幸福な天邪鬼
〜十月二日の意地っ張り〜
子供達と暮らしているせいなのか、元来そういう性質なのか、坂田銀時という男はとにかく行事ごとが好きだ。
と、土方は認識している。
クリスマスや正月、節分などは言わずもがな、ひな祭りには万事屋のチャイナ娘のために折り紙で雛人形などを作ってやっていたし、信心深さなどかけらも持ち合わせていないくせに盆にはきゅうりとナスで牛馬を作ったりもしていた。春と秋の彼岸には必ずぼたもちを作るらしい。
二月のある日には、飲み屋で顔を合わせた途端チョコレートをよこせと手を差し出され、なんで俺がと言い合いになり、ついで三月の半ばには同様に菓子を強請られ、どうして俺がと喧嘩になった。七月には七夕飾りを作るのを手伝わされたし、つい先日は月見をしようと呼び出され、万事屋の屋根の上で団子を肴に酒を飲んだ。近隣の祭り事にはその大小を問わず、とりあえず顔を出してみることにしているらしい。
だからおそらく誕生日はさぞかし期待されているだろうと、十月分の勤務表を作りながら土方は考えていたのだ。
十月十日、仏滅。二人が人目をはばかる関係になって初めて迎える今年の銀時の誕生日は、間の悪いことに三連休の最終日だった。
何かと面倒ごとの起こりやすい行楽シーズンの連休中に、まさか副長である自分が率先して休みをとるわけにもいかない。あちこちやりくりをして、結局夜勤も含めて連休の三日間のシフトを可能なかぎり詰め込むことで、十日の夕方から休みをとっても格好がつくようにと工夫した。体力的には少々きついが、年に一度のことなのだからこのくらいはしてやってもいいだろう。あとは当日何も事件が起こらないことを祈るばかりだ。
そうやってとりあえず時間を確保したなら、次に考えるべきは肝心の内容だ。
ベタなイベントが好きなあの男なら、奇をてらったことをするよりいっそベタな祝い方をしたほうが喜ぶだろうか。ケーキに酒と食い物はいいとして、さすがに形の残るプレゼントをするのはいくらなんでも恥ずかしい。そこまで思考をめぐらせてふと土方は違和感に眉を寄せた。文机に肘をついたまま、煙草を挟んだ指でゆっくりと唇をなぞりながら記憶を手繰り寄せてみる。
そういえば、五月五日の自分の誕生日をあの男に祝ってもらっただろうか。
意味も無く自分の左手に視線を落として、それから壁にかかったカレンダーに目を向ける。天井を見上げ、もう一度左手に目を戻して、そういえば祝われていないなと結論を出した。
そうか、いくら祝い事が好きだといっても、さすがにいい年をした男同士で誕生日だなんだとはしゃぐほどにはめでたくはできていないのか。
先ほどさんざん苦労して作った勤務表を横目に見て、なんだかひどく空しい気分になった。めずらしくも浮かれていたらしい自分が恥ずかしい。
忘れよう。パタリと畳の上に仰向けに転がりながらそう心に決めた。
それから半月と少し。菓子屋の前などを通る時にちらりとその日のことが頭をよぎることもあったが、その都度土方は努力して思考を別の方へと向けるようにしてきた。二度ほど銀時と会う機会もあったが、本人の口から誕生日に関する事柄が飛び出すことも一切無かった。
やはりあの男も自分に誕生日を祝って欲しいなどとは露ほども思っていないのだろう。一人で先走ったまねをしてしまわなくて本当に良かった。銀時と別れ屯所へと向かう帰り道でそんなことを思ってほっと胸をなでおろしたりもした。若干の空しさを胸の隅っこの方に感じながらも、仕事は忙しく、日々は順調に過ぎ去って行く。
そうして十月に入り、空を行く雲に秋の気配が滲み出るある晴れた日に少女はやって来た。
