再会


「……さん!銀さん!起きて下さい!」
(んだよ新八…うるせェな…)
「銀ちゃん!目を開けてヨ…」
(神楽まで…何だよ…。今日は仕事ねェだろーが…もうちょい寝かせろよ…)
「銀さん!」「銀ちゃん!」
「だからうるせェって言ってんだろ!…あ、あれ?」

銀時が目を覚ますと、そこは自宅ではなく白い部屋であった。布団ではなくベッドに寝ており
新八と神楽が目に涙を浮かべて銀時に飛び付いた。

「銀ちゃん!よかったアル!」
「よかった…本当によかった」
「お前ら…ここ、どこだ?病院か?」
「銀さん、覚えてないんですか?」
「ちょっと待って…えっと、確か今日は依頼がないから昼まで寝てて…そんで昨日ジャンプの発売日だったって
気付いて買いに出かけて………もしかして俺、車にひかれた?」
「そうアル!運転手は生まれてきたことを後悔するくらい痛めつけてやるネ!」
「あんま手荒な真似すんなよ…。その人には治療代を払ってもらわなきゃなんねぇんだから」
「ところで銀さん、怪我の方は大丈夫ですか?頭をかなり強く打ったみたいなんですけど…」
「まあ、ちょっとズキズキするけど…こないだの二日酔いの方が酷かったな…」
「ハハハ…大丈夫そうですね。…あっ、土方さんにも連絡してきますね」
「…ひじかた?」
「入院の手続きとか運転手への対応とか、色々やってくれたんです。…今は仕事に戻ってますけど」
「あ、あのよー、新八…」
「じゃあ僕、そこの公衆電話から連絡してきます」
「お、おい…」

何か言いたげな銀時を残し、新八は公衆電話のあるロビーへ向かった。


*  *  *  *  *


「銀時…大丈夫かっ、うおっ!」

新八からの電話を受けて土方が銀時の病室を訪れると、いきなり神楽に腕を引かれた。
神楽は銀時の目の前に土方を突き出す。

「ほら銀ちゃん、こいつヨ。こいつが土方アル!」
「どうです?思い出しましたか?」
「うーん…」

銀時は土方の顔をじっと見て、そして腕組みをして唸った。

「お、おい、一体どうしたんだ?」
「それが…」
「銀ちゃん、お前のこと知らないって言ってるアル!」
「はぁ!?まさかまた記憶喪失か!?」
「僕らのことは覚えてるみたいなんですけど…」
「銀ちゃん!本当に分からないアルか?」
「うーん……その制服着てるってことは真選組の幹部だろ?えっと…何番隊の隊長?」
「…隊長じゃねーよ」

土方は眉間にしわを寄せた。

「銀さん、土方さんは副長ですよ」
「副長?ってことはゴリラのすぐ下?」
「ゴリラは分かるアルか?他には?真選組で誰を知ってるネ?」
「えっと…沖田くんとジミー?」
「そこまで覚えてて何で土方さんが分からないんですか!」
「頭打ったからじゃね?つーかよー…オメーら何でそんなに必死なんだ?」
「だって銀さんと土方さんは付き…んぐ!」

二人の関係を明らかにしようとした新八の口を土方が塞いで、銀時に言った。

「記憶が飛んだら誰だって慌てるだろーが。…特にテメーは一度記憶喪失になってんだからよ」
「…俺が記憶喪失になった時のことも知ってるんだ…」
「あん時、テメーは近藤さんと山崎と一緒に工場で働いてただろーが」
「そういえばそうか…。で、俺とお前の関係は?」
「ただの知り合いだ」
「でもよ…それなら何で俺が目ェ覚ました時、新八はお前に連絡したんだ?」
「…お前が事故った時、たまたま近くに居合わせたからな」
「あっ、入院の手続きとかしてくれたんだってな…新八に聞いた」
「おう」

本当は事故の知らせを新八から聞いて駆け付け、色々と手続きを済ませた後で「何かあったら連絡しろ」と言って
仕事に戻ったのだが、土方は敢えてそのことは言わなかった。
土方は持っていたコンビニの袋を銀時に渡す。

「見舞いの品だ」
「ジャンプ…と、プリン」
「じゃあ俺は仕事に戻る」
「あの…ありがとう」
「気にすんな。それと、オメーらちょっと来い」

土方は新八と神楽を連れて病室を出た。



「お前ら、銀時に余計なこと言うんじゃねーぞ」
「余計なことって、銀さんと土方さんがお付き合いしてるってことですか?」
「そうだ」
「お前、どういうつもりネ!銀ちゃんがお前のこと忘れたままでもいいアルか!?」
「そうじゃねェ。ただ…覚えてねェのにそんなこと言ったらアイツを混乱させるだけだ」
「でも…」
「近藤さんや総悟のことも覚えてるんなら、俺ともそれなりに長い付き合いだって分かったはずだ」
「お前はそれでいいアルか?銀ちゃんの記憶、いつ戻るか分からないアルよ?」
「構わねェよ。アイツがお前らのことを忘れてなくてよかった。お前らと一緒ならアイツは大丈夫だからな」
「土方さん…」
「じゃあな。銀時のこと、よろしく頼む」

