※「2015年土誕記念作品」の続きです。


2015年銀誕記念作品〜一年越しの誕生日〜


朝晩は殊に過ごしやすく、昼も残暑は形を潜めつつある九月の下旬。ここ万事屋銀ちゃんでは例年通り、銀時誕生会の打ち合わせが行われていた。
「今年もいちごショートがいいですか?」
「そ、そうだな」
「ウサギとクマも乗せてあげるネ」
「ど、どうも」
毎年のことだから最早サプライズ演出は不要。主役の意向に添うように、それでいて祝う側の思いも込められて決まっていく。今年のケーキはいちごのショートケーキに動物の砂糖菓子が乗ったもの。おそらく中央には「銀時くんおめでとう」と書かれたプレートも設置されるのだろう。
「会場は僕の家です」
「ああ、そう」
着々と準備が進む中、銀時はむず痒さと同時に焦燥感を覚えていた。

恋人がいると早く伝えなくては。

土方とは一年以上も前から密かに交際している。今年の春、彼の誕生日を祝おうとした銀時は、よりにもよって自ら設定した逢瀬をすっぽかすという大失態を犯した。秘密の関係であるため土方より連絡が入るわけもなく、二日後に思い出して平謝り。その苦い経験から、近しい間柄には自分達の関係を公表することになったのだ。
だから今年の誕生日は大手を振って恋人に祝ってもらえる記念の日。土方は近藤らに話して十月十日は休みを取ると言っていたし、自分も万事屋メンバーに伝えて土方を誕生会に呼ばなくては。ついでにいつもより早めに閉会してもらい、二人きりで過ごす時間も確保させていただきたい所存。

そのような気持ちはあるのだが話を切り出すきっかけが掴めないでいる。何の前触れもなく「土方くんとお付き合いしてます」と言うのも驚かせてしまうし、いつから付き合っているのだ何処が好きなのだと質問責めに遭うのも恥ずかしい。そもそも急にそんなことを言っても冗談だと思われるかもしれない。
結果、何もできず刻一刻と誕生日当日が近付いていたのだった。

*  *  *  *  *

所変わって真選組屯所では、土方が猛スピードで書類仕事を片付けていた。仕事柄、いつ多忙になるかは予測不能。だが事前に分かっている業務だけでも片付けておきたい。それもこれも初めて祝う恋人の誕生日のため。
「最近、張り切ってるじゃないかトシ」
「近藤さん、あのな……」
勇気を振り絞って発した声は鬼副長のそれとは思えぬ程のか細さで、風に軋む障子の音でも消えてしまうくらい。
「ん?何か言った?」
「いや別に……」
「トシのおかげで時間に余裕ができたし、今夜あたり『すまいる』に行かないか?」
「あ、ああ」
「よーし、俺も頑張るぞー!」
意中の女性の名を叫び表へ駆け出す背中に向かい、ストーキングもほどほどにしろと苦言を呈して土方は自らの額を文机に打ち付けた。

また言い出せなかった。

十月十日に休みがほしいと、大切な人の生まれた日を祝いたいと、坂田銀時と交際していると、言わなきゃならないことが言えない。一先ず局長たる近藤にだけさらっと伝えれば終わるのに……
丸一日屯所を空ける準備も祝いの計画も万端。にもかかわらず最も肝心な所で足踏みしていた。早くしなくてはと焦れば焦るだけ気恥ずかしさと気後れも増大して言葉に詰まってしまう。
障子越しに差し込む陽光が、土方をじわじわと追い詰めていくのだった。

*  *  *  *  *

その夜、近藤との飲みには沖田もついてきた。このところ土方の様子がおかしいことにはとうに気付いており、その原因を探ろうと情熱を燃やしている沖田。しかしその甲斐なく今日まで究明には至っていないから、なるべく行動を共にしてやろうという算段である。

