※「純情な二人がまたホテルに一泊」の続きです。
純情な二人と周りの人々(土方版)
「こうしてトシと二人で飲むのは久しぶりだな!」
馴染みの居酒屋の小さな座敷。自分に向かって徳利を傾ける近藤に、土方が猪口を差し出す。
「すまない。」
酒を注いでくれたことへの礼と、暫く二人で飲みに行けなかったことへの詫びを一言で済ませれば、
近藤も「気にするな」と笑顔で一言。
同じ場所で生活し、仕事中も多くの時間を共に過ごしているものの、このように単なる友人として
いられる時間は極僅かになってしまった。組織が大きくなり、二人揃って休める機会が減ったと
いうのは勿論のことだが、それよりも、土方に恋人ができたことの方が主な理由だった。
その自覚があるから土方は詫びの言葉を口にしたのだった。
「万事屋と付き合って、もう二年くらいか?」
「あ、ああ。」
「アイツは優しくしてくれてるか?」
「ま、まぁな。」
酒のせいだけでなく顔を赤らめる土方に近藤は満足げに頷いて自らも酒を呷る。
「今日は依頼が入ったんだって?」
「あ、ああ。」
「会えない時は電話でもしてるのか?」
「別に……」
恋人と話すのは未だ恥ずかしくて、余程のことがない限り電話などできない。それだって用件を
伝えるのが精一杯である。そんなこととはつゆ知らず近藤は、二年も経つとそんなものかと感心
していた。
「言葉などなくても通じ合うってやつか?羨ましいぞ、このっ!」
「そ、そんなんじゃ……」
「照れるな、照れるな。お前達は似たところがあるし、お互いのことが手に取るように分かるん
じゃないか?」
「そんなことは……」
「いつもは何処でデートしてるんだ?」
「その辺でメシ食う、とかだ。……もういいだろ。この話は終わりにしようぜ。」
「いやいや……」
これでは恋人を思い出して落ち着かないと無理矢理に話を切り上げようとした土方であったが、
近藤はここぞとばかりに聞いてくる。
「お妙さんと付き合う時の参考にするから聞かせてくれ。」
「男同士だし……」
「相手を愛する気持ちに性別は関係ないだろ?それに、総悟には結構話してると聞いたぞ?」
「アイツは、色々聞いてくるから……」
「だから今日は俺が色々聞く番。なっ?」
「…………」
「では第一問。」
土方が了解の返事をする前に、近藤は質問の体勢に入ってしまった。
「トシは万事屋の何処が好きなんだ?」
「なっ!?」
元々赤かった顔を更に真っ赤にして口をパクパクさせる土方へ「トシは照れ屋だな」と呑気に
笑いながら酒を注ぎ足す近藤。
「さあ答えてくれよ。」
「そそそそれは近藤さんの付き合いの参考にならないだろ……」
「これは単に俺が知りたいんだ。いいだろ?」
「…………」
無二の親友であり敬愛する上司でもある近藤から「いいだろ?」などと言われて突き放すことは
できず、かといってこんな恥ずかしい問いに答えることもできず、土方は無言で猪口の酒をぐいと
飲み干した。
「ハッハッハ……こういうことはもっと酒が進んでからか?じゃあ逆に、嫌いな所は?」
「……ねぇよ。」
何とか答えたもののやはり恥ずかしいらしく、土方は自ら猪口になみなみと酒を注いでまた一気に
流し込んだ。
「ないってことはないだろ?お前ら以前はよく喧嘩してたじゃないか。」
「今は喧嘩しねェし……」
「もしかして、好きなコには突っ掛かっちまうってヤツだったのか?なるほど……そうやって
相手の気を引いていたんだな。」
勝手に納得したらしい近藤は「それでは次の質問」と先に進んでいく。
「万事屋のことは何て呼んでるんだ?」
「坂田。」
「下の名前で呼ばないのか?」
「ああ。」
「それじゃあ、次は……」
「…………」
飲まなきゃやってられないとばかりに土方は右手に徳利を、左手に猪口を持ち、飲んだそばから
酒を注いでいった。
* * * * *
三十分後。
「こんろーさん、次の質問は何ら?」
「トシ……大分酔いが回ってるみたいだな。」
急ピッチで飲み続けた土方は、あっという間に呂律が回らなくなっていた。
「らいりょーぶ、らいりょーぶ……何れも聞いてくれろ。」
「じ、じゃあ最後の質問な?」
早目に帰った方がよさそうだと判断した近藤は、次で最後ということにした。
「万事屋のいい所って何処だ?」
「ぜんぶ。」
「全部?」
「ぜーんぶ。いいとこしかないろ。」
酔って座卓に突っ伏した土方は、焦点の定まらぬ瞳で遠くを見ながらフッと笑った。
その様はまるで、良い所しかないという恋人を思い浮かべているようで、
「そうか……トシは万事屋を本当に愛してるんだな。」
飲み過ぎを心配していた近藤も微笑ましい気分になっていた。
「坂田はー……強くて優しくてェー……すげェ強くて優しくて……強くて優しいんら。」
「うんうん……良かったな。」
「そんれー……強いしィ、優しいしィ……」
「フッ……トシと万事屋は最高の恋人同士だな。」
近藤は土方の頭をそっと撫でる。
「おう。俺達は、一緒に成長してるんら……」
「成長?」
