<八>
晴れて恋人同士となった二人は未だ、桜の下で抱き合っていた。十四郎の肩に顎を乗せて
銀時が呟く。
「帰りたくねぇな……」
十四郎は銀時の背をすっと撫で上げて応えた。
「帰ろうぜ」
「あのなァ……」
「お前ん家に。……俺ん家でもいいけど」
返事の変わりに背中で掌を上下させ、銀時はバッと身体を離す。その幾分潤んだ瞳にまた抱き寄せ
たくなるのを堪え、十四郎は銀時の手を取り出口に向かって歩を進めた。
「で、どっちに行く?」
「初めてはベッドがいいかなぁ」
何の、とは聞かずに十四郎は目的地を銀時のマンションに定める。互いの思いを確かめて即、
というのに抵抗がないわけではないが、今更一人で寝られる自信もなかった。フラれるつもりで
来たものの、身体は心よりも順応性が高いらしく、既に愛し合う準備を始めている。一刻も早く
部屋に入り、抱き締めて…………銀時は何処まで考えているのだろうか。「ベッド」などと言った
からには、肌と肌とを触れ合わせる気はあるに違いない。
何処まででもいいか。
着いた先は家主に任せておけばいい。合格祝いも兼ねて、ヤりたいようにヤらせてやろう。
十四郎が主導権を握っていたのは扉の前まで。そこからは銀時が鍵を開け、扉を開けて性急に
靴を脱ぐ。それに倣って十四郎も上がった。
銀時がパーカーの前を開けば十四郎もシャツのボタンを外しながら二人はベッドへ一直線。
ベルトを抜き、ボトムのジッパーを下ろして……目標地点へ到達した頃には、二人とも下着と
靴下しか身に付けていなかった。
「銀時……」
「十四郎……」
ベッドに乗り上げ見つめ合い、これまでの慌ただしさから一転、そっと唇を重ねる。目を伏せる
ついでに見た相手の股間の膨らみで、気分は益々高揚した。
「はぁっ……」
「んっ……」
横になって抱き締めて、恋人の口内へ舌を伸ばす。身体をぴたりと寄せれば、素肌の触れ合う
感触に、最後の一枚同士の擦れる感触に身震いが起きた。
その瞬間、銀時は後孔にちりりと軽い疼きを覚える。これを放置しては危険だ。耐え切れなく
なれば十四郎の都合などお構いなしに中へ欲しいと強請りかねない。そんなことをしたら慣れて
いると誤解されてしまう。自分は初めてなのだ。多少、予行演習に力を入れ過ぎただけで本番は
初めてのヴァージンなのだ。遊び人だと思われては心外だ。だから、
「あの……入れて、いいよ」
「えっ!」
十四郎の中心に視線を送りつつ身を起こし、座ったまま下着と、ついでに靴下も脱ぐ。愛する人が
気持ち良くなるため自身を捧げるという建前。振り返った先では胡座を崩した姿勢の十四郎が目を
瞬かせていた。もしや男同士の繋がり方を知らないのではないか――
「俺の、お尻に……十四郎の、ソレを……」
「そんなこと、何処で……」
「十四郎に一目惚れしてから色々勉強したんだ」
「おい受験生」
「へへっ」
受かったからいいでしょと舌を出す。これでさりげなく初めてだとアピールできた。
「正直ちょっと怖ェけど、俺、十四郎と一つになりたい」
「ならお前が俺に入れていい」
「へ?」
「合格祝いだ」
お前に辛い思いはさせないと十四郎も身に付けているものを全て脱ぐ。
いやいや待て待て。俺が十四郎に突っ込んで乱れさせるのも吝かではないが、その前に突っ込んで
乱して欲しい。
「さっ先に経験して、十四郎にネコの心得を教えたい」
「フッ……何だそれ」
「こっちの勉強は俺が先生な」
「はいはい」
思惑通りの状況に戻せたと、銀時は枕の下からローションのボトルを取り出して止まった。理想は
これを十四郎のモノに塗って挿入だが流石にそれはキツイ……色々な意味で。
一人でする時のように指一本から慣らす必要があるけれど、それを今、十四郎の目の前でやるのか?