「来ましたよ、お妙さーん!!」
「いらっしゃいませ土方さん、沖田さん」
ネオン輝く看板を通り煌びやかな店内へと足を踏み入れた三人。先頭に立つ近藤は妙に飛び付こうとして早速殴り飛ばされたがいつものことと誰も気に掛けない。
「今日もいい子が揃ってますよ」
「げっ」
案内された席には既に三人の「ホステス」が座っていた。それが女装した銀時と新八、そしてロングヘアーの鬘を着けて濃いめに化粧した神楽であったから、土方は思い切り顔を引き攣らせる。
「あ、どうも今晩は。人手不足ということで手伝いに来てまして……」
照れながら、しかし見知った顔で安心もしつつ新八が控え目に挨拶をすれば、
「ボーイさん、特上寿司とチョコレートパフェとドンペリのドンペリ割お願ーい!」
金払いの良い客だとすかさず銀時……否、パー子が注文を掛けた。
パー子は億劫そうに立ち上がるとゆっくりした所作で土方へ近付いていく。まだ自分達の関係を告げられていないのだと土方が謝るより早く、紅で彩られた口が開いた。
「ここは禁煙席ですー」
「は?」
「喫煙所はこっち」
「お、おい」
視線は合わせずに土方の袖を引き、残りの面子にパフェは食べるなと釘を刺してパー子は店の奥へ。

「ここ、厠だろ?」
「しっ!」
座席からは見えない場所、トイレの扉の前まで連れて来るとパー子は人差し指を唇に当てて土方を黙らせた。そして念のため左右を見渡し誰もいないことを確認してから小声で話し出す。
「もう話したのか?」
「あ?」
「俺達の関係。二人とも知ってんの?」
「あー……」
咥えていた煙草を持参した携帯灰皿へ入れ、土方は軽く頭を下げた。
「実はまだ……」
「あ、そう。いや気にすんな。色々と忙しいもんな」
「だが十月十日に休みは取る」
銀時は俯き加減に土方の袖口を握り、へらりとはにかむ。
「うん。楽しみにしてる」
「お前の方はもう……」
「実は俺もまだなんだ。その、新八と神楽には一遍に話してェのにアイツらすぐふらふら出掛けるし、依頼中に話すことじゃねェし、なかなかな……」
「そうか」
「でもちゃんと十日までには言うから」
「分かってる」
銀時の指先に自身のそれを絡ませて土方もふわりと笑った。
このまま店を抜けてしまいたい思いを互いにぐっと堪える。今夜はこれまで通り単なる知り合いとして――共通理解を経てパー子が先に席へ戻るのだった。


入店直後のパー子と土方に違和感を覚えていた面々であったが、飲み食いしているうちに疑念は消え失せていく。
「お妙さん次は何を「ドンペリ入りまーす」
近藤に促されるまでもなく酒を追加する妙。
「私もコロナミンCおかわりネ」
「乳臭ぇガキはミルクで充分だろィ」
「すいませーん、この乳臭いドSにミルクを一杯」
「俺じゃねェよ!」
沖田と小競り合いをしつつ寿司を頬張る神楽。
新八は自称・未来の義兄の許可を得て特上寿司の折り詰め作業に没頭していた。
そんな賑やかな席で件の二人は黙々と酒を呷り続けている。初めこそ離れて腰掛けていたものの、近藤が妙に迫ったり沖田が神楽に突っ掛かったり新八がそれらを宥めたりで席が入れ替わり、気付けばコの字型のソファーの中央で隣り合う始末。しかし万が一にも恋人関係が露呈してはマズイと、会話らしい会話もせずに手酌でひたすら飲んでいた。
速いペースで飲みまくり、二人の目は虚ろ。周囲は自分達を介さずに賑わっていて、まるで二人きりで飲んでいるような錯覚に陥る。
「ひりからくん、飲み過ぎじゃね?」
「俺ァまらまらいける」
二人とも大分酔いが回ったらしい――銀時が土方の膝に左手を乗せても、土方がその手の甲を撫でても、同席者は酔っ払いの行動として微笑ましく見守っていた。
「食いながら飲まなきゃダメらよ」
銀時は閉じかけた瞳で寿司桶を眺め、その一つにマヨネーズを絞り出す。左手は土方の腿と右手に挟まれたまま、器用に右手一本でそれを成し遂げた辺りで周囲は変だと感じ始めた。
「おめーの好きな鯖だぞ」
だが泥酔状態の二人は自分達の世界に浸りきっている。マヨネーズ塗れの寿司が銀時の手によって土方の口元へ運ばれていった。
「あーん」
「ん」
まだここで土方が拒めば、万事屋としての面倒見の良さが発揮されただけで通せたかもしれない。
しかし最早銀時しか目に映らぬ土方は、口を大きく開けて鯖寿司土方スペシャルをぱくり。次いで左手で銀時の右手首を掴み、指に付着したマヨネーズも舐め取った。
ごく自然になされた一連の行動と満更でもない様子の当事者の表情。それぞれの仲間達が二人の間に何かを感じ取るには、充分過ぎる情報が与えられた。
カシャッ――
いち早く「証拠写真」を撮る沖田の行動で遂に正気に返った二人。急いで両手を離して距離を取るも、鬼達の首を取ったドS王子は止まらない。
「お二人がこれほど仲良しとは知りやせんでした」
「ああああのな総悟……」
「やっやだぁ、パー子ってば飲み過ぎちゃったァ」
彼らの狼狽えようは逆に疑惑を確信に変えた。にたりと黒い笑みを浮かべる沖田。気の毒だと思いつつも、他のメンバーは事の真相を知りたいがために静観している。
「いつから、どこまでのご関係で?」
「なっなにそれ?意味分かんないんだけど。ねぇ、土方くん?」
「…………」
唇を引き結び、眉間に皺を寄せて沖田を凝視する土方。猪口に残った酒を一気に流し込み乱暴に卓へ置けば、微かに沖田が怯んだ。
「銀時」
「っ――!」
閨でしか呼ばれぬ名前で呼ばれ、銀時の頬に赤みが差す。と同時に覚悟を決めた。
土方へ目配せをし、二人揃ってすうと息を吸い込む。
「「俺達付き合ってます!」」
店中へ響き渡る堂々の交際宣言。
驚愕に沸く周りをよそに、本人達は清々しい気分であった。
半年近くも言うに言えなかったことを漸く吐き出せた。これで誕生日を共に過ごせるし、クリスマスや正月だって一緒にいられるかもしれない。こんな幸福が齎されるなら、もっと早くに公表しても良かった。
今や狙いすまして二人の世界へ入った恋人達。手を取り見詰め合い、幸せな未来へ思いを馳せて目を細めるのだった。