土方はポンポンと新八と神楽の頭の上に手を置き、そして仕事に戻っていった。



*  *  *  *  *



一ヶ月後。すっかり傷も癒えた銀時はいつも通りの生活を取り戻していた。…土方の記憶は戻らないままで。
当てもなくフラフラと街を歩いていると着流し姿の土方を見付けた。

「あっ、土方くん…」
「よう…怪我はもう大丈夫なのか?」
「うん。もうすっかり」
「そうか…」

入院中、土方は何度か銀時の病室を訪れた。けれど一向に銀時の記憶が戻る気配はなく
退院後は自然と疎遠になってしまった。
俺との関係なんか、ないことにした方がアイツのためかもしれない―土方はそう思うようになっていた。
けれど銀時は違っていた。

「あのさ、今日は休み?」
「ああ」
「だったら、メシでも食いに行かねェ?」
「お前…俺のこと覚えてねェんだろ?知らねェヤツとメシ食ったってつまんねーよ」
「…病院でジャンプとプリンくれた土方くん」
「は?」
「そこからは覚えてるから知らないヤツじゃねェ」
「分かったよ…。メシ食えばいいんだろ…」
「よし」

二人は近くの定食屋に入った。



「おまっ…何それ!?全部黄色いヤツじゃねーか!」
「マヨネーズは何にでも合うんだよ」

出てきた料理全てに大量のマヨネーズをかける土方を「初めて」見た銀時は驚愕に目を見開く。
土方はいつものセリフでそれをやり過ごし、さっさと食事を始めた。

「なあ、俺ってお前がマヨネーズ好きって知ってた?」
「さあな…」
「じゃあさ…俺が糖分命だって知ってる?」
「さあな…」
「知ってるだろ?プリンくれたんだから…」
「…お前、何がしたいんだ?」
「土方くんのこと、思い出したい」
「別に思い出さなくても問題ねェよ。この一ヶ月、何の支障もなかっただろ?」
「そりゃ、生活は普通にできたけど…でも、知ってるヤツのこと忘れたら気になるのは当然だろ?」
「今は俺の顔も名前も覚えたんだろ?それで充分だ。…もともと、ただの知り合いだったんだしな…」
「まあ、近藤とか沖田くんとかと一緒って考えればそうなんだけどさァ…でも、何か違う気がする」

土方はピタリと箸を止めた。

「何かって、何だよ…」
「上手く言えないけどさ…土方くんとは、もっと仲良かったんじゃないかなァって。この前、居酒屋の親父に
『土方さんと一緒じゃないんですか?』って聞かれたんだよ。それって俺達がよく二人で飲みに行ってたって
ことだよな?今だって二人でメシ食ってるの、何の違和感もない気がするし…」
「………」
「なあ、俺と土方くんって実はかなり仲良かったんじゃね?」
「…そうでもねェよ」
「でもさァ…」
「…お前には、真選組の危機を救ってもらったんだ」
「えっ…」
「情けねェが、俺じゃどうにもできなかった。…お前のおかげで助かった。だから、たまにメシを奢ってた」
「それって…近藤が命狙われた時のこと?」
「ああ。…覚えてんのか?」
「覚えてるけど…」
「…俺がいたのは覚えてねェか?」
「うん。ごめん…」

銀時は伏し目がちになった。

「謝るこたァねーよ。覚えてないなら好都合だ」
「えっ、どういうこと?」
「テメーにゃ幾度となくたかられてたからな…」
「…その時のことを理由に?」
「そうだ。だがテメーが忘れたんなら、たかられる理由もねェ」
「そういうことか…」
「ああ。それに…俺がテメーの手を借りたなんて不本意極まりねェことも忘れてくれて清々した」
「ハハハッ…。そうか…過去の過ちがなかったことになんのは記憶なくした利点だな…」
「そうだな」

過ち―銀時が何気なく発した言葉で土方の胸はチクリと痛んだ。まるで、自分との関係が過ちだったと
言われているような気がして。

(まあ、強ち間違いでもねェか…。俺との関係がなくなった方が銀時は幸せになれる…)

その後は互いに過去のことを話題に出さず、主に銀時が最近起こったことを面白おかしく話して食事が終わった。



「じゃあな」
「ねえ、土方くん…次の休みっていつ?」
「あ?何でだよ…」
「だって土方くんと話すの楽しいんだもん。今度飲みに行かない?」
「お前な…」
「過去は忘れたから奢れなんて言わない。ちゃんと割勘にするから、なっ?」
「分かった。…十七日の夜なら空いてる」
「十七日だな?じゃあそれまでに金貯めておく」
「そうかよ」
「じゃあ、またねー」
「ああ…」



*  *  *  *  *



二人が飲み友達のような関係になって数ヶ月が過ぎた。土方は未だに戸惑いがあるものの、銀時の方はすっかり
今の関係を楽しんでいて、このまま記憶が戻らなくても問題ないとさえ思っていた。むしろ…

