※「心まで飾らなくてもいいものはいい」の続きです。
確かに心まで飾った方がいい
「今日こそ見てろよ……」
洗面台の鏡に自身の姿を映し出し、不敵に笑うこの家の主・坂田銀時。 その異様な有様を、新八と神楽は部屋の外から伺うしかなかった。
「ふっふふ〜ん♪」
髪に手をやりくるりと回り、終いには鼻歌まで飛び出す始末。 これから恋人が訪ねて来ることになっているから、浮かれつつも身嗜みのチェックに余念がないのは当然のこと。
外野からは馬鹿馬鹿しくも微笑ましく見えるはずの光景を、「異様」に見せているのが銀時の服装にあった。
「なあ、パンツ見えてねぇ?」
「……ギリギリセーフアル」
そう。銀時は今、辛うじてトランクスが隠れるほど丈の短いワンピースを着ている。動きに合わせてひらりと舞うスカートの裾を両手で摘み、鏡を前に左右へ体を捻ってみた。 それでも下着は何とか服の内に収まってくれている。
「あの、銀さん……?」 「ん?」
話し掛けられ渋々と銀時へ歩み寄った神楽に、新八も続いた。
「何でその格好なんですか?」 「野郎の趣味」
この服で外出などしないから安心しろと言う銀時に、正常な判断はできているようだとホッとする。 と同時に今度は「野郎」こと銀時の恋人の好みを疑う羽目になる新八であった。 白地に黒斑模様の袖無しミニ丈ワンピースに、肘下まである桃色の手袋と同色のもこもこ靴下。 暑いのか寒いのかよく分からないという点が唯一、普段の銀時の服装との共通点。 他人の趣向をとやかく言う権利はないけれど、明らかに女性的な装い。 そんな格好を恋人にさせて楽しむ性癖があったなどとは驚きであった。
「トッシーはミニスカートが好きアルか?」 「スカートっつーか、コスプレがな」
何処からか取り出してきたカチューシャには、三日月型の角と白黒の耳が付いている。 銀髪天然パーマの上にそれを装着し、カウベルを赤いリボンで首に巻いて完成。 鏡の中の姿に満足げに頷いた銀時は、恋人のためだけにこんな服装をしているのではなさそうだった。
「どうだ新八!」 「僕じゃ土方さんの趣味は分からないんで……」 「あ?土方がこんなん喜ぶわけねーだろ」 「はい?」
恋人である土方十四郎のため、恥ずかしい服を着ていたのではないのか。土方の人間性まで疑いかけていたところ、それが誤りであったのなら何より。 だがそれなら先程の「野郎」とは一体……いやいや神楽が「トッシー」と言った時には反論しなかったではないか。 新八には訳が分からなかった。
「お前、アイツと同じオタクだろ?どうよこれ。萌える?」 「全く萌えませんけど、その前にアイツって誰ですか?」 「トッシーだよ、トッシー」 「はあ……」
それは銀時の恋人のようでいてそうではない、土方に憑いたオタク人格。 今日はそっちと会うのかと理解して、はて、銀時とトッシーの関係は何だったかと新八は頭を捻る。 かつては土方の存在そのものを揺るがしかねない脅威。 それなりに共存体制が構築されたからといって、友人と呼べるほど親しくはなかったはず。 それがこんな――新八が少しも惹かれないとはいえ――誘っているように見えなくもない衣装を着て会う間柄になっていたなんて。
「いつの間にトッシーと仲良くなったネ」 「あ?」
神楽もまた同様の疑問に至ったらしい。あの顔なら何でもいいアルか、なんてやや非難めいた口調。 やれマヨラーだニコ中だ税金泥棒だと文句ばかり言っているけれど、銀時の相手として認めてはいた。
