中編


夜の賑わいを見せる町とは裏腹に、銀時と土方は言葉少なに道を行く。土方の左腕は銀時の腰に回されていて、銀時は右手で濃紺の羽織の後身頃を掴んでいた。

「よっご両人」
「冬なのに熱いねェ」
「どうも」
「…………」

通りすがりの顔見知り達――といっても面識のあるのは銀時だけ――に囃されるも、土方はにこりと笑って頭を下げるのみ。左の腕を離そうとはしないから、銀時は真っ赤になりつつもくっついていた。
人前でベタベタするのは嫌がると思っていた。それとも水割り一杯で酔いが回ってしまったのだろうか……何にせよ土方が楽しそうだから良しとするか。

高速で動く心臓を深呼吸で宥めながら銀時がその身を更に土方へ寄せた時、既に我が家の階段が目の前に来ていた。

「あ……」

二人で寄り添い上るには狭い階段。我ながら何とタイミングの悪いことか。

「おい……万事屋?」
「あ、あー……」

歩みが止まったことを先回りして、今夜は無理なのかと土方が問う。そんなことはないと頭(かぶり)を振って、けれど銀時は一歩踏み出した姿勢で立ち止まった。

「どうした?やはり今日は……」
「違う違う。そうじゃなくてちょっと……」

今宵の土方はすこぶる上機嫌。ならば密かに抱いていた願望を叶えてはくれないだろうか。付き合いたてゆえの高揚感からくるのであればなおのこと、今しか頼めないかもしれない。

「おっ俺のこと、銀時って呼んでくれないかなァなんて……」

恋人からのおねだりに今気付いたとでも言わんばかりに「ああ」と声を漏らし、土方は目を細めた。
その表情に銀時の心臓は鷲掴み。もう満たされたので大丈夫などと前言撤回しかねないほど。
けれどそれより早く、

「確かに恋人に『万事屋』はねェよな……銀時?」
「――っ!そそそそうですねっ」

望んだ通りに呼ばれてしまい、銀時はあわてふためく。
その姿を目の当たりにして土方は己の中で何かがぷつりと切れる音を聞いた。

「なっ何!?」

無言で銀時の右腕を引き、ずんずんと階段を上がる。
自宅にも関わらず訳も分からず連れられていく銀時は、急にもよおしたのだろうかと半ば現実逃避のようなことを考えていた。


扉を前に腕を解放され、とりあえず鍵を開けてやる。
鍵穴から鍵を抜けば乱暴に玄関が開けられて、また腕を引かれて中へと引き込まれた。
家主の不在で暗く冷え切った土間。手近な壁に銀時を押し付けて土方は片手間に扉を閉める。

「ひじ――!?」

名前を呼ぶより早く口を塞がれた銀時。土方の唇のせいだと理解できた頃にはもう離れていて、今度はきつく抱き締められていた。

「お前は――」
「あ、はい」

一先ずの状況を把握しただけで脈が速まり息苦しい。けれど漸くこの異常事態の原因が判明するのだと、銀時は体の横で拳を握り堪えることにした。
耳の後ろから土方の声が響く。

「お前は……やる気ねェし、だらしねェし、いざって時しか煌めかねェし……」
「え?悪口?」
「なのにこんな……付き合った途端、可愛くなるなんざ詐欺同然じゃねーか」
「はいぃぃぃぃぃ!?」

銀時は耳を疑った。

聞き間違いでなければ土方は己のことを「可愛い」と形容したのだ。この至近距離で聞き漏らすとは考えにくいが、可愛いと思われるのも同じくらいに有り得ない。
あばたもえくぼどころの騒ぎではない。お前の目は節穴か。銀さんの何処をどう見たら「可愛い」なんて単語が出てくるのだ。可愛いのは寧ろお前の方。頼りがいのあるツッコミキャラのようでいて、弄りがいのあるボケキャラ。その上本人は至って真面目に生きているつもりだからそのギャップが余計に愛しい――その土方くんが銀さんを「可愛い」だって?

いやいやそんなはずはないと銀時が否定し続けている間にも、土方は抱き締める腕に力を込め、銀髪を撫でて耳元へ唇を寄せる。
ぴたりと張り付く体は土方の興奮を如実に伝えてくれていた。

「あのー、土方くん……?」
「悪ィ、もう限界だ」
「はい?」

可愛い発言の真意を問うより先に、土方はすっと体を離してしまう。そして次の瞬間、銀時の膝裏と背に腕を添えて抱き抱えた。

所謂一つの「お姫様抱っこ」。

これには銀時も、問答無用で抵抗を示す。

「おい!下ろせよ!」
「我慢できねェ。このまま上がらせてもらう」

落ちないよう右手は土方の肩を掴みながらも、膝から下をばたつかせ、左手でぽかぽかとそこら中を叩いてみた。だが土方は銀時を抱えたまま草履を脱いで板の間へ上がってしまう。

