後編
日常の喧騒はどこへやら。二人の従業員も規格外の愛犬もいない静かな万事屋は、開店準備を始めた階下のスナックの音が微かに聞こえるほど。そんな自宅で銀時は、己の布団で眠る土方を見下ろしている。茶に睡眠薬を混入した。仕事の疲労も重なってか、よく眠ってくれている。恐らくこのまま放置すれば朝までぐっすり。 もちろん、放っておく気などないけれど。 「失礼しまーす」 寝ている男のベストの前を開き、ワイシャツのボタンを上から外していく。ジャケットとスカーフは寝かせる前に脱がせた。 露わになる胸板。そっと両手を乗せて、その間に頬を寄せてみる。 規則正しい安らかな心音は、この行為が無意味であることを告げるよう。 「……失礼しました」 銀時はボタンを二番目から順に掛けていった。
ただの悪乗りだとすぐに悟った。だがその前に、ひた隠しにしていた心情が顔に出てしまったから、愚かな振りを続けてやった。 もう何年も土方のことが好きだった。 しかしどうにもするつもりはなく、ダチでもツレでもないけれど信頼できる相手という現状でいいと心から思っていた。 この感情は墓場まで持って行くと決めていたのに。 蓋を開けたのはそっち。今更引っ込めることは不可能。ならば存分に利用させてもらおうではないか。鬼の副長なんぞと呼ばれているが、非情になりきれない優しい土方。罪の意識を植え付けて、真実を先延ばしにするなかで落としてやる!
そのような考えのもと、既成事実を作るために我が家へ連れ込んだ銀時であったが、いざとなると躊躇した。 同情や憐憫で一緒にいてほしいわけじゃない。子ども染みたくだらない言い合いをしたり、馬鹿騒ぎをしたりするのが楽しかった。その相手となれたのが嬉しかった。それで良かったのだ。 全部なかったことにして元に戻れないかと銀時は本気で願うのだった。
* * * * *
土方が目覚めた時、部屋は真っ暗であった。窓に付いた障子越しの月明かりからするに深夜であろうと判断できる。 隣の布団で寝ていた銀時も土方の気配で目を開けた。 「沖田くんに連絡しといたから、朝までいていいよ」 「その……」 「薬盛った。……ごめん」 くるりと逆を向いた背中からは、後悔と悲しみの色が感じとれる。分かっていてコイツはずっと――土方は銀髪の上にふわりと手を置いた。 「俺の方こそ悪かった。いつ気付いた?」 「メシ食う前かな」 「そうか」 銀時の表情は窺えないものの、その口調はとてもか弱く聞こえる。己の不甲斐ない態度がそうさせたのだと、土方の胸は締め付けられた。 そして考えるより先に体が動く。 頭頂部に手を滑らせて、耳朶へ口付けを落としていた。 「はァ!?」 温もりを感じた耳を右手で塞ぎ、銀時は飛び起きて男の頬へ平手を入れる。 「馬鹿にすんなテメー!」 「ハッ……やっぱりその方がお前らしい」 じんと痛む頬をさすりながら片側の口角を上げた土方。その余裕綽々な様が銀時の怒りを更に募らせた。 右足を強く踏み出して土方の胸倉をぐいと掴む。 「調子に乗ってんじゃねーぞコラ!」 「悪かった。その……改めて、交際を申し込んでもいいか?」 「あ?」 自分の恋心を軽視しているとも取れる申し出。俺がどんな思いで今まで秘匿してきたと思っているのだ。憐れみは不要と突っぱねてやった。 「憐れみじゃねぇ!今日のお前を見て、本気で付き合いたいと思ったんだ」 真摯な眼差しで両手を包み込まれ、瞬時に赤くなってしまう己を殴りたい。せめてもの抵抗と、銀時は顔を背けた。 「あれは演技だから」 「そうまでして俺といたかったんだろ?そんな健気なところが好きだ」 「ううう自惚れてんじゃねーよ!タダ飯目当てだから」 「それでもいい。付き合ってくれ万事屋!」 手の甲から土方の熱が伝播してくる。大して強く握られているわけでもないのに、振り払えない時点で銀時の負けは確定していた。 だがそう易々と敗北を認めるわけにもいかない。 「生まれたてよちよち歩きの感情で迫られてもねぇ」 「それはっ……」 歴史の浅さを指摘されるとぐうの音も出なかった。言葉に詰まった土方の姿に、銀時はつい油断してしまう。 「俺みたいにR18解禁とまではいかなくても、せめて下の毛が生えてから出直して来い」 「そんなに前から俺のことを……?」 「ちっ違っ!」 長い歳月をかけて思い続けていたと自ら暴露してしまい、慌てて取り繕うも後の祭りであった。 一方の土方は、銀時の成熟した愛情には遠く及ばないかもしれないけれど、確かに芽生えた己の気持ちで応えたいと強く思う。 そこで最終手段に打って出た。 「俺と付き合ってくれ!この通りだ!」 畳に下りて正座をし、深々と頭を下げる。 洞爺湖仙人の究極奥義・DOGEZAに勝るとも劣らぬ美しい型は、銀時持ち前のドS心を大いに満たしてくれた。 「そこまで言うなら付き合ってやってもいいけどぉ」 「本当か!?」 煌めく瞳に見詰められ、照れ臭くなり目を逸らす。その愛らしさに土方は、昼間の様子も全てが作り物ではなかったのだと確信した。 可愛い恋人の肩を抱き寄せれば、許可なく触れるなと鉄拳が飛んできたけれど。 「フフッ……」 「え?殴られて喜ぶ趣味でもあんの?」 「ンなわけあるかっ」 「大丈夫大丈夫。銀さん、ドMの土方くんも受け止めてやるよ」 「違ぇよ」 素気ない対応も愛情の裏返しだと分かるから痛みなど気にならない。底知れぬ男と思っていたが、意外に分かりやすい所もあるらしい――新たな魅力を得るたびに、土方は銀時に惹かれていった。
真夜中の万事屋。酔っ払いの笑い声が木霊する下の階に負けず、結ばれたばかりの恋人達の幸せな会話で充ちていく。 こうして坂田銀時積年の秘め事は、本人も予想外の形で結実したのだった。
(16.04.13)
というわけで、気付いていた銀さんでした。 あざとい銀さんも可愛いなぁと思って書き始めたのですが、薬を盛ったらしおらしくなってしまいました。 まあ、どんな銀さんでも可愛いし、そんな銀さんに土方さんはメロメロになるんですよ*^^* ここまでお読みくださりありがとうございました。
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