2011年中秋の名月記念作品:月のきれいな日に〜銀時編〜


九月半ばのある日、万事屋銀ちゃんの呼び鈴が鳴った。
はいはいと返事をしながら新八が玄関へ向かい扉を開けると、そこには編笠で顔を隠し、袈裟を着て
僧侶に紛した桂が立っていた。

「銀時はいるか?」
「いますけど……何かご用ですか?」

まだまだ残暑厳しいこの季節に、こんな暑苦しそうな変装をしてまで銀時を尋ねてきた理由を
測りかねて、新八は警戒する。桂に関わって危険な目に遭ったのは一度や二度ではないのだ。
そんな新八の心情を察したのか、桂はハッハッハと高らかに笑った。

「心配せずともよい。今日は銀時にちょっと言いたいことがあって来たのだ。仕事の依頼や
攘夷の勧誘ではない。」
「そういうことなら……」

まだ不安は拭いきれなかったが、新八は桂を中へ招き入れた。



「銀さーん、桂さんがお話あるみたいです。」
「あ?どーせ碌でもねェことだろ……新八、お前代わりに聞いといて。」

新八と共に事務所へ入って来た桂に気付いていながら、銀時は桂をいないものと扱う。
事務机に足を上げ、椅子に体を預けて鼻をほじる。

「相変わらずつれないな銀時……。そこがお前らしいと言えばそうなのだが……」
「おい、勝手に話し掛けんじゃねーよ。新八が代わりに聞くっつっただろ……新八に話せ。」
「いや、僕の方も了承してませんけど……」
「今日の話は代理では済ませぬ。銀時……」
「チッ……何だよ?」

存外真剣な表情で見詰められ、銀時は渋々ながら話を聞いてやろうと机から足を下ろした。

「銀時、月がきれいだな。」
「……お前、なに言ってんの?」
「今日は中秋の名月だ!」
「……それで?」
「月がとてもきれいだな。」
「……まだ月なんか出てないけど?」

現在の時刻は午後三時。

「しっしまったァァァァ!俺としたことが、逸る気持ちを抑え切れずに……」
「バカだろ。知ってたけどお前、バカだろ。」
「くっ……!」
「つーか何?月見の誘いに来たわけ?……月見団子だけ置いて帰れ。」
「……出直して来る。」
「来なくていいから団子だけよこせ。……おい、聞いてんのかヅラ!月見団子よこせって!」
「ヅラじゃない桂だ。」

銀時の呼び掛けにはいつもの台詞だけ返して、桂は万事屋を出て行った。



「ヅラ、何しに来たアルか?」
「んー……愛の告白?」
「ヅラ、銀ちゃんのこと好きアルか?」
「みたいね。」
「なにテキトーなこと言ってんですか。」

万事屋三人で茶を啜りながら、月見の話だけして帰った桂の不可解な言動が話題に上る。

「新八、オメー知らねえ?『月がとってもきれいですね』ってやつ。」
「それが何なんですか?」
「ソーセキっつー偉い先生がな……あれっマサオカだったかな?それともノブナガ?」
「最後の人は明らかに違いますよね……」
「まぁともかく、どっかの先生が『I love you』を『月がきれいですね』って訳したんだとよ。」
「へぇ〜……。なんだか風情がありますね。」

銀時の意外な博識ぶりに新八は感心した。

「じゃあ桂さんは、それを使って銀さんに想いを伝えたんですか?」
「さあ?マジで月見の誘いだったかもしんねェし。」
「それはないでしょう。『月がきれい』ってだけ言って帰っちゃったんだし……。
ていうか、分かってたんなら何でちゃんと応えてあげないんですか?」
「銀ちゃん、ヅラとお付き合いするアルか?」
「しねーよ。俺、アイツのこと嫌いだし。」
「でも、分からないフリまでしなくても……」
「分からないと思って言ってんだからいいんだよ。」

空になった湯呑みをテーブルに置いて、銀時は台所へ向かう。
そして、イチゴ牛乳のパックを持って戻ってきた。

「あれでいいって……何でそんなこと言えるんですか?」
「本気で伝えるつもりなら、わざわざ今日にしねェだろ。……単なる季節の挨拶にしか聞こえねェし。」
「じゃあヅラは何で来たネ?」
「俺が知るかよ……。つーかこの話題、オメーらにゃ十年早ェ。」


新八と神楽はまだ納得できていないものの銀時に打ち切られ、この話はここで仕舞いになった。


*  *  *  *  *


外が暗くなった頃、予告通り桂は万事屋を再訪した。
呼び鈴が鳴り、銀時が玄関へ向かう。

「やあ銀時、月がきれ「新八、神楽……ちょっと飲みに行ってくる。」

桂を出迎えたかに見えた銀時であったが、単に出掛けるタイミングと合っただけのようで……
銀時は桂をスルーして外へ出た。
その瞬間、屋根から何者かが飛び降りて銀時に抱き着いた。桂はその者の下敷きになってしまう。

「銀さ〜ん!月がきれいね〜!」
「離せストーカー!俺ァこれから飲みに行くんだよ!」

屋根に潜んでいたのは猿飛あやめ―通称さっちゃん。
銀時はいつものように乱暴に彼女を引き剥がして階段を下りていった。彼女はすぐさま起き上がり、
階下へ向かって叫ぶ。

