棚からチョコレートパフェ
夜の帷が下りた頃、特別武装警察真選組の屯所では酒盛りが行われていた。手柄を挙げたとか誰かの誕生日だとか春だからとか、理由は後から取って付ける。そんな、ごくありふれた平和な酒宴のはずだった。 ゲームが始まるまでは。 程よく腹も膨れてアルコールも回り、手持ち無沙汰となった時に始まった宇野大会。ただ勝った負けたとはしゃいでいるうちは良かった。しかし何時しか罰ありきになっていく。そして何回戦目かの勝負で遂に、ドS王子の異名を誇る一番隊隊長が勝利してしまった。戦々恐々とする部下達の酔いは一挙に醒める。 「さあて、何してもらおうかねィ……」 「お、お手柔らかにお願いしまーす」 真っ先に慈悲を願い出た山崎に捕食者の目が光った。 「山崎、土方さんに愛の告白をして来い」 「はああああ!?何ですかそれ!」 土方はこの場におらず自室で仕事中。そんな状況の上司を巻き込むなど悪ふざけが過ぎる。怒鳴られるだけでは済まされないと山崎は断固拒否をした。 「じゃあ機械(からくり)家政婦に『一発ヤらせろ』と言って来い」 「勘弁して下さいよもー!」 恋心を抱いている相手にそんなことを言えるはずもない。しかし、どちらかの選択を強要されては、渋々「副長にします」と答えるしかなかった。 今夜の宴会の存在は当然知っているから、酔っ払いの戯れと見做してくれるはずと期待して。
「しっ失礼します!」 やや声を裏返らせて山崎は副長室の襖を開けた。勿論、土方から見えない位置に沖田らが控えている。 土方は着流し姿で文机に向かっていた。 「こんな時間に何だ?」 「あっあの、俺、副長のことが好きなんです!」 「……そうか」 すっくと立ち上がる上司は、山崎の知らない甘美な気配を纏っている。更にはうっすらと笑みまで湛えているではないか。 優しく頬に手が添えられて、 「嬉しいぜ。俺ァお前のことが――」 「ふふふふふくちょ……」 徐々に顔が近付いてくる。ヤバイヤバイヤバイヤバイ……副長ってそっちもイケる口だったの?俺、狙われてた?これって副長を弄んだ感じ?そんなつもりなかったのに!沖田隊長助けて! 「嫌いだバーカ」 「ひゃい?」 もう一方の手も山崎へ向かい、そして左右同時に引っ張った。目が点になる部下に、ドッキリ大成功とでも言いたげな無邪気な笑顔。 「どうせ総悟だろ?」 「バレちまいましたか」 流石は土方さん、なんて心にもない世辞を述べつつ元凶が顔を覗かせる。部下イジメも程々にしておけと窘めるも、単なる酒の席の余興だと平然と返された。
ごくありふれた日常の一場面。これが土方の運命を変えることになるなどと、この時は誰も予想できなかった。
* * * * *
他愛のないゲームの記憶も薄れ始めた数日後。勤務明けの土方は、見回りをサボる沖田を見付けて注意していたところ。 「邪魔なんですけどー」 「あ?」 銀髪天然パーマを靡かせた、通りすがりの何でも屋にケンカを売られた。 「もっと端を歩きゃいいだろーが」 「何で俺が避けなきゃなんねぇんだよ。一般市民様に道を譲れ」 煽るような口調で銀時は土方を挑発していく。 「譲らなくても通れるって言ってんだよ。死んだ魚の目じゃ道幅も分からねぇか?」 「あん?」 「旦那、旦那」 「ん?」 沖田が呼び掛けた途端、態度が和らぐ銀時に苛立つ土方。チッと舌打つ男を尻目に、ドSコンビは話に花を咲かせていった。 「いい陽気ですねィ」 「そうだね」 「春は恋の季節と言いまして……」 「おっ、いい人でもできた?」 「俺じゃありません。土方さんでさァ」 「え!」 「ですよね?」 二人だけで会話をしていればいいものを、くだらないことに自分を巻き込むな――ニヤニヤと小馬鹿にしたような沖田の顔付きで思い出した、何日か前の告白ゲーム。あれに引っ掛からなかった腹いせをするつもりらしい。 「そうだな」 「まだ片思いなんですよね?」 「そうそう」 「えーっ!」 いつもなら銀時と沖田が二人掛かりで土方をからかう構図。自分が乗ったことで対銀時へと変化して、申し訳ないと感じながらも少し楽しくなってきた。 「次に会ったら告白するって言ってませんでしたっけ?」 「ああ言った言った」 「も、もうそこまでの関係なわけ?」 獲物ががっつり食いついたところでドS王子の本領発揮。 「では土方さん、どうぞ」 「……は?」 「え?」 