※銀&土リバWEBアンソロ企画「リバタマワンダーランドWEB」に寄稿した作品です。
※「ゴールめざして」と同設定になります。









将来の夢:6年3組 坂田銀時


桜の花びら舞い散る運命の日に、坂田銀時少年は運命の人と出会った。
……と思っているのは坂田だけで、相手は仕事の一部でしかなかったのだけれど。

運命の出会いは十一年前の四月六日。当時、坂田は小学五年生だった。
タイトルに「6年3組」と入っているが間違いではない。運命の出会いは彼が五年生の時。
その日は始業式でクラス替えで新しい担任発表の日――つまり、彼にとって運命の出会いの日。
……え?運命は分かったから話を進めろって?あ、はい、すみません。では進めま〜す。

というわけで、運命の四月六日……


*  *  *  *  *


「今日からこの五年三組を受け持つことになった土方十四郎だ。よろしく」

黒板の中央に書かれた「土方十四郎」の文字を見て坂田少年は、「あれで『ひじかた』って
読むんだ……変なの」と思った。だが、隣に座る女子が後ろの女子と「土方先生カッコイイね」と
話しているのが聞こえて、そこで初めてきちんと担任の顔を見た。

その瞬間、彼は自分の中で赤い実の弾ける音を聞いた。

マジでカッコイイ……顔はもちろんのこと、背は高いし脚は長いし、何より銀髪天然パーマの
坂田にとっては永遠の憧れであるサラツヤストレートヘアー!しかしそのことをひけらかすような
滑らかなフォルムではなく、所々短い毛がぴょんぴょん跳ねているのは坂田的に高ポイントだ。
重力に従い只管真っ直ぐ下へ伸びるだけのぴったりヘアーなど許せない。ストレートに分類された
ヤツらにだって反抗期くらいあるはずなんだ。重力に逆らってみたくなっちゃう時だってあるさ。
あの先生はそんな「お年頃」の髪達を無理に押さえ付けることなく自由にさせている。お前らも
そのうち大人になるんだろ?それまでは横でも上でも好きに伸びればいいさ、と。

兎にも角にも土方先生はカッコイイと坂田は思う。
よく見れば瞳孔が開いていて目付きがやや怖いけれど、素敵な眼鏡のおかげでクールな感じに
見えなくもない。土方先生の全てが煌めいて見える魔法にかかってしまった少年の目には、単なる
黒縁眼鏡もお洒落な眼鏡に映っていた。これはもう、今日から学校休めねェな……

と、ドキドキがワクワクに変わったところでふと気付く。自分も担任も男であると。
自分はホモだったのか?確かに今まで女子を好きになったことはないが、男子を好きになった
こともない。というかこれは恋なのか?先生はカッコイイと思うけれど結婚したいとまでは……

先生と結婚……

「坂田……坂田銀時!」
「あ、はいっ!」
「次からは呼ばれたらすぐ返事しろよ」
「あ、はい」

いつの間にか点呼が始まっていたらしい。印象を悪くしてしまったのではないか。恋愛は第一
印象が重要だと何かで聞いたことがあるのにマズイ……だがそうか。やはりこれは恋なのか。
先程、自分と先生が結婚すると考えただけでとても幸せな気持ちになった。結婚したら先生が
坂田十四郎になるのだろうか。それとも自分が土方銀時?ああ、どちらも捨て難い……

ここで漸く、男同士では結婚できないことに気付く坂田少年。

まったく使えない法律だ。誰が作ったんだ。責任者出て来い!男女平等ではなかったのか。
女とは結婚できるのに男とはできないなんて変ではないか。こういう世の中の矛盾が少年達を
非行に走らせるんだ。……しかし、自分には先生がいるから悪いことをするわけにはいかない。
教師の好きなタイプといえば優等生に違いないと、坂田少年は優等生になることを決意した。

優等生に、俺はなる!!


