※2014年土誕記念作品「これでも熟練なんです」の続きです。
※2009年銀誕記念作品「温泉へ行ってらっしゃい」の続きでもありますが、未読でも問題ないです。
2014年銀誕記念作品:温泉へ行ってきます
茹だるような暑さの中、土方十四郎は保温性に優れた真っ黒な制服に身を包み、汗だくになりつつ
市中を巡回していた。思い描くはこの国の平和と安寧……などではなく、二ヶ月後の恋人の誕生
祝いについて。
五月五日、自身の誕生日には凝った手料理と入手困難なDVDを贈られ、最高の一日となった。
次は己が祝う番。日頃の愛と感謝を込めて、具体策は全く出て来やしないが何か凄いことをしたい。
――大きなケーキにロウソク差してハッピーバースデートゥーユーなどと在り来りなお誕生日会
しか思い付かない己に溜め息が出た。
「おーい、そこのマヨラー!」
「土方さーん!」
「…………」
とある川辺を歩いていると、向こう岸から土方を呼び止める者がいた。
神楽と新八である。
渡りに船とはこのこと。今の土方にとって彼ら以上に頼りになる者などいまい。
一番近い橋を探してあちらへ渡れば、二人もこちらへ渡るところであった。
「よう」
「こんにちは。すいません、仕事中に」
毎度礼儀正しい新八に、
「元気ないアルな。新連載の土方がカッコよくて落ち込んでるのか?」
「は?」
いち早く土方の状況を察知する神楽。……後半の台詞はイマイチ理解できなかったけれど。
「お前も髪伸ばしたらいい線いくかもしれないネ。気落ちすんなヨ」
「神楽ちゃん、何の話?」
「ヨアケモ「あのっ、土方さんにお話があるのですが!」
神楽の発言を遮ってなされた申し出には、調度良かったと快諾。
「今でもいいか?」
「あ、はい」
「あっちはバトル漫画だから気にすんなヨ?」
「分かった分かった。……そこのファミレスでいいか?」
検討違いに慰めてくれる神楽も連れて、三人でレストランへ入っていった。
相談したいこともあるが先ずは新八の「話」とやらを聞かねばなるまい。何事だと尋ねれば、
「銀さんの誕生日についてなんですけど……」
何のことはない。己がまさに聞きたいことであった。
「アイツ、何かほしいものでもあるのか?」
「銀さんから聞いたわけではないんですけど、温泉なんてどうかなァと思いまして」
「温泉?」
「もう部屋も取ってあるネ」
意向確認など生温い。勧めるならもっと堂々と。
大盛りライスの中央を窪ませ、生卵を割り入れ醤油を垂らす。平皿の上でも好物を作りつつ神楽は
言った。それには新八が、今キャンセルしても料金はかからないとフォローする。
「一泊くらい何とかなる。何処だ?」
「瀧乃湯温泉です」
「瀧乃湯……」
そこは何年も前の十月十日に宿泊した場所。
なかなかに良い宿と湯ではあったけれど、銀時が行きたがっているとは知らなかった。有益な
情報の礼を述べれば、そういうわけではないと新八。
「土方さんの時に合わせて、初心に返るのはどうかなァと思いまして」
「初心?」
「銀さんが初めて土方さんの誕生日を祝った時、手料理を振る舞ったじゃないですか」
「ああ」
だから今年の五月五日も万事屋で手料理だったのだ。思わぬ所で己の誕生祝いのネタばらし。
そうか。あれは初回の再現だったのか……最初の十月十日の日のことを思い出し、土方の気持ちは
一気に下降する。
「土方さん……?」
「すまねぇ。温泉は『二度目』なんだ」
「そうなんですか?」
「長い間、秘密で付き合ってたアルな」
銀時から土方との交際を知らされた時、確かに付き合い始めてすぐではないような口ぶりであった。
温泉旅行は公認となってから最初の誕生日らしい。
では本当の初めては何をしたのかと神楽が聞けば、歯切れも悪く「何も」と返された。
「ここでは言えないようなことアルか?」
「神楽ちゃん!」
付き合いたての頃でもあるし、今以上に仲睦まじくても仕方がない。からかうような言い方を
窘める新八であったが、土方はそれも纏めて否定する。
「何もしなかったんだ。……当時はアイツの誕生日を知らなくてな」
「そうだったんですか……」
銀時と付き合いだしたのは残暑も漸く落ち着いた時季のこと。そして間もなく十月十日を迎えた
わけだが、銀時から何の話もなく、まだ周囲にも隠していたから土方に情報が入るはずもなく、
何でもない一日として過ぎてしまう。それから何ヶ月も後、自分の誕生日を祝われて初めて恋人の
誕生日も知らなかったことに思い至った。
銀時は密かに真選組を通じて誕生日を調べてくれたというのに、己は恋人の生まれた日を祝おうと
すらしていなかった。そこまで考えが及んでいなかったのだ。
そんな情けない思いを抱えて迎えた二度目の十月十日。土方は銀時と温泉旅館で過ごすのだが……
「あの温泉は、お前らからのプレゼントだろ?」
旅館の宿泊券は、新八と神楽が福引きで当てたもの。土方は何をすればよいのか思い悩んだ末に
プレゼントも用意できず、土産の温泉饅頭を買ってやっただけ。
「俺ァ何もしてやれてねぇ」
「そんなことないネ。あの時銀ちゃん、温泉楽しかったって言ってたヨ」
「土方さんが仕事を前倒しにしてまで時間を作ってくれたこと、喜んでいましたよ」
「そ、そうか」
隣にいてやることくらいしかできないが、それを望んでもらえるのなら。
「分かった。何としてでも休みを取る」
「ああそれと、誕生日ケーキはこれがいいそうです」
新八は懐からとあるコンビニエンスストアーのチラシを取り出し、テーブルの上に広げた。店頭で
予約のできるそれは、上部に真っ赤なイチゴを敷き詰めた生クリームのケーキ。
銀時らしいと口元が緩む。
土方に伝わるのを見越して、例年銀時はその時に食べたいケーキを新八達に告げている。今回の
それも、三人で買い物に立ち寄った際、店内のポスターに目を奪われていた。
――何見てるんですか?
