とある夜更け。人知れず停泊していた屋形船へ近付く人影がひとつ。その影を捉え、船内は騒然となった。
「晋助様、ヤツです。ヤツが来たっス!」
「俺はいないと言え」
「無理ですって!ヤツは晋助様が出るまで絶対に帰らないっスよ」
「じゃあ、テメーも一緒に来い」
「…分かったっス」
「万斉、テメーも来い」
「仕方ないでござるな…」
「武市先輩も、ほら行くっスよ」
「私もですか?やれやれ…」
鬼兵隊の主要人物総出で出迎えるその人物とは…
よれおれお〜鬼兵隊の災難〜
「あっれー?ヒック…おー、お出迎えごくろーさん」
「銀時…テメー何しに来やがった?」
「んな恐い顔すんなよ、晋ちゃん」
「誰が晋ちゃんだ!」
「んなデケー声出すなって…ヒッ…近所迷惑だろー…」
「迷惑なのはお前の方っス。毎回毎回…何でこの場所が分かったっスか!」
「俺は江戸を護るヒーローだからな。悪党の居場所くらい分かってとうぜ…うっ…気持ち悪ィ…」
「そんな飲んだくれたヒーローなんて聞いたことないっス」
口元を押さえた銀時に、また子は冷ややかな視線を送る。
実はここ最近、鬼兵隊が江戸へ来るたびに銀時が高杉を訪ねているのだ。どうやって情報を仕入れているのかは
不明だが、銀時は確実に鬼兵隊の居場所を突き止めてやって来る。しかし、ケンカを売りに来ているわけではない。
「おぬし、晋助とこうも頻繁に会っていていいでござるか?おぬしは真選組の…」
「万斉!」
銀時を窘めようとした万斉を高杉が止めた。だが少し遅かった。「真選組」という単語を聞き、銀時の目が据わる。
「聞いてくれよ高杉ぃ〜…」
銀時に両肩を掴まれてガクガクと体を揺らされながら、高杉は万斉をジロリと睨んだ。
この場で「真選組」は禁句だったようだ。
「こうなったら仕方ありませんね…。さっさと用件を聞いてしまいましょう。中へどうぞ…」
「いや〜、話が分かる部下を持ってオメーは幸せだなっ」
銀時はバシバシと高杉の肩を叩いて陽気に屋形船の中へ入っていった。
「武市先輩、なんでアイツを中に入れたんスか!」
「あのまま外で騒がれたんじゃ、それこそ真選組に嗅ぎつかれてしまいますよ。幸い、随分と飲んでいるようですし
さっさと酔い潰してお引取り願いましょう」
「そうっスね。全く…万斉先輩が余計なことを言うから…」
「すまないでござる。恋人の名を出せば帰ると思ったが、逆効果だったでござるな」
* * * * *
「ほら、好きなだけ飲むっス」
銀時を船内に招き入れ、また子は渋々酒を勧める。
「いや〜、ありがとね〜」
「で?今日は何の用だ?」
「つれないなァ…ちょっとダチに愚痴を聞いてほしくて来ただけだって」
「いつからダチになったんだ?そういうことなら今度からヅラの所にでも行け」
「やだね。アイツ、ケチだもん。俺より金持ってるくせに全っ然奢ってくんねーの」
「俺だって奢りたかねェよ。だいたい、テメーにゃ金ヅルがいるじゃねェか」
「そうなんだよ!あの野郎…今日は会えるっつーから晩飯も食わずに待ってたってのによー」
「すっぽかされたんスか?」
「仕事で遅くなるーとか言って…絶対ェ大した仕事じゃねーんだよ。何が『大物攘夷浪士が江戸に来た』だよ。
どーせガセだぜ」
「そ、そうっスね…」
また子はこっそり武市に耳打ちする。
「先輩…もしかしてこれ、私達のことが真選組にバレたんじゃ…」
「かもしれませんね。真選組の情報網をなめていましたよ」
「おい、そこ。何こそこそしてやがる。…あれ?そーいやァお前ら、テロとかもやってたよな?
