2015年土誕記念作品〜二日遅れの誕生日〜
麗らかな陽気が眠気を誘う春の日。万事屋一行は定春の散歩を兼ねて吉原へ、元遊女達の様子見に訪れていた。
すっかり馴染みとなった茶屋――ひのや――で休憩。店主の日輪と月詠はいるが晴太の姿が見えない。遊びに出掛けたのかと新八が問えば、部屋で試験勉強中だと母親の顔。
「明日、歴史のテストがあるみたいなの」 「何がテストだ……」 あんこたっぷりの団子を頬張りながら銀時は批判的に持論を展開する。
「いつ何があったかなんざ、誰かに言われて覚えるもんじゃねぇ。それぞれが覚えたいもんだけ覚えときゃいーんだよ」
「じゃあ銀ちゃんは何を覚えてるネ?」
銀時に学がないとは思わないけれど、幾度か学習面で晴太に頼られ、期待に沿えなかったことも知っている。銀時の言う勉強がどういうものなのか、神楽としては単純に興味があった。 「俺ァ今を生きてんだ。過去は振り返らねぇ」 「それ、歴史の勉強とは別問題でしょ」
新八がとりあえず尤もなツッコミを入れるも、その程度で揺らがないことは百も承知。その上、
「だからオメーは長男のくせに新八なんだよ」 「名前は関係ないでしょ!」
よく分からない理由で反撃されることも想定の範囲内。全てがいつも通り、他愛もない時は穏やかな気候と共にゆっくり流れていた。
「長男なら新一、お妙の次って考えても新二止まりだろ」 「はいはいそうですね」
いい加減に返事をし、茶を啜り、この話題はこれでおしまい。
と思いきや、銀時だけは終われなかった。一人息子にも関わらず「四」の字を、しかも異母兄が「五」の字を持つ人物を思い浮かべてしまったから。
「待てよ。全部ひっくるめて十四番目って可能性も……」 「銀ちゃん?」 「なな何でもねぇ。こっちの話だ」
うっかり口に出ていたらしく慌てて取り繕う。彼との関係を絶対に悟られるわけにはいかない。
だが銀時はその件で重大な過失を犯してしまっていた。 「おい!今日、何日だ?」
自分の勘違いであってくれと一縷の望みを周りに托す。 「今も分かってないじゃないですか」
「いいから!何月何日だ!?」 「五月七日ですよ」 新八の言葉にさっと青褪め、縋るように神楽を見れば、同じ答え。
「おっ俺、用事を思い出した!」 脱兎のごとく走り去る銀時の背中を、残された者達はぽかんと見詰めた。 「どうしたのかしら?」
心配そうに日輪が呟くと、 「どうせ、AVの返却日が過ぎたとかネ」 彼女も自分も安心させるかのように、大したことではないと神楽。
「きっとそうだね」 分からないことで不安になっていても仕方ない。新八も賛同して、散歩の続きを行うのだった。
「銀さん、帰ってたんですか?」
万事屋に戻れば玄関には黒いブーツ。本当に何でもなかったのかと胸を撫で下ろしつつ居間へ入れば、明かりも点けず、銀時は長椅子と卓の間の床に横たわっていた。 「ぎ、銀さん?」 「どうしたネ?」 「わうっ」 「放っといてくれ……もう俺はおしまいだ……」
「……酔ってるんですか?」
近寄るとかなり酒臭い。昼間から酒に溺れる理由とは……気になるけれど一先ず銀時を介抱し、回復を待つ二人と一匹であった。
ジリリリリリリ……
銀時を布団に寝かせて数時間、目覚まし時計がけたたましく鳴る。新八も神楽もセットしてはいないから、恐らくは銀時の仕業。襖の向こうで身支度をしている気配がした。 「布団、ありがとな」 気不味そうに襖を開けた銀時は、手に紙袋を提げている。大丈夫なのかと駆け寄る二人。
「ちょっと出て来る。帰らねぇ予定だけど、もし帰って来たら定春モフらせてくれ」 「今してもいいヨ。ね、定春?」 「わん」
気を遣わせているのは明らかで、流石に何も告げずに出るのは躊躇われた。
「実は会う約束をすっぽかしちまったんだ。それにさっき気付いてな……」 「そうだったんですか」
「ボケるには早いアル」 「ハハッ、そうだな。で、詫び入れて朝まで飲もうかと思ってるんだけど、許してもらえなかったら帰って来るな」
「誠意をもって謝れば大丈夫ですよ」 「頑張れヨ」 「わう!」
銀時はもう一度礼を述べて家を出た。励ましてくれたことと、最大の疑問ですら挟まずに送り出してくれたことに。
――それ程までに大切な約束をしたのが誰なのか。
* * * * *
「すいまっせーんんんんん!」
街の喧噪からはやや外れた所にあるホテル。個室の入口で正座をしていた銀時は、待ち人が現れると即座に額を床に擦り付けた。
「もういいって」