――大丈夫だって。買わねーよ。
――どれが一番美味しそうアルか?
――ンな金はねぇ……あ、あー……これかな。
きっと銀時も期待している。このコンビニなら旅館の近くにもあるし、江戸へ戻って来てからでも
いいだろう。
すぐに注文すると約束し、土方はチラシを懐へしまった。
* * * * *
朝晩は羽織が必要となってきた十月十日午前七時過ぎ、真選組局長、近藤勲は慌てふためき
副長室へ駆け込んだ。
「トシィィィィィィ!!」
「近藤さん?」
寝巻姿の局長に事件発生かと瞬時に張り詰めた空気を裂き、近藤が滑り込んで土下座する。
「すまない寝過ごした!!」
「……起こしに来る必要はねぇと言ったはずだ」
大事な大事な恋人の誕生日。万が一にでも寝坊などしないように、且つ、気を張りすぎて寝不足に
ならないように、時間が来たら起こしてやるから安心しろと近藤は申し出た。
にもかかわらず約束の六時半を大幅に過ぎてしまった。腹を切って詫びても足りぬ失態であるはず
なのに、当の土方は怒るどころか礼を述べる。
「ありがとな」
「ト、シ……?」
「俺の私用に協力してくれて。その気持ちが有り難ぇ」
元よりこの日に寝坊したことなどはない。だから目覚まし不要と伝えていたのだ。
「銀時とは十時に駅で待ち合わせている。九時半には着きてぇから、その前に引き継ぎを頼む」
「勿論だ。三十秒で支度する!」
脱兎の如く副長室を出た近藤は、来た時以上のスピードで自室へ戻った。
局長と副長のどちらかが江戸を離れる際には、それまでの仕事の進捗状況を報告し合う決まりに
なっている。
土方が恋人の誕生日に集中できるよう、この二日間は褌を締めて掛からなければ!
「……風邪引くぞ」
部屋の中央、胸の前で腕を組み、自身に活を入れていた近藤は褌一枚。裸になるのも大概にしろと
土方に飽きれられる始末で、急いで制服に袖を通すのだった。
それから食堂で朝食をとり、歩いても間に合うと言われても近藤は車(パトカー)で送ると聞かず、
面白そうだからと沖田も乗り込んで、結局、三人で駅へ向かうことになった。
「旦那はまだ来てませんねィ」
「良かったな、トシ」
「ああ」
主役を待たせるわけにはいかない。車は駅前交番の横に停めさせてもらい改札付近で銀時を待つ。
今のうちにプレゼントの準備をしちまいましょう――何処からか沖田が真紅の縄を取り出した。
不穏な空気を察知した土方はじりじりと沖田から距離を取る。
「そんなもんで何を準備するって?」
「リボン代わりでさァ」
「プレゼントは?」
「土方さんでィ」
大人しくお縄を頂戴しろなどとまるで犯罪者扱い。沖田は制服を着ていて土方は私服の着流し姿の
ため、一般市民の目には捕物の最中にも映りかねない。
そうはいくかと攻撃を躱しつつ恋人の来る方角からは視線を外さない土方。誕生日デートの前に
怪我でもしたら大変だと近藤が止めに入るも、「旦那へのプレゼント」を大義名分に沖田は縄を
振り回し続けた。
「おはよー」
「銀っ……あ、総悟てめっ!」
万事屋一行の登場に気が逸れた隙を突き、土方の両手首を後ろで縛った沖田。
「何やってるネ!」
「ああ大丈夫だ」
即座に縄を抜けて見せ、沖田と神楽の戦闘はすんでのところで回避する。
「チッ……プレゼントのくせにリボンを拒否するんじゃねーよ」
「これがリボン?さすがだねェ」
土方の手にあるロープに視線を落とし、銀時はくつくつと笑った。
忌々しい縄は舌打ち一つしてから袂に片付け、やっとのことで誕生日デートの始まり。
楽しんで来て下さい、お土産忘れないで、留守は任せろ、死ね土方――新八、神楽、近藤、沖田に
見送られ、恋人達は列車に乗り込んでいった。
その夜、土方は五月五日の銀時の言葉を実感することになる。
――恋人が誕生日を祝ってくれたことよりも、恋人の誕生日を祝い喜んでもらえたことが幸せ。
(14.10.10)
18歳未満の方とエロ苦手な方はここまでお読み下さりありがとうございました。
18歳以上のエロどんと来い!な方はこちらから本編より長いおまけになります。→★