参
閉店時間になっても目覚めない銀時を背負い、土方はホスト二人と共に万事屋を目指す。
「結局、ラストまで起きなかったな」
「テキーラ一気なんてするから……」
「お前がさせたんだろ……」
客である土方に悪いと思っているものの、金時もトシーニョも大の男を背負って歩く力はなく、
駕籠(タクシー)の使用は「金が勿体ない」と却下されてしまった。
「あの……結構稼げたんでタクシー代くらいは……」
「いざって時のために貯めておけ。帰るのに必要かもしれないだろ」
「はあ……」
金時はそれ以上何も言えなかった。
二人が帰るのに金が必要だとは思えないけれど、それを土方が知るはずもない。この地域に
二人を知る人がいないということは、何処か遠くから来たと考えるのが普通だろう。
万事屋に着くと、そこには誰もいなかった。
土方に言われて二人は銀時の布団を敷いてやる。そこに転がしてなお銀時は目覚めなかった。
「ちょっといいか?」
「あ、はい……」
居間の明かりを点けてソファーに腰掛け、土方は二人を向かいに座るよう言う。
他人の、しかも会う度にケンカするような相手の家で随分と我が物顔だと思ったが、
それくらい親密な間柄なのだと思うことにして二人も腰を下ろした。
「今日はありがとうございました」
「気にするな。酔っ払いの世話も警察の仕事だ。それより……」
二人の顔を順に見詰めてから土方は言った。
「お前ら何者だ?」
何を聞かれているのか分からない。けれど土方の表情は真剣そのもので、答えによっては
捕らえられかねない迫力があった。
恐る恐る金時が尋ねる。
「ど、どういう意味でしょう?」
「何処から来た?」
「だからそれは記憶喪失で……」
「嘘だろ」
「えっ!」
何を根拠に疑われているのか……そんな二人の表情を読んだのだろう、土方から口を開いた。
「先ずは、二人揃って同じことを忘れてるってことに引っ掛かった。それにお前らの言動には
迷いや不安が感じられねェ。とても何かを喪失しているようには見えなかった。極めつけは
今の態度だ。……何を隠してる?」
「隠してるってわけじゃ……」
「全部話そうぜ」
金時の膝にトシーニョの手が置かれた。
「で、でもよ……」
「分かってる。だが、尤もらしい嘘で取り繕うのも限界だ」
トシーニョは真っ直ぐに土方と対峙する。
「俺達は、未来から来た」
「はあ!?」
何を馬鹿なと出かけた言葉は二人の真剣な眼差しによって阻まれた。
「それを証明するものは何もない。俺達が、町並みや服装から過去だと判断しただけだ」
「もし、そうだとしたらアンタらの先祖が……」
土方は言葉を止めた。まだ完全に信じたわけではないが、仮にこの二人が未来人だとして、
それならば彼らはこの時代を生きる誰かの子孫ということになる。そこを調べればあるいは……
と考えて真っ先に思い付いた可能性。彼らに疑念を抱いた一番の理由と言ってもいい、
自分と銀時に似過ぎた容姿。
それを察したトシーニョが言う。
「断定はできないが……おそらくアンタと俺に血の繋がりはない。コイツと銀さんにも」
「そっそうか……」
ほっとしているように見えるのは気のせいではないだろう。だがそれには触れず
トシーニョは続ける。
「この時代は、俺達にとってジィさんも生まれてないような昔だ。だから、先祖に当たる
ヤツが何処で何をしているかも分からない」
「…………」
結局のところ「何も分からない」。記憶喪失と大して変わらないし、真実だという証拠もないが
嘘を吐いているようには見えなかった。
「この状況に不安がないわけじゃねぇ。ただ、俺は一人じゃない。金時がいるから何とか
やっていけてる」
「俺も、一人だったらどうなってたか……」
「……お前らの関係は?」
この問いには少し間があって、トシーニョが「最も信頼できる人」と答えた。
「金時と俺は別々の店のホストで、ある意味ライバルなんだが……それでも、コイツ以上に
俺を理解してくれるヤツはいないと思ってる」
「……そっちも、同じでいいか?」
「ああ」
金時は自分の膝に置かれていたトシーニョの手に自分の手を重ねた。
きっと、二人の関係を表すもっと端的な言葉があるはずだ。けれどもそれを尋ねることは
できなかった。銀時と自分に似過ぎている彼らの、自分達とは明らかに異なる関係。
それを受け入れる覚悟が今の土方にはなかった。
「分かった。全部を信じたわけではないが、とりあえず敵ではなさそうだ。お前達の帰る方法、
何か分かったら知らせる」
「どうも」
玄関へ向かう土方を、二人は視線だけで見送った。
「……言わない方がよかったか?」
「あの場合、仕方ねーよ。下手したら牢屋行きだろ?そしたら、お前と離れ離れになっちまう」
「銀時……」
「土方……」
