愛しさと切なさと自分らしさと
深夜の真選組副長室。主も寝静まったこの部屋で、天井板が音もなく外れた。そこから下へ
降り立ったのは一人の男。男はそっと寝顔を覗き込みほくそ笑んだ。どう料理してやろうか……
男の喉がごくりと鳴る。一歩、また一歩と布団へ近付く男。遂に真横へ到達した男は、掛け布団に
手を伸ばし腰を屈めた。
その瞬間、
「うおっ!」
男は足を払われて畳へ転がった。己の出てきた天井が視界に映し出される。
「うっぷ!」
胸の上にどすんと乗られ、両腕は膝で押さえ付けられ、畳に縫い付けられてしまった。それは当然
この部屋の主、土方十四郎の仕業である。今夜あたり男が忍び込んでくると踏んで、返り討ちに
してやろうと布団の中で愛刀を手に眠ったふりをしていた。その刀はもちろん今も土方の手に。
「辞世の句はできたか?」
口角を右側だけ吊り上げて土方は男の眼前で刀を抜く。男は手足をばたつかせて許しを請うた。
「もうちょい足を広げて腰を上げてくれるといい眺めに……」
……許しを請うた?
まあともかく、男は言葉を発した。しかしながら鬼副長はその程度で心動かされるはずもなく、
抜き身の刀を後ろ手に振り下ろす。
ザシュと音を立てて刀が真っ直ぐ畳に突き刺さった。
「おまっ……あっぶねーな!切れるとこだったぞ!」
男の抵抗にも土方は舌打つのみ。やはり後ろ手では狙いが定まらないなと刀を抜いてもう一度……
「やめろォォォォォ!」
「あ……」
土方の重心が僅かに後ろへ傾いたのを見逃さず、男は上体を起こした。
「避けんじゃねーよ」
「いや避けるだろ!銀四郎が死ぬとこだったんだぞ!」
「は?」
土方は疑問を呈する。男の言った名に心当たりはなかったし、そもそも土方が狙ったのは目の前の
男であって「銀四郎」なる第三者ではない。
攻めの手が治まったのをこれ幸いと男は股間を押さえつつ後退り、刀を納めるよう訴えた。
「俺のムスコはもはや俺一人のもんじゃねェ。お前にとっても大事な存在だろ?」
「…………」
「だから俺とお前の名前を足して銀四郎!」
お気付きの方もいたと思うが、男の名は坂田銀時。土方とは恋仲という関係である。
ではなぜ銀時は恋人の部屋に不法侵入しなければならず、土方は恋人に対し刀を振るうのか。
その訳は本日昼間の電話にあった。
* * * * *
茹だるような暑さが漸く落ち着き、青く澄み渡る秋の空。放し飼いの猫達が日向に出て来て
朱いトンボを追い回しているのを視界の端に映しながら、土方は書類に筆を走らせていた。
ブーッブーッブーッ……
脇に置いていた携帯電話が着信を知らせて震える。表示された番号から私用であることは明らかで
あったものの土方は通話ボタンを押した。昼休みも取らず働いていたのでこれくらい、と誰にとも
なく言い訳をして。
「はい」
『土方?銀さんだけど、今平気?』
「少しなら」
ほんの僅か恋人の声を聞いただけで溜まっていた疲れが取れたのを感じ、土方は気を引き締める。
こんな気持ちを悟られたら、からかわれるに決まっている。
「何か用か?」
『今夜、うちに来られねェ?ババァから秋刀魚をもらって……』
「悪い。まだ仕事が……」
『そうかー』
詳しくは言えなかったが、現在真選組では「白夜叉党」なる攘夷浪士を捕らえようと動いていた。
彼らと銀時の間には何の関係もなく、ただ伝説の名を騙っているだけ。しかし、そんな時に土方が
「本人」と会い、万が一にも奴らに嗅ぎ付けられでもしたら――銀時を巻き込みたくない土方は、
この件が片付くまで会わないと決めていた。
「悪いな」
『仕事なら仕方ねーよ。けど……声聞いたら益々会いたくなってきた』
「万事屋……」
『なあ、俺がそっち行っちゃダメ?』
「すまない」
『邪魔しないから。見てるだけ』
「…………」
単なる「可能性」だけで恋人に寂しい思いをさせるのは申し訳ないと土方は思い、
『ナースの格好で仕事してもらえればそれだけで……あ、女装がダメなら全裸でもいいよ』
そしてすぐに後悔する。
死ね――端的に今の気持ちを告げて土方は電話を切り、その後の着信には一切応答しなかった。
* * * * *
