弐
金時とトシーニョが「かぶき町」に来て二日目。
「すいまっせーん!!」
再び万事屋を訪れた金時から扇子状に広げた紙幣を見せ付けられた銀時は、光りの速さで
額を地面に擦り付けた。
「流石、宇宙一のイケメン金時さんとそのお友達トシーニョさん!お見逸れしましたァァァァ!」
「……まだトシーニョのこと馬鹿にしてんな?」
「もういいって!……これからのこと相談に来たんだろ?」
「そうでしたか!ささっ、どうぞどうぞ狭苦しい所ですが……ほら新八、神楽、お客様にご挨拶!」
自分以外の全員から、よくぞここまで態度を変えられたものだと呆れられているのも気にせず、
銀時は「お客様」を恭しく迎え入れた。
前日と同様にソファーへ腰を下ろすと、金時はにこりと笑って隣を親指で差し示す。
「コイツに似てるっていう警官に会わせてくれ」
「はい?」
「昨日言ってたじゃねーか。コイツに似てるヤツがいるって」
「あー、でも……まあ、その前にキミ達が何処から来たのか調べないとね」
「それも警察に聞けばいいだろ?」
トシーニョも話に加わった。
もちろん、二人とも警察に言ってどうこうなる問題ではないと分かっている。自分達はこの
世界の住人ではないのだから、何を調べようと自分達の身元は判明しない。
けれど元の世界で培った技能により当面の職を得て、ゆとりが生まれた。来ようとして来れる
場所ではない。また、すぐ元の生活に戻らないとも限らない。だったらやりたいこと、思い付いた
ことは全部やってやろうと決めたのだ。
そんな二人の最初の目標が、この時代の「自分達」をくっ付けること。
銀時は素直になれないだけで気持ちはあるらしいと判った。だから次は土方の番である。
金時とトシーニョだけで会いに行っても不審者扱いされかねないが、銀時と一緒ならあるいは……
それに、実際の二人の様子も見てみたい。
「つーことで、よろしくな」
「へいへい……それじゃあ新八、案内よろしく」
「銀さんは行かないんですか?」
「昨日もお前が面倒見てやったんだろ?この件はお前の担当な」
「そういうことなら依頼料は新八くん個人に渡そうかなー……」
「行きます!いえ、行かせて下さい!」
金の力は偉大なもので、銀時は二人を連れて真選組の屯所へ向かった。
* * * * *
「副長ー、金髪の副長っぽい人と旦那っぽい人と旦那が副長に会いに来ました」
「あ?」
真選組副長執務室。客人を案内してきた山崎に土方は顔を顰めた。
まずはじめに「〇〇っぽい人」等という不確かな身分の者を中へ通したこと、次に「旦那」を
連れてきたことによって。襖が開いたらまず山崎を怒鳴ろう。客人の目など知ったことか。
万事屋と一緒にいるヤツなど碌なヤツじゃないはずだ。土方はすぅっと息を吸い込んで、
「山崎てめ…………」
かなり乱暴な論法によって振り上げられた拳はしかし、対象者へ届く前に沈静した。山崎に
促されて入室したのは、銀時と瓜二つの金髪の男と自分によく似た金髪の男……と銀時本人。
「だれ……だ?」
「記憶喪失の迷子」
「はぁ?」
銀時が事情を説明する。
「こっちが坂田金時で、こっちがトシーニョ。二人とも自分の名前とホストってこと以外、
何処から来たのかも分かんねーんだと」
「はぁぁ?」
「そんでウチに来たんだけど、似たヤツが警察にいるっつったら会いたいって……」
「……とりあえず座れ」
土方は三人分の座布団を出してやった。そこへ腰を下ろすと銀時は昨日からの出来事を
話して聞かせた。そしてその様子を金髪二人組はじっと見詰めていた。
深い付き合いをしている二人にとって表情から相手の気持ちを推し量るのは容易いこと。
だからトシーニョには銀時の、金時には土方の思いが手に取るように分かり、二人は緩みそうに
なる口元をきゅっと引き結んでいた。
「事情は分かった……。捜索願が出てないか調べといてやるよ」
「よろしくお願いします」
「では今夜、高天原で待ってますんで」
「は?」
にっこり営業スマイルを浮かべた金時に土方は首を傾げる。
「高天原、ご存知ないですか?かぶき町にあるホストクラブですけど」
「それは知ってるけどよ……」
「僕達、高天原で働かせてもらってるんです。これからお世話になるんだしサービスしますよ」
「いやっ、そういうのは……」
「金時、男一人でホストクラブに入るのは勇気がいるぜ」
