今にして思えば――山崎は振り返る。昨日の夕食時、沖田隊長は妙に大人しかったと。
更に思えば今朝は少し元気がなかった。全ては、今になって気付く程度の違いではあったが。

屋根の修繕で近藤が呼んだ万事屋一行。その代表者である銀時へ穏やかに話し掛ける土方。
当の銀時はもちろん新八達も隊士達も、その場にいる皆が面食らっているのに、ただ一人、
沖田だけが楽しそうに彼らを見ていた。



三周年記念リクエスト作品:あの日あの時あの場所で会えなかったら



話は朝食の時間まで遡る。近藤が土方へ「実はな……」と申し訳なさそうに、雨漏りの修繕を
万事屋へ依頼したと伝えた。その時の反応から妙だった。

「万事屋ってのはそんなことまでやれんのか?すげぇな」
「あ、ああ……」

万事屋が来ることに何の異も唱えないばかりか、修繕ができることに感心する土方。
そのどちらも妙であった。
本気で嫌っているわけではないものの、銀時との関係が「良好」とは言い難いのは誰もが
知っている。また万事屋が―というより銀時が―屋根の修繕の経験があることは土方が
一番よく知っているはずだった。それなのにどうして……

そしてその違和感は、銀時達万事屋一行が屯所を訪れた時に決定的なものになった。

「おはようございまーす。……ほら銀さんも」
「へーへー……どーも、万事屋銀ちゃんでーす」
「よく来てくれた」
「あ、はい……」

いつもの仏頂面は何処へやら。仄かに笑みまで湛えて出迎えた土方。

「雨漏りするってのは俺の部屋なんだ。よろしく頼むぜ」
「あ、ああ」

肩をぽんと叩かれて銀時は顔を引き攣らせる。何かがおかしい……いくら自分の部屋の
修繕とはいえ、土方が銀時を快く迎え入れるなんて。
そして遂に、土方から決定的な言葉が飛び出す。

「ああすまん。俺は副長の土方だ。アンタのことはそっちの二人からよく聞いてるぜ」

と言って土方は新八と神楽へ視線を送った。

「……は?」
「色々と愚痴も聞いてきたが、それでも二人がついていく理由が何となく分かったぜ。
なかなかに人を引き付ける風格が漂ってるじゃねーか。お前ら、いい大将に出会ったな」
「えっと……」
「どうしたネ?」

そこへ、唯一事情を知っているらしい沖田が進み出る。

「土方さん、万事屋の旦那と会ったのは初めてですかィ?」
「ああ」

土方と沖田を除く全員が吃驚した。

「総悟、お前は会ったことあんのか?」
「ええ何度も。……近藤さんもありますよねィ?」
「お、おう……」

話を振られて近藤は、事態が飲み込めないままに返事をした。

「ああそうか……メガネの姉貴はかぶき町勤めだったな。それで面識あんのか……
全く……ストーカーも程々にしろよ?」
「あっ、ああそうだな……。って、え?トシは万事屋と会ったことがないのか?」
「だからねぇって。……なあ?」
「あ、いや……」

同意を求められた銀時はどう答えたらいいのか分からず、適当に返事を濁す。
だがとりあえず、沖田が関わっていることは確かだ。

「沖田くん、ちょっと話をしようか?」
「いやこれから仕事なんで……」

銀時の申し出はさらりとかわし、沖田は屯所の奥へ行ってしまった。

「どうしたんだ総悟のヤツ……今日はやけにやる気だな」
「ハハハ……と、とりあえず現場を見てもらいましょうか」

ここにいるメンバーで話していても仕方ない。当面の仕事に支障はなさそうだと判断して
山崎は通常業務の遂行を提案し、何も気付いていない土方の指示の下、この日の仕事が始まった。


*  *  *  *  *


「トシに何をしたんだ、総悟!」

土方と万事屋三人が仕事を始めて間もなく、近藤は山崎とともに沖田を問い詰めていた。

「別に何も……」
「何もないわけないでしょ!旦那のことキレイサッパリ忘れてるじゃないですか!」
「マヨネーズの食い過ぎで頭がいかれたんだろ」
「マヨネーズに何か混入したんですか!?」
「正直に話してくれ。頼む!」

近藤に頭を下げられては白状しないわけにはいかない。

「……薬を、少々」
「何の薬ですか!?」
「元に戻るのか?」
「それは土方さん次第ですね」
「どういうことだ?」

沖田は昨夜、マヨネーズに混入したという薬の効力について説明した。

その薬は簡単に言うと、その時に最も強く思っていることを忘れる薬。
天人の齎したその薬、どういう仕組みで忘れるのかは沖田も専門家ではないので分からないが、
本来は、辛い記憶に苛まれ動けなくなっている人に使用するものだという。
そして、これまたどういう仕組みでそうなるかは分からないが、心身の健康状態が回復するに
従って徐々に記憶も戻るらしい。

