後編


数日後、久しぶりに酒でも飲むかと一人で外へ出たのが間違いだった。

「おっ…」
「げっ…」

居酒屋へ行く途中、万事屋に出くわしてしまった。
なるべく会わないようにしてたのに…
こっちの事情など知らない万事屋は人懐っこい笑顔を見せる。

「もうすっかりいいみたいだな。」
「まあな。…じゃあ。」

会っちまったのはこの際仕方ねェとして…なるべく関わらないようにしよう。
俺はさっさとこの場から離れようと万事屋の横を通り過ぎる。
だが万事屋は「待てよ」と言って俺の肩を掴んだ。

「―っ!」
「折角だしさ、快気祝いってことで一杯どう?」
「断わる。」
「お、おい…」
「銀さーん!私なら何処までも付いていくわよ〜!」

何故か上から始末屋が降ってきて万事屋に抱き付く。
俺は咥えていたタバコのフィルターをギリリと噛み締めた。

「チッ…」

万事屋の手を振り払い、俺はとにかく前へ前へと歩いていく。
アイツの触れた所はやはり熱を持っている…チクショー、俺なんかに笑顔向けるんじゃねーよ!
アイツを慕う女は沢山いるというのに、微かな希望が胸にこびり付きアイツへの想いを断ち切れない。



「ハァー…」

気付いたら、俺は何処かの路地裏にいた。
薄汚れたそこは今の俺にピッタリの場所に思えた。
一縷の望みもねェくせに嫉妬だけは一人前で…あと少しあの場にいたらみっともなく喚き散らしそうだった。

俺は壁を背にしてそこに座り込んだ。

*  *  *  *  *

「やーっと見付けた。」
「なっ…」

時間にして十分くらいだろうか…。頭上からアイツの声が聞こえた。
万事屋は俺の前にしゃがんで視線を合わせると「ストーカーは追い払ったから飲みに行こう」と言う。

「行かねェ。」
「何で?」
「気分じゃねェ。」
「じゃあメシでも…」
「もう食った。」

できる限り素っ気なく、且つ、万事屋の目を見ずに答える。
なのに万事屋は引き下がらない。

「お茶飲むだけでもいいからさァ…なっ?」
「!?」

万事屋は俺の左手首を掴んで「行こう」と誘う。
俺は即座にその手を振り払った。

「触んな!」
「…なんでそんなにイラついてるわけ?」

万事屋が俺の肩に手を置く。
俺がその手を払う。

「触んな!」
「イヤだね!」

万事屋はムキになって俺の両肩を掴んだ。
それも振り払おうとしたが、力いっぱい掴まれていてそう簡単に外せなかった。

「離せ!」
「イヤだ!」
「いいから離せ!」
「イ・ヤ・だ!」
「俺に触んな!」
「何でだよ!」
「テメーに惚れてるからだよ!」
「えっ…」

俺…今、何て…?
万事屋の手から力が抜ける。

「俺はテメーに惚れてんだよ!テメーに優しくされるたび、勘違いしちまうんだよ!
勘違いされたくなかったら触んじゃねェェェ!!」

俺の口からは勝手に言葉が零れ落ちて、自分で自分が何を言っているのか分からなかった。
万事屋の手が俺から離れた。

「ひ、ひじかた…?」

最悪だ…。想いを断ち切るどころかヤケになって告白して、その上コイツが悪いみたいな言い方して…
勝手に勘違いした俺が悪いのに、コイツはただ、皆に優しいだけなのに…
もう元の関係にも戻れねェ…。だが、これでよかったんだ。これでコイツは俺から離れていく。
そうすればコイツへの想いも徐々に薄れていく、はず…

俺は膝に顔を埋めて万事屋が去るのを待った。
下を向いた途端、涙が出そうになったが万事屋の前で泣くわけにはいかねェ!
今コイツに優しくされたらまた…

万事屋の立ち上がる気配がする。これでいいんだ…。
早く…早くここから立ち去ってくれ!

「あのさァ…」
「!!」

至近距離で万事屋の声がする。立ち上がった万事屋は、こともあろうに俺の横に腰を下ろした。
着物の袖と袖が触れ合うほどの距離に心臓が跳ねる。
コイツの距離感はマジで心臓に悪い。酷ェこと言った直後だってのに好意を持たれている錯覚に陥る。
くそっ…

「おーい、聞いてる?」
「………」

万事屋の声からは怒りなど微塵も感じられなくて…ここで話をしたらまた、僅かな可能性を見出して
しまいそうで、俺は無視を決め込むことにした。

「…聞こえてるよな?さっきの、触るなってアレなんだけど…」
「………」

無視だ、無視!俺はテメーの話なんかにゃ興味ねェ!!

「アレさぁ…勘違いしてよかったら、触ってもいいってこと?」
「っ!!」

万事屋の手が…というか腕が、膝を抱えている俺の腕に重ねられ、もう一方は背中に回った。

「…ていうか、勘違いじゃねェからな。」
「!?」

万事屋の声が更に近付いてきて、そして何かが耳に触れた。
それはほんの一瞬で離れていったが、俺は思わず顔を上げた。

「うおっ!ちょっ…急に起きないでよ。なんか…照れるじゃん。」
「………」

なんだこの状況…。間近に万事屋がいて、万事屋は顔を赤くしていて、でも腕は、俺を、その…
だっ抱き締めてる、ような…。…俺が都合のいい解釈をしてるんじゃねェよな?
それに、さっき耳に触れたアレは…くっ唇じゃ、なかったか?

