伍
三日目の朝はフロントからの電話で始まった。
呼び出し音で目覚めた二人。電話機に近い金時がベッドの中から手を伸ばし、受話器を取る。
「はいもしもし……はい、はい、ああお願いします。……おはようございます、金時です。
……えっ?…………ああはい、分かりました。……いえ大丈夫です。……はい、よろしくお願い
します。失礼しまーす」
受話器を置きながら金時は隣に向かい「店長から」と電話の相手を告げる。
「狂四郎さん?何て?」
「キッチンの何かが故障したとかで、今日は臨時休業だってさ」
「そうか……じゃあ、一旦チェックアウトするか?」
「……だな」
日払いで仕事をしている彼ら。もう一泊できるくらいの金は残っているものの、高天原の臨時
休業が一日で終わる保障はない。収入の当てが見付かるまでは節約しておいた方が賢明である。
二人は荷物を纏めて―といっても昨日購入した一日分の着替えだけだが―ホテルを出た。
* * * * *
途中のコンビニで朝食を済ませ、美容院にも寄ってから二人が向かったのは万事屋銀ちゃん。
何故だか頬被りをしている金時を訝しみつつも事務所へ通してくれた。
「臨時休業って言われてもなァ……ウチは職安じゃねェからよー……」
「これを見てもそんなことが言えるかな?」
頬被りを外して現れたのは銀時と同じ色の髪。来る前の美容院で髪色を戻してきたのだ。
「銀ちゃんネ!金ちゃんが銀ちゃんになったネ!」
「あ、あの……本当に金時さんなんですか?」
「おう。……お宅の社長に見えるか?」
「見えるどころか、ほとんど同じですよ!ねぇ銀さん?」
「あ、ああ……」
聞いていたことではあるが、改めて「現物」を前にすると面食らった。金時はにっと笑って言う。
「これでアンタに服借りて、ご用聞きに回るってのはどうだ?」
「……助け合いって大切だよな。よしっ、俺の代理を任せてあげよう!」
「どうも」
「自分が楽できるからって……僕らも一緒に行きますから安心して下さい。ねっ、神楽ちゃん」
「おうヨ。今日はこの金ちゃん銀ちゃんを銀ちゃんだと思うネ」
「……じゃあ俺は一緒に行かない方がいいな」
より本物らしく見せるための提案。金時もすぐに同意した。
実はこれ、事前の打ち合わせ通り。金時は今日、銀時のフリをして土方に会いに行くつもりで、
それにはトシーニョと離れていた方が都合がよかった。新八と神楽が一緒ならなおのこと。
けれど、知らない土地でたった二人、助け合いながら生活している金時とトシーニョを離して
いいものかと新八は思う。
「あの……金時さんと離れて大丈夫なんですか?別行動中に記憶が戻ったりしたら……」
どうやら彼らにとってはまだ記憶喪失ということになっているらしい。
それには銀時が大丈夫だと返した。
「お前らがちゃんと連れ帰ってくりゃいいだろ。トシーニョくんは俺が見ててやるから」
「じゃあ金髪のトッシーは、銀ちゃんがパチンコとか行かないように見張っててほしいアル」
「それはいいね」
「お前らなァ……」
「お願いしますトシーニョさん」
「ハハッ、分かった。……じゃあ気をつけて」
「いってきまーす」
銀時だけが納得いかぬまま、三人は依頼を求めて出掛けていった。
* * * * *
「この辺の雑誌は捨てていいのか?」
「ああ……」
万事屋に残ったトシーニョ。特にすることもないからと部屋の片付けを始めた。
金時の頬被りだった手拭いを頭に巻き、腕捲りをして床に散らばるジャンプを一箇所に集める。
銀時はというと、事務机に座り、新聞を適当に捲りながら妙な居心地の悪さを感じていた。
土方と似ている土方ではない男。「本家」との違いが最も顕著に出ている髪色は手拭に隠され、
そうではないと知りつつも、土方であると錯覚しそうになる。
「それ、昨日の新聞か?」
「へっ?おっ、おう……」
今日の新聞を見付け、トシーニョは銀時の元に。反対側から机上の新聞を確認したトシーニョの、
シャツの隙間から覗いた鎖骨に紅い痕を見付けて、銀時は視線を彷徨わせる。
「あー、あのー……」
「ん?」
「いやっ、俺は別にいいと思うんだけどよ……」
「何だ?」
「その、それ……」
未だ視線を合わせられぬままトシーニョの首元を指差した。
「ああ、悪ぃ……」
「俺はそんなのいちいち気にしねェけど……新八と神楽はね、年頃だから……」
「金時のはもっと見えにくい場所に付いてるから安心しろよ」
「あっそ……。つーか、昨日は散々すっとぼけてたくせに今日はやけにあっさり認めたな」
「金時が付けたとは言ってないだろ」
首筋を示しながらトシーニョは不敵な笑みを浮かべる。
「……けど、そうなんだろ?」
「まあな」
「もう、長いのか?」
「まぁそれなりに」
