中編


「と、いうわけで…トシの怪我が治るまでの間、世話役を付けることにしたからな。」
「近藤さん、ちょっと待ってくれ!怪我ったって動けないワケじゃ…」
「無理するな。左の腕と足を骨折し、全身打撲だぞ。本来なら入院してもいいくらいの大怪我だ。」
「だがこれは、俺の不注意が原因で…」
「縁側の修繕を怠った最終的な責任は俺にある。トシにはゆっくり休んでもらいたいんだが…
お前の性格上、それが難しいのも分かってる。だからせめて世話役を付けさせてくれ。」
「…分かった。心配掛けてすまねェな。」
「気にするな、トシ。…おーい、万事屋!入っていいぞー。」
「は?」

近藤さんが入口に向かって呼びかけると、襖を開けてアイツが現れた。

「どーも…」
「………」

嘘だろ?世話役ってコイツのことか!?手の空いてる隊士とかじゃねェのかよ!

「こ、こんどー…」
「万事屋、トシを頼んだぞ。」
「はいはーい。」
「じゃあ俺はとっつぁんに呼ばれてるからこれで…」
「ちょっ…」

近藤さんはそそくさと出て行ってしまい、部屋には俺と万事屋の二人だけになる。

「つーことで、当分の間よろしくな。」
「あ、ああ…」

思わず頷いちまったが、俺はコイツに何をさせればいいんだ?

「えっと…まずは何をすればいい?」

うん。それを今考えてたところだ…

「えっと…部屋の片付け、とか?」
「…かなりキレイに見えるけど?」
「じゃあ、庭の掃除。」
「おいおい…俺はお前の世話役なんだぜ?真選組の雑用係じゃねーの。」
「ンなこと言っても、テメーに頼む事なんかねェよ。」
「お近付きになれる折角のチャンスに、何やってるんでィ。」
「!!」

いつの間にか総悟が襖を開けて立っていた。余計なこと言いやがって…。
万事屋を呼ぼうと近藤さんに提案したのはコイツだな?

「別にコイツなんぞと近付きたかねーよ。」

多少距離が縮まったところで、俺と万事屋じゃタカが知れている。
ヘタに近付いてコイツが幸せになんのを見るくれェなら、いっそ遠く離れていた方がいい。
…仕事上、物理的に離れんのは難しいが、精神的には距離を置いておきたいと常々思っていた。

俺は万事屋に背を向けて、机の上の書類に取り掛かった。

「あらら…。旦那、すいませんねェ。土方さん、ドジって大怪我したもんで落ち込んでるんでさァ…」
「まあ、そういうこともあるよね。」
「てことで旦那、土方さんを慰めてやって下せェ。」
「慰めるっつってもねェ…」
「話し相手になってくれればいいですから。」
「いや、でも今は…」
「今から休みになるんで…」

総悟はいきなり俺の机から書類をひったくった。

「何しやがる!」
「局長命令でさァ…。土方さんは今日と明日、休養に専念すること。」
「ざっけんな!ロクに動けねェんだから事務処理くらいさせろ!」
「そもそもここ一ヶ月まともに休んでなかったでしょう?近藤さんの厚意は素直に受け取りなせェ。
まあ、俺はアンタが過労死しても構わないんですけどね…」
「チッ…」
「それじゃあ旦那、後のことは頼みましたぜ。くれぐれも土方さんに仕事をさせないで下さいね。」
「はいよ〜。」
「それじゃあ土方さん、楽しい休日をお過ごし下さい。」
「るせェ!」

総悟はニタニタと笑いながら去って行った。
再び部屋は俺と万事屋だけになる。だが総悟の言うように楽しくおしゃべりなんてする気もなく、
俺は持ったままになっていた筆を、意味もなく何度も何度も硯に押し付けた。

「とりあえずさ…茶ァでも淹れてこようか?」
「っ!」

万事屋は俺の手から筆を奪い取り、墨を切って硯の脇に置く…ていうか近ェ!!
移動する気配なんか全く感じなかったってのに…本当に、コイツって凄ぇよな…。

「…どうした?ボーっとして…」
「い、いや、何でもねェ…」

なに感心してんだ俺ェェェ!!さっきまで離れたいとか思ってたくせに…

「じゃあ、茶ァ淹れてくるからちょっと待ってろよ。」
「あ、ああ…」

俺の肩にポンと手を置いて、万事屋は部屋から出て行く。
アイツの触れた所が熱い。アイツ、優しいな…。仕事でやってるんだと分かっているつもりでも
淡い期待を抱いてしまいそうになる。いつまで経ってもアイツへの想いが消えねェのは、
心の何処かで「もしかしたら…」と思ってるからじゃないか?ンなこと絶対ェ有り得ねェのに…

なのに、こうしてアイツと二人だけで過ごせることに優越感を覚えてしまう。
…一体、誰に優越してるって言うんだ。…こないだの女共か?
それならむしろアッチの方が優位だろーが…。ドッキリだか何だか知らねェが、アイツと暮らしたんだろ?
つーか、誰相手であろうと、俺が優位に立てることなんかねェよ…

…くそっ、イライラする!こういう時は山崎辺りを怒鳴って殴ればスッキリすんのに、
この体じゃそうもいかねェ…。タバコでも吸うか…。
自由になる右手でタバコの箱を振ってみたが空だった。くそっ…タバコまで俺をバカにしやがって!