「銀時?」
「ああああのっ、準備するからちょっとアッチ向いてて」
「は?」
掛け布団を首まで引き上げ、十四郎には逆方向を指差す。
「何言ってんだお前」
「おっ男同士が合体するには、色々と準備が必要だから」
「そのくらい知ってる。いいからそれ寄越せ」
「えっ……ぎゃあ!」
布団を剥ぎ取るついでにローションボトルも引ったくった十四郎。銀時は反射的に膝を抱えて座り
防御体勢を取る。そのことには目もくれず、十四郎は自身の右手にローションを出し、ぬめった
掌を上にして銀時を手招きした。
「あの……」
「こっちに来るか横になるか、四つん這いでもいいぞ」
「……実は経験済み?」
「いや。だがヤり方は分かってるから安心しろ」
「まさか、そのぬるぬるの手で俺のケツ触る気?」
「当然だろ」
「…………」
たっぷり三秒フリーズして、ハッと復活した銀時は力の限り頭を振る。
「いやいやいやいやいや!ンな汚ぇとこ触らせらんねーよ!」
「触んなきゃ準備できねェじゃねーか」
「本っっっっっ当に分かってる?ちょっと触るレベルじゃねーぞ!」
「分かってる。中に指入れて解すんだろ」
「うわぁ……」
本当に理解しているらしい。嫌なら自分に入れてよいと再び投げられた台詞は打ち返すしか
なかった。身体の奥は燻ったまま。何でもいいから入れて欲しいと訴えている。
銀時は覚悟を決めた。
「よ、よろしくお願いします」
「おう」
膝立ちで両足を跨いで腰を突き出し、頭に縋るようにして腕を回す。十四郎の左手が腰に添えられ
右手は前から銀時の股の間を通って後ろへ。
「ぁ、はぁ……」
割れ目を指の腹で辿れば、僅かに声の混じる息を吐いて上体を十四郎に預けた。窄まりの前後を
行きつ戻りつしながら潤滑剤を塗り込められると、いよいよ我慢ができなくなってくる。
「あ、んっ……」
十四郎の耳の後ろで声が漏れ、内部は一刻も早い刺激を求めて蠢き始めた。
「入れていいか?」
「うん。……あっ!」
指先が侵入した感覚に銀時の膝からかくんと力が抜ける。己のそれで幾度も体験してきた感覚が、
想像するのみだった愛しい人から与えられた。今、入口を広げているのは十四郎の指。その事実が
銀時の身体をいっそう高ぶらせる。
足の組み方の微調整で右手の進路を確保し、十四郎は中指を更に奥へと進めた。
「あぁ……」
膝が震え、銀時は目を閉じ、抱き着いて感じ入る。
「あ、あ、あぁっ……!」
挿入された指に性感帯を擦り付けようと内壁が収縮を繰り返し、本人の意思に反して身体は慣れ
親しんだ快楽を追っていた。
十四郎の指が半ばまで抜け、曲げられる。
「ひぁっ!」
遂に与えられた快感。己にしがみつき享受する銀時の腰を左手で労りつつ、中指を動かした。
「ああっ!待っ……だ、もうっ……ああぁっ!!」
感じ過ぎる身体は止められず、十四郎の腹に銀時の欲が振り掛かる。指を抜かれ、優しく横たえ
られた銀時であったが、十四郎の左手首をがしっと掴んだ。
「もっと」
「身体は大丈夫か?」
「足りない」
「お、う……」
一度灯ってしまった火は容易に消えず、寧ろより多くの火種を求めてしまう。
十四郎は右の指に銀時の出したモノを絡め、今度は二本纏めて入れた。
「はあっ……」
薄らと弧を描く銀時の唇。十四郎は安心して指を進めていく。
「あっ、ああっ……!」
達したばかりだというのに銀時のモノは反り返り歓喜の雫を垂らしていた。