「勘違いすんなよ?あのオタク野郎とは何にもねぇからな」 「ならその格好は何ネ」 「ギャフンと言わせてやんだよ。目には目を、歯には歯を、コスプレにはコスプレをだ!」
以前、銀時はトッシーの礼服姿にうっかり心乱されたことがある。 しかもその服のまま覚醒した土方に胸のときめきを抑え切れず、いいように抱かれてしまったのだ。 その時の仕返しとして今日、トッシーをコスプレ姿で魅了し、且つ指一本触れさせず、土方を煽り「抱かせて下さいお願いします」と土下座して高級甘味を差し出してきたら受け入れてやるつもり。 その前段階で、属性の似ている新八に意見を聞いた。
だがそもそも「礼服事件」も知らない子ども達には、銀時が息巻く理由も分からない。 けれど爛れた空気を感じ取り、深くは追究しないことに決めた。
「トラ柄ビキニの方がオタク受けするアル」 「あれは『ダーリン好きだっちゃ』とか言わなきゃいけなそうだから却下」 「好きなくせに何言ってるんですか」 「土方のことなんか好きじゃねェし」 「……『ダーリン』が土方さんだってことは認めるんですね」 「なっ!」 「肉食系マヨトラに食われたいアルな」 「そういうことですか」 「違っ……」
真っ赤な顔で弁明を繰り返す銀時へ、精々楽しんでくれと全く心の籠もらぬ言葉を残し、新八と神楽は定春を連れて万事屋を後にした。
「何だよ……」
独りになった我が家で肌寒さを感じ、銀時は剥き出しの腕を摩った。
* * * * *
「お邪魔するナリ」
昼過ぎ、目的の人物は現れた。 服装こそ見慣れた濃紺の着流しだが、手にはオタク系グッズが入っていると思しき紙袋を携えている。 そんな彼を銀時は生まれて初めて笑顔で出迎えた。
「いらっしゃい」 「さか、たし……?」
足元へ落下した紙袋に銀時は作戦の成功を確信する。 さあ俺の魅力に平伏せ!
「お前のおかげでコスプレに目覚めたってゆーかァ」 「流石でござる!」 「へ?」
素早く草履を脱ぎ、トッシーは瞳を煌めかせて銀時へ近付く。 中身がヘタれたオタクゆえ、普段は全く使いこなせていないものの体は――運動神経は――鬼の副長のそれ。 両手を握られるまで反応できなかった。
「ちょっ……触んな!」
慌てて手を振り解き、トッシーと距離を置く。 こんな奴に恐れをなしたと思われるのは癪であったが、恋人のいる身で他の男に易々と触らせるわけにはいかない。 今のは「土方」の動きだったし手袋の上からだし浮気じゃねぇ。ギリギリセーフだろ…… 大胆な言動の割に身持ちの固い銀時であった。
その心情は理解していないけれど銀時の行動を「折角の衣装が汚れるから」と解釈したトッシーは、ごめんナリと詫びて落とした紙袋を取りに戻る。
「双子コーデを知っていたとは驚きでござる」 「ああ知ってる知ってる」
トッシーの言葉はさっぱり理解できないが何やら興奮させられたらしいと判断し、銀時は満足げに居間へ招き入れた。
「撮影は何処でするナリ?」 「さっ撮影!?」 「ああ、その前に拙者も着替えないと……隣お借りするナリ〜」
見て楽しむだけじゃねぇのかよ……身体接触はなくともポーズによっては浮気になりかねない行為だと、己の進むべき道を真剣に思案する銀時。 撮影を許可すると仮定して、下着は見えていないか、胸元は開き過ぎていないか、入念に点検していく。 座りはダメだ。パンツが見えるかもしれない。まさか一枚ずつ脱がせて撮る気じゃねぇだろうな。 大体、何でアイツが着替えるんだよ。まさかまたあの礼服で俺を思い通りにしようってか? ふっ……甘ェな。あん時は土方に戻ったからああなったんだよ。中身がトッシーなら何着たって揺らぐものか。