「野郎が考えることなんざ仕事のことに決まってるから、仕事を忘れてるうちに俺が副長に
なってやろうと思ったのに……」
「またそんな不確実な理由で……。それにしても副長、旦那と何かあったんでしょうか?」
「うーむ……白夜叉の件じゃないか?ヤツが現在も攘夷活動に関わっているとは考えにくいが、
それを決定付ける証拠がない」
「お前が張り込みに失敗したからな」
「ちょっと……」

責められるべきは沖田であるはずが、いつの間にか自分になっている。
副長を元に戻すのが先決と本題に戻す。このままでは副長が……そこで山崎ははたと止まった。

「……旦那のこと覚えてなくても、あまり問題ないですかね?」
「むしろ、余計な柵を忘れたおかげで仲良くできるかもしれんな」
「隊長の説明の通りならそのうち記憶も戻るみたいですし……」
「さして問題なし、か」
「そうですね」
「だが総悟……」

今回は偶々大事に至らなかったが、仲間に薬を盛るなど許されないことだと窘めて、
近藤は山崎と共に万事屋一行の元へ向かった。

*  *  *  *  *

「ったくよー……お宅らのいざこざに俺を巻き込まないでくれる?」

屋根の上。万事屋三人は、上がってきた近藤らの話を作業の手を止めて聞いている。
事の次第を聞いた銀時は大きく息を吐いた。

「すまんな。だがこれも、トシがお前のことを真剣に考えていたという証拠で……」
「その言い方やめろ。何か別の意味に聞こえるから」
「本当にすまんな。記憶を取り戻すまで、トシに合わせてもらえると助かる」
「つっても、元々大した関わりねぇしな……」
「ならますます大丈夫だな」
「まあ……」

銀時の表情はいつも通り無関心なようでいて、どことなく寂しげにも見える。
薬のせいとはいえ知り合いに忘れられたのだから無理もないと、周りの者達は思っていた。



*  *  *  *  *



「もう直ったのか……助かったぜ」
「どーいたしまして」

夕方になっても土方の記憶は戻らなかった。素直に礼を言われた銀時であったが、やはり
それなりに長い付き合いである人物に素知らぬふりで営業スマイルという気にはなれず、
わざと無礼に―肩を回したり欠伸をしたりしながら―返事をした。いつもの土方に対してなら、
こういう態度を取るのが正解。これで「その態度は何だ!」と食いついてくれれば早く
記憶も戻るのではないか……

「随分と疲れたみてェだな」
「あ、ああ……」

残念ながら銀時と今日「初めて」会った土方は、覇気のなさを仕事疲れと判断したようだ。

「この後、一緒にメシでもと思ってたんだが……またにするか?」
「トッシーが奢ってくれるアルか?」
「ああ。……早く直してくれた礼だ」
「行くアル行くアル!」
「でもよ……」

土方は遠慮がちに銀時の様子を伺う。重労働の後だから早く家に帰りたいのではないかと。

「銀ちゃんなら問題ないネ。基本的に死んだ魚の目をしてるアル」
「おいおい……いくら気心が知れてる間柄でも言い過ぎだぞ」

神楽を窘める土方は、過去に自分が同じことを言ったなどとはこれっぽっちも思っていない。

「銀さん、どうします?」
「バッカ……奢ってもらえんのに断るわけねーだろ」
「きゃっほ〜!私、焼肉がいいネ!」
「ああ、いいぜ」

こうして、万事屋に土方を加えた四人は屯所を後にした。


*  *  *  *  *


食べ放題の焼肉屋。店員の引き攣り顔を尻目に遺憾無くその食欲を満たしていく神楽に、
バランスも大事だからと野菜を焼き網に乗せる新八と、デザートコーナーの主と化した銀時……
呆れつつも微笑ましく彼らの食事風景を見守っている土方は、自分もまた、
全てをマヨネーズ色に染めることで注目を浴びているとは気付きもしない。

「トッシー、肉食べてるカ?」
「食ってるぞ」
「土方さん、野菜も食べなきゃダメですよ」
「食ってるって」
「つーかお前が食ってんの、八割方マヨネーズじゃね?」
「そういうアンタも甘いもんばかりじゃねーか」

九十分という時間制限、只管食べ続ける一行は会話を楽しむ余裕はなく、自然と早口に
なっていく。それは、土方の記憶の一部が欠けていることも忘れてしまうほどであった。


*  *  *  *  *


「ふぃ〜、食った食った……」
「土方さん、ごちそうさまでした」
「ごちそうさまネ」
「おう」

終盤、涙目になっていた店員を気の毒に思い、土方は少し多めに食事代を置いて店を出た。
そしてまた、穏やかに銀時へ話し掛ける。

「なあアンタ、こっちはいける口か?」

左手で猪口の形を作りくいと傾ける仕種。こうも親しげに誘われると、頭では分かっていても
違和感を覚えてしまう。いっそのこと、土方によく似た別人だとでも思えばいいのか……
銀時は「ああ、まあ……」と適度に気のない返事をした。

