朝から雨が降っていた日、アイツは髪型が決まらないと不機嫌で、仕事柄慰めてやろうと
「いつも通りくるくるだから安心しろ」と言ってやったらバカだのアホだの散々言われた挙句
「天パなめんな」とキレられて、自称「おしゃれパーマ」が実はただの天然パーマだと分かった。
それが、アイツの担任になって間もなくの頃で、それから「マヨ八」などという妙なあだ名で
呼ばれるようになり、何度正しても頑なに本名で呼ぼうとしなかったから、天然パーマが
余程のコンプレックスだったのだと、可哀想なことをしてしまったと思っていた。

あの時までは……



ゴールめざして



「将来の夢――6年3組坂田銀時。ぼくの将来の夢は土方先生と結婚することです」
「はっ?」

最高学年になり、今後の進路を考えるためにと書かせた作文。提出するだけでいいと言ったのに
是非とも発表したいと言い出したアイツ―坂田銀時。
日頃から反抗的な態度を取り続けていた生徒が珍しくやる気になっている。
それならと授業の時間を一部割いて発表の場を提供した。

そして、すぐに後悔した。

結婚?コイツ、結婚つったか?そんで、土方先生と?それってもしかして俺のこと?
俺が?坂田と?結婚んんんんん!?

驚きのあまり呆然として、正気を取り戻した時には教室が騒然としていた。
囃し立てる者、嫌悪感を露わにする者、野次を飛ばす者……とりあえず静かにさせ……

「うるせェ!」

俺が注意をする前に坂田が叫び、教室は静まり返る。それから坂田は満足げに頷いて
前を向いて微笑み、再び原稿用紙へ視線を落とした。

「結婚するのは4月6日です。それは、ぼくと先生が出会った運命の日だからです!」

それ、ただの始業式の日だから。ていうかさっきの笑顔は何だ。
代わりに注意してやったぜ的なあれか?余計なことを……

「でも、4月6日が仏滅だったら、先生の誕生日の5月5日か、ぼくの誕生日の
10月10日にします」

何で俺の誕生日知ってんだよ……。

発表を途中で止めるべきだったのかもしれないが、本人は至って真剣だし、あれ以降周りも
黙って聞いてるしで止めなくてもいいかと思ってしまった。
内容はともかく、自分の夢を堂々と語ることも他人の話をきちんと聞くことも大事なことだ。
それができているのに水を差すべきではないだろう。
どうせ子どもの恋愛だと軽く見ていたのも事実ではあるが。

「日本では先生と結婚できないので、結婚できる国に行って結婚します。
それか、ネズミーランドで結婚します」

確か、ネズミーランドは同性でも挙式ができるんだったか?意外と真面目に調べてるんだな……。

「プロポーズはバレンタインデーで……」

結婚式の話の後でプロポーズ?字数が足りなくて戻ったのか……

「土方先生は給料3ヶ月分の指輪と特大チョコレートをくれて『結婚しよう』と言いました」

いや、言ってないから。ていうか、俺がプロポーズするのかよ!
コイツ、ただバレンタインにデカいチョコがほしいだけじゃねぇのか?

「ぼくは『いいよ』と言って、ホワイトデーにマヨネーズをあげました」

随分と上から目線の返事だな……。しかも給料三ヶ月分のお返しがマヨネーズかよ。
ったく、給料三ヶ月分がどれだけ大変な金額か分かってねーな……

「こうして、土方先生とぼくは末永く幸せに暮らしましたとさ。終わり」

昔話かよ!まあ、坂田にしてはちゃんと書けてるか。

「坂田、座っていいぞ」
「はいっ!」
「あー……夢を持つことはいいことだ。夢を叶えようと努力することはもっといいことだ。
真剣に努力をすれば、例えその夢が叶わなくとも自分自身が成長できる。成長は、新しい夢を
見付ける原動力だ。というわけで皆、夢に向かって頑張るように」

これで坂田に過度な期待を抱かせることなくクラス全体に努力の大切さを説くことができた。
今後、坂田が何かアプローチをしてきても「大人になってから来い」とでも言って躱せばいい。

「それじゃあ教科書二十七ページ……」

かなりイレギュラーな内容の作文朗読も何とかいい感じの話でまとめて、その後は何事も
なかったかのように通常授業へ戻った。



*  *  *  *  *



あれから十年……男子生徒に作文で求婚されるというのはなかなかに貴重な体験ではあったけれど、
それ以降も特に何か変化があるわけではなく、その生徒も普通に卒業していった。
なのになぜ今になってそのことを思い出したかというと……

「明日から実習させていただく坂田銀時です。よろしくお願いします!」

十年ぶりにスーツ姿でやって来たアイツ……十年前にはなかった眼鏡をかけ、背格好も変わったが、
珍しい銀髪天然パーマは健在ですぐに分かった。だがまさかアイツが教職とは……
ハタ校長が更に詳しく説明する。

「え〜、坂田くんは万事大学の四年生で、この髪は生まれ付きだそうじゃ。事前に、染めた方が
いいかと問い合わせもあったが、余がそのまま実習することを認めたのじゃ。『皆違って
皆いい』が余のモットーじゃからのぅ」

三年前に赴任してきたハタ校長……悪い人ではないんだが、何を言っても胡散臭く聞こえる
とても不思議な人だ。紫の顔色と公家のような話し方が更に怪しい。

「坂田くんはこの学校の卒業生らしい。坂田くん、誰か知ってる先生はおるかの?」
「えっと……」

教師達を見渡した坂田と視線が合う。

「あっ、土方先生!」
「よう……」

見知った顔を見付けて破顔した坂田は、幼い頃の面影を残していた。

「土方先生は六年の時に担任だったんです。僕は土方先生に憧れて教師になろうと思いました。
またお会いできて嬉しいです!」
「それなら実習指導は土方先生にやってもらうかの?」
「は?」
「いいんですか!?」

いいわけねーだろ!何考えてんだバカ校長!

