後編
「ハッ、あ……んっ……」 恋人のベッドにその身を預け、陰部を揉まれて悶える坂田。だらだらと先走りを垂らし続けるそれは、あと少しでも強い刺激を受けたら達する状態。この程度でイッては恥だと自らを戒めているものの、口内で蠢く舌に翻弄されて集中しきれないでいた。 「トシさん……」 初めてまともに見た先輩の体は細身でありながら意外に筋肉質。文化系で草食系だとばかり思っていた人の、新たな魅力に胸が高鳴りっぱなし。 一方、上に乗る男は後輩の鍛え上げられた二の腕を撫でてうっとりと息を吐いた。 「もう、試合には出ねぇのか?」 「へ?」 「剣道」 「あー……」 大学受験のため休んでいた間に試合からは遠ざかっている。憧れの侍を目指しての鍛練ゆえ、敵は他人ではなく自分であるというのが表向きの理由。恋人と会う時間を減らしたくないというのが本当のところだった。 出ろよ――坂田の右手を取り、親指の付け根に軽く唇を寄せる。 「お前の剣、好きなんだ」 「えっと……」 まるで見たことがあるような口ぶり。試合は中学生の時が最後だというのに。 訳も分からずぽかんとすれば、またあの艶めかしい笑みに見詰められ己の状況を再認識させられた。 「あっ!」 股間の手が再始動。にもかかわらず、 「俺も昔、剣道やってたんだ」 「えっ……あ、う……」 話も続くものだから、感じつつも聞き取るので精一杯。 「中学上がる時にやめたけど」 「は、あっ……」 「同学年に、すげぇヤツがいてな……基礎もできてない目茶苦茶な太刀捌きのようでいて不思議と一本芯が通っているようでもあり、とにかく捉え所がなくて強いのか弱いのかすら分からねぇ。直接戦ったことはなかったが、後から思えばあれが初恋だったんだ」 昔話をする土方の目は幼い頃に会ったという剣士へ思いを馳せているらしく、坂田はムッとしながら古い記憶を辿った。 諸般の事情により現在の学年は異なるものの二人は同い年。自分も一度や二度、会っていてもおかしくはない。だがそんなに凄い男がいた覚えはなかった。 「ひっ!」 舌先で乳首を舐められて思考が微かに途切れる。 何の話をしていたっけ……そうそう、トシさんも剣道をしていたって話。その頃に会いたかった。「土方」が竹刀を持っているなんて、想像しただけで興奮する。 「…………」 そこで思い出す真選組の制服を着た恋人の姿。胸の愛撫に邪魔だからか眼鏡を外した顔とそれなりに鍛えられた肉体。いけないと分かっていながら、土方十四郎が脱いだらこんな感じなのかと想像してしまった。 「くっ……」 肌を重ねる男と歴史上の人物が重なり想起される苦い経験。それは彼と出会う前、ひょんなことから研究対象に劣情をもよおしてしまった黒歴史。 この人はトシさんであって土方十四郎ではないと坂田は目を瞑り、幾度も頭の中で唱えた。 「……悪ィ」 「え?」 ふいに体が軽くなった気がして目を開ければ、己の体を膝で跨いだ体勢で、沈んだ表情の土方が眼鏡を掛け直している。 「まだ、早かったよな?」 「何が……あ……」 あんなに張り詰めていた坂田自身がすっかり萎縮していた。必死でこちらを気遣う男のそこは、服の上からでも分かるほど隆起したままだというのに。 「こっこれはトシさんのせいじゃなくて俺が……」 「トイレ、行ってくるな」 「あ、はい」 そんな場合ではないことくらい理解できるものの、体が鎮まってくれない。浅ましい己を自嘲して、土方は吐き出すために個室へ閉じ籠もった。
