中編


十月十日昼の少し前。俺は事務所の物音で目が覚めた。

「銀さん、まだ起きてこない?」
「大丈夫アル。夜中マヨラーと長電話してたからまだ当分寝てるはずネ。」
「へぇ〜……。あの二人、意外とラブラブなんだね。」
「まあな。」

新八と神楽がこそこそ話してる。聞こえてんだよ……誰がラブラブだ、誰が。
そんでもって神楽、オメーは何で「まあな」なんて当事者みたいに答えてんだよ。
気配殺して襖開けてやろうかな……。どーせ、誕生会の準備してんだろ?毎年やってんのに
バレてないと思ってるトコがまだまだ子どもなんだよ、アイツら。

そう思いながらも俺は布団に入って微睡みながら、襖の向こうの音を聞いていた。

カサカサシャラシャラ……紙で作った輪飾りの動く音。
カチャカチャコトン……食器を運ぶ音。それらの音の合間に聞こえる新八、神楽、定春の声。
ああ俺は、生まれてきても良かったんだとちょっとしんみり。

「僕、銀さんの様子見てくるね。」

新八がこっちに来るようなので、俺は慌てて狸寝入りを……って、元々布団にいたけどね。
襖が静かに開いて、また静かに閉じられた。

「大丈夫。まだ寝てるよ。」
「きっと、マヨラーといちゃいちゃしてる夢でも見てるアル。」
(おい、勝手なこと言うなよ。オメーらに気ィ遣って寝たフリしてやってんだよ。)
「今日の夜は土方さんとデートなんだっけ?」
「そうネ。」
(だから神楽、何でオメーが把握してんだよ。)
「土方さんは高給取りだから、豪華なデートなんだろうね。」
「でも銀ちゃんのことだから『別に嬉しくないもん』とか言うに決まってるアル。」
「ハハッ……銀さん、素直じゃないからね。」
(アイツら、言いたい放題だな。いつもこんななのか?)

誕生日だってのに凹んできた……。もう、今日は一日寝て過ごそうかな。「えっ?誕生日?
すっかり忘れてた。銀さん眠いからパーチーとかいらねェよ」とか言ってみるか?アイツら困る
だろーな。大好きな銀さんの誕生日、盛大に祝いたいのは分かってんだよ。

そんな計画を立てていると、襖の向こうから「そろそろ起こそうか」という話声。
よしっ、いっちょ揶揄ってやるか。

「銀さん……起きて下さい。もう昼ですよー。」
「……んあ?」

ずっと前から起きてたけど、今起きましたって感じで目を開ける。

「今日は仕事ねェんだからまだ寝てたっていいだろ……」

寝返りうって襖に背を向け、布団を頭まで引き上げて二度寝のフリ。

「何言ってるネ!一つオッサンになったからってそんなダラダラしてちゃダメヨ。」
「一つオッサンって……ああ、今日、誕生日だっけ。」
「忘れてたアルか?」
「全く……。まあ、そういうことなんで起きて下さい。」
「……誕生日パーチー?」
「そうです。」
「ん〜……眠いからパス。」
「「はあ!?」」

くっくっく……慌ててる慌ててる。

「銀さんの誕生会ですよ!?」
「本気アルか!?」
「だって眠ィんだもん……。ケーキは残しといて。」
「ケーキ以外は食べていいアルか!?きゃっほ〜!!いただきますヨ〜!!」

ふざけんなよ神楽……。銀さんの誕生会だよ?主役不在でメシだけ食ったって味気ないだろ……

「神楽ちゃん待って。一応、今日は銀さんの誕生日なんだからさ……」

そうそう。新八、分かってるじゃねーか。……「一応」ってのが余計だけど。

「その銀ちゃんが寝たいって言ったアル。好きにさせてあげるのが誕生日プレゼントヨ。」

テメーはただ俺の分のメシも食いたいだけだろ!

「そうは言ってもさァ……」
「きっと銀ちゃんは夜に備えて体力温存しときたいアル。」

……ん?夜?

「ああ。誕生日デート?」
「そうネ。銀ちゃんはもう、私達といるよりマヨラーといちゃつく方が楽しいアル。」

え?何でそうなんの?