二人が実際に付き合い始めてからは一年も経っていない。
けれど、それよりずっとずっと前から付き合ってきた記憶があった。
「客の女の子に妬いたりしねぇの?」
「ねぇな。俺も金時もホストだから、それとこれは全く別物だって分かってんだろ」
「女の子の方が本気になっちゃって……みたいなことは?」
「それは付き合う前の方があったな。……今は大抵のお客が俺達のこと知ってるし」
「マジでか!そういうのオッケーなんだ!」
「店の方針とか、そのホストのキャラにもよるけどな」
「へぇ〜……最重要機密なのかと思ってたぜ」
「……アンタの方は、そうなのか?」
銀時にしてみれば突然の役割交代。答える側に回ってしまい言葉に詰まる。
「おっ俺は別に……付き合ってるわけじゃねーし……」
「秘密で付き合うしかねェから、始めようともしない?」
「そういうわけでもねェけどよ……君達みたいに同じ仕事じゃないしね。お互い、色んな事情
抱えて生きてるからね……」
「ふーん……」
「な、何だよ……」
トシーニョは唇で弧を描きつつ銀時の真横へ移動し、その肩へ肘を付いて顔を近付けた。
何やら楽しそうとすら思えるその表情。醸し出す空気が多分に色香を含んでいて、「違う」と
分かっていても胸の高鳴りを抑え切れない。
そんな銀時の様子にますます笑みを濃くして、耳元で囁く。
「銀時、好きだ」
「ぎゃあっ!」
「……って、言われたら嬉しくねェか?」
「ててててめー、質悪いぞ!声はマジでそっくりなんだからな!!」
囁かれた方の耳を押さえ、真っ赤になって狼狽える銀時。
この状態で「誰にそっくりなんだ?」とは流石に聞けなかった。その代わり、
「悪ぃ悪ぃ、間違えた……」
「も、もういいからっ!」
「愛してるぜ万事屋」
「ぎゃあああああああ〜!!」
更に「らしく」囁けば、転げ落ちるようにイスから下りて逃げられた。
「てめっ……」
「どんな『事情』か知らねェけどよ……それを越えられるくらいには惚れてんじゃねーの?」
「けど……」
「それに、随分と自信があるみたいだしな」
「ンなもんねェよ……」
「あるだろ?じゃなきゃ、付き合った『後』のことでそんなに悩まねーよ」
「へ?」
「普通、どうやったら付き合えるかで先ず悩むもんだろ?」
「…………」
言われてみれば確かにそうだ。
相手の気持ちを聞いたわけでもないのに付き合った後のことばかり考えていた。自分の仲間に
何と話そう、相手の仲間には何と話すのだろうか、それとも公表しない方がいいのだろうか、
だったら最初から何も無い方が……
「……そういうことは、お付き合いできてから考えりゃいいか」
「そうなんじゃねぇの」
余計な荷まで背負って身動きできなくなっていたらしい。急に体が軽くなった思いだった。
「あの……ありがと」
「どういたしまして。……もう一回耳元でサービスしてやろうか?」
「いえっ、もう充分です」
「ハハハハ……」
「ただいま〜」
「おっ」
二人がすっかり打ち解けた頃、金時達「万事屋一行」が依頼を携えて帰宅した。
* * * * *
時間を少し遡り、金時・新八・神楽が万事屋を出発して間もなく。
三人は後に今日の依頼人となる人物に呼び止められた。
「ちょうどいいところで会ったわパー子……今晩ヒマ?」
「えっとー……」
「こんにちは西郷さん」
「パー子」が自分―というか銀時―のことらしいというのは理解できたが一体どんな関係なのか……
返事に迷っていると透かさず新八が相手の名を然り気無く知らせてくれた。
新八のフォローは続く。
「お店は……かまっ娘倶楽部は最近どうですか?」
店名と「西郷さん」の格好から察するにオカマバーのような所であろう。
それにしても……元の世界でも度々思ったことだが「トシ子ちゃん」の完成度の高さは奇跡的だ。
西郷さんだって色々と頑張っているのかもしれないが、トシ子ちゃんと比べてしまうと……
「そうそう、店のことなんだけどね……今日、手伝ってもらえないかしら?」
「団体客でも来るアルか?」
「違うのよ……風邪でダウンしちゃった子が何人かいてね」
「それは大変ですね。でも今日はちょっと……」
生活のためとはいえ、この依頼は金時が気の毒だと新八は断わろうとする。しかし、
「いいぜ」
当の金時があっさりと了承してしまった。新八は慌てて金時に耳打ちする。
「引き受けちゃダメですよ!」
「何で?……『銀さん』が手伝ったことある店だろ?」
「西郷さんの格好見て分かりませんか?女装ですよ?ああいう格好して接客する店なんです!」
「分かってるって。大丈夫大丈夫……あと二人、可愛いコ連れてってもいいか?」
新八の心配を余所に、金時は話を進めていく。
「誰か当てがあるの?」
