自分が変われば相手も変わる〜壱〜


きっかけが何だったかなんて覚えちゃいねェ。
イケダヤ事件?屋根の上の決闘?斬ってかわしてじゃんけんポン?―いつからとかも関係ねェ。
とにかく俺は、気付いたらアイツのことばっか考えるようになってた。

俺にはない、まっすぐな澄んだ瞳に惹かれた。
その瞳を悲しみや絶望で濁らせたくはないと思った。
大切なもののためなら進んで憎まれ役まで買って出るアイツを、護りたいとさえ思うようになった。
だけどアイツは俺なんかに護られるようなヤワな男じゃねェ。むしろたくさんの人を護るため日夜戦っている。
それでも、ちょっとしたきっかけで壊れてしまうような脆さも感じて、アイツから目が離せなかった。

この思いが恋愛感情から来るものだって気付くのには、結構時間がかかった。
今までまともに恋愛なんかしたことなかったからな。
ガキの頃は生き延びるので精一杯だったし、その後だってやっぱり生きるので精一杯だった。
だから分からなかった。ダチや仲間とは明らかに違うアイツへの思いが一体何なのか。

答えをくれたのは新八だった。
個人が特定できるような情報は極力避けて、俺がアイツに抱いている感情を説明したら
「銀さんにも好きな人ができたんですね。おめでとうございます」と言われた。…何がめでたいんだ?
誰かを憎むよりは好きになった方がいいとは思うが、だからといって別にめでたくはないと思う。
そのことを伝えようと、新八に相手が男だと言ったら少しだけ驚いた顔をして、それでも
「難しいかもしれませんが頑張ってくださいね。僕も応援します」と嬉しそうに笑った。

結局、俺に好きなヤツがいることのどこがめでたくて何が嬉しいのかサッパリ分からなかった。
その後、新八が(勝手に)神楽にもそのことを話し、神楽も一緒になって喜んでいた。
二人が楽しそうにしているならいいかと思っていたが、その日の夕メシに赤飯が出て来た時は驚愕した。
色々と聞かれることも覚悟していたが、俺から話すこと以外は聞いてこなかった。
相手が誰だか気になっていることは隠し切れていないが、俺が言うつもりのないことも分かってるんだろうな。

悪いな…。アイツへの思いが恋愛感情なら、俺はこのことを誰にも言うつもりはねェ。アイツ本人には絶対に。
新八と神楽は手放しで祝福してくれたが、そう易々と受け入れられる感情じゃねェことは分かってる。
もしかしたら強い拒絶に遭うかもしれないってことも…。
あの瞳に拒絶されたくはない。拒絶されるくらいなら敵だと思われていた方がマシだ。
アイツは敵に対してだってまっすぐに向き合うヤツなんだ。


こうして俺は、アイツ―土方十四郎に片想いする決意を固めた。

その時の俺は、アイツの瞳が絶望で濁るよりも、あの瞳に拒絶されるよりも辛いことがあるなんて思いもよらなか った。


*  *  *  *  *



「神楽ちゃん…銀さんの好きな人って誰なんだろうね?」

ある日、銀時の留守を見計らって新八は神楽に尋ねた。

「分からないアル。銀ちゃん、そこには触れてほしくないみたいネ」
「そうなんだよね…。でも気にならない?」
「気になるけど…それより私は銀ちゃんに好きな人ができて嬉しいアル」
「それは僕も同じだよ」
「銀ちゃんは皆に優しいけど、今まで特別な存在っていなかったアル」
「そうだね。銀さんって来る者拒まずみたいなところがあるけど、自分から求めることはなかったもんね。
そういうところで、なんか感情に蓋をしているみたいに感じてたから…」
「どこの誰かは分からないけど、銀ちゃんの蓋を開けてくれて良かったネ」
「うん。銀さんの想い人さんに感謝しなくちゃね」


このように見守られているとも知らず、今日も銀時は愛しい人へ想いを馳せながらパフェをつついていた。



*  *  *  *  *



オタクサミット朝まで生討論―新八が出るというので神楽と一緒に見ていた。まさかそこにアイツがいるなんて。
TV局から新八と共にやってきたアイツは、アイツであってアイツでなかった。
俺を惹きつけた瞳の光は消え、侍としてのまっすぐな魂も存在しない。
あんなに大切にしていた真選組も辞めたと言った。
刀だけは何度売ろうとしても手放せなかったらしい。俺はワラにも縋る思いで刀鍛冶にその刀を見せた。


「最早その男の本来の魂は残っていないかもしれない」

一瞬にして目の前が真っ暗になった。自分の足で立っていられるのが不思議なくらいだ。
絶望に打ちひしがれている俺の前で、アイツは戻ってきた。でもやっぱり本来のアイツじゃない。
俺に真選組を護ってくれなんて頼んだんだ。

奪ったパトカーの無線で仕入れた情報によると、真選組が内部分裂を起こしているらしい。
…覚悟は決めた。けどその前に、アイツに一言言ってやる!