*  *  *  *  *


担任教師に一目惚れした少年は、それから本気で勉強を頑張り、委員会にも係にも立候補して、
とにかく先生に褒められそうなことなら何でもした。そのうち、男同士でも結婚できる国がある
ことも調べて分かり、しかも母親達が、先生には恋人がいなさそうだと噂をしていたのを聞き、
いつしか、自分が大人になるのを待っていてくれているんだと思い込むようになっていった。

そんな、子どもにはよくある他愛もない勘違いをしてバラ色の学校生活を送っていた坂田少年に
最初の試練が訪れたのは、運命の日からひと月も経っていない四月のある日。その日は朝から
しとしとと雨が降っていた。

「おはよ……」
「何じゃ?元気ないのう」

登校した坂田へ最初に声を掛けたのはクラスメイトの坂本辰馬。坂田がだんまりを続けていても
めげずにどうしたどうしたと聞いてくる、遠慮や気遣いなどとは無縁の男。
坂田は思った。むしろ、どうして分からないのかと。彼だけは、このクラスで彼だけは自分の
苦労が分かると信じていたのに――唯一無二の親友(この日限定)に裏切られた思いの坂田は、
ふらつきながら自分の席へ向かう。そこにニヤニヤと笑いながらやって来たのは高杉晋助だった。

「よう銀時……オメーの頭、膨らんでねェか?」
「るせェ……」

高杉は人を落ち込ませることを特技とするクラスメイト。そしてもう一人、

「爆発に巻き込まれたのか?それでも登校するとは見上げた根性だ!」
「違ェよ……」

坂田曰く、見た目から喋り方まで全てがウザいクラスメイト――その名もヅラ。

「ヅラじゃない桂だ」
「お前、誰と話してんだ?」

ナレーションにもツッコミを入れるウザいヅラは長髪で、サラサラヘアーをこれみよがしに
アピールしているよう。将来禿げてしまえ!そこそこ近い将来禿げてしまえ!!と坂田は心の中で
クラスメイトに呪いをかけた。

「……で、その頭はどうしたのだ?」
「湿気で膨らんだんだろ?ククッ……天パは大変だなァ」
「何じゃ……そんなことで悩んどったんか」
「俺のはおしゃれパーマだっていつも言ってんだろ!本当はサラサラヘアーなんだよ!!」

マグロだって何だって「天然」が持て囃されるというのに天然パーマの扱いときたら……
そして遂に始業のチャイムが鳴り、担任が教室に来てしまう。坂田は急いで通学帽を被った。

「おはよう……ん?坂田、教室では帽子を脱げよ」
「あの……今日は、ちょっと、髪型が決まらなくて……」
「髪型?どれ、見せてみろ……笑わないから」
「…………」

自分の席まで先生が来てくれてたのに駄々を捏ねるわけにはいかない。何せ自分は「優等生」
なのだから……坂田は仕方なく帽子を脱いだ。それに対する担任の反応は、

「どこも変じゃないぞ。いつも通りくるくるだから安心しろ」

というもの。
「くるくる」という言葉が少年の頭の中をくるくると回る。せめて「ふわふわ」や「もふもふ」
ならばまだ良かったものを、くるくる……くるくる……くるくる……くる――

「先生のバカ!アホ!メガネ!バカ!サラサラヘアーだからって天パなめんなァァァァ!!」
「坂田……」

実を言うと、この時初めて土方先生は坂田が天然パーマであることを知った。
友人に髪型のことでからかわれては「おしゃれパーマ」だと返していた坂田。それを強がりだとは
気付かず、坂田は敢えてこの髪型にしており、しかも気に入っているのだと信じていたのだ。
だから土方としては全く悪気がなかったわけだけれど、坂田少年はくるくるショックによって
我を忘れ、大好きな先生を罵ってしまった。


その日の朝の会はそのまま机に突っ伏して一度も顔を上げずに過ごした坂田。しかし、暫くすれば
言い過ぎたと反省し、その後はちゃんと授業を受けながら先生に謝る方法を考えていた。
自分が大人になるのを待っていてくれる先生に、今の自分にできる精一杯の罪滅ぼしを――
きちんと謝れば、優等生としての自分の株が更に上がるかもしれないという打算とともに。