「くっ……あぁん!」
三本目を加える時にはやや苦しげな声が上がったものの、一旦飲み込めてしまえば問題なし。
馴染みの快感にどっぷり浸る。
「あっ、あん!気持ちいいっ!」
「銀時……」
「い、よ……入れてっ」
右手を引き抜き十四郎は、猛る一物に潤滑剤を纏わせた。それから銀時の腿を胸まで倒し、
膝を開かせる。ふやけきった孔に湿った鈴口が接すれば、二人の喉がごくりと鳴った。
「っ……」
「痛いか?」
銀時は首を横に降り、早く来てと誘う。
熱を孕んだ瞳と苦痛に歪む眉。相反する二つの表情が銀時を煽情的に彩っていた。
「うあぁっ!」
その貌に魅了され、十四郎は一気に最奥を穿ち律動を始める。
「ひあっ!あ、すご……ああっ!」
前立腺を擦るように一物が往復し、銀時は忽ち込み上げてきた。
「またイッ……あっ!あっ!あ!あ!」
十四郎の動きが徐々に速まり銀時を追い立てる。
「あぁ、イクっ!十四郎っ……あっ、あっ、あああぁぁっ!!」
「銀時っ……!!」
自分の顔に精を撒き散らして銀時は果て、その直後、十四郎も銀時の腹の上へ吐き出した。
* * * * *
「どうした?」
「…………」
二人分の精液を受け止めた身体を十四郎がティッシュで拭っていた最中、銀時は枕に突っ伏して
しまった。
大丈夫か、何処か痛いかと身を案じても、シーツが汚れると茶化してみても応答がない。言葉に
ならない程下手だったというアピールではないだろうな。あんなに乱れておいて不満があるなら
言ってみやがれ――いや、やっぱり言うな。
「銀時」
「こんなはずじゃなかったんだ……」
「あ?」
まさか自分と関係したことを後悔しているのか?この期に及んで?
しかしそれ以上に信じられない台詞が銀時から飛び出した。
「俺、初めてだったのに……」
「……何が?」
文脈から一番に推察できる答えが一番正解から遠い気がして、思わず十四郎は聞き返してしまう。
「あ〜……」
腕と足をばたつかせ、銀時は初めてなのだと繰り返した。
「何が初めてなんだ?」
「……ヤるのが」
枕から左目だけで十四郎を見遣り呟かれた言葉は、またしても「何が?」と返される。
銀時はぼふんと枕を殴り顔を上げた。
「ア〇ルセックスするのが!」
「えっ……」
「そうだよな!フツーそうだよ!その反応に異論はねぇよ。でも、でも……」
初めてなのだと涙を浮かべ、銀時はまた枕へ戻る。その後頭部に十四郎の手が柔らかく触れた。
「俺ァ過去には拘らねェ」
「違うんだって!マジで初めてなの!言っただろ?勉強したって」
「分かった分かった」
「練習なんかするんじゃなかったコンチクショー!」
「……練習?」
「ハァー……」
枕に顔を埋めたまま、銀時はぽつりぽつりと語り出す。
十四郎と付き合えた時に備えて男同士について色々調べたこと、自分の指で試したこと、
ハマってしまったこと……
「つーわけで、本当の本当に初めてなんだよ」
「そうか」
「あーあ、十四郎に開発されてみたかったなァ」
「……代わりに開発してみるか?」
ほんの軽い気持ちと好奇心だった。だが銀時を興奮させるには充分だったようで、
「優しくしてあげるからね!」
「お、おう……」
気付けば笑顔の銀時に押し倒されていた。
(14.05.28)
すみません。次こそ本当に最終回です!
追記:続きはこちら(18禁ですが直接飛びます)→★