後編
またまた翌日の昼休み。学校の屋上で土方と昼食をとる銀時の表情は晴れやかだった。
「……何かあったのか?」
「いや銀八がよー……」
楽しくて仕方がないといった風の銀時はしかし、土方にどこまで話したものかと考える。
銀時はこの件を銀八の弱点としか捉えていないが、一般的に同性の恋人などは歓迎されない
のではないか。土方と多串の関係は銀時と銀八のそれより遥かに良好に思えるわけで、
その兄の恋人が男ではショックを受けるかもしれない。
「まぁなんだ……新たな弱みを握ったんでな」
「もしかして、兄さんとの関係か?」
「あ、知ってたんだ?」
「昨日、兄さんから聞いた。俺とお前が同級生だと知って、それなら何れバレるかもしれない
から自分できちんと話したいって」
「多串さんは潔いな。銀八なんか証拠突き付けてやっとだぜ?」
「証拠?」
「高杉の子分がな、偶然デート現場を見てたんだよ」
「そうだったのか……」
土方が知っているのなら話が早い。この楽しみを共有しようと銀時が言う前に、
「ところで坂田、お前、兄さん達のことをからかうつもりじゃないだろうな?」
釘を刺されてしまった。
「いや、それは……」
「やめとけよ。二人は真剣に付き合ってんだから」
「多串さんに罪はねぇけど銀八は……土方だってムカつくだろ?」
「別に。その件はこっちも騙してたし、これからはないだろうし……」
「これからはなくても、これまではあっただろ!俺は銀八を絶対に許さねェ!」
「まあ、お前ら兄弟の問題にどうこう言う筋合いはねぇけどな……兄さんが挨拶に行ったら
その時くらいは温かく迎えてやってくれよ」
銀八への怒りが治まったわけではないが、物分かりのいい土方を見ていると自分が子ども扱い
されているようで納得いかない。
「……分かったよ!認めてやりゃあいーんだろ!一生感謝されるくらい盛大に祝福してやるよ!」
「そうだな」
「そん時は土方も来いよ。銀八に直接謝らせるから」
「別にいいって」
「真選中の鬼のくせにいい子ぶりやがって……」
「それは関係ねーだろ」
昔の通り名を出されて土方はムッと顔を顰めた。
「兄さんの挨拶に弟が付き添うなんて変じゃねーか」
「まあそうだけどよ……」
そう言っていた土方であったが、後日、銀八から話を聞いたパー子も直接謝りたいと言い出し、
結局兄弟二人で坂田家を訪れることとなってしまうのだった。
* * * * *
約束の日。土方は仕事帰りの兄と外で待ち合わせて坂田家へ向かっていた。
両親には兄と銀八の関係を話していないので、表向きは友人の家に遊びに行くだけ。
「ったく、何で俺まで……」
「ハハッ……恋人のフリをさせたこと謝りたいと言ってるんだ。いいじゃねーか」
「しかも泊まっていけって……何考えてんだ?」
「アイツのことだから多分、何も考えてねーよ。弟が一緒じゃ泊まっても何もできねェのにな?」
「……一緒じゃなけりゃ、何かするつもりだったのかよ」
恋人の家とはいえ、他の家族もいるのにと呆れつつ土方は兄の隣を歩いていく。
「付き合ってる人の家族に会うのに、緊張しねェのか?」
「普通はするんだろうけどな……家に呼ぶアイツの方がテンパってて、それ見てたら余裕が
出てきたな」
「あの人も慌てることがあるんだな……」
「結構簡単にパニクるぞ。まあ、そこが可愛い所ではあるが……」
「…………」
銀八のこと以上に、兄の意外な一面を知って土方は言葉が出なかった。銀八が可愛いか否かは
個人の好みの問題なので置いておくとしても(土方には自分より十歳以上年上の男を可愛いとは
思えないが)これほど堂々と、惚気るような兄だったであろうか。
確かに、一回りという歳の差に加えて兄は高校から寮生活で、恋愛話をしたのは今回が初めてだし、
これまで兄がどんな恋愛をしてきたかなんて知らない。
