中編



「十四郎……」

意識を取り戻した銀時の目に先ず飛び込んできたのは、沈痛な面持ちで傍らに正座する土方。
入浴した覚えもないのに体はさっぱりしていて下着も浴衣も身に付けている。またしても途中で
気絶して後処理を全て土方にさせてしまった……情けなくて不甲斐なくて泣きたくなって、銀時は
鼻の奥にツンとした痛みにも似た圧迫感を覚える。

ここで泣いたら更に自分が惨めになる……銀時は歯を食いしばって涙を堪え、怠さの残る体を
起こして恋人へと手を伸ばした。

「ごめんな。」
「えっ……」

今まさに自分が言おうとしていた謝罪の言葉を逆に聞かされ、伸ばした腕は土方に到達する前に
驚きで止まった。

「本当に、ごめんっ……」
「とっ十四郎!?」

ボロボロと泣き出した土方を前にして銀時は、戸惑っている場合ではないと我に返り、
改めて腕を伸ばして愛しい人を抱き寄せた。

「ごめん……ごめん……」
「何のこと?十四郎は何も悪くないよ。」
「……って、まえも……んとき……」
「うん……それで?」

泣きながら紡がれた言葉はほとんど理解することができなかったが、銀時は先を促した。
土方の背をゆっくりとさすり、穏やかな口調を心掛ける。

「ぎ、ときは、疲れてっのに……俺、おれっ……」
「大丈夫だよ。俺、元気だからさ。」
「……もっ、途……中で、気ぜっ……」
「あー……ごめんね。十四郎、最後までイケなかったでしょ?」
「悪いのは、俺だっ……。銀時が、疲れてるのにも気付かず……」
「俺なら大丈夫だって。」
「しかも、一度ならず二度までも……もう俺には、セックスする資格なんて無「ストップ、ストップ!」

泣き止んだもののどんどんと落ち込んでいく土方の言葉を強制的に止め、銀時は土方と視線を
合わせる。

「俺は本当に大丈夫だし、十四郎は何も悪くないから!」
「悪くないわけ無いだろ。銀時を二度も気絶させてしまったんだ。」
「いや、それはね……」
「セックスをすると、とても気持ちよくて我を忘れてしまうんだ。それで、気付かぬうちにお前に
無理をさせてるんだろ?だからこんなことにっ……」

ああ、またどっちが攻めだか分からない状況になっているなと、どこか他人事のように思っていた
銀時であったが、再び土方の瞳に涙が滲むのを見て慌てて宥め始める。

「十四郎は悪くないって!これ以上は無理だって伝えなかった俺が悪いんだ。」
「無理させた俺が悪いに決まってるだろ。やはり、俺にはまだセックスは早かったんだ……」
「違う違う!俺がちゃんと説明しなかったからだって!」
「説明?何のことだ?」
「俺と十四郎では、疲れ方が違うというか……」

こうなったら自分の恥を認めるしかないと銀時は腹を括った。

「こないだも今日も、特別疲れてるってわけじゃねェんだけど、俺は十四郎よりも疲れやすいというか
……は、早く……イッちゃう、し……」

腹を括ったはずの銀時であったが、やはり恥ずかしいと思う感情は捨て切れない。けれど何が恥かも
知らない土方は、銀時の言葉から自分と銀時との違いを一所懸命考えて、

「銀時の方がいっぱい動くから疲れるのか?」
「へっ?」

独自の結論を導き出した。

「……違ったか?俺、正常位とかバックの時はほとんど動かねェし、騎乗位の時は俺も動くけど
銀時は俺が乗った状態で動いてるんだもんな。俺より疲れて当然だ。」
「そ、そうだね……」

受ける側の負担の方が大きいというのが一般的ではあるものの、土方の言うことは間違いではないし
この理論でいけば銀時の「恥」もなくなるため、そういうことにしておこうと決めた。

「こんな簡単なこと、言われる前に気付かなきゃダメだよな。銀時、本当にすまない。」
「い、いや……十四郎は突っ込んだことないわけだし、俺の疲れ具合とか分からなくて当然だよ。
ていうか、俺も突っ込まれたことないから十四郎との違いに最近気付いたし……ハハッ。」
「そっか……。じゃあ、あのことも分かんねェかな?」
「あのことって?」
「銀時を介抱しながらふと思ったんだ……暫く会えない時とかにどうしてもセックスしたくなったら、
どうすればいいのかって。」
「自分で触るだけじゃ足りないんだっけ……」
「ああ。」