「なら一杯付き合っちゃくれねェか?奢るからよ」
「あ、いや……割り勘でいいよ」
「そうか?」

どうせ一時的な関係。記憶が戻った時に難癖付けられたら堪らないと銀時は珍しく奢りを拒否した。

「では僕らはここで……」
「何言ってんだ。送ってくぜ。ガキだけで夜道を行くなんざ危険だ」
「えっ……そんな、悪いですよ」
「私、結構強いアル」
「それは分かってるけどよ……」

土方は銀時の方を伺って暗に意見を求める。

「大丈夫大丈夫。コイツらなら町中知り合いだらけだから」
「へえ……万事屋なんて言うだけあって顔も広いんだな」
「というわけなんで土方さん、今日は本当にごちそうさまでした」
「気を付けて帰れよ」
「銀ちゃん、飲み過ぎちゃだめヨ」
「へぇへぇ。……じゃ、俺達も行くか」
「ああ」

子ども達とは反対方向に銀時主導で歩いていった。



やって来たのは二人が行きつけにしている居酒屋の一つ。
これまで幾度か出会したことがあった店。勿論それを知るのは銀時のみで、

「お前もこの店使ってんのか?」
「まあな」

土方は自分のよく知る店へと案内されたことに、驚きと喜びの混じったような顔をした。
コイツとは気が合いそうだとでも思っているのだろうか……下手に思考が似通っているために
行く先々でケンカしたこともあるというのに。

「いらっしゃい……おや?」

暖簾をくぐれば、カウンターの中で魚を捌いていた店主がすぐ二人に気付いた。

「今日は二人一緒かい?ケンカしないでくれよ……」
「わーってる」
「お前、もしかして酒癖悪ィのか?」
「違ェって」

ここで銀時と鉢合わせた覚えのない土方は当然、店主の言葉が自分にも向けられているとは
思いもしない。これ以上店主と話すのは危険と判断した銀時は、奥の個室座敷へと進んだ。


とりあえずビールと軽くつまめるものを注文し、二人は座卓で向かい合う。

「鬼の副長さんから『初対面で』酒に誘われるとはね……何か不審な点でも?」

元攘夷志士であることも含め自分を忘れていると皮肉を込めて言ってみたが、今の土方には
通じず、警戒しなくていいと宥められる始末。

「アンタとは不思議と初めて会った気がしねェんだ。メガネやチャイナから色々と噂を
聞いていたからかもしれねェが……」
「土方……」
「……その声で、そうやって呼ばれたことがあるような気もする」

すっと目を細めた土方は遠い昔を懐かしんでいるようにも見えた。

「土方、あのな……」
「あ、いや、深い意味はねェんだ。つーか何だ今の……我ながらキモイな。忘れてくれ」
「ハハッ……酔うには早ェぞ」
「本当にな。よしっ、飲もう銀さん!」
「ブフーッ!!」

銀時は口内に流し込んだビールを盛大に吹き出した。

「大丈夫か!?」
「ち、ちょっと……いきなり銀さんとか呼ぶから……」
「は?だってアンタ銀さんだろ?」
「いや、そうだけど……」

よく似た別人だと思ってはみたものの、この顔から銀さんは流石にナイ。
かといって「本物の」土方に倣って万事屋と呼んでほしいと言えば、あまりに他人行儀に
聞こえるだろう。
少なくともこの土方は銀時に敵意も何もないのだから……

「銀時でいいって。なんか、お前は敬語とか似合わねェよ」
「そうかよ。……じゃあ、飲め銀時」
「おっ、センキュー」

土方がビール瓶を銀時へ傾けて持てば、銀時もグラスを持ち上げてそれを受ける。

心から、とはいえないまでも、こうして土方と過ごすのも悪くはないと、この時の銀時は
思っていた。記憶が戻ったら「あの時の土方くんは素直ないい子だった」とでも言って
からかってやろうとも。



だが、三ヶ月経っても土方の記憶は戻らなかった。

(12.10.26)


サイト開設3周年で募集したリクエスト話第一弾は、MOTCH様のリクエストです。リクエスト内容は後編の後書きで。

以前、MOTCH様から「再会」(土銀・記憶喪失ネタ)が気に入ったとコメントいただいた気がしたので(別の方だったらすみません)記憶喪失話にしました。

それから、馴れ初め話が好きだとお聞きしたので^^ 中編は15禁、後編は18禁の予定です。すみません、続きはもう少しお待ち下さい。

追記:続きはこちら(注意書きに飛びます)