「それもそうか……じゃあ銀さんと一緒に来て下さい」
「「はぁ!?」」
それは名案だと頷く二人に、銀時と土方は揃って声を上げた。
やはり息もぴったりだ。店に来てもらって接待して、酔わせてしまえばポロリと本音を
漏らして案外簡単にくっつくのではないか。
「そうと決まれば早く店に行って準備しようぜ、金時」
「そうだな!」
「まっ待てよ。何で俺がコイツなんかとホストクラブに……」
「それはこっちの台詞だ、クソ天パ」
「何だと、クソマヨラー」
「上等だコラ、表に出やがれ!」
「返り討ちにしてやるよ!」
「おーい……」
客人二人を置いてきぼりに銀時と土方は中庭へ。
そして木刀と真剣の、ケンカと言うには物騒すぎる争いが始まった。
その様子を見ながら金時がぼそり。
「……こんなんだったっけ?」
「さあ。……よくケンカしてた覚えはあるけどな」
「でも好き、なんだよな?」
「ああ」
愛情の裏返しにも程がある――前途多難な二人を見て、金時とトシーニョは息を吐いた。
* * * * *
「いらっしゃいませ。遅くまでお仕事ご苦労様でした」
「……おう」
約束のようなものをしてしまった手前仕方なく、土方は仕事終わりに高天原を訪れた。
笑顔の金時に出迎えられ、労いの言葉まで掛けてもらい、銀時との違いに心臓が痛いほど
収縮する。それを気取られぬよう平静を装いつつ金時と店内を進んでいった。
「おっ、来たなマヨラー(黒)」
「誰がカッコ黒だ……」
「じゃあ(悪)だ。トシーニョくんと違って柄悪ィから」
案内された席には、既に出来上がった銀時とその相手をしているトシーニョがいた。
トシーニョの肩に手を置き、土方には向けたことのない穏やかな表情でくっくと笑う銀時に
苛立ち始めた土方。その腰にぽんと金時の手が触れた。
「座ってよ。……何飲みます?」
「ソイツにゃマヨネーズ与えとけば平気だから銀さんにドンペリのドンペリ割りいっちょ〜ぅ」
会話に割って入った銀時。これ以上土方の機嫌を損ねるわけにはいかないと、とりあえず
酔っ払い対応はトシーニョに任せ、金時は土方と共に席へ。コの字型のソファーの中央に銀時、
その右手にトシーニョ、左側の辺に土方と金時が並ぶ。
「そういえば土方さんもマヨラーなんですよね。顔が似てると好みも似るんですかねー」
「ってことはアンタは甘党か?」
「ご名答。……水割りでいいですか?」
「ああ」
「では……」
土方に水割りのグラスを手渡し、自分は同じものをいちご牛乳で割って、そのグラスを
土方のそれにカチャンと当てた。
「お仕事お疲れ様です」
「どうも。……あー、アンタらの身元なんだが申し訳ない。まだ何も……」
「ンだよ使えねーな。これだから税金泥棒は……」
「大丈夫ですよ。この店で何とかやっていけてますから」
またまた勝手に口を挟んでくる銀時に心の中で舌打ちつつ、金時がフォローしたのだが、
「身元不明でもこうしてちゃんと働いてるヤツがいるってのに、誰かさんは働きもせず
飲んだくれやがって……」
土方もやり返したものだから始末に負えない。
しかも間の悪いことにトシーニョは指名が入り離席してしまっていた。
「銀さんのお仕事は二人をオメーんとこに案内して終わったんですー」
「テメーじゃどうにもなんねェから助けを求めて来たのか」
「ハッ……市民を助けるのがオメーの仕事だろーが」
「じゃあ何にもできない何でも屋も助けてやろうか?」
「まあまあ二人とも落ち着いて……ほら銀さん、ドンペリのドンペリ割り来たぜ」
「おーサンキュー……」
金時から受け取ったシャンパングラスを瞬く間に空にした銀時は、目を回してその場に
突っ伏した。
「万事屋!?おっおいお前何を……」
「あー……ドンペリとテキーラ間違えました。すいません新人なもので……。ついでに
土方さんもどうです?」
「いや……俺、酒あまり強くないんでこれで充分です……」
口調も笑顔も相変わらずだが纏う空気が明らかに怒っている。
「誤って」潰された銀時を一瞥し、土方はちびりと水割りのグラスに口を付けた。
(12.11.20)
接客中は笑顔を絶やさない金さんですが、ドSなんです。銀&土の距離を縮めようと二人を店に招待したのに、ケンカばかりでイラっと来たんだと思います。
続きはまた何日か後で。
追記:続きはこちら→★