※倉庫で連載中の純情シリーズ「俺が純情なマヨラーでアイツが純情な甘党で」の続きです。






二月十四日の早朝。まだ薄暗い時分から起き出して銀時は台所へ向かった。入念に手を洗い、白い割烹着に頭をすっぽり覆う帽子、マスクもしっかり装着して準備完了。1mgも誤らぬよう慎重に分量を量り取りボウルで混ぜて、正方形の型に流し込んでオーブンレンジへ投入。極力瞬きをせぬように、焼き上がりまでの三十分間、橙色に染まるレンジ窓を凝視する。

チン、と軽快な音を鳴らして出来上がったのはチョコレートブラウニー。隠し味にマヨネーズを使用した特製のそれは、交際五年を超えた恋人へ、バレンタインデーに渡すもの。
調理器具を片付けつつ粗熱が取れるのを待ち、昨夜冷やしておいた薄い長方形のチョコレートプレートを冷蔵庫から取り出す。高鳴る心臓も震える手も気合いで鎮め、細く絞り出したマヨネーズでプレートに「十四郎へ」と書いた。これをケーキの中央へ飾れば完成。

真っ赤になりながらも着実にプレゼントを作製していく銀時の姿を、物陰から密かに見守っていた新八と神楽。彼らの思い描く大人の恋人達には程遠いけれど、曲がりなりにも先へ進んでいることに胸を撫で下ろしている。
交際したての頃のバレンタインデーは酷いものだった――


純情な二人のバレンタイン


銀時が土方と付き合って初めて迎えるバレンタインデー。先ずはこのイベントに参加するか否かで年明け早々から頭を悩ますことになった。
女性から男性へチョコレートを贈るのが基本形。だが自分達は男同士。どちらがどちらにあげればいいのやら……

「そういう時は受けから攻めにあげるアル」
「ううう受けってお前……」

神楽に相談を持ち掛けてみたが、早いところ体の関係をと話が逸れたために断念した。
そもそも、異国の文化と菓子業界の戦略が結び付いたこのイベント自体、土方は興味がないかもしれない。だとしたら「バレンタインどうする?」などと軽々しく尋ねるのも憚られる。更に言えば、甘党の自分が聞けばチョコレートの催促だと取られかねない。ここは注意深くいきたいところ。
尤も、土方が近くにいるだけでドキドキしてしまうので、どんな時でも考えに考えた上でないと話せないのだけれど。

「ああああ……どうすればいいんだ!」
「銀さん、銀さん」
「あ?」

解決の糸口すら見付からない状態で銀時が町を彷徨っていると、煙草屋の老女から呼び止められた。喫煙者でない銀時だが、町の一員として顔見知り。何度かここで宝くじは購入したことがある。

「何だよバァさん。宝くじなら間に合ってるぜ」
「違うよ。これ、買わないかい?」

そう言ってカウンターに出して来たのは、煙草のケースを模した白い箱の中に、同じく煙草のような細長い形のチョコレート菓子が入っているもの。ちょっぴり大人の気分が味わえる、子どものための駄菓子である。

「銀さん甘いもの好きだろ?」
「煙草だけじゃ儲からなくて駄菓子屋も始めたのか?何でも売りゃあいいってもんじゃねーぞ」
「来月のバレンタインデーに合わせて期間限定で仕入れたのさ」
「そっそうか!これチョコだよな!」

銀時はがっつり食いついた。ヘビースモーカーの土方へ贈るチョコレートとして、これ以上に相応しいものが存在するだろうか。また万が一、バレンタインデーに興味がなかったとしても煙草型なら笑って許してくれるに違いない。

「十個……いや、十二個くれ!」
「毎度あり。……顔、赤いよ。熱でもあるのかィ?」
「よよっ余計なこと気にしてねェで早く包めよ!」
「はいはい」

この煙草屋は土方がよく利用している店。店主が自分達の関係を知っているのかは不明だけれど、煙草チョコが土方への贈り物だと悟られるわけにはいかない。どうせ渡すなら驚かせてみたいから。
二月十四日に会いたいと言ったら土方はどう思うだろうか。その時点で勘付かれて「バレンタインなんて下らねェ」と一蹴されたらどうしようか……

幾許かの不安を抱きつつも、銀時は財布から代金を取り出した。
無地の紙袋に入れられたチョコレート。包装紙やリボンを買う必要があるなと思いながら受け取れば、

「銀さんが買ってくれて良かったよ」
「そりゃどうも」
「トシさんには『いらない』って言われちゃったからねぇ」
「え゛……」

計画を根底から揺るがす一言。
銀時の戸惑いには気付かず、老女は雑談を続けている。

「苦い煙草ばかり吸ってないで、たまには甘い物でもどうだいって勧めてみたのさ。でも『その煙草に用はない』って」
「へ、へぇ〜……そーなんだ……」
「今度は宝くじでも勧めてみようかねぇ」
「い、いいんじゃねーの」
「あれ、顔色悪くないかィ?」
「なななな何でもねーよ!」

