「転校生を紹介する」
夏休みが明けて一ヶ月ほど経った頃、担任教師が放った一言を契機として俺の人生最大の試練が始まった。
担任と共に教室に入ってきたのは俺より少し背の低い目つきの悪い男。
左目に眼帯をしているせいで、目つきの悪さが際立っているようにも見える。
とても転校初日の不安なんて抱えてなさそうな、ふてぶてしい態度で黒板の前に立っている。
面倒臭そうなヤツ…それが第一印象だった。
俺は隣の席の恋人にこっそり話しかける。
「なあ土方…アイツさァ…」
「しんすけ…」
「へっ?」
「晋助、晋助だろ?俺のこと、覚えてねェか?」
「…もしかして、十四郎か?」
「ああ!久しぶりだな!」
「五年ぶりか?元気だったか?」
「ああ。晋助の方こそ…」
クラスメイト達は唖然とした表情で二人を交互に見ていた。近寄り難そうな転校生と、クールで口数の少ない
土方が楽しそうに会話している―それは一種、異様な光景だった。
「えっと…二人は知り合いか?」
「あ、はい。小学校まで一緒でした」
クラス全員が聞きたかったことを担任が代表して聞いてくれて、それに土方が答えた。
小学校まで一緒―「まで」ってことはその前も一緒だったってことか。結構長ェな…。
そんなことを考えていると、担任がとんでもないことを言い出した。
「それなら…席は、土方の隣がいいか?」
「本当ですか?ありがとうございます!」
「ま、まあ、慣れるまでは知ってる人が近くにいた方が安心だろ」
「はい!」
さっきまで全てを破壊しそうな勢いで睨んでいた男が、急に態度を改めたことに担任も面食らっている。
くっそ〜…ちょっと知り合いだったってだけで、いきなり来て土方の隣なんて!…ん?土方の隣?
土方の席は一番窓側の前から三番目。その隣に転校生が来るってことは…
「坂田、後ろの席と代わってくれるか?」
「えぇーっ!!」
「なんだ?嫌なのか?」
「俺、この席すっげぇ気に入ってるんです!お願い、先生!」
「そうか…それなら仕方ないな」
「はい!」
よ〜しっ!土方の唯一の隣死守!…そう思ったが甘かった。
「じゃあ、土方と桂、席代わってくれるか?」
「「はい」」
「えぇっ!?」
「それで、高杉はあの後ろの席に座ってくれ」
「分かりました」
土方は一番後ろのヅラと席を代わり、転校生―高杉という名前らしい―は、その隣の空いている席へ…
そんなのアリか!?これで学校に来る楽しみの半分は失った…。そんな傷心の俺の横を、高杉はニヤリと
笑って通り過ぎた。
坂田銀時VS高杉晋助〜R〜
「なにアイツ!すっげームカつくんですけど!」
「…晋助のことか?」
「そう!…土方の古い知り合いみたいだから悪く言いたかねェけど、アイツ、俺のことおちょくってるぜ」
「そうなのか?」
その日の昼休み、人気の疎らな屋上で土方と二人のランチタイム。いつもなら楽しいはずの時間にも
俺のイライラは止まらない。
「だってよ…アイツ、授業中に俺の方見たと思ったら土方にべったりくっ付いて…『羨ましいだろ』みたいな
感じでニヤニヤ笑ってるんだぜ」
「気のせいだろ。晋助はそんなヤツじゃねェよ。そもそも、俺と坂田の関係だって知らないはずだし…」
「そうかなァ。でもアイツのせいで土方の隣じゃなくなったんだ。せっかく隣の席になれたのに…。まだ席替えして
一ヶ月も経ってなかったのにさァ」
「教室の席くらいどこでもいいじゃねーか。…こうして、いつでも隣にいられんだし…」
「土方…」
土方はちょっとだけ俺との距離を詰めて座った。土方に近い方の腕がほんのり温かくなった気がする。
…そうだよな。俺達付き合ってんだし、土方しか頼る人がいない転校生のために、席くらい譲ってやるか。
俺達は高一の秋から付き合い始めて、もうすぐ一年になる。
入学式の日、俺は土方に一目惚れしたんだ。
* * * * *
一年前の四月。母親と共に校門を潜った俺は、親と一緒にいるのが恥ずかしくてさっさと親を体育館へ行かせ
生徒用の下駄箱へ向かった。それぞれのクラスの下駄箱に名簿が貼ってあり、俺はZ組だった。
どう見ても一学年二十以上クラスがあるとは思えないのだが、なぜかZ組だ。…変な学校。
そんなことを思っていた時、そのZ組の下駄箱近くで俺は衝撃的な出会いをした。
…衝撃的だと思ってるのは多分俺だけで、あっちは普通の出会いだと思ってるんだろうけど。
俺とは違う艶のある黒髪に、意志の強そうな瞳。ただ黙ってそこにいるだけで絵になるような色男。
吸い寄せられるように、俺はその男に近付いていた。
「あのさ…何組?」
「えっと、Z組」
ああ…低めの声もカッコイイ。
「俺もZ組なんだ。坂田銀時…よろしくね」
「ああ。俺は土方十四郎だ」
「土方ね…。土方は付き合ってるコとかいるの?」
「はぁ!?何だよいきなり」
土方は思い切り怪訝な顔をした。…マズイ。会っていきなり聞くようなことじゃなかったな。
「悪ィ悪ィ…すげぇカッコイイからモテるんだろうなと思って」
「別に、モテねェよ」
「…その反応は付き合ってるコいないってことだな?」
「…そういう坂田はどうなんだよ」
おぉ!名前呼んでくれた!
