中編
ある日、アイツはいつも以上に飲むペースが速かった。
何か嫌なことでもあったのかと聞いてみたが「何でもねェ」の一点張りだった。
まあ、たまにゃ飲みたい日もあるよな…。
「おい、万事屋、大丈夫か?フラフラじゃねェか…」
「らいじょーぶ、らいじょーぶ」
万事屋は「大丈夫」という発音もまともにできないくらい大丈夫じゃないらしい…。
足取りもフラついてるので家まで送っていってやることにした。
万事屋の右腕を俺の肩に掛け、引き摺るようにして歩いていく。
アイツん家の前に辿り着いた頃には、アイツは半分以上眠っていて完全に歩く気が見られなかった。
「ったく、少しはテメーの足で歩け!」
「はいはーい」
返事はするもののアイツは歩くどころか立つ気配すらない。
仕方なく俺はアイツを背負って階段を上がることにした。
…この方が密着できて嬉しいとか思ってねェからな。片腕担いで引き摺るよりも、こうした方が楽だからしただけだ。
アイツの体の温もりとか、呼吸とか、そんなのが直に伝わってきたところで別に…。
「…おい、鍵」
階段を上がり、玄関の扉を開けようとしたら開かなかった。
俺の背中で眠っているアイツに声を掛けたが「んー」とか「うー」とか言うだけで起きねェ。
しょーがねェヤツだな…。
俺は一旦アイツを下ろし、壁を背にして座らせ、懐を探った。
…別に変なトコ触ったりしねェよ。鍵を探すだけだ。
ズボンのポケットから鍵を取り出し、扉を開けてアイツと一緒に中に入る。
玄関には靴がない。…誰もいねェのか?
「おい、チャイナは…」
「う゛ー…」
さっきまで寝ていた万事屋は眉間に皺を寄せて呻き出した。
「どうした?吐きそうか?」
「う゛ー」
「ちょっと待て!」
万事屋が僅かに頷いたので、俺は急いで万事屋のブーツを脱がせ、自分も下駄を脱いで玄関を上がる。
そのまま厠へアイツを連れて行った。
「あ゛ー…」
「大丈夫か?…ほら、水」
「どうも…」
吐いて楽になったのか、万事屋は多少会話ができるようになった。
アイツを事務所の長イスに座らせて、台所から適当な湯呑みに水を汲んで渡してやった。
それでもまだ完全には酔いが醒めていないようで、空になった湯呑みをボーっと眺めている。
「今日はもう寝たらどうだ?」
「うん、そうする…」
万事屋はそのままイスに横たわった。
「おい、布団で寝ろよ」
「…ここでいい」
「ったく…」
とりあえず万事屋をそのままにして、俺は襖を開けて和室へ入っていった。
「ほら起きやがれ。布団、敷いてやったぞ」
「んー…だっこぉ」
「………」
緩く笑って万事屋は両腕を俺の方に伸ばす。…こんな仕種が可愛いと思っちまうのは惚れた弱みか?
俺は万事屋を抱いて(お姫様抱っこってヤツだ)和室へ向かった。
「おー…土方くん、力持ちぃ〜」
「あぶねっ!動くんじゃねェよ!」
「がんばれ〜。ふぁいと〜」
「分かったからじっとしてろ!」
自分と同じガタイの野郎を抱いて運ぶのは容易じゃない。
黙って寝てりゃそうでもねェが、コイツは面白がって腕や足をバタつかせている。
だいたい…俺だってオメーほどじゃねェが飲んでんだよ。くそっ…肩に担げば良かったぜ。
それでも何とか無事に布団まで万事屋を運び、寝かせることができた。
散々暴れやがって…結構腰にきたな。多少酔っているとはいえ情けねェ…。
最近、書類仕事ばかりだったから体がなまってやがるな。
よしっ、明日から朝の鍛錬を倍にして…うおっ!
万事屋が急に袖を引っ張った。
「なんだよ」
「オメーも寝ろよ。…遠慮すんなって」
「ちょっ…俺ァ、向こうで…」
「いいからいいから…」
「おっおい…」
部屋を出ようとした俺を引き止めて、アイツは俺を布団の中に引き込んだ。
しかも俺の腕を枕にして、満足そうに目を閉じた。…何だ、この状況?