来るなら来いと臨戦体勢の銀時の前でスパンと襖が開く。
「お任せ坂田氏」 「……はい?」
出て来たトッシーは予想の斜め下、今の銀時とほぼ同じ服装をしていた。 白と黒のワンピースは銀時のそれより長いものの膝は見える程度。桃色の手袋も靴下も、牛耳カチューシャも全く同じ。
「お前、その服……」 「拙者の趣味ではないでござるが、ある意味公式衣装だし持って来て正解だったでござる」 「は?」
さあ撮影をといそいそカメラを準備するトッシーの、玄関での発言が蘇る。
――双子コーデを知っていたとは驚きでござる。
あれは揃いの衣装を身に付けるという意味だったのか。 それなら恥を忍んでトラビキニでも良かった。双子コーデとやらを理由にコイツが恥ずかしい格好をするのなら。 まあ、この服も大分恥ずかしいのだが。
「一般の女子は普段着をお揃いにするでござるが、拙者としてはやはりコスプレ双子コーデを推したいところ……」 「何でもいいけど俺、撮影禁止だからな」 「え……」
組み立て途中の三脚が音を立てて倒れ、銀時はほくそ笑む。 最もショックを受けるであろうタイミングを測っていた。許可なく手に触れた罰。一枚だって撮らせてやるものか。
「撮りたきゃお前一人で撮りな」 「それじゃあ双子コーデにならないナリ!」 「お揃い着た時点で双子コーデ完成だろ?そっから先は知らねェ」 「坂田氏の鬼!」 「へっ、何とでも言え」
そろそろ着替えようかなと手袋を外しかければ、お願いでござると詰め寄ってくる。
「撮影しないコスプレなど絵に書いた餅の如しナリ!」 「へーそうなんだ大変だねー」
棒読みの台詞は説得が無駄だと言外に匂わせていた。 だが死してなお衰えぬオタク魂はこの程度で引き下がれない。
「写真を撮らせてくれるまで十四郎には会わせないナリ」 「てめっ」 「拙者はこのままの方がいいでござるし」
紙袋から薄い本を取り出して、ソファーに腰掛け読書を始めたトッシー。その余裕ぶった表情は銀時を大いに苛立たせた。 オタクのくせに童貞のくせにトッシーのくせに……どれも理由にはなっていないけれど、とにかく銀時はオタクで童貞のトッシーにあしらわれつつあることが不服だった。 撮影させて下さいお願いしますと土下座をしたら、一枚だけなら許してやろうと思っていたのに。
「さっ坂田氏?」
本を奪いソファーに乗り上げて、膝立ちでトッシーを跨ぐ。
「なななななにを……」
焦る姿に舌なめずりをして、背凭れに両手を付けば、体を張った檻の完成。四肢の間にトッシーを閉じ込めた。 ぐっと顔を近付け、唇が触れる寸前で止める。
「なあ……イイコトしようぜ?」 「せっ拙者はあの……」 「オメーじゃねぇよ」
銀時が呼ぶのは意識の底。本来、その体を統べる魂。 トッシーが協力しないのなら自ら出て来てもらうまでと結論付けたのだ。
「俺のカラダ、上も下も、優しく搾乳して」 「ささささささ……」 「お前のミルクもいっぱいちょうだい」 「はわわわわわ……」
目を回すトッシーへ最後の一撃。
「十四郎……」 「――っ!」
カッと見開かれた瞳には力強さが宿っていた。
「いらっしゃーい」 「テメーは……」
ぽすんと膝の上に腰を下ろし、銀時は土方の頭を抱える。 その背に腕を回しながらも、土方の腹の内では沸々と怒りが沸き起こっていた。
(14.12.07)
久しぶりの土銀 +トッシー話です。土方さんが出てきたので後編は18禁になります。 続きのアップまで少々お待ち下さいませ。
追記:タイトル変えました。
追々記:後編はこちら(注意書きに飛びます)→★ |