「俺のバカ……」 取り残された坂田はごろりと俯せて自分に毒を吐く。一日に二度も恋人を傷付けてしまった。せっかく向こうから関係を進めてくれたのに恥をかかせてしまった。更に悪いことには、 「ここは謙虚にしてろよ……」 俯せたせいで寝具の匂いを、最愛の人の香りを吸い込んで、愚息が復活してしまったのだ。 この状態を見られたら言い訳のしようがない。一刻も早く処理しなくてはとトイレのドアへ背を向けて、猛るモノを握った。 「ハァ……トシさんっ……」 先刻までされていたことを思い出しつつ手を動かせば瞬く間に上り詰める。 「トシさん……すき、好きです……ごめんなさい」 扉を一枚隔てて愛する人も同じことをしているのだと思うと申し訳ない半面、高揚するのをどうしても抑えられない。 「あっ……トシさん、トシさんっ!」 行為に没入した坂田は譫言のごとく愛しい人の名を繰り返した。ドアにぴたりと張り付き、土方がその声で喜びに再度股間を膨らませているとも知らずに。
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水を流す音が聞こえたのは、坂田が達して後始末を終えた直後であった。勿論それは土方がタイミングを計ったのであるけれど。 急いで下着だけは身に付け、ベッドから下りて正座で待つ。土方はキッチンで二人分の麦茶を入れてきてくれた。 「もう寝てなくて大丈夫か?」 「大丈夫です!そっそれから、あの……すいません」 何をどう説明したら拒絶したのではないと伝わるだろうか。自分でシたのは隠し通せるだろうか。トシさんが俺で勃つなんて感激……余計なことも含めて様々なことが去来して弁明ができない。それを察して土方は、まず服を着ろと自ら脱がせたTシャツとハーフパンツを渡した。 麦茶を一気に飲み干して、俺の方こそ悪かったと土方。 「初恋の話なんかしたからだろ?」 「えっ!」 確かにそれが発端ではあるけれど原因としてしまっていいのだろうか。責任を擦り付けるようで気が引ける。 「それは……その、昔のことだし……」 「つーか、お前のことだぞ」 「ほえ?」 間抜けな音を発した坂田に、やはり分かってなかったかと口角を上げ、土方は昔話を仕切り直した。 初めて「彼」を見たのは小学校一年生の時。誰もがピリリとした緊張感を漂わせ竹刀を振るっている中で、彼だけは嬉々としているように見えた。自分の習った剣とは明らかに異なる、刀型の武器を扱うアクションヒーローのごとくダイナミックな動き。彼から目が離せなくなった。 「で、面を脱いだ所が見たくて目で追って、出場者名簿で名前調べて……立派なストーカーだな」 「…………」 そんな小さい頃から自分のことを知っていたばかりか思っていてくれてたなんて……浮き足立って坂田は初めに語られた初恋話を思い返してみる。すると、浮かれてばかりもいられなかった。 「強いか弱いかも分からないってどういうことですか!」 「ハハッ、そうだったじゃねーか」 「自分で言うのもアレですけど、結構強かったでしょ?何てったって本物の侍が目標なんで」 「はいはい……」 また始まったと意にも介さず、グラスの氷をガリガリと噛み砕く土方。すっかり本来の調子を取り戻した坂田は尚も食い下がった。 「全国行ったヤツにだって何度も勝ってます!」 「知ってる。小六の終わりに引っ越すまで、ずっと見てたから」 「そ、そんな可愛いこと言ってもダメです。俺が強いと認めなさい」 この程度でムキになる坂田の方が可愛い――小さかった時の姿を知っているだけに、その思いも一入である。冷たくなった唇を紅潮する頬にちゅっと触れさせた。 「一回戦で優勝候補を倒したのに、不戦勝でたまたま二回戦に進めたようなヤツに三秒で負けたのは誰だ?」 「それは、強さゆえに相手を見くびってしまってですね……」 「食い過ぎで棄権したこともあったよな?」 「あれは先生が有名パティシエの期間限定スイーツなんか差し入れたせいです。