電話で散々謝罪された上でここに誘われたのだ。約束を反故にされたことには腹が立ったものの、許す気がないなら来てなどいない。
ソファーセットとシングルベッドが二つある部屋。ソファーの一つに腰を下ろし、土方十四郎は煙草に火を点けた。銀時は体の向きを変え、なおも頭を下げ続けている。 「分かった、次からは気を付けろよ」 「本当にごめん。それでこれ……」
おずおずと差し出された紙袋とスーパーの袋。詫びの品など不要だと、一応受け取りながらも土方は言う。
「お詫びというか……まあ、そっちは今日買い足したんだけど……」 「あ?」
スーパーの袋にはマヨネーズが数種類。紙袋の方は、綺麗にラッピングが施された四角い箱が入っていた。
「たっ誕生日、おめでとう……ございました」 「……開けていいか?」 「どうぞ」
包装紙の中から出て来たのは、土方がいつも吸っている煙草一カートン。
「俺からというか、プレゼントだって分かんねぇ方がいいかと思って」 「俺の誕生日、よく知ってたな」
「何年か前に近藤と沖田くんがそんな話してるのたまたま聞いて……」 「そうか」
そんなに以前から自分のことを思ってくれていたのかと、土方は口元を綻ばせる。銀時は漸く土方の向かいに腰を落ち着けた。
「お前の誕生日はいつなんだ?」 「十月十日」 「チッ……過ぎちまってるじゃねーか」
昨夏より、二人は人知れず交際していた。落ち合うのは顔見知りが少ない場所にある宿の一室。誕生日など伝えてはいなかったから、一昨日の逢瀬にこのホテルを指定された際も――その時の部屋はダブルベッドであったが――実入りの良い依頼でも受けて良いホテルに泊まりたくなったのだろうと踏んでいた。
「だから飯まで付いてきたのか」
五月五日、土方は何も知らず、万事屋に連絡することもできずホテルで銀時の到着をひたすら待っていた。すると、受付から食事を運んでもよいかと内線電話が入った。連れが来ていないことは承知しているが、これ以上遅くなると給仕できないとのこと。冷めても食えないことはないかと運んでもらい、結局銀時が来なかったため夜と朝に分けて土方が全て平らげていた。
「あ、うん」
宿泊とルームサービスの予約を取り、支払いまで済ませていた。そのために仕事を頑張り、入念に準備を重ねてきた誕生日祝いであったのだ。にもかかわらず、当日から二日も過ぎるまでその大事な記憶がすっぽ抜けた。度忘れでは済まない痛恨の極み。
ふいに押し黙り、煙草を揉み消した灰皿をじっと見て動かなくなった土方。呆れられてしまったかと、銀時は死刑宣告を言い渡される心持ちになる。
「なあ……」 「はっはい!」
「俺達のこと、公表しねぇか?」
「……へ?」
てっきり別れ話になるのだとばかり。真逆のことを言われて銀時は思考が追いついていかなかった。向けられる真摯な視線に鼓動が速まっていく。
「あの……」 「昨日、お前の家まで行ったんだ」 「えっ!」
来ないにはそれなりの理由があると考えた土方は、もしや外出できない程の怪我や病気に見舞われたのではないかと気に病んだ。そこで密かにかぶき町を訪れ、外まで轟く賑やかな声にホッとして帰宅したとのことだった。
「本当に悪かった。もう二度と約束を忘れないと誓うよ」
「今回のはまあ、それで済むんだが……実際、テメーに何かあったとしても俺には何の報せも来ねぇんだよな」 「あ……」
それは銀時も同じこと。互いに互いよりも優先するものがあるから、自分の与り知らぬことがあってもやむを得ない。新たな傷を拵えてきても、訳も聞かずに抱き合ってきた。 けれどもそれが、動けなくなる程のものだったら――想像して銀時は寒気を感じる。
「そうだな。色々言われるとは思うが、言っとくか」 「ああ」
「でも土方くんがピンチの時には銀さんが駆け付けてやるから安心しろよ」
「ケッ、市民の安全を守るのは警察官の仕事なんだよ」
「はいはい。ではそんなお巡りさんに気持ちのいーい誕生日プレゼントを……」
ソファーから立ち上がり、銀時は恭しく土方の左手を取った。 「二日も遅れた分、期待していいんだろうな?」
挑戦的な笑みを湛え、手を握り返した土方。 二人は勢いよくベッドへダイブして、寝る間を惜しんで熱を分かち合うのだった。
(15.05.05)
今年の土誕は何にしよう……と考えていたところアニメが晴太の年号暗記回で、そこから妄想を膨らませたらこうなりました^^ 毎年言っていることではありますが、土方さん誕生日おめでとう!銀さんと末長くお幸せに!!
追記:続きの銀誕話を書きました→★ |