「あ、俺?俺もいねェ。ていうか、土方の恋人に立候補したい」
「はぁっ!?」
「今すぐじゃなくていいよ。ダメなら諦めて友達で我慢するから…」
「…意味分かんねェ。フツー、そういうのって友達からスタートするんじゃねェの?」
「土方はそっち派?じゃあ、まずはお友達から…」
「変なヤツ…」
それから俺と土方は一緒に教室へ行って、その日からずっと二人でつるんでた。
土方は剣道部に入り、帰宅部の俺とは一緒に帰れる日が少なくなったけど、それでも俺は出来る限り
一緒にいたくて休み時間は必ず土方と過ごしたし、土方もそれを楽しんでくれていたと思う。
入学して半年が過ぎた頃、いつものように土方と二人で昼メシを食っていると土方が俺に聞いた。
「なあ坂田…なんかほしいモンあるか?」
「へっ?なに、急に…」
「もうすぐ坂田の誕生日だろ?」
「あー…もうそんな季節かァ…」
「プッ…なんだよそれ。お前、時々ジィさんみたいなこと言うよな」
「誰がジィさんだ!今は土方の方が年上だろ!」
「悪ィ悪ィ。…で、プレゼントの希望はあるか?」
「プレゼントねェ…。俺、土方がほしい!…なーん「いいぞ」
「ちゃって…えっ?………えぇーーっ!!」
「…うるせぇよ。いらねェならファミレスのパフェにするぞ」
「いいいいります!ほしいです!土方を俺にください!!」
「…結婚の挨拶かよ」
「俺、お付き合いするなら結婚する気で行くから!
病める時も健やかなる時も……何だかんだで、永遠の愛を誓います!」
「随分あやふやな誓い方だな…」
「こういうのは気持ちが重要なんだって!…でもさ、本当にいいの?」
「…俺の恋人に立候補してたんじゃなかったのかよ」
「そうだけどさ…今まで何人もの落選者を見てきたから…」
入学式の三日後に同じクラスの女子が告って以来、本当に何人か分からねェくらいの女子が土方に告っては
フラれていた。だから土方は、まだ恋愛に興味がないのかと思ってたんだ。
「…既に当確がいるんだから、他のヤツらが落選すんのは当たり前だろ」
「土方、それって…」
土方はいたずらっぽくニッと笑った。
「俺の方が先に好きになってたってことだ」
「ウソ…。だって俺、入学式の日に一目惚れしたんだよ?それより早くなんて…」
「入試の時、きらきら光るお前の髪に魅了されたんだ」
「マジ!?そんな前から俺のことを?」
「ああ。…まさかソイツと同じクラスになって、しかもいきなり恋人に立候補とか言われるとはな…」
「何で今まで黙ってたの?言ってくれればもっと早くお付き合いできたのに…」
「本気かどうか分かんなかったからな。お前、一日に一回は好きだって言うし…」
確かに、挨拶代わりに好きだって言ってた。でもそれは…
「むしろ、本気をアピールするために何度も言ったんだけど…」
「…そのうち何回かは『俺も』って応えただろーが」
「そういえば…」
「ほら見ろ。テメーだって本気だとは思ってなかったじゃねーか」
「うぅっ…。でっでもさ、今日からは本気でお付き合いだよね?」
「ああ、もちろんだ」
「えへへ…やったァ」
こうして俺は、十五の秋に土方とお付き合いを始めた。
* * * * *
再び現在。
「あのな坂田…」
「ん?」
「今日は部活ねェから、帰りにカラオケ行こうって約束してただろ?」
「うん」
「それ…また今度でもいいか?」
「別にいいけど…何かあんの?」
「ちょっと、用事が出来て…悪ィな」
「いいよー。じゃあカラオケデートはまた今度ね」
「ああ」
その時は「今度」なんてすぐに来ると思ってたから、デートが中止になっても特に気にしてなかった。
(10.09.24)
タイトルの「R」はRevenge(リベンジ)のRです。R指定ではありません。以前書いた銀時VS高杉の高杉が少し(かなり?)アレだったので、もうちょっと真面目に高杉を書こうと…。
でも私の言う「真面目」なんで、ドシリアスな展開にはなりませんよ。 後編はこちら→★