現在の、銀時からしてみたら逆転とも言える状況は、二人の根本的な体力差もあるのだろうが、
土方が自己処理しなくなったことも一因に挙げられるのではないか。自分で発散できない土方は、
逢瀬の際に全てを吐き出すしかない。となれば激しく求められるのは必至で、この問題を解決
できれば、事態が好転(あくまで銀時視点での「好」転であるが)するのではないかと思われた。

「どうすればいいかなァ……」
「銀時は、セックスしたくなることないのか?」
「勿論あるよ。ただ俺はヌけばそれなりに治まるから……」
「そうか……」

土方のように奥への刺激を必要としない銀時は、一物を扱くことで満足感は得られていた。

「やはり我慢するしかねェんだよな?」
「うーん……(気は進まねェが贅沢言える状況じゃねェし……)十四郎、買い物に行こう。」
「今からか?」

既に日付が変わったこの時間、繁華街といえど開いている店など限られている。そもそも今迄の話の
流れが買い物とどう結び付くのか分からない土方は首を傾げるばかりであった。

「あの店ならこの時間でも開いてるからさ……行こう。あっ、その前に着替えねェとな。」
「あ、ああ……」

自分の悩みを解決できる何かを買いに行くのだろうと考え、土方もホテルの浴衣から着替えて
一旦外へ出ることにした。


*  *  *  *  *


「何処へ行くんだ?」

暫く歩いたところでなされた問いには「吉原」と簡潔に答える。

「吉原に買い物できる所があるのか?」
「ああ。あの町も大分変わったからね……」

少し前までは遊郭ばかりの地下街で、今は多様な店の並ぶ歓楽街へと変わっているのだが……

「十四郎、吉原知ってんの!?」

土方の口ぶりから以前の吉原を知っていると推測でき、銀時は驚いて尋ねた。

「江戸に出てきたばかりの頃、松平のとっつぁんに連れて来られたんだ。……近藤さんも一緒に。」
「へ、へぇ〜……(あんのエロおやじ!)」

無垢な土方になんてことを……銀時は心の中で松平を睨み付けた。
けれど遊郭について、未だに正しくは理解していない土方は「思い出話」を続ける。

「そん時は着飾った女達と飲む所ばかりだったな……」
「の、飲んだだけだよな?」
「それ以外にも何かあるのか?綺麗どころが酌する店だろ?」
「しゃく!?しゃくって、あっちの『しゃく』じゃないよね!?」
「酌は酌だろ……。他にもあんのか?」
「いいいや、そっちの酌だけならいいんだけど……」
「だから、そっちってどっちだよ……」
「いいのいいの。」

