昼休み、銀時は学校屋上で土方と弁当を食べていた。
「あぁぁぁぁぁ……気になる!」
「お前、兄貴を困らせることには本当に一所懸命だよな……」
「ったりめーだろ!俺が今までどれだけ酷い扱いを受けてきたか……。なあ、土方から多串さんに
ちょっと聞いてみてくれよ」
「お前の兄貴の弱点をか?」
「そうそう!」
「そういうの、兄さん嫌いなんだよな……」
「警察だもんな……」
表情を見る限り、土方自身も今回のことには乗り気でないように思う。弱みに付け込むような
真似はしたくないのだろう。
「じゃあ、俺が多串さんと会ったって言ってるってことだけでいいから伝えてよ」
「ああ、それなら昨日、坂田からメールもらってすぐ聞いたぜ」
「マジ?何か言ってた?」
「煙草を注意されたって」
「いや、それは土方だと思ったから……」
知らなかったとはいえ、警官に注意するなど恐れ多いことをしたと銀時も思っていた。
「その件はすぐに謝ったんだけど……怒ってたか?」
「いや。むしろ、友達を注意できることを褒めてたぞ」
「あ、そう?良かった〜……」
ここで多串に悪い印象を持たれたら兄に関する情報を引き出すこともできない。
とりあえず第一印象は良いようだと安心した銀時であった。
「それから、お前の兄貴はお前のこと、ちゃんと大事に思ってるって」
「銀八が?ンなもん嘘に決まってんだろ……。俺がチクったから慌てて良い兄貴を気取ったんだ」
「いや……前からよく弟の話を聞いてたってよ。一番は妹の話だとも言ってたが」
「そうか!銀八のヤツ、多串さんの前では良い兄貴ぶってたんだな?そんで、俺に真実を
バラされると思って焦ってやがったのか……」
「そうかもな……」
家と外とで違う顔を見せるということはよくあることだと土方も納得した。
「なあ土方、今度多串さんと一緒にウチ来いよ」
「ってことは、あのこと兄さんに話すのか?それはちょっと……」
あのこととは土方と銀時が恋人同士のフリをしているということ。
友達に頼まれたこととはいえ、それを兄に話すのは躊躇われた。
「そりゃそうか……。まあ、多串さんの名前出すだけで銀八は大人しくなるし、それでいいか」
「おう」
「じゃ、俺これから昼寝すっから」
「たまには授業出ろよ……」
空になった弁当箱を閉じて横になる銀時を一応注意して、土方は教室へ戻っていった。
* * * * *
「よう」
「ん?ああお前か……」
土方と入れ違いに屋上へやって来たのはサボり仲間の高杉。
「お前の兄貴について、面白い情報を入手したぜ」
「マジ?」
高杉はこの辺りの不良達から一目置かれており、子分のような存在も多い。そのため色々な情報が
集まってくるらしい。
常日頃、自分を苦しめている兄の情報となれば聞かずにいられない。
銀時は体を起こして高杉の話を聞く体勢をとった。
「兄貴ってどっちだ?」
「眼鏡の方だ」
「銀八か……」
多串の件に加え、更に銀八を攻撃できるネタが得られると銀時は期待に満ちた目で高杉を見た。
「俺の部下がお前の兄貴をホテル街で見かけてな……」
「また新しい彼女ができたのか……」
銀八はそこそこモテるのだが、彼女よりも妹を優先するため長続きはしていなかった。
「それが、男と歩いていたそうだ」
「……それ、見回りか何かじゃねーの?」
「いやいや……ホテルに入っていくところまで見ている。しかも相手はなんと……」
「…………」
兄が男とホテルに入った。それだけでも驚くべき事実であるが、その相手にも何かあるらしい。
銀時は固唾を飲んで高杉の言葉を待った。
「土方だ」
「……はあ?」