「ツッキー、そっちに行ったわよ!」
「だからわっちは別に……」

スナックお登勢の前でキセルを燻らせていた月詠はハァと溜め息を吐く。
さっちゃんに「どちらの告白が成功するか」の勝負を一方的に持ち掛けられ、了承してもいないのに
ここまで連れらて来てしまったのだ。

「ん?」
「や、やあ……」

階段を下りきった銀時が月詠に気付き、歩みを止める。

「お前ら、仲良いのな。」
「わっちは……」

上からさっちゃんが「早く言いなさいよ」と月詠を急かしている。

「あー、銀時……」
「なに?」
「その……つ、月がきれいじゃな。」
「以前の吉原じゃ見れなかっただろ?今日は皆で月見でもしたらどうだ?」
「そ、そうじゃな。」
「んじゃ……」
「ああ。」

銀時の行く方を眺めながらまたキセルを吹かす月詠の元に、さっちゃんが降り立つ。

「ふふっ……告白したことにすら気付いてもらえないなんて、勝負は私の勝ちね!」
「ぬしも気付かれなかっただろう?だいたい、わっちは別に銀時のことなんか……」
「あーはいはい……そうやって気のないフリをするのが吉原流なのね?負けないわよ!」

さっちゃんはもう一度アタックしようと銀時を追いかけて行った。



「何だか面白そうアル。」

様子を見ていた神楽が目を輝かせる。

「神楽ちゃん?」
「ついて行くネ!」
「ちょ、ちょっと〜……」

神楽も銀時を追いかけていき、新八は慌てて玄関の鍵を掛けて神楽の後を追った。
因みに桂はずっと、玄関に倒れたままであった。

「銀時、俺は諦めんよ……」

そう言って桂は万事屋玄関前に這い蹲っていた。


*  *  *  *  *


一方、新八と神楽は、銀時を尾けてスナックすまいるの近くまで来ていた。
万事屋からここまで来る間にも、さっちゃんが幾度となく「月がきれいね」と言っていたが
銀時に悉く無視されていた。

「あら、銀さん……」
「よう。」

店から出て来て声を掛けたのは、新八の姉・お妙。お妙はにこりと笑って言う。

「銀さん、月がとてもきれいですね。」
「お妙さーん!!月がとってもきれいですねェェェェ!!」
「うるせェゴリラぁぁぁぁぁ!!」

何処からともなく現れた近藤を拳で沈め、お妙は再び笑顔を作る。

「じゃあな。仕事、頑張れよ。」
「あっ、銀さん……」

けれど銀時は片手を上げ、行ってしまった。
それを見ていた新八と神楽は……

「アネゴ、銀ちゃんのこと好きだったアルか?」
「そっそんなわけないだろ!ただの季節の挨拶だよ!」
「じゃあ、ゴリラのも季節の挨拶アルか?」
「あれは違うんじゃない?」

二人の視線の先では、店に引き返すお妙の横で近藤が「月がきれいですね」と繰り返していた。

「銀ちゃんって、意外とモテるアルな……」
「そうなんだよね……。姉上は違うと思うけど。」
「でも本人は気付いてないネ。だからいつまで経っても独り者アル。」
「もうちょっと、普通に好意を伝えてくれる人がいればいいんだけどね……あれっ?」
「どうしたネ?」
「いや、あそこにいるの、土方さんじゃないかなって……」

神楽が新八の指差す方を見てみると、確かに着流し姿の土方がおり、銀時はそちらに向かって
笑顔で歩いているようであった。

「飲みに行くって、マヨラーとだったアルか?」
「それはないでしょ……あの二人、会うとすぐ喧嘩するんだから。」
「でも銀ちゃんがマヨラーの肩に手を置いて、仲良さそうアルヨ。」
「奢ってとか何とか言ってんじゃないの?」

二人は銀時と土方の会話に耳をすませた。

「やあ土方くん、月がとってもきれいだね。」
((!?))

様子を見ていた二人は度肝を抜かれた。銀時自身が「愛の言葉」を、よりにもよって土方に
向けて発したのだ。更に驚くべきは、銀時の言葉で土方の表情もふっと緩んだことである。

「そうだな……。月がとてもきれいだな。」
「そうだね。」

並んで歩く二人の距離は肩が触れ合う程で、新八と神楽はただただ呆然とするばかりであった。

月がきれいですね―今日、何人もに言われたこの言葉が単なる挨拶でないことくらい、銀時は理解
していた。その上で気付かぬフリをしてかわし続けたのは、とうにその言葉を使う相手がいたから。
隠していたつもりはなかったけれど、聞かれるまでは黙っていようと決めていた。

銀時はそっと後ろを振り返り、後をつけていた二人の姿を確認して目を細める。


一年で最も月のきれいなこの日、二人の仲は周知の事実となった。


(11.09.12)


一度は書きたかった「月がきれいですね」ネタ。ネタ自体は一年近く前から出来ていたのですが、折角だから中秋の名月の日にアップしたいと今日まで放置

あたためておきました。折角、原作でも再登場したので坂本も出したかったのですが、常にその辺にいる人じゃないので、結局出せず仕舞いになってしまいました。

同様に高杉も断念。この後の二人については皆様のご想像におまかせいたします^^ 「月がきれい」=「I love you」の翻訳は明治初期だったと記憶しているので

江戸時代にはなかったものですが、まあ、銀魂世界は史実の江戸時代とは違うのでいいですよね。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。土方編はこちらです。

 

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