その日昼食をとった土方は自室で書類整理に追われていた。急ぐ内容のものはほとんど無いが、とにかく量の多さに閉口させられる。うんざりとした気分で書かれた内容に目を通し、判を押し、不備のあるものは横へとよけ、単調な作業をくり返していると襖の向こうから「副長」と遠慮がちに山崎の声が聞こえてきた。
「なんだ」
煙草の灰をとん、と灰皿で落として土方は前を向いたまま答えた。
「あの、お客さんなんですが…」
「……客?」
来客の予定などあっただろうか。振り向いた先で勢いよく襖が開けられ、そこで薄桃色をした髪の少女、神楽が笑顔でひらひらと手を振っていた。
「チャイナ…?」
「よー、ニコチンコマヨラ。お前、あいかわらずニコチンまみれアルな」
少女は困惑気味の山崎の鼻先でパシンと襖を閉めて、ずかずかと大股で部屋の中へと入ってきた。土方は筆を置いて、体ごと後ろへと向き直る。
「……一人か?どうしたんだ?」
「一人アル。お前と銀ちゃんが誕生日の前の夜からしっぽりいく気なのか誕生日の当日にしっぽりいくつもりなのか、どっちなのか聞きにきたネ」
「―は?」
口を開いたら咥えていた煙草が膝に落ちて、慌てて拾い上げて灰を払った。土方の動揺などまったく気にした風でもなく、仁王立ちで腕組みをしたまま重ねて神楽が聞いてくる。
「私達だって銀ちゃんのお誕生日お祝いしたいネ。だけど人のコイジをじゃまするバカは馬の尻に頭をぶつけて死んでしまうって前に聞いたことあるヨ。仕方ないからお前の予定を優先させて私達は空いた時間でお祝いすることにするネ。だからとっとと銀ちゃんのびっくりエロエロバースデー企画の内容吐くヨロシ」
ふん、とふんぞり返るその姿を見上げて土方は一つ大きくため息をついた。つっこみたい部分は多々あるのだが、そこはぐっとこらえて机上の灰皿で煙草をもみ消しながら一言「んなもんねぇよ」と簡潔に答える。少女は丸い目を更に大きく見開いて、きょとんとした顔をした。
「どういうことアルか?」
「どうもこうもねぇ。俺ぁ『銀ちゃんのお誕生日』は前の日も当日も仕事が入ってんだ。しっぽりもエロエロもびっくりもねぇから、お前らの都合のいい時間に存分に祝ってやればいい」
「……お祝いしてあげないアルか?」
「そうだ」
「全然?」
「全然」
「プレゼントは?」
「だからねぇって」
答えるたびに神楽の眉尻が少しずつさがっていくのを見て、土方はなんだか自分が目の前の少女をいじめているような落ち着かない気分になった。
「…あのな。確かに俺と万事屋は……まぁ一応…そういう関係だが、だからっていい年こいた男同士でお誕生日も何もあったもんじゃねぇだろ。あいつだって、俺なんかに祝われるより、お前や下の飲み屋のあのおっかないバァさん達に祝ってもらう方がよっぽど嬉しいだろうよ」
言いながら、なんだか僻んでいるような口調になっていないだろうかと不安になってきた。実際、僻んでいるのだ。なんだこりゃカッコわりぃ、と眉を顰めて口を閉じる。神楽は唇を尖らせ、ややうつむきがちになりながらじとりとこちらを睨みつけてきた。その表情が機嫌をそこねた時の銀時によく似ていて、土方はやっぱ家族ってのは似るもんだな、などと場違いな感想をいだいた。
「…銀ちゃんにはお祝いしてもらったくせに」
「あ?」
「そりゃ、銀ちゃんはお金無いからしょぼい誕生日のお祝いだったかもしれないネ。だけど銀ちゃんは銀ちゃんなりに精一杯がんばってお祝いしようとしてたの、私知ってるアル!それなのにそんな風に言うなんてひどいネ!私、お前のこと見損なったアル!!」
