後編


渡すのか渡さないのか、渡すとしたら何を渡すのか、いつ、どのように……何一つ決められないまま、今日は二月十四日、バレンタインデー当日を迎えてしまった。銀時は起き上がる気分になれず、布団の中に閉じこもっている。
掛け布団ごと銀時を揺すり神楽は怒鳴った。

「起きるネ!起きてトッシーとバレンタインするアル!」
「無理!プレゼントらしいもん買えなかった!」
「銀さん」

神楽とは対照的に、新八は優しく諭すように言う。

「なら今から買いに行きましょうよ」
「無理!土方の欲しいもんが分からねぇ。ここっ恋人なのに……うぅっ……」

今日までに幾度かデートをしたというのに聞けず終い。未だ「恋人」という単語ですら言い淀む程度であるにもかかわらず、悩みだけは一人前。神楽の苛々は頂点に達した。

「もう勝手にするネ!」
「神楽ちゃん!」

ぼすんと布団へ手刀を見舞い、どすどすと部屋を出ていく神楽。新八も後を追った。

「落ち着いてよ。何とか銀さんを励ましてバレンタインさせないと」
「あの銀ちゃんには何を言っても無駄ヨ!」
「僕らが諦めるわけにはいかないよ。二人を立派な恋人同士にするんでしょ?」
「…………」

それは神楽も同じ気持ち。バレンタインなんぞでうじうじ寝込む銀時など見たくはない。かといって今の銀時を布団から引っ張り出すのも困難を極める。
腕を組み、むむむと眉間に皺を寄せ、頭を捻った。

「トッシーの所へ行くアル!」
「そうか!土方さんに来てもらえば流石に銀さんも布団から出て来るね」
「違うネ。銀ちゃんの代わりにチョコレート届けるアル」
「渡すのは銀さんに任せた方がいいんじゃない?」
「銀ちゃんを待ってたら明日になってしまうネ!」

悩んだ挙句に当日を過ぎ、より深く悩むことになる銀時の姿を新八も容易く想像できる。ならば代理でも渡せた方がいいだろうか。土方に銀時の思いが伝われば代理であっても問題はないか。

「そうだね。行こう!」

銀時の買ってきたマヨネーズとあの日から手付かずの煙草チョコレート十一箱を冷蔵庫から取り出し、これまた銀時が選んだラッピング袋に詰め込んでいく。神楽よりも器用だからと最後のリボン結びは新八の役目に。
トッシーにマヨとチョコわたしてきます――チラシの裏に書き残して冷蔵庫にマグネットで留め、万事屋を後にするのだった。

*  *  *  *  *

善は急げと全力疾走。真冬にもかかわらず、二人は汗だくで真選組の屯所に辿り着いた。

「何の用でィ」

巡回の時刻だが寒いからと屯所近辺をぶらついていた沖田が二人を発見。こんな日にわざわざ来る理由など土方と銀時のことに決まっている。調度良いサボりの口実ができた喜びは胸に秘め、自身の部屋へ通すのだった。

「トッシーにバレンタインのマヨとチョコ持って来たヨ」
「……お前が土方さんにやるのか?」
「銀ちゃんからに決まってるネ!」
「あーはいはい」

そうではないかと思ったものの、一般的には女性から男性へ贈るイベントだから尋ねてみただけ。
だがそうだとすると肝心な人が不在であるのが気になるところ。

「で、旦那は?」
「布団から出ないアル」
「は?」
「土方さんがもらってくれなかったらどうしようと悩んでいまして……」
「そういうことか」

恋人が己のために考えて選んだものなら何でも嬉しい――あの二人を見れば、そんな風に考えていることなど明白なのに世話の焼けるカップルだ。似た者同士のもう一方が側にいるから、沖田にも新八と神楽の苦労は痛いほど分かっている。

「それでも旦那は、自分がネコになると決めたんだな?」
「決めてないネ。だから渡すかどうかも悩んでるアル」
「でも一応用意はしたので僕らが代わりに持って来たんです」
「なるほどな」

これを機に、土方を暫定タチとして積極性を持たせるのも一興か……沖田も二人のバレンタイン作戦に加わることにした。

「それを受け取れば、土方の野郎だって礼を言わないわけにゃいかねェよな」
「お礼はキスでいいアル」
「それいいな」
「ハードル高過ぎない?」

交際初日の勢いでファーストキスは済ませたようだが、二度目はまだ。現在、二人きりの時に手を繋ぐので精一杯。
そんな新八の現実的なツッコミは、

「志は高く持つものネ!」
「ヤツらにゃ刺激が必要だろ」
「はあ」

やる気になった沖田と神楽をいっそう燃え上がらせてしまった。

「むしろ、キスできしなきゃ没収くらいでいこうぜ」
「そうアルな」

今後の二人を想像し、気の毒に思う新八であったが、これも大人になるための試練と止めることはしなかった。


「土方さん、お客ですぜィ」
「あ?お前ら……」

副長執務室。文机で書類を書いていた土方は、沖田が連れて来た客人に目を丸くした。恋人の家族がわざわざ訪ねて来るなど、余り楽しい予感はしない。何を言われるのだと緊張感を漂わせる土方に、新八は笑顔を纏って説明する。