菓子折りでも持って謝りに行きたいが、児童や保護者から教師が物をもらうことはできない。
であるなら喜ぶことをしてあげるってのはどうだろう。サービスするだけなら大丈夫なはずだ。
何にしようか……坂田少年は知恵を絞る。
折角だから先生の好きなものを使って何かしよう。先生の好きなものといえばマヨネーズだ。
飼育当番で土曜日に登校した際、先生の顔を見に行ったら昼食中で、かつ丼の上にとんでもない
量のマヨネーズをかけて食べていたっけ。
あれには、恋心が一瞬にして消えてしまいそうなほどの衝撃を受けた。だが結婚前に食の好みが
分かって良かったではないかと何とか持ち直すことができた。そんなマヨネーズ。

しかし先程も述べたようにマヨネーズそのものをあげることはできない。けれど先生がいつでも
マヨネーズを思い出せるような何かができたら……いっそのこと、マヨ先生とか呼んであげては?
いやそれではそのまま過ぎてつまらない。マヨ方先生?もう一捻りほしい。ヒジネーズ先生は?
ダメだ。これでは誰だか分からない。

マヨ八?

坂田少年は閃いた。そうだ!マヨ八先生がいい!
先生の大好きなマヨネーズと世界で最も偉大な教師(と、坂田少年だけが思っている)銀八先生の
「八」――最高の組み合わせではないか。

「マヨ八」の出来に満足した坂田は肝心の謝罪をすっかり忘れ、その日からマヨ八先生と呼んだ。
そしてそのあだ名はあっという間にクラス中に知れ渡り、マヨ八先生は人気教師になった。

……と、思っているのは坂田少年だけ。いいことをした気分になって、普通に呼ぶよう幾度
注意されても照れているのだと思い込み、いいからいいからと「マヨ八先生」で通した。
「マヨ八」が悪口と捉えられているなど夢にも思わずに。


*  *  *  *  *


ある日の放課後。委員会活動で残っていた坂田は、下校前に愛しの先生の元(職員室)を訪れた。

「マヨ八せんせー」
「土方だ」
「はいはい」
「委員会、終わったのか?」
「うん」

土方先生の机はいつ行っても片付いていて、隣の席のゴリラとは大違いだと坂田は思う。
ゴリラというのは隣のクラスの担任で学年主任。名前は……言わなくてもお分かりですよね?
彼の机は物置と見紛うほど本やファイルが積んであり、時折、土方先生の机まで侵食している。
俺の先生は机の上までイケメン――坂田は誇らしく思っていた。
そんな、どこからどこまでカッコイイ先生の机の上にマグカップが一つ……チャンス!!

「それ何飲んでんの?ちょっとちょーだい」
「あ、おいっ」

先生との間接キスに成功したと喜んだのも束の間、

「おぼろろろろろ……」

あまりのマズさに坂田は飲んだものをその場で吐き出してしまった。

「大丈夫か、坂田」
「何この酸っぱ苦い黒いの……毒?」
「コーヒーだよ、コーヒー」
「はぁ!?コーヒーってのはもっと薄茶色で甘くて……」

やはり毒が入っていたようだ……先生を狙った犯行だな?許せん!犯人は何処のどいつだ!!
とまあ、ジッチャンの名にかけて毒殺犯を探し出してやろうと坂田少年が息巻いていたところ、
愛する先生から事件解決のカギとなる重要証言が飛び出した。

「それ、コーヒー牛乳だろ」

コーヒーとコーヒー牛乳の違いとは?坂田少年にとって難し過ぎる大人の世界。

「今飲んだやつに牛乳と砂糖をたくさん入れるとこうなるんだよ」
「あんなに美味しいコーヒー牛乳の元がこんな毒物だったなんて……」
「まっ、子どもはコーヒー牛乳で充分だな」

ちょっと笑いながらマグカップを口に運ぶ先生に対抗心が湧いてくる。

「ムッ!俺が大人になったらなァ……もっと酸っぱ苦いやつ一気飲みしてやるからな!」
「ハハッ、分かった分かった……」
「マジだからな!逃げんじゃねーぞ!」

と言いながら逃げるように職員室を出た坂田は、先生から間接キスしてもらったと後で気付き、
その日はドキドキして眠れなかった。


*  *  *  *  *


六年に上がっても担任は土方先生で、やはりこれは運命なのだと、もう結婚するしかないなと、
坂田の思い込みは最高潮に達していた。振り返ってもこの一年、特に何かあったわけではない。
担任とその教え子として他の児童と何ら変わらぬ待遇であり、五年から六年に上がる際、クラス
替えがないのも一般的ではあるのだけれど。

