後編
時は少し遡り、土方が電話を掛ける直前の万事屋。
目覚まし時計を見詰めソワソワと落ち着かない銀時に、もうすぐ付き合って二年だというのにと
呆れつつ新八が確認する。
「今日は土方さんとデートなんですよね?」
「ででででぇとっつーかその……」
「恋人同士が会うんだからデートじゃないですか。……何処に行くんですか?」
「やっ屋台で、呑む。」
「それだけですか?」
「そっその後も、一緒に、いる……」
両手の人差し指の腹を胸の前でくっ付けたり離したりしながら、銀時はごにょごにょと語尾を濁す。
その様子に内心で「恥ずかしがるようなことかァァァァ!」とツッコミを入れているところで
神楽も話に加わった。
「またウチに泊まるアルか?」
「ままままあな……」
「いつもこんなボロ家でトッシーはつまらなくないアルか?」
「あー……たまにはキレイな所じゃないと、土方さんに呆れられちゃうかもしれないね。」
「ででででも引越しなんて……」
「ホテルに行けばいいネ。」
「ほほほほてるぅぅぅ!?」
「なに驚いてるんですか?まさか、変なホテル想像してるんじゃないでしょうね……」
「だだだだって神楽が……」
「シティホテルとかでいいじゃないですか。」
「銀ちゃん達は大人なんだから、ラブホでもいいアルヨ。」
「ららららら……!?」
ジリリリリ……
「あっ、電話だ。銀さん、出て下さい。」
「お、おう。」
土方からの電話であろうと算段を付けた新八は銀時に出させる。予想は的中し、銀時はしどろもどろに
なりながらも何とか通話を終えたのだった。
「ふー……」
「何で敬語アルか?」
「うううるせーな。」
「土方さん、何だったんですか?」
「べっ別に……。今日の待ち合わせの確認。」
「銀ちゃん、ホテルとか言ってたネ。」
「ききき聞こえてたならそう言えよ!」
「今日はホテルに泊まるんですか?」
「お、おう……」
「楽しんで来て下さいね。」
「いってらっしゃいヨ〜。」
「あ、ああ……」
心ここにあらずといった表情で玄関に向かった銀時は、扉を開けずに外へ出ようとして玄関扉に
一度額を打ち付け、外へ出た後には扉を閉めるのも忘れて階段を下りていった。
「銀さん、大丈夫かなァ?」
「電話しただけでヘロヘロなんだから大丈夫じゃないアル。」
「ハハハッ……。まっまあそれでも、一晩ホテルで過ごせば何とか……」
「なってもらわないと、こっちの身がもたないネ。」
「だよねー。銀さん、頑張って下さい!」
もうここにはいない銀時へ祈りのようなエールを送る。それに神楽も続いた。
「一発キメてみやがれコノヤロー。」
「流石にそれは望みが高すぎだよ。」
「チェッ……」
そう言う新八も、早く大人な二人になってほしいという思いは同じであった。
* * * * *
「こっこここここ?」
「あ、ああ。」
屋台で待ち合わせた銀時と土方は、その後の宿泊先に気も漫ろで……結局、ほとんど呑み食いせずに
かぶき町プリンスホテルの前へとやって来た。
想像を超える高級ホテルに銀時は、いつもの恥ずかしさに加えて自身の懐事情を慮り焦り始める。
そんな銀時に気付く余裕のない土方は、ロビーのソファに銀時を座らせて、一人チェックイン
手続きのため受け付けへ向かった。
(ヤベぇ……まさかこんなホテルとは……。金、足りるか?屋台であんま呑まなくて良かった〜。
でも、いきなりホテルに泊まろうなんて……土方、どうしたんだろ?……まままままさか、
そそそそーゆー気分になったんじゃ……。こんないいホテルに泊まるんだから、きっといつも通り
ってわけにはいかねェよな。あああああ、どーしよー!まだ無理だって!全っっっっ然、
ヤれる気がしねェ!!)