シリアスな空気が一転。高杉の暇潰しに付き合わされたのかと銀時は昼寝の続きをするため
また寝転がった。
「信じないのも無理はねぇ……だが本当のことだ」
「あーはいはい、そーですね……」
高杉にしては質の低い嘘だ。土方と銀時はついさっきまで一緒にいて、しかも銀八の話をしていた。
万が一にも銀八と土方がそのような関係であれば、銀時が二人の変化に気付かないわけがない。
だが高杉は本当だと繰り返す。
「昨日の夜、確かに土方はお前の兄貴とホテルへ入った」
「……昨日?」
「そうだ。証拠もあるぞ」
そう言って高杉が見せたのは携帯電話の画面。
彼の部下から送られたらしいメールに添付された画像は、確かに銀八が男とホテルへ入って
いくところ。そしてその男に銀時は見覚えがあった。
「マジでか……」
「な?土方だろ?未成年の、しかも男とデキてるなんて世間に知れたら確実にクビだな」
「いや……これ、土方じゃねーよ」
「あ?どう見てもこれは土方だろ。眼鏡で変装しているつもりらしいが……」
「これ、土方の兄貴」
「兄貴?」
「俺、昨日この人と会ってんだよ。土方と間違えて話し掛けちまうくらいそっくりで……」
「じゃあお前の兄貴は、土方の兄貴とデキてんのか?」
「多分……」
謎は全て解けた――銀時は心の中でそう呟いた。
だから昨日、銀八は銀時と多串が会ったことに焦っていたのだ。
「高杉、この画像くれ」
「相手が成人済みじゃクビにはできねェが、それでも脅しの道具にはなるだろ……五千円」
「高ェよ!三百円にまけろ」
「二千円」
「なあ、俺達親友だろ〜」
「……千円」
「このイチゴ牛乳のパックも付けるから」
「五百……」
「もう一声!」
「じゃねェよ!少しはテメーから歩み寄れ!牛乳パックって何だよ!」
「割り箸もいる?俺、箸袋でトリ折れるぜ」
「だから何だ!」
これ以上話していても意味はないと高杉は諦めて画像を銀時の携帯電話へ転送した。
「サンキュー晋ちゃん。はい、約束の品」
「おいっ!」
高杉に空の牛乳パックと使用済の割り箸を渡し、銀時は足取り軽く屋上を後にした。
* * * * *
「お帰りなさい、銀八兄ィ」
「ただいまパー子」
「お帰りなさい、銀八兄ィ」
「……ただいま」
いつもの時間に帰宅した銀八は昨日以上の笑顔で銀時に出迎えられた。頼まれもしないのに
銀八の鞄を抱え、銀時は猫なで声で擦り寄る。
「銀八兄ィ〜、俺、勉強教えてほしいんだけどぉ」
「……お前、勉強なんかしないだろ……」
「じゃあ、土方に聞こうかなぁ……」
「!?」
これみよがしに見せ付けられた携帯電話の画面には勿論例の画像。それが見えない位置にいる
パー子は「土方」の名前に過剰な反応を見せる。
「銀時兄ィ、土方さんに教わるのっ?」
「ちょっとカッコ悪いけど、銀八兄ィが無理なんじゃ仕方ないよな〜」
「土方さん優しいから大丈夫よ」
「まあね〜。じゃあメール送っちゃおっかな〜」
「まっ待て!俺が教えてやる!」
先程の画像を土方に送られては堪らないと銀八は銀時の携帯電話を奪い取った。
「土方くんは自分の勉強があるだろ?迷惑掛けちゃいかん!」
「え〜、でもぉ……」
「銀八兄ィ、銀時兄ィは土方さんとお勉強したいのよ」
「兄ちゃんが教えてやる!ほら、お前の部屋に行くぞ!」
銀八に手首を掴まれ、半ば引き摺られるようにして銀時は自室へ入っていった。
「……尾けてたのか?」
部屋の扉を確実に閉め、声を潜めて銀八は聞く。その手には銀時の携帯電話。
手首を解放された銀時は余裕の表情でベッドに腰掛け、忌ま忌ましげに見下ろしてくる銀八へ
営業スマイルを向けて答える。
「いーや。友達が偶々ね……」
