後編


十月十日午後五時四十五分。約束の十五分前に待ち合わせ場所に着いた。
これは祝う側として早目に来ただけであって、アイツとデートするのが楽しみというわけではない。
……もう何度も言ってるから分かるよな?

五分後、アイツがやって来た。
相変わらず覇気のねェ面してやがる……。もっとシャキッとできねーのかよシャキッと!
まぁ、今日は誕生日だから説教すんのは勘弁してやるがな。

「よう。」
「あ、いたの?」
「あ?」

前言撤回。コイツにゃ言って聞かせなきゃ分かんねェようだ。

「何すっとぼけてんだテメー。俺がいるのに気付いたからここへ来たんだろーが。」
「何のこと〜?」
「待ち合わせ場所、ここの公園ってことしか決めてねェのに真っ直ぐここへ来たってことは、
俺を見付けて来たってことじゃねーか。」
「お、俺はただ、公園を散策してただけだし。そしたら声掛けられて、ああ、来てたんだなと……」
「嘘吐け。何で待ち合わせ場所で散策するんだよ。」
「俺の趣味は公園散策なの!六時までのんびりしようと思ったのに何で来てんの?そんなに
会いたかったの?銀さんとデートするのが楽しみで仕方ないの?」
「バッ……早目に来るのは社会人として当然だろ。ニートにゃ理解できねェか?」
「ニートじゃねーよ!」
「分かった分かった。」

もっと言いたいことはあったが、時間になったので俺は予約した料亭へ向けて歩き出した。

「おい、何処行くんだ?」
「メシ。」
「……店、決めてんの?」
「一応。」
「ふぅん……ちゃんと、準備してんだ。」
「……俺の時、テメーが色々やってくれたからな。」
「別に、俺はそんな深く考えて準備したんじゃねーし。」
「俺だって深く考えて準備してねーよ。」
「何だよ。恋人の誕生日だぞ?もっと真剣に考えろよ。」
「じゃあテメーは真剣に考えたのか?」
「だからさァ……」

ああ、コイツは俺の誕生日の時、色々悩んだんだろうな……。ったく、素直じゃねェな。
素直になりゃ、俺だってお返しに「色々考えたんだ」くらい言ってやるのによ……。



「こ、こ……?」
「ああ。」
「すっげぇ高そうなんだけど……」
「そうでもねェよ。」
「いや、でもさァ……」
「支払いは俺なんだから気にするな。」

尻込みするアイツの腕を掴んで、俺達は店に入っていった。

「これ、やる。」

座敷に入り、食前酒で一杯やりつつアイツに誕生日のプレゼントを紙袋ごと渡した。
……渡し方がどうとか言うなよ?俺からもらえるだけで充分なんだよ。

「つまんねェもんだったら返品するからな。」
「あ?」

本当に可愛くないなコイツ……。まあ、顔はニヤケてっから嬉しいのは分かるけどよ。
万事屋は紙袋の中から大小二つの箱を取り出し、座卓の上に並べた。

「えっ、なに?二つもくれんの?そうかそうか……そんなに俺の誕生日を祝いたいのか。」
「俺の誕生日にテメーが二回もくれやがったから合わせてやっただけだ。何だ?俺から沢山
もらえて感激したか?」
「べーつに〜……。だいたい、プレゼントは数じゃねェ。内容なんだよ。……ん?こ、これって……」

大きい方の箱を持つ手が震えている。

「そっちがどうかしたか?」
「こ、この箱……高級老舗菓子屋だろ!?」
「知ってんのか?」
「当たり前だ!幕府御用達で超美味いらしいけど値段も最高級で、しかも一見さんお断りって……」
「そうだったか?」
「そうだって!」

予約は必要だが普通に買えたような……

「ああ、そういえば城に行く際の手土産で何度か買ったことがあったな……。松平のとっつぁんの
紹介で。」
「そうか〜……お前、幕臣だもんな〜。いいな〜……開けていい?」
「おう。」

ガキみてェに瞳を輝かせ、喜々として包装を解いていく姿を見ると、やって良かったと心から思う。
……プレゼントが喜ばれて嬉しいのは当然だろ?