*  *  *  *  *

十月十日。希望通りに休みを取れた土方は、恋人の誕生日パーティー会場である志村家を訪れた。新八達に教わった店で予約した、一番大きなデコレーションケーキを携えて。
「十四郎!来てくれてありがとう」
「お前の生まれた日を祝うのは当然だろ銀時」
出迎えついでに抱き着く銀時を受け止めつつ、ケーキも崩さないよう細心の注意を払って部屋へ上がる土方。そして二人はくっついたまま廊下を進んでいった。
「生まれてきてくれてありがとう」
「幸せ過ぎてちょっと怖ェな」
「じゃあ来ない方が良かったか?」
「そんなこと言ってないだろ。十四郎のイジワル!」
「ハハハ……」
ここは志村家ゆえに当然のことながら志村妙、新八がいて、他にも例年誕生会に参加している神楽、スナックお登勢の三人、長谷川、さっちゃん、吉原の三人などがいる。しかし浮かれる恋人達は他人のことなどお構いなしにイチャイチャイチャイチャ。
公認の仲となって吹っ切れたのか、元々二人きりの時はこうだったのか、とにかく見ている側が呆れるほどにベタベタしていた。これだけ盲目的に愛し合っていてよく一年以上も周りを欺けたものだと感心すら覚える。
「本当にプレゼントはいらねェのか?」
「うん。一緒にいてくれるだけで嬉しい」
「ありがとよ銀時。なんか俺の方がプレゼントもらったみてェだな」
「じゃあ今夜はサービスしてもらおうかなぁ」
「バカ。ガキの前だぞ」
「そうだった。えへへ……」
一応、ギャラリーがいることは分かっている模様。けれども羞恥心を欠いたバカップルは噎せ返るような甘い空気に包まれていた。
すぐにでも二人を残して立ち去りたいところ。だが家主の姉弟が不憫に思えて皆この場で仕方なしに耐えている。
「私にダメージを与えて楽しんでいるのね!いいわ銀さん!もっと私を苦しめてちょうだい!!」
来年から銀時の誕生日は土方一人に任せよう――この状況もSMプレイに変換できる一名を除き、全員の意思は統一された。
空は高く澄み渡る、よく晴れた秋の日の話。

(15.10.09)


というわけで内緒のカップルは単なるバカップルになりました。
毎年のことですが大事なことなので何度だって言います。銀さん誕生日おめでとう!土方さんと末長くお幸せに!!
ここまでお読み下さりありがとうございました。



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