<三>


昼休み。屋上に出ていつものように高杉、坂本、桂と弁当を広げる坂田は、外気と同じ温度になったピンク色の紙パックを見遣り溜息を吐く。
「飲まねぇのか?」
片側の口角を上げた高杉は美味そうなイチゴ牛乳じゃねぇかと含みのある物言い。それに続いて、
「土方と交流あったんだな」
手渡されるところを目撃したと暗に示されまた溜息が出た。高杉の態度に面白いことが起きそうだと残りの二人も注目してきて、坂田の頭は重くなるばかり。
「昨日、ちょっとな」
「ちょっと……何だ?」
「大したことじゃねーよ」
「告られたか?」
「はあっ!?」
にやりと笑う高杉。しまったと坂田が思った時には遅かった。
「そうかそうか……」
「違ぇよ!」
「土方は近藤と付き合っているのだろう?不倫はいかんぞ銀時」
「は?」
否定するも取り合ってもらえず、人妻好きは創作物の中だけにしておけと、そのままバットで打ち返したくなる説教を桂から受ける始末。不倫ではないという根本的な指摘もできぬまま、
「A組の沖田と付きおうてると聞いたがのう」
「山崎とかいう地味な野郎じゃねぇのか?」
坂本と高杉も加わり、坂田を置いてどんどん話が進んでいってしまう。
「告られてねーよ!」
色々と言いたいこと満載だが、先ずは最重要事項から訴える。続けて、土方が先輩に絡まれていたのを助けたのだと、やや事実をぼかして説明してやった。
「前の彼氏にでも言い寄られてたか?」
「……さっきから何で土方に彼氏がいんの前提なわけ?」
次のツッコミ所はここ。この三人と土方の関わりなど、一昨日までの自分とさして変わらぬはず。にもかかわらず、土方の恋人として当たり前のように男の名が挙がるのか解せなかった。
すると寧ろなぜそこが気になるのかとばかりに桂が言う。
「土方が男色家なのは有名な話であろう」
「男色って……いつの時代だよ。つーか、えっ?そんなに有名?俺、昨日知ったんだけど」
「知らんかったんか。お前、沖田と仲良いきにてっきり……」
「マジでかァ。あー、でも気が楽になった」
元より吹聴して回るつもりはないものの、誰にも言えない隠し事を抱えるのは辛い。土方と秘密の共有というのもソワソワするし、事実を知る者が多いに越したことはない。
この中で自分が最後であったことに対する胸の蟠りには、気付かないフリをする坂田であった。
「なら言うけど、近藤も沖田もただの友達だと思うぜ」
恋人を前にした土方は、実に甘ったるい空気を発するのだと述べる坂田は妙に自慢げに見える。まるで自分のみが知る土方の姿があるかのように。
「山崎つーのは知らねぇけど、昨日は付き合ってるヤツいないって言ってたぞ」
「何だ、テメーが告ったのか」
「違う!」
どうしてそうなるのだ。自分と土方はただのクラスメイトだと説いても皆、高杉側に付く。
「男もいけたんかぁ」
「いけねーよ!」
「そんなことで友を見捨てはせん。安心しろ」
「ンな心配してねぇって……本当に違うんだよ」
否定すればするほど嫌な汗が流れ出た。それが誤解の元だと、手を団扇に扇いでみるも止まらない。そして高杉の、
「なら何でアイツからもらったもんを後生大事に持ってんだ?」
この台詞が決定打。本人を置き去りに、坂田と土方はただならぬ仲だと確定していく。
「だから違ぇんだって!今はイチゴ牛乳の気分じゃねぇだけ」
「はいはい」
「そういうことにしておいてやろう」
「気持ちの整理ばつくのを待ってるぜよ」
「お前らなァ……」
バカにつける薬はなし。腹の底から息を吐き出して空を見上げた坂田。明日は一学期最終日。眩しいくらいに澄んだ青は、日陰にいる坂田の目まで痛めるよう。

件のイチゴ牛乳はその日から、坂田家の冷蔵庫で静かに眠ることとなった。

*  *  *  *  *

夏休み。受験生にとってはそう休んでもいられない、天王山の夏。
親から予備校の夏期講習への参加を命じられた坂田は自宅でも勉強三昧……というわけにはいかなかった。息抜きにとバイク雑誌をパラパラ。大学に合格したらアルバイトをしてこんなバイクを買いたいと夢を膨らませている。
そんな坂田は広告のページで手が止まった。筋肉質な男が上半身裸で大きく写っている、結果にコミットするスポーツジムの宣伝。テレビコマーシャル版ではその男の二ヶ月前の姿だという、まるで別人の小太りな男も登場していたっけ。

しかし坂田が気になったのは広告の信憑性ではない。

マッチョな男の水着姿、こういうのに土方は興奮するのだろうか。
好みは人それぞれだと思うものの、ゲイと聞いて坂田が真っ先に思い浮かぶのは筋肉ムキムキの男同士。一般男性には巨乳の女性が魅惑的だと見えるように、ゲイにはこれがグッとくるのではないかと思い至った。
となれば身近な同性愛者に当て嵌めたくなるのも自然なこと。この胸板に顔を埋めてみたいのだろうか、はたまた組み敷いてみたいのだろうかと下卑た想像を巡らせる。
「……なんかイマイチなんだよなぁ」
しかし、広告の男との絡みはあまりに現実味がなさすぎて面白味に欠けた。いくら体格が良くても「相手」は三十歳近く上の中年。現役高校生といちゃつくのは無理がある。そもそも自分にはマッチョなオッサンとどうこうする趣味はなかったと、当たり前の結論に達した。

ではこれが土方だとしたら?

受験勉強から逃避中の単なる思い付き。深くは考えずに少年は自身のスマートフォンを操作し始める。大して親しいわけでもないクラスメイトの、写真がないかと画面をスクロールしていった。
「いたいた……」
体育祭で写したものの中にそれはあった。クラスの男子殆どが写っている写真。坂田のグループとはやや離れた場所で、噂の近藤と肩を組み笑っていた。
土方の顔の部分を拡大して表示させると、坂田はそれを広告の男の顔の上に置いてみる。合成とも呼べない代物だけれど、想像力を働かせて継ぎ目をなくせば、辛うじて同級生の半裸に見えなくもないような気がした。
「っ――!」
その瞬間、心臓がドクリと鳴る。それまで面白半分にやっていたことが、洒落にならない事態を引き起こす予感がした。
だがどうしても目が離せない。鍛えに鍛え上げられた筋肉も日焼けした肌も、土方のそれとは掛け離れているはずなのに、顔写真の効果は絶大だ。加えて、画像の笑顔が更衣室で見せられた妖しい笑みに置き換わってしまう。
「う、あ……」
高速で動き出した心臓が下腹部へ向けて血液を送っていた。坂田は机から雑誌を払い落とし、ベッドへと潜り込む。この時季は足元に丸めてある掛け布団をすっぽりと被って目を閉じるも、浮かぶクラスメイトの艶姿。
布団の暑さと血流が生み出す熱に耐え切れず、間もなく布団を剥いだ。
「マジでかチクショー!」
自棄糞で叫びズボンの中に手を入れた坂田。
それから暫くの間、エアコンの稼動音を打ち消すような荒い息遣いが聞こえていた。

(16.01.19)


坂田くん、目覚めかけました。次くらいでくっついたらいいなと思っています。

追記:続きはこちら 

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