中身を確認した万事屋はまた「おお!」と感嘆の声を上げる。
万事屋にやったのは、季節の和菓子詰め合わせ。何にするか迷っ……考えるのが面倒だったので
色々入っているヤツにした。

「この栗羊羹、丸ごとの栗がゴロッゴロ入ってんだろ!?」
「多分……」
「こっちの最中はさァ……」

万事屋は一つ一つの菓子の何処が優れているのかを解説してくれたが、そもそも「普通」がイマイチ
分からないので「そうか」くらいしか言えなかった。それでも終始楽しそうに菓子の話をしていた。


料理が運ばれて来たので一旦菓子折りを閉めて食事にした。
ここでもアイツは一品ごとに「すげぇ」だの「初めて見た」だのと感動していた。
やはりこの店にして良かったな。こうしていると可愛いところがあるじゃねェかと思わなくも
ないような……そんな気がした。



*  *  *  *  *



土方からのプレゼントは超高級和菓子の詰め合わせだった。
食い物ではマヨネーズにしか興味のないアイツは、この菓子の凄さが分かっていないようだったので
丁寧に説明してやった。
ていうか、和菓子の相場は知ってんのかね?これ、一箱で何万もするんじゃねェか?
それがどれだけ高いかってこと、分かって買ったのか?
まあ、くれるっつーもんは有り難く頂戴するけどよ。それに、これなら新八と神楽にも分けて
やれるしな。ここに来る時、高級甘味を持って帰るって約束したし。

そのうち料理が来て、何だかよく分からなかったが手の込んでそうなもんばかりだった。
正直なところ、それが美味いのかもよく分からなかった。季節のフルーツが一番美味かったと
言ったら、土方は気分を害するだろうか?……まあ、そんなことどうでもいいけど、ここで怒って
支払いしてくれなかったら銀さん破産しちゃうからね。それは困るからとりあえず、全部
美味いと言っておいた。


そういえば、もう一つプレゼントがあったな。

あらかた食い終わったところで小さい方の箱をテーブルに乗せた。

「こっちも開けていい?」
「おう。」

一応、土方に聞いてから小さい箱を開けた。
中には漆塗りの小皿と、これまた漆塗りの、和菓子を食う時に使うデカい楊枝みたいな、小さい
フォークみたいなヤツ。確か、黒文字だっけ?それが四つずつ入っていた。

「おお……なんか、こーゆーのに乗ってたら、その辺で買った菓子でも高級品に見えそう。」
「かもな。」
「つーことは、いつでも高級店の気分が味わえるじゃん。サンキュー。」
「おう。」

自分では決して手の届かない高級和菓子と、それに見合う食器をもらい気分がよくなった俺は
驚くほど自然に礼の言葉を口にしていた。

「ていうかさァ……お前、給料いくら貰ってんの?」
「は?」

素直に喜んじまったのが気恥しいのと、ほんの少しだけ土方が心配になって聞いてみた。
ここの代金も含めたら、俺の誕生日にかなりの金額を費やしているんじゃないだろうか?
高給取りとは言っても限度ってもんが……

「大好きな銀さんの誕生日だからって、奮発し過ぎじゃね?」
「何が『大好きな銀さん』だ……。貧乏人のテメーとは生活水準が違うってだけだよ。」
「でもさァ……」
「扶養家族もいなけりゃ家賃もかからねェしな。」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ。」

たしかに、普段の出費は少なそうだけど……

「……で?給料いくら?」
「教えるか。」
「ンだよケチぃ。あっ、もしかして会う度にこういうトコ来れるくらいだったりする?
言ったらタカられると思うから言わねェとか?」
「そんなんじゃねーよ。つーか、そこまで貰ってねェし。」

あくまでも土方は言わないつもりらしい。何だよ……ちょっと教えてくれたっていいじゃねーか。

「ってことは、今日は相当無理してんの?そんなに気合い入れて祝ってんの?」
「違ぇよ。……食い終わったら出るぞ。」
「はいはい。」

素直じゃないコイツのことだ。きっとかなり頑張ったに違いない。そんだけ愛されてるってことだね。

店を出て、土方はまた先を歩きだした。どうやら泊まる所も決めてるらしい。
ここまで準備してくれると、少しだけ我儘言ってみたくなる。

「なあ……誕生日といえばケーキだよな?」
「あ?テメーまだ食うのかよ。……太るぞ。」
「えっ?ツッコむ所、そこ?」
「この時間だとコンビニくらいしか開いてねェが、いいか?」
「あ、うん……」

あれっ?何か予定と違うな……。「高級和菓子があるだろ」って怒ると思ったんだけど……。

俺の戸惑いなどどこ吹く風か、土方は最寄りのコンビニに入り、イチゴのショートケーキ二個入り
一パックとマヨネーズと煙草を買った。

「土方く〜ん……今日はやけに優しくね?そんなに銀さんの誕生日が嬉しいの?」
「ああ、嬉しいぜ。」
「えっ!」
「……って、言ってほしいか?」
「ほぇ?」
「プッ……オメー、すっげぇ間抜け面してるぞ。」

ハハハと笑われて漸くからかわれたのだと気付いた。
くっそ〜、土方の野郎……一瞬、本気でトキメ……くってことはなかったけど、ドキッとしたじゃ
ねェか……。この「ドキッ」はあれだよ?驚いた時の「ドキッ」であって、恋愛的な「ドキッ」
ではないからね。