遊郭へ連れていかれたというのは驚愕の事実であったが、遊女と飲んだだけのようなので
胸を撫で下ろす銀時であった。


「……おもちゃ屋?」
「そっ。『大人の』おもちゃ屋。」

銀時が連れて来たのはアダルトグッズを売る店。日中は晴太も店番をしている店だが、流石に
この時間は働いていないようだった。銀時は土方の手を取って中へと入っていく。

客も疎らな店内を、銀時は目的のものを探してゆっくりと進む。

「ぎ、銀時……?」
「ここは知り合いがバイトしてる店でね……」

見たこともない商品ばかりが並ぶ光景に尻込みする恋人を安心させるように、銀時は土方の腰に
腕を回して身体を密着させ、笑顔で店の説明をする。

「エッチに使う道具なんかを扱ってるんだ。」
「えぇっ!?」

世の中にそんな店が存在するのかと驚嘆する土方に、銀時は近くの棚を指差す。

「ほらコレ。いつも使ってるローション。」
「あっ……」

見覚えのある桃色のチューブに土方はどこかホッとしている。

「……この棚、全部ローションなのか?」
「そうだよ。今度、色々試してみようね。」
「あ、ああ……」

どんな「色々」があるのか分からないものの、使う時には説明してくれるだろうと銀時の申し出に
とりあえず頷いたおいた。

「ああ、あった。……コレを買いに来たんだ。」
「えっ……」

銀時が足を止めた場所にあったのは挿入するための性具。
ただの楕円形のそれもあったが、土方が面食らったのは男性器に酷似した形状のもの。

「…………」
「これは張り型って言ってね……簡単に言うとチ○コの代わりに入れて使うんだよ。」
「はぁ!?」

こういった物に頼るのは、自力で恋人を満足させられないと認めるようで気乗りしなかったが、
かといって今すぐに体力をつけられるわけでもないし、仕事の都合で長期に銀時と会えなくなった
際に性欲を持て余すのを沖田達が見過ごすとも思えない。銀時にとっては苦渋の選択だった。

「どうしてもセックスしたくなったら、コレを使って。」
「コレを……?」
「使い方はホテルに戻って教えてあげるから……どれにする?」

未だに不安は拭い去れていないものの、銀時に教えて貰えるのならと土方は陳列棚に目を向ける。

「……銀時のと、似てる方がいいんだよな?」
「あっああ、そうだね。」
「うーん……あっ、コレ柔らかい。」
(俺のを思い浮かべてる十四郎……意外といいかも。)

パッケージから出ている見本を真剣に見詰め、触って吟味する姿はかなりそそられるものがあるなと
銀時は思っていた。

そうしてじっくり時間を掛けて土方は青色の張り型を選んだ。

「これにする。……色は全然違うけど。」
「ナカに入ったら色なんか見えないし、いいんじゃない。」

銀時は張り型の箱を棚から取り出して土方の手にある見本を元に戻す。
見本を受け取った時、握った感触が確かに自分のモノと似ていて柄にもなく恥ずかしさを感じた。


自分で支払うと言う土方を止めて銀時が会計を済ませ、二人はホテルへ帰っていった。



*  *  *  *  *



「これを、中に入れればいいのか?」
「そっ。セックスの時と同じようにローション使って……あっ、ゴムも使った方がいいな。」
「ゴム?……あっ、それのことか。」

枕元に置いてある小箱から取り出された平たい正方形のビニール。ホテルには必ず置いてある
それを二人はこれまで使用したことがなく、土方は何だろうとは思いつつも銀時から教えられた
ことを覚えるのに精一杯で、使わないものについてまで質問する余裕はなかった。

「これはコンドームって言って……見てもらった方が早いな。」

銀時は袋を破ってコンドームを取り出し、土方の前で広げて見せてから買ったばかりの張り型に
被せていった。

「こんな風に被せて使うんだよ。」
「何のために?」
「衛生的だからだよ。医者が使う手術の手袋とかと同じ役割。」
「ってことは使い捨てなんだな。」
「そうそう。」

コンドーム本来の使用目的とは多少異なるが、自分達に避妊は無関係のためその説明は省いた。
いっぺんに色々なことを言って土方を混乱させないようにというのが表向きの理由だが、
実際は、ただ自分が土方との性交で使いたくないから。けれど土方は、

「これ……次から銀時も着けた方がいいんじゃねェか?」
「え゛っ……」

あれだけの説明で正しい用途まで思い付いてしまう。

「なななななんで!?なんで俺が着けんの!?」
「だって、あんな汚ェところに入れるんだし……これ着けたら、銀時のが汚れないだろ?」
「だだだ大丈夫!十四郎のナカは全然汚くないから!!」
「じゃあ、銀時の手が汚れないように俺が着ける。」
「それもダメ!俺は直に十四郎を感じたいの!……十四郎は、俺に直接触られんのイヤ?」
「そんなわけないだろ。ただ、銀時はその方がいいかと思って……」
「俺もそんなことないよ。薄いゴム一枚でも、十四郎と隔たりたくないんだ。」
「銀時……」
「ってことで、被せるのはコイツだけね。」
「ああ。」


銀時が手にした張り型を前に、二人はふっと口元を緩めた。


(11.10.31)


というわけで後編はお道具レッスンですが・・・・すみません。まだ書き上がっていません。続きはなるべく早く書きます!

コンドームの正しい用途を土方さんが知る日は来ないかもしれません^^; まあ、早いのが悩みの銀さんは、ゴム使った方が長持ちするかもしれませんが(笑)

まずは、ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

追記:続きを書きました。