2011年中秋の名月記念作品:月のきれいな日に〜土方編〜
九月半ばのある夕、特別武装警察真選組の屯所では一部の隊士達が集まり、何やらひそひそと
話をしていた。メンバーは数十名。中には沖田・山崎といった組織内でも中心的な立場にある者の
顔もあった。
「今日は中秋の名月。例のことを伝えるにゃ最適な日だ。」
「公平を期して、チャンスは一人一回でどうです?」
「そのくらいの方が緊張感があっていい。」
「誰が成功しても恨みっこなしってことで……」
「勿論だ。」
「では……」
「行くか。」
隊士達は表情を引き締めて立ち上がり、散り散りになった。一部の隊士達は仕事中なのか、
各々の持ち場に戻り、その他の隊士達は皆同じ場所へ向かった。
「……誰から行く?」
「沖田隊長からどうぞ。」
「いやいや、ここはオメーらに譲ってやるぜィ。」
「こんな時ばっかり……」
「じゃあ、ジャンケンにしましょう。」
「よしっ。」
「最初はグー、ジャンケンポン!」
一番負けたとある平隊士が深呼吸して襖をノックした。
「しっ失礼します。」
隊士の声は上ずり、襖を開ける手が震える。
残りの隊士達は部屋の主から見えぬよう、襖に姿を隠して様子を伺った。
「おう、どうした?」
「あ、あの、副長っ……」
ここは副長室。机に向かっていた着流し姿の土方は手を止めて隊士の方を向く。
「お前、今日は非番じゃなかったか?」
「はっはい!そうであります!」
隊士は背筋を真っ直ぐに伸ばして立ち、体側に伸ばした両手は力いっぱい握られている。
一対一での会話などほとんどしたことがないような新米平隊士が、わざわざ休日に副長室を
訪れたということは余程のことがあったのではないかと、土方は表情を強張らせる。
「何かあったのか?」
「つっ月が……」
「月?」
「とてもきれいであります!」
「……は?」
漸く言えたと息つく隊士とは対照的に、土方の周りにはハテナマークが飛び交う。
「よく聞こえなかったんだが、もう一度言ってくれるか?」
「月がきれいであります!」
やはり聞き違いではなかったと土方は溜息を吐く。
「酔ってんのか?程々にしとけよ。」
「い、いえ、自分は……」
「もう下がっていいぞ。」
「は、はい……」
隊士は項垂れて副長室を後にし、外で控えていた沖田らの元へ戻った。
「何やってるんでィ。」
「じ、自分……副長と一対一で話したの初めてです。感動しました!」
「目的が違うじゃねェか。」
「じゃあ隊長が見本を見せて下さいよ。」
そうだそうだと部下達に言われ、沖田は「仕方ねェな」と腰を上げ、副長室へ。
「こんばんは、土方さん。」
「帰っていいぞ。」
「ちょっ……まだ何も言ってないじゃないですか!」
「テメーが挨拶して入って来た時点でおかしい。どうせまたロクでもねーこと企んでるんだろ。」
「そんなことありやせん!話を聞いて下せェ。」
「分かった分かった。」
土方はあからさまに書類へ視線を向けたまま沖田に話を促す。
「土方さん、今日は中秋の名月なんですって。」
「あー、そうかい。」
「ちゅーしゅーの、め・い・げ・つ!」
「ンだよ。聞こえてるって……」
酷く億劫そうに土方は顔を上げた。そこで沖田はふっと物憂げな表情を作り遠くを見やる。
「月が……きれいですねィ。」
「はぁぁぁぁぁ!?」
土方は思い切り眉間に皺を寄せ、視線を再び書類へ。
「ったく……テメーも酔ってんのか?ていうか、勤務中だろ!」
「酔ってません!俺はただ、月の美しさを共有しようと……」
「仕事してたから今日はまだ一歩も外に出てねェよ。総悟、手伝うか?」
「え、遠慮しときまーす……」
沖田はすごすごと副長室を後にした。
「隊長もダメでしたね。」
「うるせェ!……次は誰が行く?」
「では、私が行きましょう。」
名乗りを上げたのは隈無清蔵。
「隊長のおかげでどのように切り出せばいいかが分かりましたよ。」
「……どうするんでィ。」
「副長は本日ずっと屯所にいたんです。」
「だから?」
「まっ、見ていて下さい。」