それにしても誕生日に俺をからかうとは許せん!如何にして仕返ししてやろうか……

「おい、着いたぞ。」
「へぁ?」

いつの間にか、宿に着いていたようだ。
復讐方法を考えていた俺は咄嗟に反応できず、変な返事をしてしまった。それがまた土方のツボを
突いたみたいで、笑いながら「緊張してんのか?」と言われた。

「何で俺が緊張しなきゃなんねーんだよ!」
「いや、さっきから黙ってっから……」
「あ?オメーは銀さんと楽しくお話したかったのか?ゴメンね〜、気付かなくて。」
「だ、誰が!……もういい。行くぞ!」

土方はカッと顔を赤くしてドスドスと建物の中へ。ふっふっふ……これで少しは気が晴れた。
ていうか、ここ何処だ?ラブホじゃねェの?

「うわぁ……」

建物を仰ぎ見ると、そこには異国の文字で書かれた看板。
HOTEL IKEDAYA……俺達が初めて会った場所。



「お前、結構恥ずかしいヤツだな……」
「何が。」

宿泊手続きを終えた土方の後を追ってエレベーターに乗り込み、思ったままの感想を述べる。

「出会いの場で記念日デート?」
「そんな大袈裟なもんじゃねェよ。」
「いやいや、かなり大掛かりだよね。銀さん、軽くひいたもん。」
「ふざけんなテメー……」

泊まる部屋は流石にヅラがいた部屋じゃなかったけど(あそこは大部屋だったからな)、
何となく懐かしい気分で部屋に入った。

ふかふかの座布団の上に座ると、土方がコンビニの袋からショートケーキのパックを出して
俺の前に置いてくれた。それからテーブルの上にあった茶器で土方が茶を淹れる。
なんか……至れり尽くせりじゃね?幾ら誕生日ってもさァ、世話になりっぱなしっつーのは
落ち着かないんだよね……

丁度いい具合に茶托が楕円形だったので、俺は余った茶托にケーキを一個乗せて土方の前へ。

「どういうつもりだ?」
「夜にケーキ二個も食うと太るから、手伝ってよ。」
「じゃあ、明日の朝……」
「いいから食えって。マヨネーズかけていいから。」
「おう。」

これで対等な感じになったな。……俺の誕生日なんだから、俺からはこれくらいで充分だろ。

「じゃ、いただきまーす。」
「いただきます。」

プラスチックのフォークを持ち、先ずは頂上のイチゴを脇へ避けてっと……

「……それ、食わねェのか?」
「バッカ、違ぇよ。これだから素人は……。このイチゴは一番最後に食うの。」
「何でだ?」
「上に乗ってるイチゴってのは特別なんだよ。……だから最初に食うってヤツもいるけど、
俺は断然、最後派だな。やっぱ、楽しみは後に取っておきたいだろ?」
「ふぅん……」

まあ、土方の場合、マヨネーズかければ何でもいいんだろうけどよ……。
ほらな?俺の話を聞いたってのに、土方は真っ先に頂上のイチゴをフォークで掬い取り……

「えっ……?」

そのイチゴを、俺のケーキの上に乗せた。

「こうすりゃ、最初にも最後にも『楽しみ』があるだろ。」
「…………」
「どうした?マヨネーズはまだかかってねェぞ?」

それくらい分かってるよコノヤロー……。ていうか何コイツ?素なの?素でこんな恥ずかしいこと
やっちゃうの?こっちが赤面しそうなんですけど……


土方と過ごした初めての誕生日。まあ、それなりに楽しかったような気がしなくもないかな……。


こんなに色々やってくれたくせに、肝心の「おめでとう」は言わず仕舞いだったと数日後に
気付いたわけだが、そのくらい抜けているところがあって逆にホッとしたってのは内緒だ。


(11.10.19)

photo by 素材屋angelo 


というわけで、大分遅れてしまいましたが銀さんお誕生日おめでとう!土方さんと末長くお幸せに!

本気の土方さんはかなりロマンチストで、素で恥ずかしいことができると思っています(笑)。その辺りは、原作の文通篇なんかに表れてますよね。

それから作中にある土方さんの収入ですが、実は銀さんと大差ないと思います。銀さんは超大食いの扶養家族を抱え、家賃も滞納しつつ払い、

おそらく、自由に使えるお金が少ししかないのでしょう。しかもその残り少ないお金はパチンコや飲み代に消えていくという……^^;

土方さんは、トッシー化した時に貯金を使われてしまったようですが、仕事を辞めても暫くは生活に困らないくらいに貯金できていたんですよね。

つまり二人は「入り」が同じでも「出」が違うってことではないかと……って、誕生日話の後書きで何言ってるんでしょう^^; この辺にしときます。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 

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