ホテルの階級と、ここを選んだ土方の思惑を想像したことによる緊張で、銀時は体が震えてしまう。
手続きを終えて戻って来た土方は、流石に銀時の異変に気付いた。
「坂田……具合でも悪いのか?」
「いいいいや別に……」
「でも、すげェ汗かいてるし、震えてるし……」
「ほほほほ本当、何でもねェから!」
「無理しなくていいぞ。……家まで送ってくか?」
「ままままマジで大じょーぶ!さあ、部屋に行こう!」
「お、おい……」
エレベーターに向かって歩き出した銀時の後を土方は仕方なく追った。二人でエレベーターに
乗り込むと、他の利用客がいなかったため土方はいつものように手を握ったところ、銀時の体が
ビクンと跳ねた。
「坂田……?」
「ななななに?」
「本当に大丈夫なのか?」
「だだだ大丈夫!」
「……もしかして、キャンセル料とか気にしてるのか?そんなもんよりお前の体調が……」
「だっ大丈夫だって!……あっ、因みにホテル代っていくら?」
「支払いは帰る時だが……いらねェよ。」
「……へっ?」
エレベーターが目的の階に着き、土方は手を離して降り、銀時も後に続いた。
部屋番号の表示を確認して廊下を進みながら銀時が問う。
「あの……何で金払わなくていいの?」
「今日は、いつもお前ん家に泊めてもらってるお礼だから。」
「そうだったんだ……。じゃあここでも、俺ん家と同じように過ごすつもりだった?」
「……他のことがしたいのか?」
「あっ!いいいいやべべべ別に……」
「!!」
余計なことを言ったと慌てて誤魔化す銀時であったが、土方はその態度で何を言おうとしていたか
悟ってしまう。
「あああの、ささささ坂田がそう思うなら、べべべべ別に、イヤじゃねェけど……」
「ちちち違うって!本当、そういうんじゃなくて……いつも通りがいいから!いつも通り希望!!」
「そ、そうか……」
誤解が解けたところで土方は部屋の扉にカードキーを差し込んで開け、銀時を先にして中へ入る。
「「えっ……」」
部屋に入った二人はすぐに動きを止めて固まってしまう。
この部屋にはセミダブルベッドが一つしかなかったのだ。
「ひひひ土方?やややややっぱりこれはその……」
「ちちちち違う!ふふふふたり部屋だと言われててっきり……」
「へ、部屋、変えてもらう?」
「たっ確か……一部屋しか空いてないと……」
「ど、どーする?」
「……帰るか?」
「えっ!それは勿体ないよ……」
「じ、じゃあ、俺は床で寝る。」
「そそそそんなのダメ!ホテル代、土方が出してくれるんだから俺が床!」
「いつものお礼なんだから俺が床に……」
「だからそれだと……」
「…………」
「…………」
「……じ、じゃあ……一緒に、寝るか?」
「う、ん……」
言われた銀時は勿論のこと、言った土方も顔を真っ赤にして俯く。
そのまま暫しの沈黙が続いた後、それを打破したのは土方であった。
「とととりあえず、風呂に入らねェか?」
「そそそーだね。」
「坂田から、どーぞ。」
「あ、ありがとう。」
銀時は数歩だけ浴室へ向かってから立ち止まり、引き返してベッドの上の浴衣を一着抱え、
改めて浴室へ向かった。
次いで土方も入浴を済ませ、二人してホテルの浴衣姿になった後は、適当ににテレビを点けて
ベッドの縁に座った。銀時の右側に土方が座りいつものように手を繋ぐ。
常なら心休まるこの行為。今夜はこれから一つのベッドで眠るのだと思うと、鼓動を落ち着かせる
ことができなかった。
(ヤバイ……ものすごくドキドキする。坂田と手を繋ぐのは平気になったはずなのに……)
(ヤバイ……ものすごくドキドキする。だからって手を離したら感じ悪いし……)
いつもの距離で座っているにもかかわらず緊張しているが、かといって離れることもできず、
二人はただ俯いて自分の膝を見詰めていた。
それから一時間以上、室内にはテレビの音しか聞こえなかった。
「ああああのっ……」
