中編


「ただいまー」
「ただいま」
誰もいない家に揃って帰宅を告げ、明かりを点す。ここで生活を始めて一ヶ月。眠っていた家屋を二人で呼び起こす共同作業には未だむず痒さを感じる。一方で、相手の待つ暖かな部屋に帰るのもまた気恥ずかしさを覚えて慣れないのだけれど。
六畳ほどの和室が二間あるこじんまりとした一戸建て。武家屋敷の離れであった建物を改築して貸しに出したのだとか。
銀時は台所へ直行し、土方は奥の間へ。堅苦しくも愛着のある制服を脱いで衣紋掛けに吊し、黒い着流しへ着替えていく。これはある種の儀式。真選組副長からただの土方十四郎になるための、毎日繰り返される儀式。職場と自宅を分けたことで必然的に生まれた切り替えの瞬間であった。

「そっちよろしく」
「ああ」
土方が台所に着くと、土鍋から優しい昆布の香りが漂っていた。鶏肉や野菜を刻む銀時の傍らに、皮を剥いた大根と卸し金が用意してある。今夜はみぞれ鍋か――調理台の上で土方は雪作りに励んでいった。
その間に銀時は、輪切りにした人参を梅の型で抜いていく。それを子どものようだと笑われたので、料理には見た目も重要だと言い返してやった。
「くり抜いた切れ端も入れんだから見た目もよくなってねェよ」
「捨てたら勿体ないだろ。まあ、何でも黄色くしちまう奴には理解できないか」
「はいはい」
小競り合いを繰り広げながら二人で家事をするのは半ば日課となっている。しかし五年も離れていたからか歳を重ねて大人になったのか、かつてのように罵り合いの取っ組み合いには発展しない。今回は土方が、別の時には銀時が自然と折れて収束していた。


「あー、美味かった」
「そうだな」
天井を仰ぎ満足げに息を吐く銀時。それには土方も大いに同意して腰を上げる。今度は一緒に洗い物。やや遅れて銀時も続いた。
「なあ、炬燵買わねぇ?」
「炬燵か……いいな」
食器を洗う係と拭く係。二人並んでの話題はこれから来る冬の支度について。提案された土方は勿論のこと、言い出した側も何となく面映ゆい。僅かでも先のことを、当然のように語れてしまうことに幸せを感じる己が恥ずかしかった。こんな時は大抵、
「なるべく脚の長いヤツな。中で色々ヤれるように」
下ネタで茶化すのが銀時の常。尻を撫でられながらも、勝手知ったる土方はいい加減に了承しておくのだった。

洗い係の土方が先に台所を出て次は風呂に湯を張る係。入浴順はじゃんけんで、今夜は自分が後だから、蛇口をいっぱい捻るだけ。止めるのは初めに入る方。
「お先ィ」
ほら、もう。湯舟に半分も溜まっていない時分から、手拭い片手に鼻歌混じりの銀時は脱衣所に向かっている。尤も、こちらにはこちらの事情があった。
「あちっ」
浴槽に指先をつけて一瞬で引っ込める。時に大雑把な恋人は目分量で蛇口を回すから湯温がまちまち。共同風呂生活が長くては仕方のないこと。だから湯が満ちる前に調整することにしていた。

その頃、すっかり役割を果たした気分の男は床の用意中。二人分の布団をぴたりと隣り合わせて敷いていく。枕元へティッシュの箱を放るのに、今更照れもなかった。
付き合い初めの頃は会えば必ず。交際が続くにつれて徐々に落ち着き、会うことも肌を重ねることも減ってきていた。そんな折、何年も離れてからの同棲開始。ここひと月は毎日のように致している。求めることも求められることもなく気付けば自然とそうなっていて、それに異議を申し立てる気も起きない恋人達であった。