(記憶、戻ってほしくねェな…。土方くんと俺の間に何があったか分からないけど、記憶が戻ったら確実に
今と同じ関係じゃなくなる。だからって、今のままで満足してるわけじゃねぇんだけどな…)

物思いに耽っている銀時に新八が声をかけた。

「銀さん、ジャンプ片付けていいですか?明日、資源ごみの日ですし…」
「ん?ああ、よろしく〜」
「たまには自分で片付けて下さいね」
「そのうちな…」

銀時は事務所のイスに座り、新八が部屋中に散乱しているジャンプを集めているのを見ていた。
集まったジャンプに新八が紐をかけた時、銀時は急にイスから立ち上がった。

「ちょっと待って!」
「えっ…って、何するんですか!」

銀時は新八がせっかく集めたジャンプの山を崩し、その中から一冊を抜き取った。

「悪ィ…これだけは捨てないで」
「…それって、土方さんがお見舞いに買ってきてくれたジャンプですよね?」
「うん」
「もしかして銀さん、土方さんのこと思い出したんですか」
「………」

銀時は首を横に振った。

「じゃあ何で…」
「昔のことは覚えてねェよ。でも、コレくれた日からのことはちゃんと覚えてる…」
「最近、土方さんとよく飲みに行ってますよね?土方さんと一緒にいるのは楽しいですか?」
「うん」
「それなら、土方さんに今の気持ちを伝えたらどうですか?」
「でもよ…俺、以前のことは覚えてねェし…」
「それでも、この日からのことはちゃんと覚えてるんですよね?」

新八は銀時が大事そうに抱えているジャンプを指差した。

「そうだな…。俺、行って来る」
「いってらっしゃい」

ジャンプを机の上に置いて玄関に向かう銀時を、新八は笑顔で見送った。


*  *  *  *  *


銀時は真選組屯所まで走っていった。
屯所に着くと門の近くにいた平隊士を掴まえて土方の在所を確認し、副長室まで案内させた。

「土方くん!」
「お前…どうしたんだ?約束は夜だろ?」

土方は着流し姿で文机に向かっていた。本日は非番で、夜には銀時と飲む約束をしていた。

「そうなんだけど…土方くんに伝えたいことがあって…仕事、忙しい?」
「まあ…」
「大丈夫ですよ、旦那。副長がやってるのは本来局長がやる仕事ですから」

銀時の訪問を知り、お茶を持ってきた山崎が土方の言葉を遮って答えた。

「山崎…余計なこと言うんじゃねェよ」
「局長には俺から連絡しますから、副長は休んでください。…それじゃあ旦那、ごゆっくり」
「おう」

山崎は銀時の前に湯呑を置き、土方の机の上の書類を持って部屋を出た。

「…で?俺に伝えたいことって何だ?」
「あのね、俺…土方くんが好きだ!」
「……はっ?」
「だからー…俺、土方くんのことが好きなの。お付き合いしたいの!」
「ナニ言ってやがる…。お前は俺のことを思い出してねェんだろ?」
「そうだけど…でも、この何ヶ月か土方くんと飲みに行って、色んな話して、すげぇ楽しくて…もっと土方くんのこと
知りたくて…正直、抱かれたい、とか思ってて…」
「………」

夢でも見ているのではないかと土方は思った。自分のことだけを忘れた恋人に、再び好きだと言われた…

「銀時!」
「えっ…ひ、土方くん!?」

土方は力いっぱい銀時を抱き締めた―忘れられたあの日から一度も呼んでいなかった名前を呼んで―

「銀時!銀時!」
「あ、あの…」
「好きだ!銀時…好きだ!」

土方の頬を涙が伝った。泣きながら自分に抱き付く男の背に銀時が腕を回した瞬間、銀時は自分の体の中を
風が通り抜けたような気がした。

「ひじ、かた…」
「…銀時?」

銀時の様子が変だと思い、土方は銀時の顔を覗き込んだ。銀時の瞳には涙が滲んでいた。

「土方、俺…」
「まさか…思い出したのか!?」
「うん。…待たせてゴメン」
「銀時…」
「土方っ!」

銀時は土方の首に腕を回して抱き付き、土方も銀時を再び抱き締めた。

涙の「再会」を果たした恋人達は、暫くの間互いの存在を確かめるように抱き合っていた。


(10.09.13)


この後は記憶喪失期間を埋めるようにねっとりぐっちょり激しく交わると思います!…雰囲気ぶち壊しの後書きですみません。珍しく真面目な話を書いたので

どうしたらいいか分からなくなりました^^; 何度出会っても恋に落ちる二人を書きたかったんです。実はこの二人、当サイトで最初に書いた馴れ初め話の二人という

裏設定があります。…言ってる時点で裏でも何でもないですが。馴れ初めの時も、銀さんが屯所に行って告白したんですよ。同じ状況を再現できたので

銀さんの記憶は戻ったんだと思います。つまりは愛の力です^^  ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 

ブラウザを閉じてお戻りください