俺は空箱を握り潰し、壁に向かって投げ付けた。

「ゴミ箱はそっちじゃねーぞー…」
「チッ…」

タイミング悪く万事屋が盆を片手に戻って来た。
俺が立ち上がろうとすると「いいからいいから」と言って万事屋は俺の投げた空箱を屑籠に入れる。
それから万事屋は机の上に湯呑を置いた。

「ほい。…羊羹も持ってきたぞ。」
「テメーで食え。」
「えっ…?」
「ンだよ…。テメー、甘いモン好きだろ。」
「うーん…」

このくらいの役得がなけりゃ俺の世話なんかしたくないだろ…。
そう思って譲ったのだが、万事屋の返事は何故だか浮かない。

「甘いモンは好きだけどさァ…お前用に、マヨネーズかけちゃったんだよねー…」
「は?」

改めて万事屋の手元を見ると、二枚の皿に羊羹が二切れずつ乗っていて、一方にはマヨネーズが適量
(管理人注:羊羹の半分を覆うほどです)かかっていた。

「是非ともこれは、お前に食ってもらわねェと…」
「…食う。」
「良かった。…はい。」

万事屋が俺のためにマヨネーズを…ヤバイ…感動して涙が…

「くっ…!」
「ん?どっか痛ェ?…食べさせてやろうか?」
「い、いい!右側は、何ともねェからっ!」

俺は羊羹を一切れ口に放り込む。
…美味い!未だかつてこんな美味い羊羹は食ったことがねェ。マヨネーズの酸味と羊羹の甘みが絶妙な…

「お前さ…」
「あ?」

マズイ!あまりの美味さにコイツのこと、ほったらかしに…

「一ヶ月も休みなしって本当?」
「あ、ああ…」

良かった…。気分を害したわけじゃなさそうだ…。
万事屋は羊羹を頬張りながら話を続ける。

「お前ね…んぐっ…そんなに働き詰めじゃ、しなくていい怪我すんのは当然だぞ。」
「………」

この怪我はコイツが女と暮らしてたと知りイラついてたのが原因だが…そんなことは口が裂けても言えねェ。
コイツの言うように疲れてたってことにしておくか…

「春先は浮足立ってバカなことやらかす輩が多いんでな…」
「まあ、大変な仕事だってのは分かるけどよー…ちっとは自分のことを大事にしてやれよ。」
「そうだな…」

だがこうして怪我をしたおかげでコイツと過ごすことができている。
怪我をしているから、いつものようなケンカもしない。今は…怪我をして良かったとさえ思っている。
同時に、そんな自分に腹が立って仕方がねェ…



けれどもそれからの生活は、やはり俺にとって夢のような時間だった。

着替えは帯を結ぶ時に手伝ってもらい、風呂では背中と右腕を洗ってもらった。
万事屋は何から何まで世話するつもりでいたらしいが、それは悪いので、できることは自分でした。
俺の部屋に泊まり込むと聞いた時は驚いたが、隣(といっても別の布団だ!)にコイツがいるってだけで
妙な安心感があり、普段よりよく眠れた。
仕事にはほとんど手を出さず、けれど移動が必要になると何処からともなく現れて体を支えてくれた。
万事屋のおかげで、想像以上に生活が楽に送れた。


だがそれも今日で終わり。
午前中に万事屋付添いで通院し、ギブスが外れた。
二人で屯所に戻り、万事屋は今、自分の荷物をまとめている。

「…世話になったな。」
「いやいや、こっちこそ。新八と神楽のメシまで食わしてもらって…」

ここに泊まるのは万事屋だけだったが、食事はメガネとチャイナも一緒にと近藤さんから言われたようで
二人は毎日来ていた。
怪我をする前の俺は、メシなんか仕事の合間にかき込めば事足りると思っていた。
だがコイツが来て、メガネとチャイナとも一緒にメシを食って、忘れていた食事の楽しさを思い出した。
そういえば、初日に食った羊羹も美味かったな…


「それじゃあ、行くな?」
「ああ…」

風呂敷包みを抱え立ち上がった万事屋を玄関まで見送る。

「また怪我したら呼べよ。」
「るせっ。もう、あんなヘマしねーよ。」
「ハハッ…じゃあな。」
「じゃあな…」

軽く右手を振り、万事屋は自分の家に戻って行く。当然ながら、こちらを振り返ることなどない。
…これでいいんだ。今まで通りの関係に戻るだけ…


万事屋が去った後の部屋はやけに広く、やけに静かで、そしてやけに寒く感じた。

部屋の隅には万事屋が使っていた予備の布団が畳まれて置いてある。
俺はその上にうつ伏せた。
…微かに万事屋の匂いがする。この布団なら、仕事が立て込んでる時でもゆっくり休めそうな気がする…

・・・

・・・

・・・

何考えてんだ俺ァ…。
起き上がり、文机に向かう。それから…

くそっ…普段一人で何していたか全く思い出せねェ。
これまで生きてきた長さを考えれば、万事屋がいたのはほんの僅かな時間。
だが、俺の中ではその「僅か」が「僅か」でなくて…

「くそっ…」

こんなことで心を乱されているようじゃダメだ。難しいだなんだと言い訳してる暇はねェ。
一刻も早くアイツへの想いを断ち切らねェと…


(11.03.26)


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