「ヒトの名前でいちゃつくんじゃねェェェェ!」
見詰め合う二人は銀時によって引きはがされた。
トシーニョは気不味そうに顔を背けた一方、金時は唇を尖らせる。
「寝てろよ酔っ払い……」
「いやいやいや……勝手に名前使われて黙ってられるかよ!」
「は?」
「さっきお前、コイツのこと『土方』って呼んでただろ!」
「ああ……本名だよ。土方トシっての」
「ひ、土方くん……?」
指を差されてトシーニョはこくりと頷いた。
「じゃあ『銀時』ってのも聞き間違いじゃなく……」
「俺の本名だ。因みにこの髪は染めてて、元はアンタと同じだぜ」
「マジでか!……ん?てことは俺の代わりができるな。よし、明日からキミは万事屋銀ちゃんだ!」
「断る」
即答だった。
「お前、何でそんなに怠けたいんだよ」
「楽して儲けたいと思うのは人の常だろーが」
「努力して稼いでこその金だろ」
「それが未来の常識か?嫌な時代だなァおい……」
「そこも聞いてたのか……。まあそういうことだから、戻れるまでよろしくな」
「ちょ、ちょっと待て!」
トシーニョを連れて立とうとした金時を銀時が止める。
「何だ?」
「お二人はその……そういったご関係なんですよね?」
急に敬語を使いだした銀時。気になったのは未来でも名前でもなくこれか……上手くいけば
銀時の本音が聞けて土方との仲を進展させられるかもしれない。
金時はトシーニョに目配せをして、
「そういった、って何だよ」
わざと惚けてみせた。
「だからほら……トシーニョさんが言ってたじゃないですか」
「何か言ったっけ?」
「さあ?何だったかな……」
トシーニョも合わせる。
「一番、信頼できる人、とかって……」
「ああ言ったな。……それが?」
「つまり……そういう意味、なんですよね?」
「そういうって何だ?……土方、分かる?」
「いや……もしかして、この時代独自の言い回しなんじゃねーか?」
「ああそうか……。悪いんだけど、別の言い方してみてくんねぇか?」
「えっと、だからー……こっ恋人同士、なんですか?」
「おぉ!そういうことか!」
漸く分かったと些かわざとらしく返事をしてから、金時は「気にするな」と否定も肯定も
しない発言。
「俺達の関係が何であれアンタと副長さんには関係ねーよ。顔が似てるってだけで別人なんだから」
「まあそうだけど……」
「二人の仲が悪いのは分かった。今日は無理に付き合わせて悪かったな」
「いや〜……」
そんなに悪くは……と銀時が言う前にトシーニョが口を開いた。
「向こうは銀さんのこと、嫌ってないんじゃねェか?ここまで負ぶって来たんだし」
「あ、そうなんだ……。いや俺もね、別に嫌いってわけじゃね……」
「そうなのか?じゃあケンカもほどほどにしろよ」
「ああ、そうだな……」
まだ何か聞きたげな様子。二人は黙って銀時の言葉を待った。
「その……お二人は俺のこと、どのくらい知ってます?」
「どのくらいって?」
「俺の将来についてとか……」
「五年後にハゲるぞ」
「マジでか!」
「いや、テキトーに言ってみただけ」
「てんめっ……」
「ハハハハハ……未来は分かんないからいいんじゃねーか。ってことで……」
「まあまあ待ちなさいって」
何やら分かっている様子の金時を逃すまいと引き留める。
「ちょっとだけ。先っちょだけでいいから教えて」
「……何を聞きたいんだよ」
「例えばその……可愛いお嫁さんが来てくれるのか、とか……」
「お前、可愛い嫁さんがほしいのか?」
「そりゃ、ブサイクよりは可愛い方が……」
「俺が言いたいのは、本当に『嫁』がほしいのかってことだ」
金時の問いに銀時は黙りこくる。
やはり何か知っているのではないか。
この言いようだと自分が「嫁」を望んでいないことも分かっているようだ。もしかして
その理由も分かっているのだろうか。そうだとしたら何故分かったのだろうか。自分の
態度を見て気付いたのだろうか。それとも「ここ」へ来る前から知っていたのだろうか……
考えても分からないが考えずにはいられない。
そんな銀時の様子を見兼ねたトシーニョが声を掛けた。
「思い描く未来があるなら、そこに向かってみればいいんじゃねーか?」
「トシーニョくん……」
「こいつはアンタに似てるがアンタじゃねェ。アンタの未来はアンタにしか分からねーよ」
「……どうも」
全て見透かされているような気がした。その上で何も教えず、けれど応援だけはしてくれた……
そんな気がした。
もう一度、今度はトシーニョに向かって聞いてみたがやはり教えてはもらえず、仕方ないと
諦めた銀時は、二人が昨日から泊まっているという宿まで送ってやった。
(12.11.24)
次は宿に戻ったホスト二人のリバエロになります。アップまで少々お待ち下さいませ。
追記:続きはこちら。注意書きに飛びます→★