この状況で返品などしようものなら、土方にチョコレートをあげようとしたことが露見してしまう。交際自体を隠してはいないがバレンタインごときで浮かれているとみなされるのは心外だ。その上、恋人の好みを知らないという汚名をも着せられる。
自分用として商品を持ち帰る以外、銀時にできることはなかった。


「どーすっかなァこれ」

煙草屋の包みとスーパーの袋を手に、銀時は背中を丸めて家路に着いていた。とりあえずマヨネーズを五種類ほどと、茶色と緋色の格子柄の袋をラッピング用に買ってはみたけれど、いまいちバレンタインらしさに欠ける。そもそも煙草チョコなど買ってしまった時点で土方を理解していない、恋人失格ではないか。そんな己にバレンタインデーを恋人と過ごす資格などあるのだろうか。

「ハァ……」

出た時以上に活路が全く見出だせず、銀時は溜め息とともに我が家の扉を開けた。すかさず出迎えてくれる新八と神楽。

「おかえりなさい」
「ハァ……」
「帰って来たら『ただいま』アル!」
「ただいま……ハァ……」

辛うじてこちらの声は聞こえているようだが反応が鈍い。のろのろとブーツを脱ぎ、居間へ向かう後ろ姿にまるで生気が感じられない。
手荷物があるということはバレンタインデーの用意を始めたのではないのか。
それにしては気落ちしている銀時を心配し、二人は後を追った。

「銀ちゃん、何買ったネ?」
「ハァ……」

ローテーブルに買物袋を投げ出し……そうになったもののすんでのところで思い留まりそっと置いて、銀時は長イスに突っ伏した。
口の開いた白いビニール袋から覗くのは、マヨネーズの赤いキャップ。

「バレンタインデーにマヨネーズアルか?」
「ハァ……」
「土方さんならチョコレートよりマヨネーズですよね。ならこっちは煙草ですか?」
「それはっ……」

銀時の制止より僅かに早く、新八が元凶の紙袋を開けてしまう。

「ああ煙草チョコですか。考えましたね」
「ちっ違ぇよ!これは俺が食べるんだ!」
「あ!」

自棄になって銀時は新八から紙袋をひったくり、中の箱を開封した。細いチョコレートを包む銀紙を破り捨て、中身を口に放り込む。
舌に纏うその味は確かに甘いはずなのに、形状と感情が相まってほろ苦い。こんなものは早く処分するに限る――銀時は二本目を咥えつつ、箱を振って三本目も摘み上げた。

「何なんですか急に……」
「ううへー」
「トッシーの真似アルか?」
「んぐ!?」

神楽の発言は銀時にとって、チョコレートを喉に詰まらせる程の衝撃。げほごほと咽せながら息を整えようと奮闘する銀時へ、

「言われてみればさっきの、咥え煙草みたいだったね」
「ガハッ!ゲホッ!」

新八が止めの一撃。
銀時と土方の距離を近付けたい彼らは、日頃から二人の愛を殊更に強調していた。
苦しさと恥ずかしさに悶える当人を置き去りに、新八と神楽は銀時の行動を推察していく。

「トッシーの真似したくて煙草みたいなチョコ買ったアルな」
「それでこんなに沢山……土方さんなら煙草もまとめ買いだよね」
「銀ちゃん、遠慮しないでどんどんやるネ」
「そうですよ。さァどうぞ一本」
「あ、う……」

白い箱を傾けて、新八がチョコレートを勧めてくる。
二人の言うような意図は毛頭なかったのだけれど、言魂の力か逞しい想像力ゆえか、最早それは単なる煙草を模したチョコレートには見えなくなってしまった。
真っ赤な顔で後退る銀時は、ひくりと喉を鳴らし、その甘さで更に赤くなる。

「いいいいらねぇ!」
「それじゃあいただくネ」
「僕も」
「あ……」

神楽と新八が手にしたそれは、勿論ただのチョコレート。
しかし今は恋人を形成する重要アイテムに見えている。それを万事屋の仲間とはいえ他人に蹂躙させるわけにはいかなかった。

「やめろォォォォォ!!」

銀紙を剥がしかけたところで危機一髪、奪い返す。

「銀ちゃんがいらないって言ったネ!」
「独り占めしたいならどうぞ」
「う……」

取り返しはしたものの、これに口を付ける勇気はなかった。
これが土方の煙草だとすると、これを口に含むということは即ち土方と間接キ……

「うがァァァァァ!」

銀時からすれば想像することも不可能なくらい淫らな行為。それを人前でなど、できるはずもない。

「ハァ……フゥ……」

息も絶え絶えに台所へ行き、震える手でチョコレートをアルミホイルで包み直す銀時の姿に、新八と神楽は溜め息を吐くしかなかった。

(15.02.14)


今年のバレンタインは純情な二人です。初々しい時代の二人と、すっかり大人になった(?)二人のバレンタイン話になる予定です。
当日までに書き上がらなくてすみません^^; 後編は数日中にアップできたらいいな……

追記:続きはこちら