「この前なんかァ……ホテル泊まってェ……」
「ト、トシ!?そろそろ帰ろうか……」
これ以上はマズイのではないか……近藤は慌てて帰り支度を始めた。けれど土方は近藤の袴を引いて
座らせてしまう。
「まら答えてるらろ……」
「もっもう充分聞いたからさっ……」
この先を聞いたらきっと、我に返った土方が困ることになる。そう思うから帰ろうとしているのに、
酔って一人盛り上がる土方は止まらない。
「ホテルれな?ダブルベッドらったんら……」
「そ、そうか……」
「いっこのベッドに一緒に寝てェ……」
こうなったら自分も酔っていて記憶がないことにしよう。もしも土方が今夜のことを覚えていても
自分が覚えていなければそこまで気落ちしないはず……そう作戦立ててとりあえず聞く姿勢をとった。
「ホテルに泊まってェ……ベッドがいっこれェ……聞いれる?」
「聞いてる聞いてる。」
「ホテルれェ……いっこらったから一緒に寝てェ…………きす、したんら。」
「そ、そうか。」
大して飲んでもいない近藤の顔が赤く染まる。
「すごいらろ。」
「えっ?あ、ああ、凄いなー。」
「へへっ……もう二年らからな。ベッドれ、きすもできるんら。」
「そうかそうか……大人だなー。」
「まあな。」
何かがおかしいと感じていた近藤であったが、酔っ払いには逆らうまいと相槌を打っておいた。
それから何度か土方から同じ「自慢」を聞かされ、二人の飲み会はお開きになった。
* * * * *
翌朝。食堂に現れた土方は頭を抱えて顔を顰め、明らかに気分が悪そうであった。
「よう、トシ!気分はどうだ?」
「頭痛ぇ……。昨日、どうやって帰ったんだ?」
「トシが店で寝ちまったから駕籠(タクシー)で帰ったんだぞ。」
「そうだったか……?」
「覚えてないのか?」
「すまない……。近藤さんと飲んでたのは覚えてるんだが……」
「かなり飲んでいたからな……。今日は午後からだろ?ゆっくり休め。」
「ああ。」
そのまま土方は食事をとらずに部屋へ戻っていった。
「副長が記憶失くすまで飲むなんて珍しいですね。」
「どんな手を使ったんですかィ?」
一人になった近藤の元へ、トレイに食事を乗せた山崎と沖田がやって来る。
「どんなって……ちょっと、万事屋のことを聞いただけなんだけどな。」
「ああ……」
「そういうことか……」
土方と銀時の付き合い方を熟知している二人は、それだけで全てを理解した。
「それで?へべれけな土方さんは何か面白いこと言ってやしたか?」
「万事屋には悪いところが一つもないとか……」
「ああ……」
「あの野郎なら言いそうだな……」
「それからちょっと笑いそうになってしまったんだが……」
「何ですかィ?」
自分達の知らないところで少しは進展したのかと、沖田は期待を込めて近藤に尋ねる。
「ホテルでキスをしたと自慢げに話していたんだ。……可笑しいだろ?もうとっくにそれ以上の
ことをしている仲だって言うのに、キスくらいで『凄いだろ』なんて言ってたんだ。」
「近藤さん……」
「あっ、このことトシには内緒だぞ。」
「ていうか局長……それ、ちっとも可笑しくないんですよ。」
「そうか?俺は結構、面白かったけどなァ。総悟はどうだ?面白くなかったか?」
「全く笑えませんねィ。……それが真実なんで。」
「副長と旦那、まだキスしかしてないんですよ。」
「……は?」
近藤は口をポカンと半開きにして目をパチクリさせた。
「おいおいお前ら……いくら俺がモテないからって、そんなことには騙されないぞ。あの二人が
付き合って、もう二年も経つじゃないか。」
「でも……そうなんですよ。」
「いや、だってさァ……言っちゃ悪いけど万事屋って、爛れた恋愛しかしてなさそうじゃん?
トシだって、かなりモテてたから、昔は色々とさァ……そういうことには慣れてるだろ?」
「そう、思ってたんですけどねィ……」
「どうやら二人とも、本命相手には勝手が違うみたいで……」
「ていうか、ただのヘタレでさァ。ヘタレバカップル。」
「ほ、本当なのか?」
「本当でさァ。」
「本当ですよ。」
「信じられん……」
こうしてまた一人、土方と銀時の「真実」を知る人が増えたのだった。
(11.10.27)
リバNo.31の「純情な二人と周りの人々」は銀さん側の話だったので、今回は土方さんバージョンにしてみました。銀さん全く出てこなくてすみません。
いつも恥ずかしがっていますが、土方さんは自分達の「成長」がかなり嬉しかったんだと思います。それと同時に、近藤さんなら分かってもらえるという気持ちも
あったのかもしれません。真実を知った近藤さんですが、今後、沖田&山崎に協力するかは未定……多分、しないんじゃないかな?近藤さんは、土方さんが
いいと思う付き合い方でいい、と思っていそうですし。ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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