「えー、集めるだけ?発表しねーの?」

進級して間もなく出された作文の宿題。先生への熱き思いを認めてきた坂田は、これを聞いて
先生がどんな風に喜んでくれるのかとウキウキしながら登校した。
それなのに発表どころか内容も何も聞かず、後ろから集めるように言う先生に坂田は反発する。

「皆の前で発表するのは恥ずかしいだろ」
「恥ずかしくありません!」
「分かった分かった……じゃあ坂田だけ読んでいいぞ」
「はいっ!」

自分だけ……特別扱いされたと喜び勇んで立ち上がる坂田少年。原稿用紙を顔の前でバッと広げ、
見ててね先生、と心の中で呟いた。

「将来の夢――6年3組坂田銀時。ぼくの将来の夢は土方先生と結婚することです」
「はっ?」

土方先生は思わず間の抜けた声を上げた。それはそうだ。この日まで坂田少年は、一度として
自分の思いを伝えたことなどなかったのだから。むしろ「雨の天パ事件」とそれに続く「マヨ八」
呼ばわりから、嫌われているものだとばかり思っていた。
そして勿論この時の坂田は、先生がショックのあまり呆然としていたことなど思いもよらずに、
これでクラス公認の仲になれたと浮足立っていた。

坂田の発表に騒然となるクラス。ヒューヒューとかホモだホモだとか気持ち悪いとか……
授業中は静かにするものなのに煩いヤツらだ。先生に迷惑がかかるじゃねーか。

「うるせェ!」

一番迷惑をかけているのが自分だなどとはつゆ知らず、不真面目なクラスメイト達を注意して
先生には「安心していいよ」という思いを込めて微笑んでから、再び原稿用紙へ視線を落とす。

「結婚するのは4月6日です。それは、ぼくと先生が出会った運命の日だからです!でも、4月
6日が仏滅だったら、先生の誕生日の5月5日か、ぼくの誕生日の10月10日にします」

先生の誕生日は本人に確認したわけではないけれど、とっくにリサーチ済み。

「日本では先生と結婚できないので、結婚できる国に行って結婚します。
それか、ネズミーランドで結婚します」

ネズミーランドは同性でも結婚式ができる所。坂田にとって結婚と結婚式の違いなど存在しない。

「プロポーズはバレンタインデーで、土方先生は給料3ヶ月分の指輪と特大チョコレートをくれて
『結婚しよう』と言いました」

結婚の話の後にプロポーズが来たのは、単に原稿用紙が余ったから。

「ぼくは『いいよ』と言って、ホワイトデーにマヨネーズをあげました。こうして、土方先生と
ぼくは末永く幸せに暮らしましたとさ。終わり」

どうだ、俺の渾身の作文!坂田少年は先生を見詰めた。
指輪とチョコレートのお返しがマヨネーズだけとか、そういうことは気にしないでいただきたい。
結びが昔話風なのも同様に。小学生なのだから仕方がないだろう。

「坂田、座っていいぞ」
「はいっ!」

先生の返事は……坂田だけでなく、クラス中の熱い視線が教師に集中する。

「あー……夢を持つことはいいことだ。夢を叶えようと努力することはもっといいことだ。
真剣に努力をすれば、例えその夢が叶わなくとも自分自身が成長できる。成長は、新しい夢を
見付ける原動力だ。というわけで皆、夢に向かって頑張るように」

そこまで言うと「じゃあ教科書二十七ページ……」と、通常授業へ戻った。



もちろん、土方先生はやんわりと断わったわけなのだが、結ばれる運命だと信じ切っている
坂田少年にその思いは全くもって伝わらず、頑張って努力して成長して先生を迎えに来ようと
卒業式の日まで頭の中は春のままだった。