自信満々に副長室の襖をノックする清蔵を、沖田らが見詰めていた。
「失礼します。」
「おう、どうした?」
「副長、今日も厠はきれいでしたね。」
「あーそうだな。良かったな。」
「とてもきれいでしたよね?」
「まあな。」
「月もきれいですよね?」
「知らねェよ……」
「そ、そうですか……」
がっくりと肩を落とし、清蔵は副長室から出て行った。
「全然ダメじゃねェか……」
「で、ですが、副長にきれいだと認めさせましたよ!」
「厠が、な……」
「くぅっ……屯所内の話から持っていけば完璧だと思ったのに!」
「フ、フ、フ、フ、フ……」
ここで山崎が不敵に笑った。
「何でィ、いたのか……」
「ひどいっ!最初からいたじゃないですか!ちゃんと本文二行目でも俺の名前、出てました。」
「まあいい……。次はオメーが行くんだな?」
「見てて下さい!」
胸をドンと叩いて副長室へ進む山崎であったが、その前に近藤が副長室へ入っていった。
「ようトシ、まだ仕事をしてるのか?」
「ああ。キリのいいところまでやりたくてな……」
「トシは真面目だなァ。」
「そうでもねェよ。」
「ところでトシ、今日は中秋の名月だよな?」
「そうだな。」
((!?))
近藤の発言で、廊下から様子を伺っていた隊士らに緊張が走る。
まさか近藤も自分達と同じ目的なのか……
「月がきれいですねってアイラびゅっ!?」
「こっ近藤さん、ちょいと来て下せェ。」
「おい、総悟!」
危険を察知した沖田が室内へ飛び込み、間一髪、近藤の口を塞いで外へと連れ出した。
沖田は隊士達の集まる場で近藤を解放する。
「どうしたんだ総悟?それにお前達……」
「近藤さん……今、土方さんに何を言おうとしました?」
「俺はただ『月がきれいですね』って『I love you』って意味だと聞いたから、本当かどうか
確かめようとしただけで……」
「それで合ってますけど……誰に言うつもりなんで?」
「勿論、お妙さんに決まっているだろう!」
「じゃあ、早く行った方がいいですよ。……あの女に理解できるか分かりませんが。」
「よしっ、行って来るな!」
危ないところだったと沖田らは胸を撫で下ろしつつ、近藤を見送った。
実を言うと彼らは皆、土方に懸想している。けれど土方にその気がなさそうなのも判っていて、
誰一人としてまともな告白などできずにいた。
そこで考えたのが「I love you」=「月がきれいですね」。どこかの偉い先生が、異国の愛の
言葉をこう翻訳したと言う。彼らは敢えて分かりにくい愛の言葉を用いて「告白」し、土方から
肯定の返事をもらおうとしているのだ。
もちろん、「そうだな」とか「きれいだな」と言われたところで本当に交際が始まるなんて
思っていない。けれど土方に告白した気になって、受け入れられた気になって、幸せな気分に
浸りたいのだ。と同時に、誰がより色よい返事をもらえるのか競うゲーム感覚もあった。
「では今度こそ、行ってきます!」
近藤の闖入で中断された告白ゲーム。次の山崎が副長室へ向かう……と思われたが、何故だか
玄関へ向かっていった。
「山崎のヤツ……どこ行ったんでィ?」
「さあ……?」
とりあえず廊下から室内を伺っていると、反対側の障子の方から「副長ー」と土方を呼ぶ声。
「副長〜。ちょっと来て下さ〜い。」
「山崎か……?」
胡坐をかいていた土方は自分の膝に手を付いて立ち上がり、中庭に面した障子を開けた。
そこには空を指差す山崎。
「副長!ほら、ほらっ!」
「あ?空がどうしたって?」
「月ですよ、月!」
「それが?」
「とってもきれいですね〜。」
「山崎……」
「副長……」
縁側に立つ土方を山崎が見上げる格好で二人は見詰め合う。月明かりに照らされた副長の方が
きれいだなどと見蕩れる山崎の頭上に、土方の鉄拳が振り下ろされた。
「痛ァァァァ!!何するんですか!?」
「るせェ!下らねーことで呼び付けんじゃねェよ!!」
「あっ!待って下さい副長!どこに行くんです?」
山崎を殴り付けた土方はそのまま縁側を歩いていく。