けれど土方の兄に対する印象は、クールで無口で生真面目で自分にも他人にも厳しくて……
恋人とベタベタするタイプには見えなかった。
実際に恋人を前にしたらどうなってしまうのだろうと、期待半分不安半分を胸に抱き、
土方は坂田家へ到着した。
「いいいいいらっいらっいらっ……」
「プッ……落ち着けよ、ぎん。本日は弟共々お世話になります」
「おおおおう……」
本当に銀八が慌てている……やはり可愛くは見えないが、からかいたくなる銀時の気持ちは
分かるなと土方は思っていた。
まともに応対できない銀八に苦笑しながら、多串と土方はスリッパを履いてリビングへ。
そこでは金時・銀時・パー子が夕飯の準備をしており、多串(と土方)の登場で三人は一斉に
手を止めた。
「あー、えっとー……」
「お兄さんとお付き合いさせていただいている多串です。お招きにあずかり光栄です」
未だ調子の戻らない銀八に代わり多串が自ら挨拶をすると、歳の順で金時から自己紹介をする。
土方も多串に促されて「その節はどうも」と一応の挨拶をした。
長方形のダイニングテーブルの一方の長辺に多串と土方を座らせ、多串の右隣に銀八が、
その右に金時、パー子、銀時の順に座った。
「土方さん、ごめんなさい」
席に着いてすぐ、パー子は向かいに座る土方へ手を合わせて謝った。
「私が勘違いしたばっかりに銀時兄ィと……」
「ああ、気にしてないから」
「本当にごめんなさいね」
「いや〜、悪かったね土方くん。ウチの兄貴にこんな素敵な恋人がいると知っていれば
キミを巻き込むこともなかったんだけどね」
「はあ……」
お得意の笑顔で謝罪する金時は、パー子ほど悪いとは思っていない様子。
それでもそれなりに蟠りは解消できて、六人の晩餐が始まった。
* * * * *
「それじゃあ多串さんは、兄貴に一度フラれてるんですか?」
「学生時代にね……。まあコイツは女を取っ替え引っ替えしてたから、無理だろうとは
思っていたがな」
「いや〜、モテる男はつらいね」
時間が進み、程よく酒の入った大人達は上機嫌で馴れ初め話に花を咲かせていた。
パー子は瞳を輝かせてその様子を見守り、銀時は新たなからかいのネタを見付けようと
耳を傾けていた。一人、既に兄から馴れ初めも全て聞かされていた土方は、マヨネーズ塗れの
食事を黙々と口に運びつつ、やはり自分は来る必要がなかったのではないかと考えていた。
金時が多串に尋ねる。
「それなのに、どうしてこうなったんです?」
「あれは運命の再会だった……」
「あーはいはい、そーですね」
「防犯教育とやらで警察が学校に出向くことがあってな……そこでコイツとばったり」
「まさに運命ね!」
「いや、ただの偶然だから」
身を乗り出して会話に加わったパー子には、珍しく銀八が冷静なツッコミを入れる。
普段は猫可愛がりしている妹だけれど、この時ばかりは「パー子の言う通り」で済ませないようだ。
「それからお付き合いが始まったんですねっ?」
「にしても、よくこの堅物をオとせましたね〜」
「そりゃもう、ここでは話せない色んな技を使って……」
「おいぃぃぃぃっ!」
「怒るなよ、ぎん……可愛い顔が台無しだぜ」
「かわっ!?多串テメ〜……」
「いつもみたいにトシって呼んでくれよ〜」
「そうだそうだ〜」
「私達に遠慮はいらないわ」
「いつもどーり……さん、はいっ!」
「〜〜〜〜っ!」
恋人と弟達にはからかわれ、妹には応援されて居たたまれなくなった銀八は、テーブルにバンと
手を付いて立ち上がった。
「帰る!」
「ここお前ん家……」
「るせェ!」
銀八は顔を真っ赤にして怒鳴りながらリビングを出て行った。
「あーらら、逃げちゃった……」
「これくらいで情けねェ……」
存外冷静な金時と早速非難を始める銀時―二人の兄の間でパー子だけは平静さを失っていた。