「今日は銀さんの代理で来ました」
「だっ代理?坂田に、何かあったのか?」
「いえいえ。銀さんは二日酔いで寝てまして……」

こういう時、警戒心を解くのに新八はうってつけ。神楽は自分の出番が来るのを大人しく待っていた。

「せっかく準備したのに渡しそびれたらマズイと思って、届けに来たんですよ」
「準備?」

土方が首を傾げたところで神楽が揚々と一歩前に進み出る。そして、後ろに隠し持っていた格子柄の包みを手渡した。

「銀ちゃんから、バレンタインのプレゼントネ」
「バレンタイン……そっそうか、俺達もやるのか!」

男女カップル限定の、というより女性が色めき立つイベントという印象が強く、自分達には関係ないとばかり思っていた。
もしかしたらと考えなかったわけではないけれど、今日まで銀時から話がなかったということはそういうことなのだと解釈していたのだ。

「銀さん、土方さんを驚かせようとして黙ってたみたいです」

勿論、ただ恥ずかしくて言えなかっただけだが、良いように言っておく。
すっかり信じた土方は恭しく包みを抱えた。と、そこへ、

「副長、お客様です」
「ん?」
「ああああああ……!」

山崎に伴われて現れた銀時は、土方の手元を見るなり膝から崩れ落ちた。
間に合わなかった。冷蔵庫の書き置きを見てスクーターを飛ばして来たが間に合わなかった……
銀時の落胆などつゆ知らず、土方は愛しい人に歩み寄る。

「あああの土方それは……」
「あ、ありがとう」
「えっ!」

お礼の言葉に銀時は、体ごと軽くなったよう。
向かい合いながらも俯く二人の周りを、ふわふわとした空気が包んでいった。

「もっもらえると思ってなかったから、その……すげェ嬉しい」
「よよっ喜んでもらえて、よかったです」
「開けて、いいか?」
「どーぞどーぞ」

土方が腰を下ろせば銀時もそれに倣い、周囲など見えていない様子の二人に、沖田と神楽は「ケッ」と唾を吐く。
土方は貴重品でも扱うかのように、袋の中身を取り出していた。

「こんなに沢山……本当にありがとう」

感激のあまり土方はぐすりと鼻をすする。不安が的中しなかったことで銀時は胸を撫で下ろしていた。

以前、土方が煙草屋でチョコレートを勧められた時、「いらない」と言ったのは煙草を買いに行ったから。ただそれだけのこと。

「チョコレート、嫌いじゃなかった?」
「ああ。坂田ほどじゃねェけどな」
「えっ!……あ、ああ、そういうことか」
「あ……」

坂田ほどじゃない――甘党の銀時には負けるけれどもチョコレートは嫌いではないという意味で発したこの台詞、聞きようによっては「チョコレートよりも君の方が好きだよ」とも捉えられる。
銀時の反応でそのことに気付いてしまい、土方も真っ赤になった。

「そそっそりゃあ、食い物なんかより、坂田の方が、その……すすっ……」
「だだだ大丈夫!分かってるからっ……」

言われなくとも承知しているし、言われたら心臓が爆発してしまいそう。
そんな幸せ絶頂の二人だが、見ている側はもう我慢の限界だった。沖田が先陣を切る。

「土方さん、感謝の印にキスでもしたらどうです?」
「ききききき!?」
「銀ちゃん、ほら目を閉じて!」
「土方さんは旦那を抱き寄せて」
「だだだだだ!?」
「さっさよならァァァァ!」
「待つネ!」
「お邪魔しましたっ」

逃げる銀時と追う神楽。こんな時でも挨拶を忘れない新八もいなくなり、沖田はチッと舌打ちをして出て行った。
残されたのは、茹で蛸のように赤くなりながらも両手に抱えた幸福を噛み締める土方と、ほぼ空気と化していた山崎のみ。


*  *  *  *  *


あれから五年。相変わらずどちらが「受け」かも決まっていない二人であるが、バレンタインデーに銀時から土方へ贈る習慣は定着していた。
完成したケーキを白い箱に詰め、茶色のリボンを花形に結んだら遂に完成。ここで新八と神楽も台所へ足を踏み入れた。

「トッシーのプレゼント、できたアルか?」
「まっまあな」
「今年はチョコレートケーキですか?豪華でいいですね」
「あ……」

恥ずかしくも誇らしげだった銀時の表情が一変。陰りを見せる。

「銀さん?」
「一人で食うにはデカ過ぎた……」
「だっ大丈夫ですよ!」
「マヨ入りでしょ?だったら食べてくれるヨ」
「いや、でも……」
「いいから行くアル!」
「はーなーせー!!」

新八がケーキの箱を持ち、神楽が銀時の襟首を掴み、よく晴れた寒空の下、万事屋一行は真選組屯所へ向かうのだった。

(15.02.16)


というわけで、五年経っても純情な銀さんは純情な銀さんのままでした*^^*
ホワイトデーには純情な土方さんに頑張ってもらおうかな……。ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

追記:純情ホワイトデーはこちら 



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