坂田銀時は悩んでいた。家賃を滞納しても、パチンコで全財産を使い果たしても、従業員の給料が
払えなくても悩まない、あの坂田銀時が悩んでいた。
「いやだって、金のことじゃねーし」
……家賃を滞納して大家と気不味くなっても、パチンコ台に八つ当たりをして店員と気不味く
なっても、給料を払えず従業員と気不味くなっても悩まない、あの坂田銀時が悩んでいた。
「ハァー……」
坂田銀時は悩んでいた。
「…………」
いいから早く話を進めろとツッコミもせず溜め息を吐いてしまうくらいに、坂田銀時は悩んでいた。
彼の悩みの種、それは仕事でも家計でも友人・知人でもなく、一年程前に付き合い始めた恋人に
ついてである。傍から見れば、交際開始直後の下馬評を覆し、順風満帆に見える関係。なのに何故
銀時が頭を悩ませているかというと――
五周年記念作品:まずは受け身の稽古から
「邪魔するぜ」
仕事を終えた土方十四郎――勿論、銀時の恋人である――が手土産を携えて万事屋を訪れたのは
夜の七時半頃。今宵はデートの日だと知っていたから、万事屋一同、既に夕食は済んでいた。
呼び鈴も鳴らずに扉の開く音を聞き、いつものように新八と神楽が出迎えに行く。
「いらっしゃいトッシー」
「おう。これ、土産な」
「いつもすみません」
抹茶色をした和菓子屋の包みを新八が恐縮しながら受け取れば、透かさず神楽が土産など不要だと
言った。
「トッシーはもうウチの家族同然ネ」
「ありがとな」
だがな――草履を脱ぎ、神楽の頭に右手をぽんと乗せて土方は玄関を上がる。
「お前らと一緒に食うもんを選ぶのも楽しいんだ」
「ならいいアル」
今日は引越しの手伝いの依頼があったのだと話す少女を「頑張ったな」と褒めてやり、土方は共に
廊下を進んでいく。
新八は一足先に台所へ向かい、土産の包みを解きながら茶の用意をしていた。
「まぁだゴロゴロしてたアルか。定春!」
「わう!」
「ぐへっ!」
ソファーに寝そべっていた銀時の脇腹目掛け、神楽の号令で愛犬が突進。この家の主は俺だぞ……
腹を抱えつつ銀時が起き上がった。
「いててて……ったく、俺が俺ん家で寛いでて何が悪い」
「恋人の前でくらい、しゃきっとしたらどうです」
大きめの盆に四人分の湯呑みともらったばかりの草餅を、これまた四人分にして運んできた新八。
配膳する間も小言は止まらない。
「土方さんに愛想尽かされても知りませんよ」
そうそうその通りと、銀時の向かいに腰掛けた神楽も同調。ガキは分かってねェな……
「今更カッコつけたって仕方ねェだろ。なあ?」
隣に腰を下ろした土方の肩を叩き同意を求める銀時。
「まあ確かに『今更』だな」
「ほら見ろ。土方くんはありのままの銀さんを受け入れてくれてんだよ」
「トッシー、もっと厳しくしなきゃダメヨ。銀ちゃんがますますマダオになるネ」
「ハハハッ」
正面に座る新八へ視線で礼を伝えて茶を啜る土方。それを合図に他の三人も菓子や茶に手を
伸ばした。
「もちもちなのにサックリ歯ごたえアル!」
「餅に麩が練り込んであるんだと」
「ふ?味噌汁に入れるあれアルか?」
「ああ」
「初めて食べました。美味しいですね」
「そりゃあ良かった」
甘党の銀時と食欲旺盛な神楽には二つずつ。土方と新八には一つずつ草餅を配分。
すっかりお馴染みとなった、デート前の「一家」団欒の風景であった。
* * * * *
「いってらっしゃい」
「おう」
「銀ちゃん、あまりトッシーに奢らせるんじゃないヨ」
「わーってる」
夜のお茶会が終わり、恋人達は夜の町へ出掛けていく。二人を見送る時も神楽は土方への気遣いを
忘れない。日頃から銀時は大丈夫だと言い切っているものの、きちんとしておくに越したことは
ないというのが新八と神楽の考えである。
「じゃあ行ってくる」
土方と腕を組み、カンカンと階段を下っていく銀時を二人は扉の外まで出て見送った。
「メシ食った?」
「一応」
行きつけの飲み屋が立ち並ぶ道に差し掛かり、銀時は土方に聞く。一杯引っかけてからホテルで
朝まで、というパターンが多いものの、二人とも夕飯を済ませている場合にはホテルへ直行、と
いうこともあった。
「一応って?」
「昼メシ食う時間がなくて五時頃に食った」
「忙しかったんだな。なら一杯やっていこうぜ」
「ああ」
その時、最も近い場所にあったからという理由で二人は焼鳥屋の暖簾を潜っていった。
新八や神楽に心配されているが、基本的にデート代は折半。銀時に持ち合わせがない日には
万事屋で晩酌するなどして土方も合わせているのだ。
* * * * *
「よぉっし、今日はお城に行っちゃうぞー」
「はいはい」
凡そ二時間後、程よく入ったアルコールの効用で上機嫌になった銀時。肩を組んで引き摺りつつ、
同じくアルコールで頬を染めた土方はホテル街へと歩いていく。
銀時が希望したのは外国の城を模した宿のこと。普段利用している中で、値段設定が比較的高めの
ホテル。どうやら懐が暖かいようだ。先刻神楽に聞いた引越しの手伝い料であろうか。
「メガネとチャイナには美味いもん食わせてやったか?」