土方から銀時へ向けて手を差し出した。 「土方の好きな人って……」 「旦那でさァ」 おっと口が滑ったすみません、などと慌てた振りをする沖田。土方はこめかみに青筋を立てて拳を握った。 「俺のこと、好きなの?」 「チッ」 結局は自分が被害者になるのか――土方は腹の底から息を吐き、銀時の方へ視線をやる。 「あ、あのね……」 沖田の意図に気付いて笑っているものだとばかり。 待って見ないでと両手で顔を覆う銀時は、耳まで真っ赤になっていた。 想定の範囲を超越した事態に硬直する真選組の二人。シャレにならない嘘を吐きやがってと土方は青褪める。 「邪魔者は退散するとしましょう」 「総悟!」 全てを土方にぶん投げて、沖田は一目散に仕事へ戻っていった。 恐る恐る振り返れば、もじもじと頬を染める銀時と目が合って冷や汗が滲む。風に乗り舞い落ちた桜の花びらが、道も川も春色に染め上げていた。 「あー……メシでも食いに行くか?」 仲間や友と呼べるほど親しくはないものの知人と呼ぶには関わりが深すぎる、そんな間柄。いい加減に処理してよい案件ではない。 腰を落ち着けて謝罪することが必要だと食事に誘った土方。もちろん、沖田にも後で謝りに行かせるつもりで。 「ごめん。俺、金持ってねぇから……」 「うっ!」 これまでであれば、何かと理由を付けて集ろうとしていた男が――好意を認めた途端しおらしくなった銀時に、土方の鼓動は乱れ始める。 「奢ってやるよ。な?行こう」 「う、うん」 かくして土方の誘いという形で、些か変則的な初デートが開始された。
「何にする?」 「水でいい」 食事処へ入っても遠慮を続ける銀時に、土方の罪悪感は増していく。それを払拭するかのごとく大声で店員を呼び、日替わり定食を二人分注文した。そして、 「食後にチョコレートパフェ一つ」 銀時の好物まで追加する。テーブルの陰で己の腿を抓りながら銀時は言った。 「そこまでしてくれなくても……」 「気にするな!俺が奢りたいんだ!」 「ありがとう」 「…………」 ふにゃりと破顔した銀髪の男に土方の心臓は一瞬停止。そして次の瞬間、今度は高速で稼動し始めた。 早く頭を下げなくては。時間の経過とともに言い出しにくくなる。万事屋を傷付けてしまう。悲しませたくはない。こんな風にはにかむ顔がまた見たい。 「!?」 自身の思考の辿り着く先に驚愕して思わず立ち上がった土方。 「どうかした?」 「いいいや何でもない!」 「変なの」 プッと吹き出す様も愛らしく見える。今までなら、斬り掛かりたいくらい憎たらしい表情であったはずなのに。 早急に決着をつけなくては自分の身も危ういと、土方は両手を卓について前のめりになった。 「じっ実はさっきの――」 「今日の日替わりって何?」 「え?あ……鰈の煮付けだそうだ」 「おー、美味そう」 「そ、そうだな」 出鼻を挫かれ、すごすごと元の位置に座り直す。注文は済ませてしまったことだし、食べ終わってから謝るかと考えを改めるのだった。
「あー美味かった。ご馳走様」 「……どういたしまして」 話を切り出そうとしては初めて見る微笑みに打ちのめされたり、別の話題を振られたり、結局、店内では誤解を解けず、穏やかに食事をしただけで終わってしまった。 「この後は仕事だよな?」 「いや……」 「じゃあウチに来ない?食事のお礼には足りねぇけど、お茶くらい淹れさせて?」 「あ、ああ」 今日、幾度となく思ったことだが、万事屋はこんなに可愛いげのある人物だったのであろうか。自分の中にいたこの男は、礼節を心得た上で敢えて図々しく振る舞うような恥知らずであった。 そう見えていたものが愛情の裏返しである可能性を感知して、土方は背中がむず痒くなる。 恋愛対象としての己は、さして優れていないように思う。 警察官としての職務から離れれば単なるチンピラ。真選組以外で休日を共に過ごすような友人もなく、これといって趣味もない。そんな自分に、彼のような人情味溢れる器の大きな男がどうして執着するのか。 揃って万事屋に到着する頃、土方の思考の大部分は銀時への興味で占められていた。
(16.04.08)
何度書いても馴初め話はいいものです*^^* 続きは少々お待ち下さいませ。
追記:続きはこちら→★
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