「あの、バ……ハタ校長、そんな急に指導教員を変更するのは無理です」
「そうか?残念じゃのう……。それなら土方先生、坂田くんに校内を案内してたもれ」
「はい……」

本来はそれも指導教員の役目ではあるのだが、このくらいはいいだろうと了解した。
それに、坂田と話をしたいとも思った。自分に憧れて教師を目指しているなどと言われて
嬉しくないはずがない。


*  *  *  *  *


「先生、変わらないですね」
「小学生が大学生になるのに比べたらな……」

坂田と校内を回る……肩を並べて歩いていると、大きくなったなと感慨深く思う。

「いや、本当に変わってませんよ。変わったのは眼鏡のフレームくらいで……おいくつなんですか?」
「三十五」
「見えないですね〜。二十代でもいけますよ」
「そりゃどうも」

きちんと敬語も使えて、こんなお世辞まで言えるようになったのかと、一々年寄りじみたことを
思ってしまう。

「あ、マヨ八先生」

案内の途中で受け持ちの生徒から呼び止められた。

「忘れ物か?」
「はい。宿題のプリント……」
「次からは気を付けろよ」
「はーい」

生徒が見えなくなってから坂田はやや遠慮がちに尋ねる。

「……今でも、マヨ八って呼ばれてるんですか?」
「ああ。十年前からずっとだ」
「なんか、すいません」
「フッ……気にしてねーよ」

あだ名のおかげで親しみを持たれている。
友人から目つきが悪いだのチンピラっぽいだのと言われている俺としては有り難いことだ。

「先生、僕のこと覚えてました?」
「そりゃあ『マヨ八』の産みの親だからな」
「……他に覚えてることありませんか?」
「…………」

坂田の顔が意外に真剣で、俺は一瞬言葉に詰まった。
コイツのことで一番に思い浮かぶのは例の作文だ。だがそれを言っていいものか……

俺達は坂田が実習するクラスの教室へ入る。
掲示板に貼ってある生徒の作文を眺めながら坂田が言った。

「将来の夢って作文書いたの……覚えてます?」
「……ああ」

坂田から言い出すとは……。他の人には内緒にしてほしいとかそういうことか?
もしやそのために機嫌を取るような真似を?ンなことしなくても喋らねーよ。

「あの作文はまあ、若気の至りだったんですけど……」
「誰にも言わないから気にするな」
「いや、そういうことじゃなくて……あんな作文発表したのに、先生が上手いこと纏めて
くれたというか流してくれたというか……そのおかげで、無事に卒業できたと思ってます」
「そんな大層なことはしてねーよ」
「そんなことないです。普通だったらあれが原因でイジメられてもおかしくなかったと思うし、
途中で止めて厳重注意されてもいい内容だったし……成長すればするほど、あの時の先生の
すごさが分かりました」
「何だか照れるな……」

そうだったのか……それで坂田は教師を……

「だから、夢を叶えるために頑張ります!」
「ああ。お前ならきっといい教師に……」
「海外とネズミーランド……先生はどちらがいいですか?」
「は?」

俺の手を取り、にっこりと微笑んだ坂田の、その言葉の意味を理解するまで随分と時間を要した
気がする。実際はほんの数秒程度なのだろうが。

「な!?さっ坂田、お前……」
「本気ですよ。今思えば最初はガキの恋愛ごっこでした。でもガキなりに努力したんです。
先生が好きなのはやっぱり成績優秀な生徒だろうと、まあ単純にそう考えて勉強して……
それで大人になって、先生が本当に好きだと思ったんです」
「…………」
「教師として憧れてるというのも本当です。だからまずは母校に来て先生の連絡先でも
分かればと思ったんですけど、本人に会えるなんてラッキーでした」
「…………」

一歩、また一歩と近付いてくる坂田。
相変わらず笑顔を向けられているのに、俺は恐怖を感じて後退る。だが手を取られているので
大して離れることはできなかった。

「先生、好きです」
「ちょっ……」

漸く手を離してもらえたと思ったら後ろが壁で、坂田が俺の体の横に手を付き逃げ場を失った。

「あっあのな、坂田……」
「もうガキじゃないんで、色んな努力の仕方を知ってます。絶対に夢を叶えてみせますから
覚悟して下さいね」
「――っ!」

坂田の人差し指が俺の唇に軽く触れ、すぐに離れていった。

「それじゃあ、明日からお世話になりまーす」

丁寧にお辞儀をして教室から出ていく坂田を、俺はただ黙って見送るしかなかった。

(12.07.01)


六年三組マヨ八先生です。タイトルは小学生の時に歌った歌から。今後の展開はまだ何も考えていないのですが(笑)エロまでは書かない予定です。

小学生は「生徒」ではなく「児童」だったように思うのですが、「生徒」の方が学園物らしいので生徒にしました。

続きは暫くお待ち下さいませ。

追記:続きはこちら