「ななななんでしょう?」
意を決して銀時が口を開き、土方がそれに応える。
「そそそそそろそろ寝ませんか?」
「ね、寝る……」
「あああのっ……いつもはこのくらいの時間に寝てるなぁと思っただけで、別に……」
「いいいや……そろそろ、寝る時間なのは確かだし……寝ましょう!」
「は、はいっ!」
緊張感を強引に払拭しようと土方は勢い付けて立ち上がり、リモコンでテレビを消す。
つられて立った銀時もまた、羞恥心を振り払うため、バッと掛け布団を捲った。
「よ、よしっ、寝よう!」
「おう!電気、消すぞ。」
「おう!」
二人は気合を入れてベッドに入る。銀時が先に横になって、土方は部屋の明かりを消してから
その隣に横になった。
セミダブルのベッドは大の男二人が寝るにはやはり小さくて……いつもの習慣で手は繋いだものの
肩から腕にかけてピッタリくっ付く距離に二人の心拍数は跳ね上がる。
二人共、相手のいる方とは逆に顔を向けた。そのような状況の中、土方はふと思い出した。
「前にも……こんな狭いベッドで寝たことあったよな。」
「そっそうだっけ!?」
顔は向こうを向いたまま土方が話し始め、銀時も反対を向いたままそれに応える。
「覚えてねェか?人気投票の時に……」
「あー、神楽に押し込まれた時ね。」
「あん時はまだ、手も繋げなかった……」
「そうだね。俺達、立派なこっ恋人同士になったね。」
「さっ坂田と、一緒だったから頑張れた……」
「おお俺だって、土方と一緒で良かった……」
これまでの付き合いに思いを馳せる二人は真逆を向いているものの、その表情はとてもとても
幸せそうであった。
「そうだ……二位おめでとう。」
「えっ?」
「人気投票。前にホテル泊まった時は三位だったけど、その次は二位で……すごいね。」
「ああ、そのことか……。坂田なんかずっと一位じゃねェか。もっとすげェよ。」
「順位上げた土方の方がすごいよ。でも……あんまり人気者になっちゃうと、遠くへ行っちゃう
みたいでヤダな……」
「おっ俺は……坂田さえ、よければ、ずっと……」
「土方……」
自分の手を握る土方の手に力が込められ、銀時は思わず振り返る。すると、少し前からこちらを
向いていた土方と目が合い、二人は慌てて視線を落とした。
「あああのっ、本当……坂田が、嫌じゃなければ、だからっ……」
「いっ嫌なわけないだろ。おっ俺だって、ずっと、土方と……」
「坂田……」
狭いベッドの中、二人は向かい合って俯いて、どちらからともなく手を離して相手の肩へ。
そして顔を上げ、ほんの一瞬、目を合わせてから瞼を閉じて、ゆっくりゆっくり距離を詰めていく。
二人の距離がゼロになった刹那、二人は顔を離し肩から手を離し、仰向けの体勢に戻って再び
手を繋ぐ。
二度、三度と呼吸を繰り返すうち、やっとのことで胸の鼓動が落ち着いて二人は眠りに就いた。
会うたびにいつも思う。隣にいるのがこの人で本当に良かったと。
(11.09.20)
純情な二人は今回、一つの布団(ベッド)に入ってキスをするという凄技(笑)を身に付けました。銀さんが告白した話をアップしたのが2009年の10月なので
この二人の交際はもうじき二年ということにしました。昔を振り返り、すっかり成長した気でいる二人です^^ 冒頭の万事屋での話、実は書く予定で無かったのですが、
前編を読んだ方から「万事屋の会話も読みたい」というコメントをいただき書くことにしました。
最近、忘れた頃に続編が出る純情シリーズですが、次はもう少し早く……来月中にはアップしたいと思っています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
追記:続きを書きました。近藤さんと土方さんの話です。→★
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