残したらケーキに失礼だから、緊張して食えないっつー野郎の分まで食った結果ですよ」 「そんなだから、六年も同じ大会に出てたのに一回も当たらねぇんだよ」 「でっでも、中学の時には全国まで進みましたよ?」 団体戦で、相変わらず坂田の勝利には波があり、他の四人の安定した強さに助けられて、というのは置いておく。だがそれも、 「その頃には剣道やめてたから知らねーよ」 素気無く返されてしまった。しかも、 「とにかく、トシさんの初恋は俺なんですよね?」 「多分な」 「多分んんん!?」 最も重要な結論まで曖昧になってきて、坂田は土方の腕に縋り付く。けれど土方も正直に話しているだけ。当時はまだ、自分が同性に惹かれる質だと知らなかった。思春期を迎え、周りとの違いに気付き、悩みながらもあれが初めての恋だったのだと思い至ったのだから。 「その『多分』があるから今があるんじゃねーか」 「へ?」 「元から知ってなきゃ、いきなり声掛けてきたヤツをメシに誘うかよ」 土方十四郎そっくりの外見に驚いて坂田が思わず話し掛けたところから二人の関係は始まる。もっと話していたいが講義の時間も迫っていて、後ろ髪引かれる様子の坂田を土方が昼食(学食)に誘ったのだった。 「そうだったんですね」 「ああ。初恋の相手が土方十四郎のこと研究してて、これで俺が本当に子孫だったら運命的だなとか思っちまって……」 だから、と再び土方の表情に陰りが見える。 「刀のことは、マジで残念だった」 「トシさん……」 「まあ、ハート柄の時点で少し変だとは思ってたんだけどな」 「ハート!?」 反射的に立ち上がった坂田は、苦笑する土方の両肩を掴んで揺すった。 「どどどどこですか!?何処がハートなんですかっ!?」 「つっ鍔……?」 「鍔ァ!?鍔の何処!?」 「えっと……」 訳も分からず迫力に圧され土方は、自身の指で円を作って反対の指でその上と下を示す。 「これが鍔だとすると、こことここにハート型の穴が開いてて……」 「いっ猪目透かし……」 「イノメ?」 土方にとって謎の言葉を残し、坂田はへなへなと床へ倒れ込んだ。 まさかそんなもしかして――文字の記録でしか見たことのない幻の刀。土方十四郎が村麻紗の前に使用していた刀。行方もその名も判明してはいないものの、村麻紗に負けず劣らずの業物と推測される刀。真っ二つに折れて尚、主の命を護ったという逸話まで存在する伝説の刀――それが現代の「土方家」に存在するというのか。 「おっおい、銀時!」 先祖かどうかなど関係ないと宣言したばかりだが、この事態に落ち着いてなどいられない。がばっと起き上がって、 「猪目というのはイノシシの目のことで日本に古くからある紋様でして……」 早口で我が国の伝統模様と真選組副長の歴史を語りだした。 「その猪目の刀は土方十四郎がとある浪人と戦った際に折られてしまうのですが俺としては土方十四郎が負けたわけではなく刀が土方十四郎の強さに耐えきれなかったためだと考えていまして何せ土方十四郎は鬼と恐れられる程の人ですから屋根の修繕で日銭を稼ぐ貧乏侍なんかに劣るはずがなく……」 最早、刀の解説に留まらない語り。正直なところ、坂田の熱心さに反比例して土方の関心は薄れていく。けれど、瞳を煌めかせる恋人の邪魔をするつもりもなかった。 心地好い人工の風が二人の髪を撫でる。窓の外では蝉が力一杯その存在を主張していた。
(15.08.23)
初エッチまでは至りませんでしたが少し関係が進んで更にラブラブになって終わります。タイトルは鍔の模様からでした。 坂田くんもおじいさんの家を調べれば土方十四郎関連の物が出てくるのですが、自分の家の歴史に興味がないので気付きません^^ ここまでお読み下さりありがとうございました。
追記:予定を変更して初エッチ書きました。リバ前提の銀土です(18禁ですが直接飛びます)。→★ |