※「銀さん教えてレッスン2」の続きです。

 

 

銀さん教えてレッスン3


「副長ー、追加の書類、ここに置いときますね」
「ああ」

山崎の持ってきた紙の束を見て、土方は心の中だけで溜息を吐くと携帯電話を取り出す。

「…電話ですか?どちらへ?」
「銀さんに。この分じゃ当分休めそうにないからな…」
「デートの約束でもしてたんですか?」
「まあな」

山崎は土方に気付かれないよう、小さくガッツポーズをした。
実を言うと、持って来た書類の中には本来土方がやるべきでないものも混じっている。仕事を忙しくして
デートの機会を減らすため、土方に懸想している隊士達が少しずつ自分の仕事を土方に回しているのだ。

「先週も仕事でキャンセルになったんですよね?」
「ああ」
「旦那、文句言ったり怒ったりしませんか?」
「大丈夫だ。俺の仕事が忙しいのは分かってくれてる」
「そうですか…じゃあ、書類お願いします」
「ああ」

山崎は副長室を出て仕事に戻るフリをして、そっと襖の向こうから土方の様子を伺った。
確かに土方は銀時へ電話をかけ「仕事で会えなくなった」と言っている。だが山崎は何となく違和感を覚えたため
その足で沖田の元に向かった。



「おかしいと思いませんか?」
「何でィ、藪から棒に…」
「副長と旦那ですよ。今、電話で会えなくなったって言ってたんですけど…」
「良かったじゃねェか。これで今月はまだ一度も会えてねェわけだ」
「そうなんですけど…おかしいと思いませんか?」
「だから何のことでィ?」

沖田は山崎のように変だとは感じていないようだ。

「何度も何度もデートが潰れてるっていうのに、旦那は文句の一つも言ってないみたいなんですよ」
「理解のある恋人を気取ってんだろィ」
「副長に対してだけなら分かりますけど…」
「俺達には言ってくるじゃねーか」
「でも…そんなに切羽詰ってないというか…」
「言われてみれば…」

沖田は昨日、巡回(という名目のサボり)中に銀時と出くわした。その時には「お宅の副長さん
何でそんなに忙しいの?せっかくお付き合いできたのに、全然デートできないんですけど」と言われた。

「確かに…会えないわりに余裕がある気もするな」
「でしょ?旦那だったらここに来るくらいやりそうですよ。それなのに電話一本で大人しくしてるなんて…」
「まさか…こっそり会ってる?」
「そこまでは分かりませんけど…でも、可能性がないとは言い切れませんよ。副長だって屯所から一歩も外へ
出てないってわけじゃありませんし…」
「…確かめてみるかィ?」
「確かめるって言っても…こっそり会ってるなら、聞いたって素直に教えてくれるかどうか…」
「そうじゃねェ。土方さんを監視するんでィ」
「尾行ですか?」
「いや…そんなのより簡単な方法がある。要は土方さんを一人にしなきゃいいんだろ?」
「あっ、そうか!できるかぎり屯所にいてもらって、どうしても外に出るって時は必ず誰かが付き添えば…」
「味方は大勢いるんだ。皆で協力しようぜィ」
「はい」


*  *  *  *  *


沖田達の策略により、土方と銀時が「本当に」会えなくなって一週間、遂に銀時は真選組屯所を訪れた。

「どーもー…えっ?」

門の近くにいた隊士へ適当に挨拶をして中へ入ろうとしたところ、その隊士が両手を広げて立ち塞がった。

「なに?」
「ただいま特別厳戒体制ゆえ、関係者以外立入禁止です」
「いや、俺のこと知ってんでしょ?」
「顔見知りといえども真選組関係者以外は立入禁止です!」
「ちょっと副長さんの顔を見に来ただけだって…」
「本日副長に来客があるとは聞いていません。よって、お引取り願います」
「じゃあ入らないから、副長さん呼んで」
「それもできません」
「何で?」
「…外部の者に話すわけにはいきません」
「あっそ…。じゃあ…」

銀時は腰の木刀に手を伸ばす。隊士が言っていることは嘘だと分かりきっている。本当に厳重警戒中ならば
正面入口を平隊士一人に任せるはずがない。そう考えて強行突破を決めたところ、隊士の後ろから沖田が現れた。

「旦那ァ…物騒なことはやめてくだせェ」
「物騒なのはそっちでしょ?ナニ、特別厳戒体制って?」
「部外者に教えられるわけないでしょう?」
「じゃあ教えなくていいから副長さん呼んで」
「何の御用で?」
「暫く会ってないから元気かなァと思って」
「元気です。それじゃあ」
「ちょっと待って!」