「くたばるなら大事なもんの傍らで剣振り回してくたばりやがれ!!それが土方十四郎て めー だろーが!!」


アイツは絶対戻ってくる。アイツが戻るまでアイツの代わりに俺が戦う。
自分に言い聞かせるように頭の中で反芻しながら、俺は土方の制服に袖を通した。

そして、遂にその時はやってきた。

「万事屋ァァァァァァァ!!…てめーに一言言っておく!ありがとよォォォォォ!!」

トッシーは俺を坂田氏なんつーふざけた呼び方をした。
万事屋と呼ばれることが、これほど嬉しかったことはない。



アイツは復活し、事態は収束した。
真選組も完全に元通りというワケではないものの、通常業務に戻ったらしい。
これで俺も元の生活に戻れると安心したのも束の間。
今回のことで俺の好きなヤツが土方だと新八達に気付かれちまった。

新八も神楽も気付いてないフリをしているようだがバレバレだ。
どこからか土方の非番の情報を仕入れては、トッシーの時の報酬と称して食事に誘う。
そして必ず、途中で用事があるとか言って席を立ち、俺とアイツを二人きりにする。
この前、アイツが山崎と巡回中に出くわした時も、テキトーに理由をつけて山崎を引き離した。

そんなことを繰り返すもんだから、真選組の中でも鋭いヤツ(沖田、山崎あたり)は俺の想いに気付いちまった。
それならそれで構わねェ。協力してもらうまでだ。
トッシーの一件があってから、俺は片想いでい続けることを諦めた。
俺がそばにいたって何にもならねェかもしれない。
でも、知らないうちにまっすぐなアイツが消えるのだけは我慢できそうにない。

「最早その男の本来の魂は残っていないかもしれない」

もう二度と、あん時のような思いはしたくねェんだ。



*  *  *  *  *



「銀さん、今夜は三丁目の居酒屋に行ったらどうですか?」

唐突に新八がこんなことを言い出した。
いつもなら「飲みに行く金があったら生活費に回せ」とか言うのに。

「それがいいネ。今日はアネゴが仕事休みだから私は新八と一緒に帰るアル」

神楽まで賛同しやがる。しかも志村家に行くってこたァ、俺が遅く帰ってきても問題ねェと…。

「何で急に飲みに行けって…しかも店まで指定してよー」
「そっそれは、えっと…」
「その…あれアルヨ、あれ」
「全然答えになってねェじゃねーか」
「とっとにかく、三丁目の居酒屋に行くと良いことがあると思うんです」
「……土方か?」
「「えっ!?」」
「ななな何のことだかサッパリ…」
「そそそそうネ。何でマヨラーが出てくるアル」

慌てふためく二人は、どう見ても「そうだ」と言っているようにしか見えない。
ハァー、ここらが潮時かね…。

「オメーら気付いてんだろ?俺が土方のこと好きだって」
「………」
「………」

二人は顔を見合わせている。
どうにかして気付いていることを隠そうと考えているようだ。

「いいって。今まで黙ってて悪かったな。…もう隠すのはやめたからよ」
「銀ちゃん」「銀さん」
「…で、今日は土方がその店に来んのか?」
「あ、はい…。明日、土方さんは休みらしくて今夜は一人でその店に行くって…」
「そうか…じゃあ言ってみるわ。…ありがとな」
「銀ちゃん、頑張るネ」
「おう」

新八も神楽も何だか嬉しそうだ。やっぱり、ちゃんと伝えて良かったな。



*  *  *  *  *


新八達に教えられた居酒屋に着くと、確かにカウンターで一人飲んでいる土方がいた。

「よっ、一人?」

俺の顔を見た土方は目を丸くして驚いた。
それに構わず、俺は土方の隣に座ってテキトーに注文した。

「お前…」
「んー?」
「この店には、よく来るのか?」
「よくって程じゃねェけど…まあ、何回か来たことはあるぜ」
「そうか…」
「土方は?よく来んの?」
「まあ、たまに…」
「ふぅん…」

その後も、特に会話が弾むワケでもなく、かといって気まずい沈黙が続くワケでもなく、いたって普通に時が過ぎ た。
頑張れと神楽に言われ、おうと返事をしたものの、何をどう頑張っていいのか分からない。
ただ、土方は何かあったのか、やたらと飲むペースが速く、俺が来て一時間ほどするとカウンターに突っ伏してい た。

「おい土方、起きろよ」
「…寝てねーよ」

答える時も土方の瞼は閉じたままだ。こんなんじゃ帰れねェんじゃねーの?
もしかして、俺に屯所まで送らせる気か?頼ってくれんのは嬉しいけど、それならそう言ってから潰れてほしい。

結局そのまま土方は起きず、俺は土方の右腕を肩に掛けて引きずるようにして表へ出た。

(10.01.28)


 タイトルの後に「壱」とあるのでお分かりでしょうが、リバになる予定の長編連載です。何となくシリアスっぽく始まりましたが、徐々にギャグエロになります。続きはこちら