「じゃーなー、マヨ八ィ〜」
「最後くらいちゃんと呼べ坂田ァ!」
「ハハハハハ……」

笑って別れた卒業式。すぐに迎えに行くつもりだったから。

けれど中学に上がって、世界が広がって、ちょっと大人になって、先生のことは子どもの頃の
思い出のひとつになっていった。
中学生から見ても小学生なんてまだまだ子どもで、所詮はガキの恋愛ごっこだったのだと。


*  *  *  *  *


こうして土方先生のことを思い出す日もなくなっていた高一の冬、再び坂田の前に「将来の夢」が
突き付けられた。それは六年生の時に思い描いたような明るく希望に満ちたものではない。
より具体性を帯びた、現実的な、進路選択に直結するもの。進学希望者の多いこの高校にとっては
要するに、どこの大学を受けるのかということだ。

幸いにも彼は、小学校時代からの勉強癖がついていたせいか成績はそこそこいい。それゆえ、
余程の高望みをしなければどこかの大学には入れそうで、そこの心配はしていなかった。
問題は、何の学部にするか……

将来を考えて学部を選べと言われても、やりたい仕事なんて考えたこともないから分からない。
そういえば、小六の時に「将来の夢」という作文を書かされたっけ。本来はあの時に考えている
はずだったのだ。それを「先生と結婚」て……坂田は当時を懐かしむ。
あのような作文をよく皆の前で読み上げられたものだ。若さとは恐ろしい。真っ直ぐ過ぎて怖い。
それにしても、そんな恐ろしい作文を最後まで読ませてくれた担任も大したものだ。普通の教師
だったら最初の一行で強制終了ではないか。

土方先生、元気かなぁ……

一旦思い出してしまうと、次から次に湧いてくる楽しかった子ども時代の思い出。
別に今だって結構楽しく過ごしているけれど、あの頃は定期テストも受験もなく、本気で先生と
結婚できると信じているだけのおめでたい時代だった。
そういえば先生、コーヒーはブラック派だったっけ……自分は今でもコーヒー牛乳派だ。

コーヒー牛乳といえば……

 『先生って身長いくつ?』
 『一七七』
 『あと二十五センチもあんのかチクショー……。よしっ、今日から飲み物は全部
 いちご牛乳かコーヒー牛乳にしよう!』
 『普通の牛乳じゃねェのか?』
 『ただの牛乳は甘くないからあんま好きじゃないんだよね……』
 『甘いもんの摂り過ぎは体に悪いぞ』
 『いや、オレは糖分を信じてる。アイツに悪い所なんかない!』
 『はいはい』

……なんてことがあった。依然として十センチ以上足りない身長に、まだ成長期だしと自分を
鼓舞してみる。結婚云々はとうに考えていないが、自分の中のカッコイイ大人の基準として
土方先生がいるように思う。
というか身長の話をしたのは作文発表の前だったか、後だったか……

あのような内容の作文を発表したにもかかわらず、土方先生は何も変わらなかった。
もしかしたら内心では坂田の思いを拒絶していたのかもしれないが、少なくとも表に出しては
いなかった。そして、当の先生が何も変わらなかったからか、クラスの雰囲気も変わらなかった
ように記憶している。
自分は何かと理由を付けて先生の所へ行っていたけど、それをからかったりバカにしたりという
ヤツもいなかったような……まあ、頭の中春だったから気付かなかっただけかもしれないけれど。
こういうのを「優れた学級運営」と言うのだろうか。少なくとも自分はあの先生に会わなかったら
勉強しようとか規則を守ろうとか、そういう「当たり前」の気分にはならなかったに違いない。

何も特別なことをしなくても目立ってしまうトクベツな存在――生まれ付きの銀髪のせいで彼は
幼い頃から周りと同じことをするのが嫌いだった。同じことをすれば余計に「違い」が際立つ。
だから大人の言うことは聞きたくなかったし、流行り物には興味を示さなかった。
そんな自分を普通の良い子にした土方先生は偉大だ。

まあ、性的な意味では普通でなかったわけだが、それに関しても坂田は感謝していた。
上手くかわしてくれたおかげで傷付くことなく終わった初恋。幸せなままに終わるなんて
「この業界」でなくとも貴重な体験だろう。

そうだ、教師になろう。

これまでの人生において最も尊敬できる人が教師だったから、坂田は教師を目指すことにした。

(13.04.05)


中編