沖田に押し返されそうになり、銀時は慌てて踏み止まる。

「ちょっと顔を見るくらいいいでしょ?」
「ダメです。厳戒体制ですからねィ」
「…どうあっても俺達を会わせない気?」
「これも仕事なんで、諦めてくだせェ」
「だったら俺にも考えがあるよ」
「…力ずくで行く気ですかィ?」
「そんなことしねェよ。何人いるか分かんねェけど、後ろに大勢控えてるんだろ?」

銀時が木刀を抜こうとしたらタイミングよく沖田が現れた。おそらく他の隊士達も、必要とあらば出てきて
二人が会うのを阻止するに違いない。

「厳戒体制ですから」
「はいはい…。まあ俺も、十四郎の部下達とやりあうつもりはねェよ。可愛い恋人の仕事仲間だもんね」
「…そうですかィ」

銀時の挑戦的な物言いに、沖田の声が一段低くなる。
二人は暫くの間じっと睨み合っていた。

「まっ、簡単に会わせてもらえんならとっくに会えてるよな…」
「分かってもらえましたかィ?」
「うん」

ニッと口角を上げた銀時はどうみても大人しく引き下がるようには見えない。
沖田は銀時が少しでも動いたら止められるように身構えた。

「土方十四郎ォォォ!!!」
「なっ!」

強引に屯所内へ侵入するのだとばかり思っていたが、銀時は一歩も動かずその場で叫んだ。
建物内からドタドタと足音が聞こえる。マズイ―沖田がそう思った時には遅かった。
大音量で自分の名前が呼ばれ、着流し姿の土方が玄関まで駆け出してきた。

「何があった!?…あっ」
「よっ、久しぶり〜」

恋人の姿を見とめ、険しかった土方の表情が瞬時に和らぐ。沖田もその場にいた隊士達も面白くなさそうに
土方のことを見つめた。土方はそんな隊士達を素通りして銀時の元に駆け寄る。

「銀さん…どうしたんだ?」
「十四郎が忙しくて出てこれなそうだから会いに来た」
「すまない。それにしても、何であんな大声…」
「あー…呼び鈴なかったから、大声出せば聞こえるかなァと思って」
「そんなの、その辺にいる隊士に言ってくれれば…総悟だって近くにいたみたいだし」
「いやァ〜…なんか、皆、忙しそうだから悪い気がして…」

銀時は沖田達に邪魔されていることを土方に言うつもりはない。余計な心配をさせたくないというのもあるが
それ以上に、隊士達の想いを土方に知られたくないのだ。
自分に想いを寄せていると知れば、土方は隊士達に遠慮して今以上に銀時と会う回数を減らしかねない。

「気を遣わせちまったみたいだな…。もうすぐ終わるから、上がって待っててくれるか?」
「あ、いいの?じゃあ、お邪魔しまーす」

銀時は土方に見えないよう、沖田達に勝ち誇った笑みを向けて屯所内へ入っていく。

「待ってくだせェ、土方さん。もうすぐ終わるって…あの書類、全部片付けたんですかィ?」
「俺の分は、な。…他のヤツらの書類も混じってたから多かったんだ。総悟、お前のもあったから取りに来い」
「…はい」

沖田は渋々土方と銀時の後を付いて副長室に向かった。

*  *  *  *  *

「これがお前の分。ちゃんとやれよ」
「はい…」

土方は沖田に書類の封筒を手渡すと、銀時に向き直る。

「銀さん、ちょっと待っててくれ。他のヤツらに書類配ってくるから」
「行ってらっしゃーい」

封筒の束を持って部屋を出て行く土方を、銀時は笑顔で送り出した。



「…どうぞ!」

銀時が副長室で土方の帰りを待っていると、山崎がお茶を持ってやって来た。その表情は非常に不満そうである。
おそらく、土方に言われて仕方なく持ってきたのだろう。

「いや〜、悪いね。茶菓子まで出してもらっちゃって」
「別に…」

山崎は不機嫌なのを隠そうともせず、ぞんざいに返事をする。

「ジミーくんさァ…ちゃんと副長さんを休ませてあげなきゃダメじゃない」
「そうですね…」
「昔はそれで良かったかもしれないけど、今は恋人がいるんだからさァ…プライベートも大事にしてあげないと」
「…分かってます。でも副長は、俺達の…真選組の副長ですから」
「でも十四郎は俺の恋人だから」
「くっ…。で、でもっ…副長のファーストキスは俺が、ぎゃあ!!」