「飲みに行って来る。……テメーらのせいで仕事にならねェからな!」
「ならお供します!」
「付いてくんな!!」
「痛ァァァァ!!」
もう一発山崎に鉄拳をお見舞いし、土方は玄関へ。
山崎はとぼとぼと沖田らの方へ合流した。
「惜しかった……」
「どこがでィ。」
「全然ダメでしたね。」
「山崎さんのせいで副長が外に出ちゃったじゃないですか!」
「俺、まだ言ってないのに!」
沖田ら「告白」を終えた隊士からは冷ややかに迎えられ、「これから」であった隊士からは
猛抗議を受ける。俺ってそんなに悪いことしただろうか……。二発も殴られて、既に散々な目に
遭ってるというのに……。
山崎がどんどん落ち込んでいく間にも隊士らは「偶然を装って同じ店に入ろう」だの、
「酔い潰れたところを介抱しながら言おう」だの、新たな作戦を立て、土方を後を追い始める。
「告白」を終えた隊士達も彼らの結果を見届けようと後に続いた。
* * * * *
「土方さん、土方さん……」
「ん?」
夜のかぶき町を一人歩いていた土方は、煌びやかな和服姿の女性に声を掛けられた。
以前、松平や近藤に連れられて行った店のホステスだと思い至り歩みを止める。
「悪ィな。今夜は先約があるからよ。」
「ねえ、土方さん……」
女性は土方の腕を取り、しなを作って上目遣いに土方を見る。
「だから今日は……」
「月が、とてもきれいですね。」
「俺みてェにガサツな野郎に月を愛でるなんざ、似合わねェよ。……じゃあな。」
「つれないお方……」
女性の手を振りほどき、土方はゆっくりと歩いていく。
それを物陰から見ていた隊士達は……
「さすが副長ですね。あんな美人からも言われるなんて……」
「単なる営業の可能性もあるけどな。」
「それより『先約』って何でしょう?」
「断わるために言っただけじゃないか?」
「そうでィ。土方さんは山崎にイラついて出て来たんだからな。」
「隊長……傷口を抉るような言い方止めて下さいよ。」
「おい、あれって旦那じゃないか?」
「ん?」
向こうから銀時がやって来たため、隊士達の視線は再び土方へ向く。
銀時は人懐っこい笑顔を見せ、慣れ慣れしく土方の肩に手を置いて……
「やあ土方くん、月がとってもきれいだね。」
(((旦那、お前もか!!)))
様子を見ていた隊士達は心の中でツッコミを入れた。「旦那も蹴散らしてやって下さい」と一斉に
隊士達が念を送る中、土方の表情がふっと緩む。
「そうだな……。月がとてもきれいだな。」
「そうだね。」
並んで歩く二人の距離は肩が触れ合う程で、隊士達はただただ呆然とするばかりであった。
月がきれいですね―今日、何度も言われたこの言葉の意味を、土方は正しく理解していた。
その上で知らぬフリをしてかわし続けたのは、とうにその言葉を使う相手がいたから。
隠していたつもりはなかったけれど、聞かれるまでは黙っていようと決めていた。
土方はそっと後ろを振り返り、後をつけていた者達の姿を確認して口角を上げる。
一年で最も月のきれいなこの日、二人の仲は周知の事実となった。
(11.09.12)
一度は書きたかった「月がきれいですね」ネタ。ネタ自体は一年近く前から出来ていたのですが、折角だから中秋の名月の日にアップしたいと今日まで放置
あたためておきました。それから土方さんに「告白」する人について、現在(368訓)本誌に出てる人達を出したい気持ちはありましたが、まだシリーズ途中の
ため断念して清蔵さんになりました。この後の二人については皆様のご想像におまかせいたします^^ 「月がきれい」=「I love you」の翻訳は明治初期だったと
記憶しているので江戸時代にはなかったものですが、まあ、銀魂世界は史実の江戸時代とは違うのでいいですよね。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。銀時編はこちらです。→★
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