「まあな。……新八、ウチに衣装とか化粧道具とかってあったっけ?」
「ありますけど……」
「足りなければ店で貸してあげるわ。じゃあよろしくね」
「万事屋銀ちゃんにお任せ〜」
笑顔で西郷に手を振る金時。西郷の姿が見えなくなってから、新八は溜息を吐きつつ言った。
「……本当に分かってます?今からでも断われますよ?」
「大丈夫だって。格好がちがうだけで、ホストとやること一緒だろ?」
「そうネ。働きながら飲み食いできるいい仕事アル」
「神楽ちゃんまで……」
「それにな、ホストだってイベントの時なんかに女装することだってあるんだぜ」
「そうかもしれませんけど……」
例え女装慣れしていたとしても、ホストクラブとオカマバーでは客層が大きく異なる。
それゆえに心配してるというのに金時は、トシーニョの女装は一見の価値があるだとか何とか
訳の分からない自慢までする始末。それは見てみたいと神楽もすっかり乗り気になってしまった
ものだから、渋々覚悟を決めた新八であった。
「分かりました。……頑張りましょう」
「おう。じゃあ行くか」
「……何処へ?」
依頼が見付かったので帰るのかと思いきや、金時はそのまま前へ歩いていく。
「営業だよ、営業。今日はかまっ娘倶楽部にいるから来てね〜って」
「なるほど……」
たった二日だが、高天原で得た人脈があるのだろう。そういう人が客として来てくれるなら
安心だと新八も今日の依頼について前向きになってきた。けれど金時の目的地に着いた時
その思いはまた大きな不安に変わることとなる。
「あ、あの……ここに営業ですか?」
「ああ。このくらいしか知り合いいねェし」
三人がやってきたのは武装警察真選組の屯所。
「やめましょうよ……怒られますって」
「営業以外の理由もちゃんとあるから大丈夫。……あ、今だけ俺が本物の銀さんってことに
しといてくれるか?」
「税金ドロボー共を騙すアルな?面白そうネ!」
「違う違う……昨日、銀さんが高天原で潰れちまってな、その時、副長さんが万事屋まで
負ぶってってくれたんだよ。その礼を銀さんの代わりに言おうと思って」
「そんなことがあったんですかー」
「銀さんじゃ礼なんか言わないだろ?」
「絶対に言わないネ」
「だから俺が代わりにな。……ってことでよろしく頼む」
「そういうことなら……」
「了解アル」
こうして「万事屋」の三人は門番の隊士に、土方への取り次ぎを願い出た。
「副長ー、万事屋の三人が来てますよー」
「通せ」
土方は仕事の手を止めて万事屋一行を迎え入れる。金時とトシーニョの一件がなければ
追い返しているところだが仕方がない。
副長室に通されてすぐ、「銀時」が頭を下げた。
「昨日はどうも」
「……今日は万事屋代行か?」
「代行……?」
「お前、金時だろ?」
「えっ!」
先に会った西郷だって、真選組の他の隊士だって今の「銀時」が銀時だと疑わなかった。
昨日、金時と会っている山崎ですら、何の疑問も持たずここまで案内してくれたというのに……
「……何で、分かった?」
「何でって……全然違うじゃねーか」
「同じネ。こんなくるくる白髪、銀ちゃんしかいないアル」
「髪型じゃなくてよ……体格とか歩き方とか、色々違うだろ」
「そんなに違う?」
「いや〜僕にはあまり……」
「違わないアル」
何がそんなに違うのか分からない様子の新八と神楽。
「お前、刀を握ったことはないだろ?」
「そりゃ、ホストだし……」
「だからだ。顔貌が似ていても剣を振るってこなければ、体つきや所作に差が出る」
「へぇ〜」
「そうなんですね……流石、土方さん」
「まァ、アイツの剣はかなり独特だから真似しようと思ってできるもんじゃねェし、恐らく、
お前に剣術の心得があったとしても別物になってただろうな」
「ふーん……結構ちゃんと見てんだな、銀さんのこと」
「は?」
やたら嬉しそうな金時に、今度は土方の周りに疑問符が飛ぶ。
「アンタと銀さん、会う度に喧嘩してたからすげぇ仲悪いんだと思ってた。そうでもないんだな。
むしろ仲良し?よき理解者って感じ?」
「違っ……」
「僕も、正直言って意外でした」
「銀ちゃんのことよく分かってるネ」
「いやっ……」
「あっ、俺達今夜はかまっ娘倶楽部ってバーで働いてるから来てくれよな」
土方に言い訳をさせまいと金時が畳みかける。
「高天原が臨時休業で、今日はそこで仕事もらえたんだ。じゃ、よろしく〜」
「待っ……」
「お邪魔しました」
「じゃあな〜」
言うべきことは言ったと三人は万事屋へ帰っていった。
(12.12.04)
このシリーズのトシーニョさんには女装が必須ですよね^^ あと二、三話で終わる予定なので、もう暫くお付き合いくださいませ。
追記:続きはこちら→★