「おい、万事屋、起きろ!」
「………」
規則正しい寝息を立てて、万事屋は本格的に寝ちまったようだ。
コイツ…酔うといつもこんななのか?危険極まりねェじゃねーか。
…まあ、男のコイツをどうこうしようって輩がそんなに多いとは思わねェが…
いやでも俺だって男専門ってワケじゃねェのにコイツを…
…あれっ?俺が一番危険なんじゃね?俺、コイツを口説いてる真っ最中なんですけど…
まあ、コイツはまだタダの飲み友達くれェにしか思ってねェんだろうけど。
ていうか、ダチだと思ってるからこそ安心して酔っ払えてんだよな。
…複雑な気分だぜ。ただのダチで終わりたくはねェが、今のこのくっ付いて寝るっつー状況はダチだからこそなワケだ。
襲っちまいてェ気はあるが、コイツの信頼を裏切るようなことはしたくねェ。
今日のところは大人しく寝るか…。
俺はそのまま目を閉じた。
* * * * *
「んー…?えっ?ひじ、かた…?」
「んっ?ああ…起きたか」
「おはよう…って、えっ?」
「ンだ…覚えてねェのかよ…」
「えっと…昨日、一緒に飲んで、それから…」
「酔ってフラフラなオメーを俺がここまで連れてきたんだ」
「あっ、そうなの?それはどーも」
「どーいたしまし…っ!」
起き上がろうとしたら腰に鈍痛が走った。…もしかして、コイツ抱えてた時に打ったか?
やはり酔った状態で酔っ払いの介抱なんざするもんじゃねェな。
しかもコイツの頭が腕に乗ってたせいで寝返りも打てなかったから、全身固まってんな。
俺は伸びをしたり肩や腰を叩いたりして体を解した。
「あの…体、どうかした?」
「ん?ああ、大したことねェよ。俺も酔ってたしな…」
「俺、全然覚えてねェんだけど…何かした?」
「別に…。まあでも、あんま飲みすぎんじゃねェぞ」
「う、うん…」
その日はアイツの作ったメシを食い(美味かった)俺は屯所に戻った。
* * * * *
翌日、巡回中にアイツから電話がかかってきた。
アイツに携帯番号を教えていたものの、アイツからかけてきたのは初めてだ。
俺は若干緊張しながら通話ボタンを押した。
「はい」
『あっ土方?俺だけど…今、仕事中?』
「ああ」
『そっか。じゃあ、かけ直…いや、夜、そっちに行ってもいい?』
「あ、ああ…」
『何時くらいなら大丈夫?』
「そうだな…七時以降なら…」
『分かった。じゃあまたね』
「おう」
アイツが来る?夜に、俺のところへ?
通話を終えても俺は暫くその場から動けなかった。
* * * * *
「どうしたんだ、今日は」
「あー…えっとね…」
夜になり、屯所にやってきた万事屋は何となく緊張しているように見えた。
…いや、俺が緊張しているからそう見えるだけかもしれねェ。
何てったって向こうから会いに来るなんてはじめてだからな。
いつも俺からばかりで…少しは俺の想いが伝わったんだろうか?
「あっあの…昨日のことなんだけど…」
「昨日?」
「あっ、昨日っつーか、一昨日の夜っつーか…」
「ああ…お前ん家に泊まった時のことか?」
「うん」
…今更なんだ?俺、コイツん家に忘れ物でもしたか?…それにしちゃ言いにくそうにしてんな。
「あの日が、どうかしたのか?」
「どうかっつーか、その、俺…あんま覚えてねェけど、起きたらオメーが隣で寝てて
その…ビックリしたっつーか、えっと…」
「…互いに酔ってたんだし、別に気にするこたァねーよ」
「そうなんだけど、でも土方は…カラダ辛そうだったし…」
「あれくらい、どうってことねェよ」
なんだ…改めて介抱の礼を言いに来たってのか?律儀なヤツだぜ。
だが、万事屋の目的は俺の予想とは大きくかけ離れていた。
「それで俺、一人になって冷静に考えてみたら…その…俺、お前のことが…すっ好きだ!…と、思う」
「はっ?」
「い、いきなりで驚いたかもしんねェけど…俺も気付いたのは今日だけど…でも
あんなコトをしたのは、きっと、前から土方のことが…」
「万事屋…」
そうだったのか…。あの腕枕にはコイツの無意識の想いが込められていたのか…。
嬉しいぜ…。万事屋も心の底でずっと俺のことを想っていてくれたんだな。
「あ、あの、土方?急に変なコト言って、その…ゴメン」
い、いかんいかん。感動のあまり言葉が出ず、万事屋に誤解を招いてしまった!
「謝ることなんかねェよ。俺だってずっとお前のことが…」
「えっ?」
「好きだ、よろっ……銀時。お前が、好きだ」
「ひじかた…」
「これからもよろしくな、銀時」
「ああ。こちらこそよろしく」
こうして俺は…いや、俺達はハッピーエンドを迎えた。
…はずだった。まさか、アイツがあんなことを考えていたなんてな。
(10.04.19)
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