「あ、あの〜…何か言ってくんない?ずっと黙ってられるとキツいんだけど…」
「言うって…何を?」
「何って…だから、銀さんの告白に対するお返事とか…。あっ、いや、お前から告ったから返事は
いらないのか?あ、あれっ?じゃあ、何を言えばいいんだ?」
「それを聞いてるんだが…」

万事屋は俺から手を解き、腕組みをして「あれっ?」「いやいやでも…」とか言って一人で考え込んだ。
俺はといえば、あんな風に触れられて頭の中がフワフワする感じで上手く状況が飲み込めない。

「一つ確認したいんだけど…もしかして俺達、もう、お付き合い始まってる?」
「はぁっ?なに言ってんだテメー…」
「あ…やっぱりまだだよね…。えっ?じゃあやっぱ、お前から返事をもらわないとダメな感じ?
いや、でもさァ…。あ〜!もういいや。メンドクセェ!…土方十四郎くん!」
「お、おう…」

何で今、フルネームで呼ばれたんだ?

「俺と付き合って下さい!」
「………は?」

オレトツキアッテクダサイ…?えっ…コイツ、なにを言ってるんだ?

「あ、あの〜、土方くん?何で黙ってるんでしょうか?」

さっきから、何でコイツは俺に敬語使ってるんだ?

「ね、ねぇ、何か言ってよ…。もちろんOKだよね?だって、俺のこと好きって言ってくれたもんね。
…まさか、好きだけどそういうのはちょっと…とかじゃないよね?そんなの認めないからな!」

なにを認めないんだ?ていうか、次から次にしゃべんなよ…。俺はまだ、オレトツキアッテクダサイが
何だか分からなくてだな…

「ねぇ、土方くんってば!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。今、考えてるから…」
「考える!?それってどーゆーことだよ!やっぱアレか?俺がマダオだからダメなのか!?でもお前は
そういうのも込みで俺のことを好きになってくれたんじゃないのか!?」
「あー…ごちゃごちゃうるせェ!ちっと黙ってろ!」
「うぅっ…」

万事屋は漸く静かになった。…今のうちに状況を整理しよう。
えっとまず、コイツは何故か俺をフルネームで呼び、オレトツキアッテクダサイと言った。
「オレト」は「俺と」だろ?「クダサイ」は「下さい」だな。…何で敬語なのかはこの際後回しだ。
そんで残りが「ツキアッテ」…ん?「つきあって」?ま、まさか「付き合って」か!?

俺と付き合って下さい!?…いやいやいや、そんなワケあるか!
ななな何で万事屋がつつつ付き合って下さいなんて言うんだよ…。俺の聞き違いか?
だが、その前にも「勘違いじゃない」とか何とか…。そ、そうだ!コイツ、俺の耳に唇を…
まずはそこから確かめねェと…

「あ、あのよー…さっき、俺の耳に、その…何したんだ?」
「…えっ?いつの話?」
「だから…勘違いじゃねェとかなんとか言った時…」
「えっ?そこに戻ってんの?ていうか、アレがダメだったから返事を考えてんの?」
「よく分からねェから、何をしたか確認してるんだが…」
「ああ、そういうことね…。何って…キス、したんだけど…」
「キスぅ!?」
「あ、キスっていっても軽〜くだからね?だから…そんなに怒らないでよ。」

キス…。万事屋が俺に、キス…?

「な、何で、キスなんかしたんだよ…」
「何でって…好きなコに『惚れてる』なんて言われたら、嬉しくてキスくらいしたくなるもんだろ。」
「お前…好きなヤツがいるのか?」
「はい?…ちょっ、俺の話聞いてる!?お前に告白されて、嬉しくなってキスしたって言ったよな?
そしたら、好きなコってお前に決まってるだろ!」

万事屋はまた早口で捲し立てる。…もう少し落ち着いて話せよ。俺はテメーにキスされたことが判って
頭が上手く回らねェんだよ…

えっと…コイツの好きなヤツってのは「お前」なんだろ?お前…?って…

「俺かァ!?おおお前の好きなヤツって…」
「そっ、お前。土方十四郎くん。…ていうか、今になって驚くこと?」
「有り得ねェ…」
「俺だって、お前と付き合えるなんて思ってなかったよ。」
「付き合う…」
「あ、その返事はまだだったな?では改めて…土方十四郎くん、俺とお付き合いして下さい!」
「………はい。」

俺が返事をすると、万事屋は見たことないような笑顔になって、俺の肩に手を置いて、そして…



この日から、イライラすることが減った。
相変わらず総悟は俺を攻撃するし、山崎はミントンするし…でも、アイツが傍にいてくれるから…


(11.03.26)


7万打記念リクの第一弾はmai様の「銀さんloveな土方さん」と、alice様の「土方さん目線で、銀(→)←土から銀→←土の切→甘」を一緒にしました。

リク作品を書くといつも思うのですが…これ、リクに添えてますか?特に「切→甘」が難しかったです。これでもシリアス目に書いたのですが(当社比)

私が書くと何となくギャグ風味に見えて、あまり切ない感じにはならなかったかも?すみません。それから「銀さんlove」というか、単に嫉妬深い土方さんに

なってしまいました。すみません。…リク小説の後書きは、謝るのも恒例になってますね(笑)。銀←土はあまり書いたことがなかったので新鮮でした!

銀さんがいつから土方さんを好きだったのかはご想像にお任せします。タイトルは「ストレスと付き合う」ことと交際の「付き合う」をかけてるような気がします。

それから、この話には続きというか「おまけ」があります。リクエスト下さったお二方とも18歳以上ということでしたので、初エッチ話を…

できるだけ早くアップしたいと思いますので、それまでお待ちくださいませ。

追記:おまけアップしました。注意書きに飛びます。