「そうか……。寂しいけど、銀さんの幸せのために我慢しなきゃいけないね。」
「ちょ、待って!違うって!ウソウソじょーだん!起きてっから!ほら、銀さんおめめパッチリ!」

勢いよく布団を跳ね退けて立ち上がり、起きていることをアピールする。だが何故か新八と
神楽から冷ややかな視線。何だよ……ちょっとしたジョークじゃねェか。
そんな怒らなくてもよー……

「……マヨラーの話したら飛び起きたアル。」
「本当、土方さんのこと好きなんですね。」
「新八くん?神楽ちゃん?なんでそんなにテンション低いのかな?それに二人とも視線が冷たいよ。
銀さん、ちょっと怖いなァ〜……なんてね。ハハッ……」

俺が必死になって場を和ませようとしてるのに、二人は相変わらずの表情で見詰めてくる。

「何だよ!言いたいことがあんなら言えよ!」
「じゃあ言わせてもらいますけど……銀さん、いくらなんでもあからさま過ぎますよ。」
「は?」

何のことか分からないのに、神楽も「そうアル」とか言って新八に同調する。

「えっとさァ……何の話?」
「自覚がないんですか?」
「だ、だから何の?」
「土方さんと僕らで態度が違い過ぎるって話です。」
「……は?」

新八の言葉で漸く謎が解けると思いきや、やっぱり分からないままで。一応恋人である土方を
ぞんざいに扱い過ぎだという意見は分からなくもないが、二人がヘソを曲げる程のことか?

「あの……それで何で怒ってんの?」
「そりゃあ、銀ちゃんは私達よりマヨラーが大事かもしれないけど……」
「へっ?」
「僕らだって毎年お祝いしてきたんですから、今年もお祝いさせて下さいよ。」
「新八……」
「銀ちゃんが恋人と上手くいくの、私達は喜ぶべきなのは分かってるネ。」
「神楽……」

そうか……。お前ら、そんな勘違いをしちまうくらいに俺のことを……。

「ごめんな!」

俺は二人を抱き締めて謝った。本当に悪いことをした。アイツらを試すようなことをするなんて!

「銀さんが悪かった!お前達が一番だから!土方なんてどーでもいいから、誕生日祝ってくれよ。
お前達に祝われないと、寂しくて仕方ねェんだ……。なっ?」
「銀ちゃん……」
「銀さん……」
「よしっ、今夜の予定はキャンセルしよう!」
「何言ってるんですか!」
「誕生日デートでしょ?」
「アイツなんかどーでもいいんだって!さっきのは冗談だから。」

土方なんて、コイツらに寂しい思いさせてまで会うヤツじゃねェよ。

「でも銀ちゃん、マヨラーのこと好きでしょ?」
「べーつにー。」
「今夜のデート、楽しみにしてたんですよね?」
「べーつにー。」

二人はイマイチ信じてなかったが、兎にも角にも例年通りに万事屋全員で誕生パーティーが
始まった。



パーティーの後はいつものようにテレビを見たり、ジャンプを読んだりしてダラダラ過ごす。
今日ばかりは新八も掃除を手伝えと言わないし、神楽は率先して新八を手伝っている。
定春にも洗濯を手伝わそうとしたのか、肉球柄になった俺の着物がちらっと見えた気がするが、
まあ、今日くらいは大目に見てやるか……。新八が洗い直すみたいだし。

そんな感じで穏やかに時は過ぎ、現在時刻は夕方の五時。土方との約束は六時だから、そろそろ
デートキャンセルの連絡入れなきゃな……って思って、一時間くらい前から時計を何度も確認
しちゃってるんだけどね。

「銀さん、行って来て下さい。」
「な、何が?」

洗濯かごを持った新八が急に話し掛けてきた。

「さっきから時計を気にして……もうすぐデートの時間なんでしょ?」
「ち、違っ……いや、そーだけど、だからそれはキャンセルするって……」
「まだそんな心にもないこと言ってるんですか?」
「いいから言って来いヨ。それでプレゼントがっぽりもらってくるネ。」
「そうですよ。もし、お菓子とかだったら僕達にも分けて下さいね。」
「し、しょーがねェな……」

全く行く気はしなかったが、俺は二人に言われて渋々玄関へ向かった。

「じゃあ行って来る。明日は高級甘味と一緒に帰って来るから楽しみにしとけよ。」
「はいはい。」
「いってらっしゃいヨ〜。」

面倒だがアイツらの言うように高級プレゼントをみすみす逃す手はねェからな……。

外へ出るともう暗くなっていて、大分日が短くなったなと思う反面、アイツと会うのは大抵夜に
なってからだから、秋の夜長は都合がいいとか……は、全く思わなかった。


(11.10.19)

photo by 素材屋angelo 


急遽本誌ネタ(裏371訓)を書きたくなり、予定より大幅に遅れて続きアップとなりました。すみません。しかも土方さん出てきてないし……^^;

この後、万事屋では「銀さんにも困ったもんだね」「マヨラーのこと大好きなくせに」みたいな会話がなされると思います。

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