ふと、土方はあることを思い立ち、箪笥から手拭いを引っ張りだすと浴室へ向かう。磨りガラスの向こうから、シャンプーのCMソングが銀時の声で聞こえてきて笑みが零れた。
「らんららふふーおわっ!!」
歌も佳境に入ったところで風呂場へ突入。勢いよく開いた扉に驚き固まる間抜け面。額を伝う泡で我に返る男の背後で悠々と掛け湯して、土方は湯舟に浸かった。
「一緒に入んの?」
「ああ」
「それなら最初に言えよー」
いきなり来たらビックリするだろと言いつつも口元は緩んでいる。シャワーの湯を浴び髪の泡を落として銀時は前髪を掻き上げた。
「…………」
「何?デコ出し銀さんに見とれちゃった?」
「まあな」
「え……」
からかうつもりが男前に肯定されて逆に赤面。長い交際期間を経てもなお素直に好意を表現されたことなど数少ないから、こんな時はどう返してよいか分からなくなる。
「そっそんなに好きなら、明日からデコ出そうかなァ」
「普段見えないからいいんじゃねーか」
「ちょ……何なの?そんな褒められるともう一人の俺が覚醒しちゃうよ?」
「望むところだ」
「あ、やっぱり?」
入って来た表情からヤる気に満ちていることは分かっていた。誘われるまでもなく、風呂から出たらそうする予定ではあったのだけれど。
「我慢できなくなっちゃった?」
「いや。炬燵の前にヤっときてぇなと」
「あー……まだここでシてなかったっけ」
寝室はもとより玄関でも台所でも居間でも体を繋げたことのある二人。しかし、この家の浴室では未経験であった。
銀時も湯舟に加わり、それを正面から跨ぐように土方が座り直す。いつもは銀髪で覆われている額に唇を寄せれば、腰に添えられた手が滑り下りていった。
「すっかり柔らかくなっちゃって」
「テメーのおかげで、な」
「二回も開発できて光栄です」
別々に暮らしていた期間、本来の用途以外に使わなくなったそこ。再会時には固く窄まっていた。それはまるで初めての時のごとく――

*  *  *  *  *

一ヶ月前。真新しい畳の匂いを吸い込んで、段ボール箱に囲まれながら感慨に耽る二人。
「今日からここで暮らすのか……」
「よろしくな、銀時」
「こちらこそ、十四郎」
見詰め合い、どちらからともなく口付けを交わし、辛うじて床の見える場所を狙って倒れ込む。まだ窓にカーテンも取り付けていないけれど、ご近所付き合いを気に掛けるゆとりはなかった。
「ん……」
「んっ!」
一刻も早く素肌に触れて繋がりたい――その思いが、長きにわたり離れ離れを余儀なくされた恋人達を支配している。土方の着流しを敷物に、生まれたままの姿となった時にはもう、互いの中心が膨れ上がっていた。
「ごめん……入れていい?」
「ああ」
欲望をありのままに吐露すれば、それはさらりと受け入れられる。土方とて、体の奥が熱くて堪らなかった。
しかし五年振りの交接は、愛し合う者達に思わぬ試練を齎すことになる。
「痛っ――!」
「……あれ?」
最後の記憶では、ある程度の湿り気さえあれば問題なかったはずなのに。久しぶりだからと潤滑剤を多めに塗布したにもかかわらず、固く鎖された入口は先端すら押し返す始末。
相手の表情からも確かに欲していることが読み取れて、天然パーマの上に疑問符が飛んだ。
「もうちょい力抜こうか」
「抜いてはいるんだが……」
気持ちはあるのに緩まない。乱れる呼吸、内側から上がる熱、期待に膨らみきったモノ――どれもこれも銀時を求めて止まないのに、肝心なところだけが萎縮していた。
「すまん」
「いや……久々だしね。お前のせいじゃねェよ」
性急にことを進めた己が悪いと頭を下げて、銀時は潤滑剤のボトルの口を愛しい下の口へと宛がうと中身を流し込んでいく。
「んんっ!はぁ……」
「…………」
内部を濡らされた感触のみで恍惚となる恋人の姿は生唾もの。今すぐにもっと強い刺激を自身の一物で与えたい――欲望の塊は左手で宥めつつ、右の中指を慎重に挿入していった。
「あ……くぅっ!!」
「――っ!」
たった一本の指が根本まで埋まる、それだけで土方のナカはいとも容易く絶頂に達する。初回のような強張りと熟練の感度とのギャップに銀時も限界を感じた。
「舐めてっ!」
中に入れた指はそのままに、体の向きを変えて愛する男の顔を跨ぐ。その口先に、破裂寸前のモノを差し出した。
「はうっ!!」
「んっ!!」
ぱくりと咥えられたと同時に発射。それを嚥下しながら土方も白濁液を漏らしている。
「ハァ、いいっ……」
「んうっ!!」
一度出した程度で五年分の熱が治まるわけもなく、口の中のモノは硬度を保ち、銀時の指はぎゅうぎゅうと締め付けられた。
「早く突っ込みてぇ……」
「むうぅっ!!」
中指の腹で快楽点を撫でてやれば電気ショックを受けたかのように土方の体が跳ねる。そこを基点に抜き差しされると、
「はあっ!あっ!ああっ!!」
最早、他のことを構う余裕などあるはずもない。猛る一物に頬を打ち付けても首を振り、全身を震わせて喘ぐのみ。
元の体勢に戻って銀時は、二本目を捩込んでいった。

(15.10.24)


長くなったので一旦切ります。後編ではお風呂エッチの続きも書きます。

追記:続きはこちら(18禁ですが直接飛びます)