「…………」
携帯電話を握る銀八の手に力が篭る。
「それ見たヤツは土方だと思ってたから訂正しといたよ。良かったね、淫行教師になんなくて」
「…………」
「ってことで、ケータイ返してくれる?」
「チッ……」
銀八は銀時に向かって携帯電話を投げ付けた。データ諸共破壊したい気分であったが、
これを撮影したのが銀時でないのならやっても無駄だ。
「いや〜、ビックリしたよ。銀八兄ィと多串さんがねぇ……」
「…………」
画面と銀八を交互に見てニヤつく銀時。
観念したのか銀八は大きく息を吐いてその場に腰を下ろした。
「何処で知り合ったの?」
「……土方くんは、知ってるのか?」
「俺が聞いてんだけど」
「……大学が一緒だったんだよ。で、土方くんは……」
「へ〜……でも、そんな前から付き合ってたわけじゃないだろ?いつから?」
「少し前。仕事で偶然会ったんだ」
「仕事っつーと、学校で警察沙汰とか?」
「どうでもいいだろ。……それより土方くんは知ってるのか?」
苛立ちも露わに銀八は煙草を啣えて火を点ける。兄の余裕のなさに銀時は益々笑みを濃くしていく。
「そんなに土方が気になる?あんな扱いしといて……」
「……その件に関しちゃ、悪かったと思ってる」
「へぇぇぇぇ〜、ほぉぉぉぉ……」
「勿論、お前にも悪いことをしたと思っている」
「えっ?なになに?」
銀時は瞳を煌めかせて起き上がった。
「……悪かったよ」
「まあ別に謝ってもらわなくてもいいんだけどね……虐げられた日々は返ってこねーし」
「……何が望みだ?」
「望みなんて……俺が銀八兄ィのことイジメてるみたいじゃねーか」
その通りだろうと思ったが銀八はとりあえず黙っていた。今立場が弱いのは確実に自分で、
銀時の機嫌を損ねないことが最優先であった。
「俺は、二人を祝福したいんだよ」
「……それはどうも」
「今度、多串さん連れて来てね」
「ウチにか!?」
これまで何人もの女性と交際経験のある銀八であったが、誰一人として家に連れて来たことは
なかった。
「当たり前だろ。パー子、喜ぶだろうな〜……刑事×教師?教師×刑事?どっちだか分かんねェ
けど、そういう属性付きだと余計喜ぶんじゃね?いや〜、いい人見付けたよな、うん」
「…………」
「あっそれとも、弟同士と兄同士ってのに食いつくか?多串さんと土方が一緒に来たらパー子、
発狂しちまうかもな〜」
「土方くんは巻き込むな。……パー子の誤解は解いておくから」
「先に巻き込んだのはそっちだろ?」
「だから悪かったって。ト、多串はそのうち連れてくるから……それでいいだろ!」
銀八の言葉が一瞬詰まったのを銀時は聞き逃さなかった。
「多串さんのこと、何て呼んでんの?」
「チッ……トシだよ」
「兄貴は何て呼ばれてんの?」
「……ぎん」
「へぇ〜……結構ラブラブなんだな。意っ外〜」
「大学ン時からそう呼んでたんだよ」
「あ、そうなんだ〜。……ていうか、今まで男と付き合ったことあったっけ?」
「ねーよ」
「ってことは、よっぽど多串さんが好きなんだね〜。……で、どっちが抱いてんの?」
「はぁ!?ンなことテメーに関係ねーだろ!」
「まあ、単なる興味本位だから、答えたくなきゃ答えなくてもいいんだけどね……」
携帯電話を操作するフリをする銀時に銀八は舌打ちをする。
「両方だよ」
「ほぉ〜、それはそれは……」
その後も、どんなデートをするのか、多串のどこが好きなのかなどと質問責めに遭い、
銀八は羞恥と怒りを耐えながらそれら全てに答えていった。
(12.06.10)
↑の「両方だよ」これが本編唯一のリバポイントです。
後編はこちら→★