「お〜。一昨日は焼肉食べ放題だった」
「そうかそうか」
今日だけでなくここ数日は調子が良いようで何より。神楽の食べっぷりに店員が青褪める姿を
想像し、不謹慎だと思いながらも土方は吹き出してしまう。
そうこうしているうちに恋人達は目的地へ辿り着いた。
軽くシャワーを浴び、宿の浴衣を肩に掛けて銀時はベッドへダイブする。土方も下着は履かず、
けれども袖を通し帯も締めて後に続いた。
恋人達が縦にも横にも寝られるような真四角のベッド。小振りなシャンデリア風の明かりに
照らされている。両脇に取り付けられたレースのカーテンを閉じれば、二人きりの秘密の空間を
演出。尤も、この部屋自体が二人きりの空間なので、彼らはわざわざベッドを囲うことなど
しないのだけれど。
浴衣を下敷きに、全てを曝け出した銀時は大の字に仰向ける。その腰を跨いで膝を付き、土方は
身を屈めて銀時の前髪を上げた。
「土方くん……」
「んっ」
額、眉間、頬を通り土方の唇が銀時のそれへと近付いていく。緩やかに目を閉じて銀時は唇の
感触を味わった。
「んんっ」
土方の舌が口内に滑り込めば、銀時は堪らず声を漏らす。血流が下半身へ集中していくのを感じ、
きゅっと足の指が丸まった。
「んっ……ハッ……」
唇が離れ、口の端から垂れた唾液を舐め取られ、薄らと開いた視界から土方が消える。
与えられるであろう刺激に備えきつく目を閉じた銀時であったが、
「……?」
予測地点はおろか他の場所にも一切触れる気配がない。どうしたことだと一先ず左目を僅かに
開けてみた銀時。
その目に映ったのは、ニマニマと愉悦に浸る土方の顔。
この表情は、土方一人が楽しんでいる時のもの。銀時にとっては全く楽しくないことを考えている
時の顔。わざとがましく眉間に皺を寄せて銀時は言う。
「なに止まってんの?」
「可愛いなと思って」
「は?」
褒めてごまかしたつもりなら完全に言葉を間違えている――そんな思いを込めて聞き返したと
いうのに、土方は冗談でも何でもなかった。
「次はここって時に、目ェ瞑るお前が可愛いと思って見てた」
右の人差し指で銀時の乳輪の外側に円を描きながら、さらりと言ってのける。その台詞にカッと
赤くなり銀時は喚いた。
「そういうことは思ってても口に出すんじゃねェェェェ!」
「……テメーが聞いたから答えたんじゃねぇか」
恥ずかしいこと言わせやがってと不満げな土方は、あまり恥ずかしそうには見えない。
何が「可愛い」だ。自分がちょっとカッコイイからって馬鹿にしやがって。
銀さんだってカッコイイとこ盛り沢山だよ?ちゃんと見ろよ。でもまあ今はそれよりも――
「期待されてんの分かってんなら、早く触れ」
「分かった分かった」
沈み込む黒髪を視野の端で捉えつつ銀時は、瞼を閉じかけて慌てて見開いた。
あのような台詞の後でほいほい目を閉じれば、まるで媚びを売るようではないか。こうなれば
ずっと目を開けておいてやる。眼球カサッカサになろうとも開け続けてやるゥゥゥゥゥ!
妙な対抗心からシャンデリアを凝視していると、右の胸に湿った感触。左は指の腹でくにくにと
押し潰された。
「あ……」
手の甲を口元に当て、声を漏らす銀時。思わず閉じてしまった瞳は瞬きということにする。
「んっ、んんっ!」
日常生活では必要としないもの。絵描きによっては省略されてしまうことすらある男の乳首。
そんな所を弄られて、身を捩らせて感じるから「可愛い」などと馬鹿にされるのだ。もう微動だに
してなるものか――銀時は両手を身体の横に下ろし、シーツを掴んで固定した。
「くっ!あ……うんっ!」
「…………」
土方は気付かれぬよう銀時の様子を伺い、密かに口角を上げて頭を擡げ始めたモノへ腰を下ろす。
「あっ!」
「乳首だけで充分デカくなってんじゃねーか」
「ちょっ……そこは……」
気持ち良いなら遠慮せずに声を出せ――左右の乳首を摘みながら尻たぶを一物へ押し付けられ、
銀時は悔しげに喘ぐ。
「お、前が……開発した、せいだっ」
付き合い初めの頃はここまで高ぶることなどなかった。土方の愛撫を受けるうち、敏感な身体に
変えられてしまったのだ。
なのに「責任者」は事もなげに言い放つ。
「元々素質があったんだろ」
「んなわけね、あぁっ!」
二人の愛の営みは続いていくが、ここで冒頭の記述を思い出してほしい。
銀時は土方との関係で悩んでいる。
更にその上で冒頭より前――この話のカップリング――を思い出してほしい。
そう。こう見えて銀時は「攻め」なのだ。
ベッドに転がりキスをされ、身体を触られ喘がされてはいるが攻めである。完全に「受け」身で
あるが攻め。紛うことなき攻めなのである。
攻めらしくないこと、それが銀時の悩み。
(12.11.14)
今回はりさ様リク エスト「銀土だけど、銀さんが責められて喘ぐ」です。教えてシリーズがお好きとの嬉しいコメントをいただきまして、土方さんに頑張ってもらいました。
とにかく銀土に見えない、むしろ土銀に見えるくらいのものを目指してみました*^^* 後編も(土方さんが)頑張りますので少々お待ち下さいませ。
追記:続きはこちら→★