もしかして土方の仕事が増えたのってテメーらの…」
銀時は腰の木刀を手に取り、ゆらりと立ち上がった。
「ちっ違うっス。今回江戸に来たのはテロのためじゃないっス。ねっ、武市先輩!」
「そのとーりです。私達は何も悪いことはしていません。ねっ、万斉さん!」
「あ、ああ…」
「ふーん…」
銀時は万斉の顔をじっと覗き込んだ。万斉達は冷や汗を流しながら「違う違う」と繰り返す。
もちろん破壊活動の事前準備で江戸に立ち寄ったのだが、そんなことが分かれば銀時は暴れだすに決まっている。
以前、酔った銀時が暴れて船を半壊させたことがあった。それからというもの、銀時が来ると船内は戦々恐々とし
ているのだ。
「じゃあオメーら、何しに来たんだ?」
「そっそれはでござるな…」
「んー?」
「お、お通ちゃんのライブに…」
「お通ちゃん〜?」
「拙者、プロデューサーと知り合いでござって…」
「なに?オメーら、お通ちゃん好きなの?」
「そ、そうっス。お通ちゃん、大好きっス。ねっ、武市先輩!」
「私はもっと若い娘の方が…」
「す・き・で・す・よ・ね!?」
「は、はい…」
また子が拳を握ると、武市はその迫力に負けて頷いた。
「高杉もお通ちゃん好きなのかよ?」
「あ?俺ァ興味ねェな…」
「じゃあお前、何しに来たわけ?」
「は?」
目の据わった銀時が高杉の方を向いたのを見て、また子が慌てて間に入る。
「し、晋助様も本当はお通ちゃん大好きなんス。でもシャイだから秘密にしてるっス」
「あー…オメー、むっつりっぽいもんなァー」
「誰がむっつりだ!」
銀時に食ってかかろうとする高杉を、武市・万斉・また子で止める。
「晋助様、今は我慢ス!」
「そうです。今ここで暴れられたら大変なことになります」
「落ち着くでござる」
「けっ…」
高杉は不満げに杯を呷った。
「それで?テメーは何を愚痴りに来たってんだ?まさか、幕府の狗のことじゃねェだろーな…」
「おっ、よく分かったな〜。さすが晋ちゃん」
高杉も周りの三人も心の中で(またか)と思った。
「その呼び方やめろ!…というか、テメーの男の愚痴なんざ聞きたくねーよ」
「そう言うなって。お前と土方って普段は敵同士だろ?」
「普段どころか常に邪魔な存在だ」
「そんなヤツの情報が手に入るんだぜ?いいじゃねーか」
「使える情報なら、な…」
最初の頃は鬼兵隊の面々も敵の内情が探れるのではないかと、銀時の「愚痴」に期待を抱いていた。
しかし、実際に出てくるのは恋人としての土方であって真選組の情報などないに等しい。
銀時を酔わせて情報を引き出そうともしてみたが、酔うほどにこちらの話を聞かなくなるので打つ手がなかった。
「そんでな?土方はこの時間でもまだ仕事してんだよ…大した仕事ねーのに。高杉はいいよなー…。
煙管吹かしてりゃ、部下が色々やってくれるんだろ?」
「ハッ…真選組みたいな使えねェ連中と一緒にすんな」
「アイツらだってやりゃあ出来ると思うんだけど…土方が面倒見よすぎるからダメなんだよなァ。
もっと厳しく突き放せばいいのによー」
「知るか」
高杉に冷たくあしらわれても銀時は気にする素振りも見せない。
「まあ、そこがアイツのいいところなんだけどねー。今日みたいなことがあると、埋め合わせに何か奢ってくれるし。
今日は俺が晩飯もまだだって言ったら『俺のツケで飲んできていい』って言ってくれてさァ…」
「そうかよ」
「そんでよー…ついでに今まで溜まってたツケも全部アイツに付けてきた。へへっ…アイツ、驚くだろーなー」
「そんなことして怒られないっスか?それでケンカになって、またこっちに来られちゃ堪らないっス」
「アイツがこんくれェで怒るわけねーだろ。アイツはなァ…高給取りのくせに物欲ねェから、俺のツケくらい
いつでも払えんの。『仕方ねェな』って言って払ってくれて、ついでに新八達にもメシ奢ってくれんの」
「けっ…あの野郎はオメーの財布代わりってわけか」
「まあね。でも俺専用だから。テメーらにはあげないからね」
「いらねーよ」
ふいに銀時が辺りを見回した。
「なあ、プリンとかねェの?」
「ねェよ」
「マジかよ…使えねーな…。土方と飲む時はいつもプリンとアイスがあるのによ…」
「そんなにほしけりゃテメーで買いに行け。そして二度と帰って来るな」
「俺が金持ってるわけねーじゃん。あー…プリン〜。プリンを食わなきゃ死んじまう〜」
銀時は横になってゴロゴロと転がりだした。
「だったら死ね」
「やだ〜。プリンを食うまでは死なねぇ〜」
「勝手にしろ」
「俺がこんなにプリンを求めてるってのに、酷ェやつらだな…。土方だったらすぐ買ってきてくれんのに…
ひじかたァ…ぷ、り…ん………」
遂に銀時は酔い潰れて寝入ってしまった。高杉達はホッと息を吐く。
「漸く潰れてくれましたね」
「もうこれっきりにしてほしいっス」
「万斉、後は頼んだぜ」
「…分かったでござる」
万斉は銀時を肩に担ぎ、一人船を下りた。
向かった先はかぶき町の万事屋。しかし、万事屋へ着く前に黒い着流し姿の男と鉢合わせた。
「やれやれ…やっと仕事が終わったでござるか」
「またテメーか…」
万斉は銀時を下ろし、その男―土方十四郎―に渡した。土方は銀時を背負う。
「くだらぬ愚痴に付き合わされて、こっちは迷惑してるでござる」
「そうかよ。…じゃあな」
「…拙者を捕まえなくていいでござるか?」
「あぁ?コイツが知り合いの所へ飲みに行って、潰れたからここまで運んできたんだろ?何で捕まえんだよ…」
「そうでござるか。ところでおぬし…プリンを持っているでござるか?」
「はぁ?持ってたら何だってんだよ」
土方は銀時を落とさぬように気を付けながら、手に持っていたコンビニの袋を万斉に見せる。
「なるほど…。おぬし、なかなか手強いでござるな。ある意味、拙者達が束になっても勝てぬものを持っている…」
「なに言ってんだテメー…」
「こっちの話でござる。それでは…」
「ああ」
土方と万斉は元来た道を引き返していく。
銀時の訪問ですっかりやる気を削がれた鬼兵隊はその後、燃料と食料の補給だけをして江戸を去ったのであった。
(10.08.07)
40000HITキリリク「銀さんの彼氏自慢でものすごい迷惑を被る鬼兵隊」でした。「酔った勢いで高杉相手にのろけまくるぎんさんが見たい」とのことでしたが、いかがでしたでしょうか?
「のろけまくる」って程じゃなかったような気も…^^; 鬼兵隊のメンバーをこんなに出したのは初めてでしたが、また子が結構好きなことに気付きました。
それと、酔って駄々をこねる銀さんは書いていて楽しかったです^^ リクエスト下さった舞夜様、一周年企画開始直前のリクエストだったため、お待たせしてしまってすみませんでした。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
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