何の前触れもなく銀時が勢いよく木刀を振り下ろし、山崎の体の横を掠める。

「いきなり何なんですか!?」
「避けんじゃねェよ…。大丈夫大丈夫…死んだ方がマシって思えるくらいに痛めつけるだけだから」
「全然大丈夫じゃないですよ!…もしかして、ファーストキスのこと怒ってるんですか!?」
「当たり前だ!テメー、何も知らない十四郎になんつー酷いことを…。俺ァな…十四郎を騙して『初めて』を
奪いやがった野郎をぶっ殺してやろうと心に決めてたんだ」

銀時を悔しがらせようとした一言が地雷であったと判り、山崎は即座に弁明しようとする。

「ちょっ、ちょっと待って下さい!別に騙したわけじゃ…」
「でもなぁ、十四郎の部下じゃ殺せねェし…だからギリギリで生かしておいてやるよ」
「いや、あの…」

銀時は山崎の話など聞かず、勝手に結論付けて再び木刀を構えた。山崎は畳に額を擦り付ける。

「すすすすいませんんん!!」
「謝って済むなら警察はいらねぇんだろ…。つーか、十四郎の純潔を奪うような警察なんざいらね…」
「ここにいやがったか、山崎ィィィ!」
「ひぃぃぃっ!」

怒り心頭の銀時に加え、土方もイラついた様子で部屋に戻って来て、山崎の脳裏をこれまでの人生が走馬灯の
ように駆け巡った。しかし、土方の登場で銀時の方は一気に態度が変わった。

「十四郎、お帰り〜」
「おう、もうちょっと待っててくれ」
「慌てなくて大丈夫だよ〜」
「コイツをシめたら終わりだから」
「ちょっ…」
「どーぞ、ごゆっくり〜」
「えっ、あの…副ちょ…」
「山崎…テメーが他のヤツらの書類まで混ぜて渡すから、無駄に時間がかかっちまったじゃねェか!
しかも、テメーの分まで混じってやがったぞ!」
「ぎゃああああ!!」

土方は山崎を仰向けに倒してその腹に跨り、ボコボコに殴っていく。それを見た銀時は、先程までの殺伐とした
気分が少し晴れた気がした。一通り殴り終わり、土方は立ち上がって着物の埃をはたくと山崎のみぞおち辺りを
踏みつける。山崎は「ぐえっ」と蛙が潰れたような声を上げた。

「テメーの分、終わるまで休むんじゃねェぞ」
「は、はい…分がりまじだ…」
「俺ァこれから出かけるが、サボったらタダじゃおかねーからな!」

そこまで言って、土方は漸く山崎から離れて銀時に向かう。山崎は攻撃箇所をさすりながら、ヨタヨタと土方の前に
進み出た。

「あの、副長…出かけるって、どこへ?」
「テメーにゃ関係ねェだろ」
「あ、あのっ、旦那と出かけるんですか?」
「当たり前だろ。せっかく来てくれたんだから」
「…ですよね」
「おやァ〜…ジミーくんは何だかご不満のようで…」
「あ?真面目に仕事してなかった分際で、俺が休むのに何の不満があるってんだ!」
「………」
「山崎!」
「…い、いってらっしゃい」

山崎は非常に悔しそうに声を絞り出した。それを見て、銀時が至極楽しそうに口を開いた。

「そういえば…十四郎が初めて『ご褒美で』キスした相手ってジミーくんなんだって?」
「は?」
「ジミーくんが言ってたよ」
「そうだったか?山崎、よく覚えてたな」
「覚えてたって…あの…」
「ンな昔のこと、俺ァあまり覚えてねェよ」
「ジミーくんは意外と記憶力がいいんだねー」

土方の反応に銀時はドSな笑みを濃くした。
想い人をデートに送り出すという屈辱的な現状だからこそ、美しい思い出は山崎にとって心の拠り所であった。
しかし銀時はそれすらも許したくはなかったのだ。

「銀さん、そんなことどうでもいいから行こうぜ」
「そうだね。行こうか」
「ああ。…山崎、行ってくる」
「お仕事頑張ってね〜」
「は、はい…」

あまりのショックに山崎はその場で硬直する。

(覚えてない?どうでもいい?そんな…そんなァァァァ!!!)

打ちひしがれる山崎の横を、二人は並んで通り過ぎていった。


(10.08.20)


 山崎は何とか4分の3殺しを免れたものの、非常に大きなダメージを食らいました。まあ、自業自得です(笑)。続きは銀土18禁です→