「―な…、ちょ、おい、待て…!」
もういいアル、と言い捨てて背中を向けた少女を引きとめようと腕を掴んでみたはいいが、座った体勢のままでずるずると一メートルほども引きずられて大いに慌てた。
―うぉぉ、すっげぇ馬鹿力。
「おい!待てって!言ってる意味がさっぱりわかんねぇよ。しょぼいも何も、俺はあいつに誕生日を祝ってもらった覚えなんざこれっぽっちもねぇぞ」
右足を立ててふんばりながら、なんだかものすごく間抜けなことになってるな俺、と情けない気分に見舞われる。さすがに前に進むことが困難になった神楽が振り返って胡乱げな目をこちらへと向けてくる。
「嘘ヨ」
「嘘じゃねぇよ」
きっちりと視線を合わせて答えれば、少女は不機嫌な顔はそのままにコクリと首を横に傾げてみせた。
「…お祝いしてもらってないアルか?」
「ねぇよ」
「全然?」
「全然」
「マヨネーズのケーキは?」
「マヨ……なんだって?」
神楽は耳が肩につきそうなほど首を横に倒して黙りこんでしまった。その腕からすっかり力が抜けているのを確認し、ようやく土方は姫に求愛する王子のようなポーズを解いてその場に座りなおした。煙草を吸いたいと思ったが、ライターも煙草もすでに遥か後方の机の上だ。
「銀ちゃん、お前の誕生日のお祝いどうしようどうしようって、まだ桜の花が咲いてもいないころからずっとうるさかったネ」
「お金が無いとか、煙草とマヨ以外にお前の欲しいものがわかんないとか、いやいやこういうのは気持ちが大事なんだよ気持ちがとか、毎日一人でぶつぶつ言って、私とうとう銀ちゃんがボケちゃったんじゃないかって本気で心配してたアル」
「それからチョコチップの入ったのとかイチゴ入りのとか、マヨネーズのケーキをいっぱい作って、どれが美味しいかってたくさん試食させられたネ。拷問みたいだったアル。児童虐待とかでどこかに相談したほうがいいんじゃないかって新八と話しあったほどヨ」
「…美味そうじゃねぇか」
ようやく返した土方の相槌に、神楽は嫌そうに鼻の頭に皺を寄せた。
「五月五日は銀ちゃん朝から出かけていって、帰ってきたのは暗くなってからだったアル。……ホントにお祝いしてもらってないアルか?」
「…………ねぇよ」
呆然と答えると、神楽もまた両手をだらりと体のわきにたらし途方にくれた顔をした。
丸一日、いったいその日銀時はどこで何を思って何をして過ごしていたのだろう。
誕生日を祝おうと思ってみたはいいが、実際に行動に移そうとするとどこか気恥ずかしいような。くだらないと鼻で笑われるのではないかと気後れしてみたり。自分ばかりが相手のことを想っているようで悔しくもあり。そのうち身勝手な苛立ちを感じて心の中で相手を罵ってみたり。それでももしかしたら何度か屯所の近くまで来ていたのかもしれない。
そんな相手の様子を想像して、なんて馬鹿馬鹿しい話だろうと土方はため息をつく。臆病で意地っ張りで、表面上はどうということもないフリをしながらその実当たり障りのない距離をとることにばかり必死で。
どうして自分達はこんなどうしようもないところばかりが似ているのか。
―どうすっかな。
無意識に口元に手をやり、そこに煙草が無いことに気付いて仕方なしに乾いた唇を指先で撫でながら考えた。
「……チャイナ。頼みがある」
顔を上げると、辛抱強く待っていたらしい神楽がぱっと顔を輝かせた。
「まかせておくネ」
まだ内容も言っていないのに。だけど、なんと頼もしい。不敵な笑みで頷く少女に土方は肩をすくめて苦笑した。
そらいろびゃくだんの日野原緋乃さまよりいただきましたリク小説です。続きはこちら→★