「どっどうしよう……」
「心配しなくていいよパー子。銀八兄ィは照れてるだけだって」
可愛い妹の危機(?)に金時はサッと兄の顔になる。それでもパー子の不安は拭えない。
「だって、あんなに怒って……」
パー子にとって常に優しく頼れる存在であった銀八……激昂したところなど見たことがなかった。
「銀八兄ィと多串さんにもしものことがあったら私、わたし……」
「泣くなよパー子!二人なら大丈夫だから!ねっ、多串さん?」
「あ、ああ……」
多串からすれば銀八の反応は充分に想定内であり、あれくらいで泣く程取り乱すなんて
大事にされ過ぎているなと、金時とパー子のやりとりを何処か他人事のように見ていた。
「ほら、多串さんもああ言ってることだし!」
「でもっ、でもっ……」
「ああああ泣かないでくれよパー子。お前が泣いたら兄ちゃんも……」
「あのー……」
何だか非常に面倒臭いことになったと思いつつ、多串は半泣き状態の二人に声を掛ける。
「お前らの兄貴には俺が謝っとくからよ」
「すみません、多串さん」
「私も一緒に謝ります!」
「パー子の前に俺が!……ほら、銀時も行くぞ!」
「えー……」
立ち上がる坂田きょうだいを多串が宥めて止めた。
「とりあえず今日は俺が行くから、そっとしといてもらえるか?」
「でも……」
「大丈夫だ。外に出てないってことはそんなに怒ってねーんだよ」
「……そうなんですか?」
「ああ」
恋人である多串が言うのだからとパー子も徐々に落ち着きを取り戻してきた。
「あの……お願いします」
「おう」
「兄貴の部屋は、出て左です」
「どうも」
穏やかな表情で銀八の部屋へと向かう多串―その後姿を金時とパー子が安心して見送る一方で
銀時は多串から折れるという発言を面白くないと感じていた。漸く銀八と対等に渡り合える人に
出会えたと思ったのに、かなり甘やかしているではないか……
更にその一方で全てにおいて蚊帳の外であった土方は、自分が来る必要はなかったと確信していた。
* * * * *
マジで来るんじゃなかった……
翌朝、土方は大いなる後悔と共に坂田家の食卓にいた。
土方の前には笑顔のパー子。その隣にはパー子の笑顔を嬉しそうに見詰める金時がいて、
そして土方の隣―昨夜、多串が座っていた席―には土方の心情を慮り苦笑する銀時……
四人だけの朝食だった。
「あの……なんか、すいません」
「そんなことないわ。多串さんにお任せして本当に良かった」
「まさか戻って来ないとはねぇ」
「こっそりチェーン掛けたってのにつまんねェ……」
そう。多串と銀八は昨夜、皆が寝静まった頃(実際は金時と銀時に気付かれていたが)
密かに家を抜け出していたのだ。皆が起き出す前に帰ってくるだろうと銀時がイタズラで
ドアチェーンを掛けたにも関わらず、現在に至るまでそれが音を立てることはなかった。
「多串さんと銀八兄ィ、とってもお似合いね」
「パー子の言う通り!」
「つまんねェの……」
「…………」
とある日、とある時間、とある場所にある友人宅で、とある高校生・土方十四郎は
マヨネーズをかけるのも忘れるほど心苦しい気分で朝食をとるのだった。
(12.06.10)
何だか十四郎くんが損な役回りになってしまった……。銀時くんと恋人同士という誤解はめでたく解けたのにそれ以上に損をしているような^^;
銀八先生は坂田家にとって頼れるお兄さんですが、恋人の前ではツンデレのようです。これからも銀八先生とトシ刑事はきょうだいに見守られながら
幸せにお付き合いを続けることでしょう。
ここまでお読みくださりありがとうございました。リバエロOKな方はおまけアップまで少々お待ち下さいませ。
追記:おまけのリバエロ書きました。注意書きに飛びます→★
ブラウザを閉じてお戻りください