「おーろーせ!」
「観念しやがれ。可愛すぎるテメーが悪い」
「訳分かんね……あ、待てよ!」

抵抗などものともせずに、土方はがっちり抱え込んで廊下を進んでいく。相変わらず場景が一つも把握できていないものの、説明責任を果たす気のない恋人には何を言っても無駄。
銀時は諦めた。

「分かった!せめてブーツを脱がせてくれ。我が家は土足厳禁!」
「チッ……」

舌打ちのみで返事はなかったけれど、廊下の半ばまで進んでいた土方は引き返してくれる。
玄関で下ろされた銀時は久方ぶりに地に足着いた心地であった。


「おっと……自分で歩けるからな」
「チッ……」

履物を脱いだ途端に抱えられそうになり、銀時は急いで立ち上がり数歩先へ行く。
己の家で、恋人と二人きりで、何故に俊敏さが求められねばならぬのか……仕方がないとは思いつつも愚痴が勝手に口をついて出てきてしまう。

「何なんだよもー」
「……すまん。やはりまだ早かったよな?今日は帰――」
「うぉい!」

折角ブーツを脱いでやったと言うのに草履を履こうとする土方の後頭部をぺしりとはたき、いいから上がれと銀時。土方の半歩前を行きながらとくとくと語りだした。

「いいか?恋人を家に呼ぶってことは、そういうの込みに決まってるじゃねーか。それはいいんだよ。でもオメーが急にヤる気漲った理由は分かんねェ。しかも俺のこと可愛いとか言いやがるし……」
「それは事実だろ」
「この俺の何処に可愛げがあるってんだ」

くるりと振り返って両腕を広げ、言えるものなら言ってみろと態度で示す。自分の魅力に気付かない、そんなところも可愛いのだと微笑む土方が顔を寄せれば、銀時の頬にさっと朱が差した。
今すぐ押し倒してしまいたいのを気合いで押さえ込み、土方は銀時のこめかみから銀髪へ右手を滑り込ませていく。

「こうやって、すぐ赤くなるのも可愛いし……」
「酒のせいだっ」
「名前で呼べなんて可愛いこと言って、呼んだら呼んだで照れるところも可愛いし……」
「そっそれはァ……」

確かにあの時、柄にもなくときめいてしまったのは事実。あれだけはそう思われても仕方ないか……辛うじて納得できた銀時であったが、土方は更に前から銀時の可愛さに魅了されていた。

「歩いて来る時、腕を回せねェで着物を掴んでたのも可愛かったな」
「あ……」

表で襲うわけにはいかないから必死で我慢していたなどと、銀時からしてみたら、信じがたい発言まで飛び出す始末。

「この羽織、絶対ェ皺になってんな」
「な、なってねーよ!」

実は後身頃の中心やや左側に手の平大の掴み跡が付いていたが、着ている状態では見えない場所だから否定しておくことにした。
その反応自体も可愛いと往なされるのはおおよそ予測はしていながらも。

一通り恋人の可愛さを吐露した土方は「もうここでいいだろ」と呟いて、返事を待たず銀時の両肩を押した。
そこは事務所の長イスの上。仰向けにされた銀時へ覆い被さり土方は、その首元へ顔を埋(うず)める。

「ふぁっ!」

耳元を唇が掠め、吐息が吹き込まれて思わず銀時は声を上げた。
できれば「逆側」が良かったのだけれど、抵抗しなければ優しくしてくれるだろうしいいか――その後、杞憂になることなど知る由もなく、腹を括り身を委ねる銀時であった。

*  *  *  *  *

「ハッ――んっ!」

イスに寝かせられた銀時。前ははだけられ下はトランクス一枚で、羽織を脱ぎ捨てた土方の舌が肌の上を這っている。首筋から右の鎖骨を辿り、そこで軽く歯を立てると銀時から甘い声が漏れた。

「あ……あ……」

土方の尻の下で銀時の股間が硬く膨らみ始める。それに気を良くして土方は左手を胸元へ。他の箇所より濃く色付いた小さな突起を摘まんだ。

「んっ……あ……」
「銀時――」

右の胸を弄ったまま土方は上体を起こして銀時の口を目指す。
始めは唇の中央同士を軽く触れ合せ、離れていく。そして次には名残惜しそうに、けれど無自覚に開かれた唇を目掛けて。

「んぅっ」

上から舌が挿し込まれ、銀時の舌は吸い上げられる。
ふわりと浮いた銀時の手が、黒い着流しの後身頃をきゅっと掴んだ。やがてこちらには二つ、逢瀬の跡が刻まれていく。

(15.01.09)


テーマは男前受けで襲い受けでした^^ 可愛い銀さんを思わず襲ってしまう受け方さん……需要があるかは分かりませんが、私はこんな銀土も好きです。
後編は少々お待ち下さい。

追記:続きはこちら(18禁ですが直接飛びます)