そんなことがあったから、きっと銀時は直接乗り込んでくるだろうと予想していたのだ。
「何が銀四郎だ、死ね」
「本当に死んじゃったら泣くくせに。お前のエロいケツが疼いて疼いて……」
「それが最期の言葉でいいんだな?」
土方は切尖を銀時の首筋へ。
「まっ待って!いきなり来て悪かった!ごめん!」
畳に額を擦り付けて謝る銀時。ここで許せばまた同じことを繰り返すのは目に見えている。
だが土方とて本気で斬るつもりなどなく、罰を与えるとしても……
「分かった。他の連中が起きてくる前に帰れよ」
「ありがとう土方!」
「それから」
「ん?」
「俺の布団には入ってくるなよ」
「え?」
「押し入れにもう一組あるから必要ならテメーで敷け」
「えぇぇぇぇぇ!」
「嫌なら帰っていいぞ」
「……泊まらせていただきまーす」
このくらいでも充分懲らしめられたと土方は胸のすく思いで布団に入った。
障子越しに月明かりが差し込むだけの暗い部屋。銀時はとぼとぼと押し入れに向かう。
「ごめんな銀四郎……お前の出番、作ってやれなくて」
自分の布団を敷きながら、悲壮感を漂わせて「ムスコ」に語りかける銀時を、土方は寝たふりで
やり過ごしていた。
ここでツッコんでは駄目だ。コイツはまだ何だかんだと理由を付けてこちらに来ようとしている。
こういう時の万事屋は言い聞かせようとしても無駄。無視するしかない。
「恋人の家に泊まったら出番があると思うよなー」
「…………」
土方の布団にぴたりと付けて布団を敷き、銀時は溜め息を吐く。
「そんなに落ち込むなよ銀四郎……土方くんの隣で寝られるんだから」
布団の上で胡座をかいて土方をちらり。目を閉じたまま、ぷいと横を向かれてしまった。
しかし、この程度で諦める銀時ではない。
「ん?銀四郎も土方くんに会いたい?よしよし、今出してやるからな」
まさかこの状況で脱ぐのか?――けれど土方は寝たふりを続けた。
後方では銀時がごそごそと何かをしているが、頑なに寝たふりを続けた。
「ほーら銀四郎、土方くんだよー。キレイなお顔だろー?」
何がキレイだ……と心の中だけでツッコミを入れつつも喜びを感じてしまう土方がいた。
「このキレイな顔に、ハァ……銀四郎の、ふぅ……」
「…………」
言葉が途切れ途切れになり息が荒い。何かを擦るような音も聞こえる。そう、ナニかを……
「……はあ!?」
「あっ!!」
まさかそんな、ハッタリだ、その手には乗らねェ……薄らと目を開けた土方はしかし、打ち消した
とおりの信じ難い光景に声を上げて瞠目した。
そしてその声に驚いた「銀四郎」の粗相が土方の顔面に降り注ぐ。
「万事屋テメー……」
「や、あの、だって……」
手で顔を拭いながら起き上がる土方は、背後からゴゴゴゴゴ……という轟音が響いてきそう。
銀時は迷わず土下座した。
「すいまっせーんんんんん!土方くん……いや、土方様の寝顔があまりにも美しく、銀四郎を
抑えることができませんでしたァァァァァ!」
「…………」
「本当にすいまっせーんんんんん!もう今夜は大人しく寝ますんで、どうか命だけは……!!」
「万事屋」
「はいぃぃぃぃぃ……」
銀時の見上げた先には、未だ拭いきれぬ白濁液を散らしたまま頬を染める土方の顔。
再び元気になろうとするムスコを制止するため、きゅっと内股に力を入れた。
「な、なんでしょう?」
「明日には、仕事が一段落するから……」
「土方くんそれって……」
「だから、今日は大人しく寝てろ」
「アイアイサー!!」
目にも留まらぬ速さで自分の布団へ潜り込んだ銀時にふっと笑みを零し、土方も床に就く。
睡眠時間は削られてしまったけれど、隣に銀時がいるだけで安心感が違う。先のように別の危険に
晒されることもあるが、今夜はそれも打ち止め。常よりも深い眠りに就いた土方。
そんな二人は翌朝、沖田の襲撃を受け、変わり果てた姿で目覚めることとなる。
昨夜あんなにもはしゃいでいた「銀四郎」は消え、髪の伸びた土方は全身に脂肪を纏っていた。
(13.09.21)
リクエストは銀子ちゃんとX子ちゃんです。まだ一行しか出てきていませんが^^; 詳しいリクエスト内容は後編で。
続きはしばらくお待ちくださいませ。
追記:中編はこちら→★